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k02-06 入街審査

「皆さま、こちらが街の玄関口『ブレイク・ウォーター』です。この建物を抜けますと、そこから先はハイドレンジア領となります」


 橋の中央に建設された、巨大な浮島。

 そこにウィステリアの中央駅程の大きさはあろうかという建物が建っている。


 ハイドレンジアの出入島手続きを一手に管理する巨大な税関施設だ。



「お手数ですがこちらで一旦車を降りて頂き、建物内にある"招待客用"の入街審査所へお進みください。私は車両の検査を受ける必要がございますので別の入り口から参ります。審査所を抜けた先の、自家用車ターミナルにてお待ちしておりますので後ほどそちらで。あ、手荷物は貴重品と身分証だけお持ち頂けば結構ですよ」


 そう言って私達を車から下ろすと、ヴィントさんは車で別のゲートへと向って行った。



 大きな建物のエントランス横にポツンと残される私達3人。


 正面を見ると、団体がぞろぞろと建物の中に入っていく。


 一般客は、駅からここまでシャトルバスに乗って来るようだ。


 そいえば長い列になってたなぁ。



「何だか色々と面倒なもんだなー」


「そうですね。わざわざ橋の真ん中に作らなくてもいいのに」


 マスターとアイネがぼやく。



「まぁ、色々あるみたいよ」


 そう言って、車の中でヴィントさんに貰ったセキュリティに関する資料の一部を抜粋して読み上げる。


「ハイドレンジア建設当時、ブレイク・ウォーター(税関)は橋の袂、つまり島の入り口に設計される予定だったんですって。でも、それだと万一犯罪者が強硬突破した場合、そのまま島内へ逃げ込まれる恐れがある。それで、万一に備え逃げ道を制限し確実に確保するために現在の形となった……らしいわね」


 資料によると、ブレイク・ウォーターより島側、橋の残り半分には魔兵器がふんだんに配備されており、税関を強行突破などしようものなら橋上で確実に抹殺できる仕様……という事らしい。


「お、おぉ……抜かりないな」


「あ、じゃあ、橋を通らないで海を泳いで渡るとか!」


 そう言ってアイネが平泳ぎの真似をする。


「あんまりおすすめしないわね」


 資料の次のページをめくって見せる。



 再び。説明によると、ハイドレンジア近海の海流は非常に荒く泳いで渡るのはおろか、小型のボートでも確実に波に飲まれるとの事。

 しかも、近海は『フカ』と呼ばれる凶悪なサメ型のマモノの生息地というおまけつき。


 アイネが資料を読んで引き攣った笑顔を見せる。


「あ、ちなみに島内のビーチは外界から隔離されてるから勿論安全に遊泳可能よ。まぁ、それはさておき、私達は正式な許可を持ってるんだから何も心配しなくて良いわ。さっさと手続きに進みましょ」


「「あ、はーい」」


 そう元気よく返事をして、2人共私について来る。


 いや、マスター! 本当はあんたが説明する側でしょ!


