k02-08 ようこそハイドレンジアへ
入街手続のゲートを通過し暫く歩くと開けた空間に出た。
先程通ってきたエントランスと同じく、木目を基調とした開放的な空間が広がる。
こちら側はもうハイドレンジア領。
テナントや屋台が立ち並び一気に賑やかな雰囲気になる!
有名ホテルの簡易フロントや手荷物預かりカウンターがいくつもあり、先にチェックインを済ませそのまま遊びに出たい旅行客で混み合っている。
「わぁーー! 見てみて、シェンナ! あの屋台、美味しそうーー!」
アイネが指差したのは、カットフルーツの屋台。
棒に刺さった色とりどりのフルーツが、巨大なかき氷の山に突き刺して並べられている。見た目にも涼やかだ。
――にしても、スイカ1本600コールって高っかいわね!
目をキラキラさせて屋台に吸い込まれて行くアイネ。
その首根っこを捕まえる。
「まずはマスターを探しましょ! 確か自家用車ターミナルで待ち合わせって言ってたから、そこ行けば会えるはずだから」
「うーー。はーい」
渋々返事をしつつも、屋台から目を離さないアイネ。
その手を引っぱりながら出口へ向かう。
……ん?
ふと1つのテナントに目が留まる。
「……うっそ!? あれブローニアの香水、先週出た限定モデルでしょ!?」
さすがハイドレンジア!!
ウィステリアじゃ入荷すら無いって言ってた限定物が普通に店頭に並んでる!
……ちょっと見るだけ。
品物を確認しにテナントのショーケースに近づ……こうとしたら、凄い力で後ろに引っ張り返される。
「シェンナー!! 後にしようよ! シェンナお買い物長いんだから。 ……って、え? 12,000コール!? シェンナ落ち着いて!! ただの良い匂いするだけの水だよ!」
う。一切れ600コールのスイカに引き寄せられていたアイネがそれを言うか?
まぁ価値観は人それぞれっていうことで……。
そんなこんなで、後ろ髪を引かれながらも出口に向う私達だった。
―――――
建物の出口は複数に枝分かれしていて、それぞれに『街内線モノレール』『路面電車』『バス』『タクシー』と案内板が出ており迷わないようになっている。
さすが世界でも指折りの先端技術の街。
交通インフラも最新ね。
『自家用車ターミナル』と書かれた出口に向かって歩く。
ターミナルに出ると、さっきまでの混み具合が嘘のように空いていた。
周りの人達も、観光客という雰囲気の人はおらずやたらと身なりの良い人ばかりだ。
まぁ、自家用車でお迎えってことだから、ハイドレンジアに家があるか少なくとも知り合いが住んでるような人達って事ね。
そんな訳で、場違いに浮かれまくった花柄のシャツがすぐに目につき迷う事なくマスターを見つける事が出来た。
「マスター! もぅ、急に居なくなるからびっくりしましたよ!!」
アイネが駆け寄る。
マスターは車の傍らでヴィントさんと何やら話をしていた。
「お二人とも! 良かった。少しお時間がかかられたようで、心配しておりました。さぁ、どうぞ」
ヴィントさんが車のドアを開けてくれる。
アイネと私は後部座席へ。
「俺こっちが良いや」
マスターは自分でドアを、開け勝手に助手席に乗り込む。
「ち、ちょっと! マスター、なに勝手に!」
「はは、いえいえ。お好きな席にどうぞ」
怒る私を宥めるヴィントさん。
「すいません。うちのマスター、変わり者で……」
何で私がマスターのフォローしなきゃいけないのよ……!
そんな私の思いはよそに、車は再び走り出す。
―――――
「さて、橋のもう半分を渡り切りますと、いよいよハイドレンジアの街に入ります。その先道の状態によりますが、お屋敷まではもう30分程かかります。狭い車内ですがどうぞお寛ぎください」
バックミラー越しに私達を気遣ってくれるヴィントさん。
「ありがとうございます!」
笑顔で返事を返し、窓の外を眺める。
「そう言えば……。マスター、入街審査結局大丈夫だったんですね。別室に入っていった時はびっくりしましたよ」
あ! アイネ。この子は……依頼人側の人間が居る前で余計な事言わないの!
「おや!! そのような事が!? よもや私どもがご用意した書類に不備などございましたでしょうか!?」
「あーー、いえいえ。ちょっと俺が書類を忘れてきましてね。少し手続きに手間取ったというか」
マスターが慌ててフォローする。
そりゃそうよ。身分証忘れてきたなんて恥ずかしくて言えないわよ。
「なんと……。ハイドレンジアの入街審査はかなり厳格ですが……。よくお通り頂けましたね」
「あぁ……まぁ……シエン、うちのグランドマスターの証書もあったし、その辺が効いたのかな? それとブロンサント家の招待状も頂いてましたし」
「左様でございますか……。ブロンサント家も勿論ですが、ウィステリアのシエン様も世界的に有名なお方ですからね」
「そ、そうですね。まぁ良かった良かった。ははは」
そう言ってあからさまに不自然な笑顔を浮かべるマスター。
色々と問いただしたいけれど、ここで余計な事を言ってクライアントに不審がられるのも良くないわね。
とりあえず黙っておきますか……。
そうこうしているうちに車は橋を抜け、街の入り口にある大きなロータリーに入った。
「皆様、ようこそハイドレンジアへ!!」
ヴィントさんが、バックミラー越しに優しく笑いかけてくれる。






