k02-02 思いがけない歓迎
翌朝……実地遠征出発の日。
時刻は7:30を少し過ぎた頃。
数日分の着替えや指定の装備などを詰めたキャリーケースを持ち、中央駅の前でマスターを待つ。
昨日あの後、詳しい話を聞きたくて何度かマスターに連絡したけれど
『すまん! 今日は手が離せない。詳しい事は当日話すから荷物を持って朝7:30に中央駅前集合、ヨロシク』
というメールを一通寄越したのちマスターは音信不通。結局詳しい事は分からず仕舞い。
普通なら職務怠慢で教務課に訴えてやるところだけど、あのマスターに何言ってもムダでしょう。
仕方ないので指定された場所で2人の到着を待つ。
隣ではアイネが自分のキャリーケースに腰掛けてウトウト……いや、完全に寝てる。
早起きだったとはいえ、よくこんな人通りの多い場所で寝れるわね。
ここ中央駅は、ウィステリアの基幹ターミナル。
街と街を繋ぐ『街外線』と街の中を往来する『街内線』が乗り入れるウェステリア最大の駅。
こんな朝早くでも多くの人で賑わっている。
時間的に、仕事や学校に向かう人達が殆どで皆スーツや制服を着て足早に列車へと乗り込む。
そんな中……嫌でも目に留まる派手な格好をした人影が、ヒラヒラと手を振りながらこっちへ歩いてくる……。
「おはよー諸君! 寝坊しなかったか!? 偉いぞ!」
マスターがうざったい程元気に朝の挨拶をしてくる。
「おはようございます! ばっちりですよ!」
つい今の今まで寝てたはずのアイネが、いつの間にか起きていてシャッキリ挨拶を返す。
器用というか何というか……。
「あんたこそよく遅刻しなかったわね。絶対ギリギリだと思ったわ」
「……お前、相変わらずマスターに対してタメ口なのな」
編入当時こそ敬語だったけれど、何かとこの人の蛮行にツッコミを入れるうちにいつの間にかタメ口がデフォルトになってしまっていた。我ながらどかとは思う。
「……失礼致しました。このような感じでよろしいでしょうか、マスター?」
「……やっぱり辞めてくれ。逆に何かバカにされてる気がする」
「どっちなのよ!」
……朝から無駄に大声を出すハメになったわ。
「さて、本日から実地遠征が始まるが、お前ら準備は良いか!? 行先がリゾート地とは言え演習の1つだ。あんまり浮かれ過ぎるんじゃないぞ!」
かく言うマスターは……まぁある程度予想は出来たけど、ダントツで浮かれた格好をしている。
ハイドレンジア伝統の派手な花柄のシャツに短パン、ビーチサンダルと、どう見ても観光を満喫する気にしか見えない。
さすがに不安になる。
「マスター。結局私達、遠征の内容も目的も一切聞いてないんだけど。それに前日に急遽行き先変更なんてどう考えてもおかしいでしょ!? 荷物詰め替えるのどんだけ大変だったと――」
「あぁーー! 分かった分かった! それに関してはすまない。こっちもおとといの夜急に依頼されてな。……っていうのも――」
そこまで話しかけた所で、駅内アナウンスが流れる。
『7:50発、街外線、ハイドレンジア経由バンブー・カラム行き。街外12番ホームに間もなく参ります』
「――お。俺達が乗る列車だぞ」
「私街外線って久しぶりです! お弁当買っても良いですか?」
「おぉ! 電車旅といえば駅弁だよな。俺も買ってこうかな! お前は?」
「私は寮で食べて来たから遠慮するわ……ん、今12番ホームって言わなかった?」
壁にある光学掲示板に目をやる。
確かに街外12番ホームと書かれている。
「そうだぞ。チケットにも書いてあるだろ。すぐそこのホームだ」
「――!! ちょっと! そっちは街内線のホームよ! 街外12番ホームは一番奥!! 今からだとダッシュしてもギリギリだけど! ってか無理じゃない!?」
「――えぇ!? 嘘だろ!?」
「え、え? お弁当は?」
「ムリに決まってるでしょ!! ちょっと、駅の中走るなんて非常識だけど緊急事態よ! 全員ダッシュ!!」
私を先頭に、なるべく人の少ない所を選んで猛ダッシュ。
3人それぞれのキャリーケースのタイヤがガラガラと騒がしい音を駅内に響かせる。
―――――
「ま、間に合ったみたいね」
ホームにはどうにかまだ列車が止まっていた。
「は、吐きそう……」
アイネがぐったりと荷物にもたれかかる。
「……と、とりあえず乗るぞ。一端落ち着こう。」
そう言うマスターを先頭に列車に乗り込むと、程なくして列車は動き出した。
行き先が、高級リゾート経由技術研究都市行きという事もあってか、車内は思いのほか空いていた。
「えぇっと、S-1、S-1……」
乗車券を手にしたマスターが座席を探して奥へ奥へと進んでいく。
「エス……エス……Sって……え、ここか?」
そう言ってマスターが指さしたのは、特別車両への入り口。
傍らで待機していた車掌がこちらに気づく。
「乗車券を拝見致します……ウィステリアテイル、ジン・ファミリアの皆様ですね。お待ちしておりました、こちらへどうぞ」
そう言って奥の車両に通される。
「え、え? これってもしかして!?」
アイネが驚きつつも目をキラキラさせる。
「うっそ! マジか!?」
マスターも大人げなくはしゃく。
通されたのは、車両丸ごと1台を使ったVIP用の個室だった。
「キャー! 凄いです! え、え? 土足のまま入っていいんですか! 何か絨毯フカフカですけど!? スリッパとか無いですよね!」
「え? 土足だろ? でも確かにめっちゃフカフカだけど? いいの?」
そんな2人に対して「土足のままで結構ですよ」と身なりの良い駅員さんが苦笑いしている。
恥ずかしいから辞めて……。
室内は広々としていて、まるでホテルの一室だ。
優に5,6人が座って打ち合わせ出来るサイズの立派なテーブル。
仮眠も取れそうな大きなソファー。
軽い飲食が出来るカウンターまで備え付けられている。
「凄い……私多分人生で最初で最後だと思います! ……ありがとうございますマスター!」
目を潤ませてマスターを拝むアイネ。
「いや、違うぞ。俺じゃないぞ。俺がそんな金あるわけないだろ! 急な依頼になったお詫びに……ってことで交通手段は先方で用意してくれたんだよ」
へぇ……。
それにしても一ファミリアの送迎にVIP車両とは、大層な話ね。
遠征の移動なんて、大体がエコノミー席で缶詰の移動だって聞いたけど……。
さすがハイドレンジア。相当なお金持ちね。
「それで、こんなVIP待遇で迎えてくれる大物からの依頼ってどういう内容なのよ」
「そうだな……そんじゃ、荷物降ろしたらブリーフィングするぞ。到着まで約4時間だから、さっさと終わらせてせっかくのVIP室堪能しようぜ!」
「はい!!」
マスターとアイネがそそくさと荷物を降ろしてテーブルに着く。
まぁかく言う私も、VIP車両なんて昔家族旅行した時以来だからちょっと楽しみではある。