 文句の1つも言いたくなるけど、ヴィントさんを待たせるのも悪いのでそのまま建物の中へ進む。



 ―――――



 建物の中に入ると、税関の堅苦しいイメージとはかけ離れた開放的な空間が広がっていた。


 天井は木製の大きなアーチが通ったガラス製。そこから日光が明るく降り注いでいる。


 そこら中に観葉植物が置かれ、カウンターや受付も一部に立派な木材が使われておりリラックスしたデザインとなっている。


 さすが享楽の島……おもてなしの精神が半端ないわね。



 ずらっと並ぶ入街検査の窓口。


 50個近くあるかしら。それぞれで係員が身分証や書類確認の対応をしている。



「うひゃー、すげぇ人だな」


「そうね。これだけの来訪者全員をチェックするんだからこれは大変だわ」


「あ、でも私達は別の窓口ってヴィントさん仰ってましたよね」


「ええ、招待客用の窓口って言ってたわね」



 見渡すと、混み合う一般用窓口の横にがらんとしている窓口が5つ程あった。



「あそこみたいですね」


「お! いいねぇ、いかにもVIP待遇って感じじゃん!」


「もぉ、恥ずかしいからはしゃがないの!」


 マスターを制しながら窓口へ向かう。



 ―――――



 運悪く、5つある専用窓口は丁度全部埋まっているところだった。


 それでも何十人も並んでいる一般の窓口に比べれば、どのレーンも並んでいるのは4,5人だ。

 1番空いている隅の列に3人揃って並ぶ。


 窓口から少し離れた位置に線が引かれており、ここに立って前の人が終わるのを待つらしい。


 前の人と税関職員のやり取りを見つめながら待つ。



 ……

 …………



「だからぁ! あんたホント何なの!? 私が誰だか分かってんでしょうね!?」


 ――!? 急に女性の大声がし、驚いてそっちを見る。


 私達が並んでいる隣のレーンで、派手な格好をした同い年くらいの少女が係員に詰め寄っていた。



「も、勿論です」


「じゃぁ分かるわよね!? 私のパパ、凄く偉いのよ! あんたなんかパパの力でどうとども出来るんだからね!!」


「それは……重々存じております。しかし、申し訳ありませんが規則ですので……。身分証をお持ちでない方をお通しする訳には参りません」


 係員はしどろもどろだ。


 可愛そうに。



 ん? まてよ、まさか……まさかと思うけど、"アレ"じゃないわよね……。



 その様子を見て、何とも言えない不安に見舞われる。


 お偉いさんのお嬢さん……いやいや、まさかね。



 そんな事を考えていると、今度は自分の列の窓口から声を掛けられた。


「お待たせしました、次の方どうぞー」


 隣のレーンが気になるのか、ちらっと様子を見ながら申し訳なさそうにこちらに目配せをしている。



「お、行ってくるわ」


 そう言って最初にマスターが窓口へ向かう。



 ふと後ろに並んでいるアイネを見ると、俯いて自分の身分証を握りしめている。



「……アイネ、そんな心配したくても大丈夫だよ。紹介状もあるんだし」


 そう言って笑う私に、何で分かったの? と驚いた顔を見せる。


「ごめんね。もし私ダメだったら、マスターとシェンナは気にしないで先に行ってね。私は1人で帰れるから」


 そう言って寂しそうに笑うアイネ。



「もう! 気にしすぎ! 私が知る限り、ウィステリアの外じゃヴァン家への風当たりってそこまでじゃないよ」


「……うん、ありがとう」


 そう言ってニッコリ笑うアイネ。

 それ以上どうにもしてあげられない自分が少し寂しく、そのまま黙って窓口の方を振り返る。



 隣の窓口ではさっきの少女がまだ係員に噛み付いている。


「だーかーらぁーー! あなた達毎日誰のお陰で生活出来てるわけ!? 身分証が無いとそんな偉い人の顔も覚えれ無いの!? ……あんたの名前覚えたわよ! パパに言えばあんたなんて簡単にクビに出来るんだから!」


「そう仰られましても……先程身分証を取りに行かれたお付きの方もそろそろ戻られると思いますので。もう少しだけお待ちいただけませんでしょうか……」


「もーー!! 話しにならないわね! 責任者呼びなさいよ、責任者!! 直接話し付けるわ!!」



 はぁ……間違ってもああはなりたくない良い見本だわ。


 いや、でも、さすがにアレじゃないわよね~……。お願いだからアレは勘弁してよ。アレと1週間一緒は無理だわ……。

 でもこういう嫌な予感に限って当たるのよねぇ……。



 拭いきれない嫌な予感が胸の奥から沸々と湧いて来る。


 そんな最中――



「はぁ!? 何でダメなんだよ!! 聞いてないぞ!」



 今度は男性の大声が辺りに響く。


 まぁ、確認するまでもなく、うちのマスターの声だった。





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