k01-46 マモノの心
「よぉ、お帰り」
アイネがホームの扉を開けると、室内は綺麗に片付けられておりジンがソファーでくつろいでいた。
「あ、ごめんなさい! 私思わず飛び出しちゃって!」
「いや、大丈夫だ。それより、シャドーウルフェン、どうだった? 見つかったか?」
「……えっと」
そう言ってアイネは目を逸らす。
「ん?」
「あの……マスター。変な事聞くかもしれませんが、マモノって死んだ後どうなるんですか?」
「……知ってるだろ? 体を形成していたマナが霧散して消えるんだよ。あ、たまにドロップアイテムを残す奴もいるな」
「えっと……。そうじゃなくて、なんていうか、マモノの魂とかなんかそういうのです」
「どした? 急にスピリチュアルな話し出して……。信仰は自由だが変な宗教には気をつけろよ」
「ち、違います! 死んだ後心ってどこに行っちゃうのかなと思って」
「……ふん」
そう呟くと、ジンは本棚へ行き本を1冊取り出してきた。
そのまま教卓に立ち、黒板に文字を描き始める。
アイネもいつもの席に座る。
「まずはマモノ学の基礎だな。俺たち人間を含め、犬や猫、その他普通の動物と“マモノ”の違いは何だ?」
「えっと……体を形成するマナの量が圧倒的に違うんですよね」
「そうだ。例えば人間を形成する成分は……まぁ俺はその辺あんまり詳しくないが、水、タンパク質、脂肪……そういう自然界に存在する物質が99%。それに加えて極微量なマナだ」
いつになく真剣な顔で話を聞くアイネが黙って頷く。
「で、逆にマモノは生まれつきその成分は100%がマナだ。そこから捕食等で動植物、個体によっては無機物やらを取り込んでその割合が変化していく。“マナ”より出る“者”。それが“マモノ”だ。ここまでは分かるか?」
「……はい。だから、長く生きて多くの物を取り込んだマモノは、死んだ時にドロップアイテムが残るんですよね?」
「その通り。何だ、分かってんじゃねぇか」
「これでもマモノ学はテストの点数良かったんですよ!」
「へぇ……。じゃ、本題は"死んだマモノの心は何処に行くか? だったな」
「はい」
「……ここまで勿体ぶって講釈垂れておきながら悪ぃが……結論から言うと"それはまだ解明されてない"だ」
「そ、そう……なんですか」
「ああ。そもそも、人間の心だって死んだらどうなるかなんて分かってないだろ?」
「それは……そうですけど」
「ましてやマモノは、さっきも言った通りマナというエネルギーの集合体だ。そんな生き物……かどうかすら定義の難しいあいつらの、心がどうなるかなんてちんぷんかんぷんだよ」
「そうなんですね。……これだけ身近に居ながら私達ってマモノの事良く分かってないんですね……」
「まぁな。マモノ自体、キプロポリスに現れたのはここ100年足らずだ。それは……お前が1番知ってるだろ」
……何を隠そう、エバージェリーからキプロポリスにマモノを持ち込んだのはアイネの曽祖父“シルヴァント”だ。
彼が“大罪人”と呼ばれる所以。
「まぁ、そもそもマモノに心なんかあるわけ無いってのが今じゃ定説になりつつもあるがな」
「――そんな事無いです!!」
アイネが急に大きな声を上げる。
「お、おう。何だ急に」
「あ、いぇ。何ていうか……確かにマモノは人間にとって脅威ですけど、ただ自分達に都合が悪いからってそんな心も無い生き物だなんて決めつけるのはどうかなって……」
ジンは手に持っていた本を棚に戻し、代わりに古いノートを1冊持ち出してくる。
「……ずいぶん昔、二世界大戦より前の話だ。ある仮説を立てた学者がいた……らしい。『マナには意思があるんじゃないか』って言い出したんだ」
「マナに意思……ですか?」
「そう。今じゃただのエネルギー体だと思われてるマナだけど、その学者はマナにも意思があり、極端な話、人間の言葉や気持ちを理解しているって、トンデモない仮説を立てたんだよ」
「それで、その学者さんはどうなったんですか?」
「別にどうも。ただのバカげた仮説だと笑われて終わった……らしい。当時は戦争の真っただ中だ。軍事転用に向かない研究はやる価値も無いって時代だ」
「そうなんですね……。本当の事は分からず仕舞い……ですね」
そう言って自分の胸を押さえ、俯くアイネ。
「ま、証明されてないだけで、意外と的は得てたのかもしれんぞ」
そう言って、手に持っていたノートでアイネの頭をポンと叩く。
「まぁ、今の話はあんまり人にするな。頭のおかしい奴と思われるぞ。自分の心にだけしまっとけ。……それと、このノートはお前にやる」
そう言って古びたノートをアイネに差し出す。
「これは……?」
「その研究者が残した物だ。学術的な価値は無いが……まぁ、大切にしろ」
そう言ってノートを手渡すとジンはソファーに戻り、冷めたコーヒーの続きを飲み始めてしまった。
渡されたノートを何ページかめくってみる。
ノートには殴り書きのような字がびっしりと書かれていた。
所々スケッチなどもあるが、書かれている言葉はどれも聞いたこともないようなものばかりでパッと読めそうな物ではない。
そのままパラパラと最後までめくり終えると、ノートの裏表紙にサインが入っているのに気付いた。
ノートの筆者、その研究者の名前だろうか。
その名前を見てアイネの手が震える。
「……ど、どう言う事ですか!? 何でマスターが!?」
ノートに書かれていた名前
"シルヴァント・ヴァン・アルストメリア"
アイネの曽祖父の名だった。
「どうしてマスターがひいおじいちゃんのノートを持ってるんですか!?」
「……古本とかが好きでな。どっかで手に入れたんだろうな。そのうち渡してやろうと思って探してたんだ」
「マスター……ひいおじいちゃんの事、何か知っているんですか?」
「……いや、一般的な事以外は何も。――ただ、ひとつだけ言えるとすれば」
ソファーにもたれたまま宙を仰ぐジン。
「もしその答えが知りたければ、卒業後エバージェリーに渡れ。お前のひいおじいさんはエバージェリーで亡くなった」
「エバージェリー……」
『剣と魔法の異世界、エバージェリー』
キプロポリスの端から十昼十夜、空を飛び続けた先にある異世界。
現在も僅かな貿易こそあれ、それに携われるのはごく一部の人間のみ。
その全貌は一般には知らされていないままだ。
「ま、そのためにはいっぱい勉強して、もっと腕を磨く必要があるな! せいぜい頑張れよ!」
ジンはそう言って、さも楽しそうに笑うのだった。






