k01-48 幕開け
リベライル当日――
10年ぶりのリベライル開催。
それに加え、主席生徒と有名マスターの対決と言うこともあり会場は超満員となった。
しかも、ミス・ウィステリアテイル・コンテスト(非公式)の生徒部門と教員部門でそれぞれトップ3に入る両名とあり、会場の盛り上がりは異常だ。
アイネとジンも早くから並びどうにか前列に近い席に陣取る事ができた。
朝から自分の事のように緊張して全然喋らないアイネ。
その様子を察してか、ジンもいつもの減らず口は控えめだ。
続々と席を埋めていく観客達。
演習場の中心にあるバトルエリアでは、職員達が機器の調整に勤しんでいる。
戦闘の流れ弾が観客席に飛ばないよう防御する結界を発生させる装置だ。
その様子をぼーっと眺めるジン。
横ではアイネが緊張した顔でただただ黙り込んでいる。
「……アイネちゃん? アイネちゃんじゃないか!?」
ふいに後ろから声を掛けられて振り向くアイネ。
そこには、燃えるような赤髪と髭を携え立派な軍服に身を包んだ壮年の男性が立っていた。
側には同じく赤髪の美しい婦人が佇んでいる。
その姿に気づき周りがざわつき出す。
『お、おいあれって!?』
『ノーブル卿だ』
『すげぇ、初めて見た』
『かっけぇ〜』
「お、お久しぶりです、グレン……様」
そう言って、制服のスカート端を持ち貴族階級の挨拶をするアイネ。
「ほらあなた、言ったでしょ! やっぱりアイネちゃんじゃない。大きくなったわねー!」
隣に居た婦人がパンパンと男性の腕を叩く。
「スカーレット様も……お久しぶりです」
そう言ってもう一度お辞儀をする。
「いやー! すっかり美人さんになって! しかし、なんだい“グレン様”なんて他人行儀な! 昔のようにグレンおじさんって呼んでくれないのか? 寂しいなぁ」
そう言って泣き真似をした後、高らかに笑う。
騒がしい人だ。
「あ、い、いえ。ほら、人前ですし……あまり私と懇意にされるのはよろしくないかと」
そう言って周りを気にするアイネ。
「まぁ、アイネちゃん。また変な事言って。子供がそんな事気にしちゃダメって昔から言ってるでしょ」
そう言ってスカーレット婦人はアイネの頭を優しく撫でる。
「全く……アイネちゃんはこんなに優しく育ったと言うのに。……うちの娘と来たら」
そう言って中央のバトルエリアに目をやるノーブル卿。
「まぁ……でもあの子らしいじゃない」
「まぁな! 何かしらやらかすんじゃないかとは思ってはいたが! あはははは! ……ん? 隣空いとるのか? ちょうど良い」
そう言って隣の2席に並んで腰掛ける。
「いやいや、人居たけどあんた達にビビって逃げてったんだよ」
一部始終を静観していたジンが呆れた様子で呟く。
「ぎゃーー!!」
アイネが奇声を上げ、両掌でジンの頬を思いっきり挟み潰す。
「ちょっとマスター! こちらはノーブル卿とそのご婦人ですよ!! 失礼な態度はダメです!」
「ふ、ふぃってるわ! はなへ!(知ってるわ! 離せ!)」
そんな様子を微笑ましく見守るノーブル卿。
「アイネちゃん、そちらは?」
「あ! ごめんなさい! 私の師事するファミリアのマスターです。マスター、こちらはノーブル郷……シェンナのご両親!」
そう言ってアイネが慌ててジンを前に出す。
「だから知ってるって……。マスターのジンです」
「おぉ、これはどうも。グレン・ノーブル・フェイオニスです。それと妻のスカーレット。よろしく。しかし、その若さでマスターとは、余程優秀なお方なのでしょうな」
「いえいえ、そこそこですよ」
「あははは! 謙遜しない所がまた素晴らしい! 今後ともアイネちゃんの事を宜しくお願いします!」
そう言って手を出す。
「ええ、こちらこそ。アイネが色々とお世話になったそうで、感謝します」
ジンもその手を取り握手を交わす。
――アイネがテイルに入学するよりも前。彼女の両親は行方不明となっている。
そんなアイネがテイルで学生生活を送れているのは、入学金や生活費などの一切をノーブル卿が援助してくれたからだった。
「いや、私はアイネちゃんの事も我が娘同然と思っておりますからな。娘のためにした事で礼を言われるとは、変な気分ですな!」
そう言ってまた豪快に笑うグレン。
その言葉に涙を浮かべるアイネ。
「時に……失礼ながら、ジン殿。過去に何処かでお会いしましたかな……その漆黒の髪に黒い瞳……」
「……いえ、気のせいと思いますよ。最近は験を担いで黒髪に染める方も多いと聞きますし、どなたかとお間違えでは?」
「ふむ……そうかもしれませんな。これは失礼」
「いえいえ」
そんな会話をしていると、ノーブル卿の姿を見つけて職員達が慌てて駆け寄って来た。
「ノーブル卿! このような所においでましたか!! 特別席をご用意しております、こちらへどうぞ」
「いや、私はここが良い。中々顔を見せてくれん可愛い娘に久しぶりに会えたのだ。邪魔せんでくれ!」
そう言ってアイネにニッと笑顔を見せる。
困った顔で小さく愛想笑いをするアイネ。
「それに、優秀なマスター殿の解説も聞けそうですしな」
そう言ってジンにも視線を送る。
「あ、はは。承りましょう。ノーブル卿の身辺警護も俺が預かるよ。下がって大丈夫だ」
職員達は『調子に乗るなよ』という顔をしつつも
「かしこまりました」
そう言い一礼して下がる。
そうこうしていると、急に会場全体が騒めき出す。
見ると、ちょうど控室の通路からバトルエリアにシェンナが姿を現す所だった。
テイルの制服、腰にはその背丈に不釣り合いなクレイモアを提げている。
「……あぁーー!! いつも客間に飾ってあるのに、ここ数日見当たらんと思ったら!!」
ノーブル卿が大声を上げる。
“爆炎剣・グロリオサ"
魔兵器黎明期の傑作と言われる逸品。
鮮やかな白銀の剣身とは対照的に、その諸刃は夕日のような赤に輝く。
稀少な鉱石と炎の魔鉱石を織り交ぜて打ち上げた唯一無二の業物。
その剣身には小型かつ高純度の魔鉱石が嵌め込まれた魔鉱剣である。
一たび振り被れば、一方の刃が爆風を起こしその剣速を爆発的に加速させる。
刀身が対象に当たれば逆側の刃が爆炎を起こし相手に業火と衝撃波を叩き込む。
もはや何の為に剣の形をしているのか甚だ疑問な職人泣かせの超火力近接兵器だ。
ちなみに、ノーブル郷の刀剣コレクション随一のお気に入りの品だ。
青ざめるノーブル卿。
会場が再び騒めく。
バトルエリアでは反対側の通路からマスター・カルーナが姿を表す。
2人は互いを見据えたまま、無言で会場の中央まで歩み寄る。
そして、数メートルの距離を置いた位置で立ち止まる。
「さて、始まるな」
そう言って座り直すジン。
「はい……」
観覧席の最上段に設けられた特別席にて、マスター・シエンが立ち上がり宣言する。
「宣言者、カルーナファミリア所属シェンナ・ノーブル・フェイオニス。対するはマスター・カルーナ! これより……リベライルを開催する!!」
その宣言を合図に、吹奏楽団の演奏によるファンファーレが会場中に響き渡る。






