k01-44 ファントム
これは幻だろうか……。
気づけばただ真っ白な世界の中で、辺りにはアイネとシャドーウルフェンの2人だけになっていた。
『まさかな……俺の声が聞こえる時点でおかしいとは思ったが……』
「……え? どうなってるの? あなた、怪我は……?」
突然の事に驚き、辺りを見回すアイネ。
『……あぁ。肉体は滅びカムイだけの存在となった。それもじきに消え去り、本来ならこのままマナとなり自然へと還る……。だが、俺の為に窮地に陥ったお前を置いて逝くのはしのびない。セントレイアの縁者よ、俺と契約を交わさぬか?』
「せ、セントレイア? け? 契約?」
『そうだ。身を挺して我を助けようとしてくれたお前への、せめてもの礼だ』
「よ、よく分からないけど、もしそれであなたが助かるなら」
『ふふ……こんな時に人の心配など。本当におかしな奴だ。まぁいいさ、ならば契約成立だ。――我が主よ、末永く頼むぞ』
程なくして、周囲を包んでいた閃光が収まる。
「な、なんだったんだ今の光は……」
突然の閃光に目を瞑っていた男達。
気づけば、男達の目の前からシャドーウルフェンの姿が消えていた。
「シャドーウルフェンはどこに消えた!?」
「ん? 死んで消滅したんじゃねぇか? マモノってそうだろ」
「何かドロップしてないか? 証拠に持って帰れと言われてる」
周囲の草むらを漁り始める男達。
「……おい待て、いたぞ。あっちだ、先にあの女を片付けるぞ。……ったく、何だよさっきから! 手間取らせやがって」
そう言って、アイネを見つけた男が早足で近いてくる。
落ちていた枝が踏みつられ割れる。
その音でアイネも我に返る。
何が起きたか分からず混乱していると、何処かともなく声が聞こえる。
『主よ、さぁ立つのだ。お前を信じて預けたこの信念、無駄にしてくれるな』
シャドーウルフェンの声だ!
さっきまで耳から聴こえていた声が、今度は何というか……頭に? 心に直接響いてくる。
『前を向き、しっかり敵を見据えるのだ』
言われた通り立ち上がり、前方の敵を見る。
こちらに迫っていた男が、手にした銃の引き金を躊躇なく引く。
銃声が鳴り響く!
……けれど、アイネの耳に届いたその音は、鈍く尾を引き間延びし中々鳴り終わらない。
銃から放たれた炎の弾丸も、はっきりと目で見て取れる程の速さしかない。
これは……時間がゆっくり流れてる??
少し身体を動かしてみると、自分はいつもの速さで動く事ができる。
『主よ、少しは慣れてきたか? さぁ、まずは身にかかる火の粉を振り払うのだ』
少しずつ理解してきた。
時間が遅いんじゃなくて――私が凄い速さで動いてるんだ。
きっとこれは、シャドーウルフェンが闘いの最中に見ている世界。
弾丸は、ゆっくりだが確実に迫ってきている。
でも、不思議と恐怖心は無い。
勿論この弾丸が命中すればタダでは済まない。
だけど分かる。
こんな物、今の私――いいえ、“私達”にとっては余りにも
――愚鈍で脆い!!
迫りくる弾丸に向け、腕を軽く振ると弾丸が粉々に弾け飛ぶ!
払った自分の右手を確認する。
手の甲からほんの少し離れた空中。そこから4本の黒い真っ直ぐな影が伸びる。
影は瞬時に望む長さになり、漆黒の爪を模っていた。
魔兵器の弾丸は、浴びたマナの力によりブロック塀くらいなら数個纏めて粉々に粉砕する威力のはず。
けれど、純粋なマナの結晶であり超高硬度を誇るシャドーウルフェンの爪の前では、宙を舞うシャボン玉を破る程の呆気ない脆さだった。
『ほぅ、器用なものだな主よ。四足で走る俺では到底叶わない動きだ』
声をかけられ、はっと我に返る。
物凄く集中していた事に気づく。
一旦集中を解くと、ゆっくりに感じていた周りの景色が通常通りに動き出す。
「な、何だと? 銃弾を……弾いた!?」
男は驚き、銃の照準から目を離しこちらを確認する。
そして、今度は唖然とし引き攣った顔で呟く。
「…………何だその姿は」
『さあ主よ。残念だが今のマナの量ではあと僅かしか持たぬ。一気にゆくぞ!』
(――分かった!)
脚に力を入れると、何だか地面が沈み込むような感覚を覚える。
気づけば膝下からつま先にかけて脚が黒い影に覆われている。
柔らかに揺れる影は、まるで動物の毛のようでありわその形は獣の後ろ脚のような形状に変化していた。
そのつま先からは漆黒の爪が伸び、地面をしっかりと掴んでいる。
そのまま勢いよく地面を蹴る!
その反動で、地面が大きくえぐれて後方へと弾け飛ぶ!
え!? 地面ってこんなに脆かったっけ!?
予想外の事に驚き姿勢を崩す。
マズい! 転ぶ……!
そう思った瞬間、背中から何かの力で引っ張られ、空中で体制を立て直す。
一瞬後ろを振り向くと……尻尾!
お尻の辺りから生えた黒く長くしなやかな尻尾が、無意識に揺れバランスを整えてくれる。
そのまま何とか着地したときには、銃を構える男の懐に入り込んでいた!
男は全く反応出来ず、再びスローモーションになった世界の中で私が元居た場所をただ眺めている。
勢いのまま右手の爪を一振り、男の持つ銃に向かって切り裂くように薙ぐ!
僅かな抵抗を感じた後、銃身は呆気なく切り裂かれ吹き飛ぶ。
その破片が地面に落ちるよりも早く――再び脚に力を込め地面を蹴る。
今度はバランスを崩す事なく真っ直ぐ跳べた!!
低い姿勢で地面擦れ擦れを跳躍し、10メートル以上の距離を一瞬で詰める!
後方に居た男たちの元に一蹴りで辿り着く。
彼らも全く反応できておらず、元私が居た位置を眺めて動かないままだ。
立て続けに全ての銃に斬撃を入れその銃身を切り裂く!!
『ーーお見事! 勝負あったな。後は……暫しの別れの前に、俺に名を付けて貰えぬか』
(え?名前?)
『そうだ。これから長い時間を共にする中で呼び名が無くては不便というもの。呼べば主の為にいつでも馳せ参じよう。――良いものを頼むぞ』
(そ、そんな突然! どうしよう。えっと……それなら、マスターが前に教えてくれた異国の怪物の名前はどうかな!
「人々は漆黒のその姿に恐怖と畏敬の念を抱いてこう呼んだ」って……)
―――――
――この間、現実では僅か3秒。
アイネ本人以外には何が起きたかも分からない。
目の前から突然少女が消え、手にしていた銃がバラバラになり地面に崩れて落ちる。
気配を感じ、慌てて背後を振り返ると――
手に漆黒の爪を携え
獣のようなしなしなやかな下腿
そして長い尻尾をユラユラと揺らし
――白金色に輝く髪と瞳を携えた少女がこう呟くのだ
「――――ファントム」
それは、直前に男が叫んだ
“なんだその姿は”
その問いの答えに聞こえた。






