k01-47 リベライル
その日、ウィステリアテイルに衝撃が走った。
なんと、10年以上ぶりに"リベライル"の開催が決定したのだ。
リベライルを宣言したのは、カルーナ・ファミリア所属、シェンナ・ノーブル・フェイオニス。
対するはマスター・カルーナ。
事は30分程前に遡る……
―――――
シャドーウルフェンの件の翌日。
アイネはジンから頼まれたお使いを片付けるため、購買に向かっていた。
その途中、芝生エリアの広場に人混みが出来ている事に気づく。
いつもなら気に留めず通り過ぎるのだが、人の輪の中心に居る人物がチラッと見え思わず足を止め人混みの方へ駆け寄っていく。
輪の中心に居たのは……シェンナとマスター・カルーナだった。
「ごめんなさい、ちょっと通してください!」
人を掻き分け、怪訝な顔を向けられながらもどうにか2人の会話が聞こえる位置までたどり着く。
険しい顔でカルーナを睨みつけるシェンナ。
それを嘲笑うように見下すカルーナ。
周囲の様子からして、ただならぬ雰囲気だ。
「あなた……本気で言っているの? もう一度言ってごらんなさい」
カルーナの冷たく威圧的な声。
それに動じることなくシェンナが言い返す
「えぇ。勿論本気よ! マスター・カルーナ。あなたの行いはマスターとして相応しくありません。
私、シェンナ・ノーブル・フェイオニスは、マスター・カルーナに対して"リベライル"を宣言します!!」
『おぉ……』
『マジか……』
『俺初めて見るわ』
『私も……ていうか何十年ぶりとかでしょ』
周りから驚きの声が上がる。
「ち、ちょっと! シェンナ、何やってるのよ! ダメだよ!!」
慌てて人混みから飛び出しシェンナの服の袖を引っ張るアイネ。
「ア、アイネ? 何であんたがここに?」
シェンナが驚いて振り向く。
『あれ、ヴァン家の!?』
『何でノーブル家のご令嬢と喋ってんだ』
『そういえば何か最近一緒に居る所をよく見かけるって噂……』
『え、じゃぁヴァン家に騙されてるとかじゃないの?』
再び周囲がざわつく。
その内容を聞いて思わず後退るアイネ。
けれど、今はシェンナを止めるのが優先だ。
「ね、ね。考え直そ。私のせいだよね? ほら、私なら全然平気! だから、一緒に謝って取り消して貰お!」
必死に懇願するが、シェンナはそんなアイネを優しく引き離す。
「アイネ、ありがとう。だけど、これは私の問題。私の"正義"がこの人は許すなって言ってるの!」
マスター・カルーナを睨みつける。
「……まったく、気の強い子だとは思っていたけれど、ここまで愚かな子だとは思ってもみなかったわ……」
睨み合う両者。
その迫力に周囲の野次馬も黙る。
暫く沈黙が場を包む。
「いいわ。規約に則り、開催は3日後の正午。手続きは私の方でしておいてあげるから、せいぜいコンディションを整えて挑みなさい」
そう言って踵を返しその場を去るカルーナ。
その後ろ姿をじっとみつめるシェンナの赤い瞳は激しい怒りを湛えていた。
―――――
そして、現在――
ジン・ファミリア。
「はぁ~~。"リベライル"ね。そんな古臭いもの今でも残ってたんだ」
ジンが書類の山を整理しながらため息をつく。
リベライル――
古くは、師弟関係において、師匠の行き過ぎた行いに異を唱えた弟子が、師匠を相手取り行う決闘が起源と言われている。
転じて、テイルではマスター職の行いに対して不服のある生徒や一般職員が、マスターに非を認めさせ謝罪させるために挑む決闘行事として規定の中で開催が認められている。
とは言え、現在ではマスター職の汚職や横暴などは会議にかけられ、事務的かつ公平に糾弾される事が殆ど。
実際、ウィステリアテイルでもここ10年以上リベライルなど行われてこなかった。
それがこの度、テイルで1,2位を争う人気マスターと、グレード主席生徒が激突する事となった。
もう、生徒のみならず教職員も巻き込んでその噂で持ち切りだ。
「マスターもそんなのおかしいって思うでしょ!? なんとか止めましょうよ!」
アイネが机をバンバン叩いてジンに抗議する。
「いいんじゃねぇの? あの嬢ちゃんの意思だ。俺たちが口出しする事じゃないだろ」
「そんな呑気な事言ってられません!! だって、リベライルの決着ルール知ってますか!? "相手が降参するか、若しくは死亡するまで"ですよ!!」
そう、リベライルでは相手の殺傷が公的に認められているのだ。
「……最近は平和ボケした奴が多いから忘れてるのかもしれんが、ここは元々"傭兵"を育てる学科だ。戦場において上官への反逆は重罪。そう易々と謀反を認めるような真似はできないからな。求める物が大きい分代償も当然だ」
「そ、そんなぁ……」
がっくりと肩を落とすアイネ。
「それに、あの賢い嬢ちゃんの事だ。よく状況を考えての事だと思うぞ」
「……どういう事ですか?」
「もし、普通にカルーナと喧嘩別れした場合どうなると思う」
「え、それはテイルの規則通り、他に空きのあるファミリアに志願して所属させて貰う事になるはずですけど」
「普通ならな。だが、今回は相当なレベルで揉めてるだろ。しかもそのマスターはテイルで1,2を争う力の持ち主だ。もしそんな生徒を引き取った場合、そのファミリアはどんな目に遭うと思う?」
「どうって、あ……」
アイネはジンの顔を見る。
「そう、間違いなくカルーナの怒りを買うだろうな。で、どんな目に遭うかは……俺たちを見ると分かりやすいな」
「そ……そんな」
自分が思っていたより相当マズい状況に愕然とするアイネ。
「ちなみに、あの嬢ちゃん戦闘は得意なのか?」
「は、はい。接近戦も銃撃戦も成績はいつもトップクラスだったって聞いてます」
「なら勝てばいいだけの話じゃねぇか。カルーナも現役を退いて長い。もしかしたらいい線行けるかもな」
「で、でも!」
「まぁ……ノーブル家はテイルの大事なスポンサーだ。八百長をするような事は無いにせよ、滅多な事にはならないだろう。
マスター・カルーナとしても生徒殺しのレッテルなんてまっぴらごめんだろうからな。そんなに心配すんな。……とにかく、俺たちに出来る事は何も無い」
黙って下を向くアイネ。
その横顔を覗き込みジンが声をかける。
「『それなら、うちのファミリアに入れてあげれば良いじゃないですか!』とか言い出さないの? そういう相談かと思ってたんだけど」
「そんなの……シェンナが許す訳ないじゃないですか。プライド……凄く高いんですから」
「……分かってんじゃん、さすが幼馴染。なら尚更、俺たちが止めたところで意味がない事くらい分かるだろ。……せめて、当日は精いっぱい応援してやろうぜ」
「……はい」
そう言って俯いたままのアイネを見て、やれやれと首を振るジンだった。






