k01-43 気高き黒のマモノ
演習所奥地の鬱蒼とした森は昼間でも薄暗い。
居ても立っても居られずホームを飛び出したけど、シャドーウルフェンを探す当てもなくただただ森の中へ進んでいく。
聞いたこともない動物の雄たけびが時々聞こえる。
そのたびにビクッと体を震わせながらも、あのマモノをこのまま死なせたくない一心でアイネは奥へと進む。
この広い森の中、何の手掛かりもなく探し回って見つかるとは到底思えない。
だけど、何故だか確信があった。
あの子を助けたいと思った時から、なんだか呼ばれているような、そんな気がする。
森を進むにつれて、その声はどんどんと大きくなるような気がする。
草をかき分け、大きな木の間を通り抜け道なき道を進むその時――
人工の音など一切なかった森の中に、突然銃声が鳴り響いた。
近い。
音のした方向へ走りだす。
見れば、周囲の草や小枝が折れ獣道のようになっている。
何か大きな物が通った後……きっとあの子だ!
その痕跡に沿って進んでいくと……居た!
大きな木の根元で横たわるシャドーウルフェン。
その周囲を、魔兵器で武装した数人の大人が取り囲んでいる。
見つからないよう一端近くの茂みに身を隠す。
「おい、銃声を立てるな! 誰かに聞かれたらどうする!」
「んな事言ってもよ、急にサイレンサーがイカレやがったんだよ。くっそ。ほんと最後まで手間かけさせやがって。見つけるのに何日かかったと思ってんだ」
「ったく。あーぁ。俺犬とか猫とかわりと好きなんだけど。仕事とは言え動物愛護の心が痛むねぇ〜」
そう言いながら1人の男が、手にした小銃をシャドーウルフェンに乱射する。
「しっかしあの爺さんも大したもんだ。実験でだいぶ弱ってたとは言えシャドーウルフェンだぜ?一撃でここまでやれるか?」
そう言って脇腹の大傷に向けてさらに銃を打ち込む。
絞り出すような悲鳴を上げ、大きく体をくねらせのたううち回るシャドーウルフェン。
よく見ると……その喉には深々と短剣が突き刺されていた。
酷い……! 悲鳴を上げられないよう最初に喉を狙ったんだ……。
「しかし、すげー生命力だな。コレ傷貫通してんだろ? あれから何日も経ってんのによく生きてるわ。それに、よくここまで走れたもんだぜ。ほっといても死ぬんじゃねぇか?」
「確実に息の根を止めてこいという通達だ」
そう言いながら、他の男も同じく銃弾を浴びせる。
その傷に何発もの銃弾が命中し血が噴き出す。
その度に、シャドーウルフェンは弱弱しい声を上げてただただ震えて耐えてている。
「ーーやめてください!!」
いてもたっても居られず、シャドーウルフェンと男達の間に割って飛び出す!
銃の射線上に飛び出すなんて、普段なら到底考えられないが、そんな事を気にする余裕もなかった。
気づけば両手を広げてそこに立っていた。
「うぉ、危ね!! 何だ!?」
銃を撃っていた男が慌てて銃口を逸らす。
「制服……テイルの生徒?」
「何でこんな所に? 聞いてないぞ」
「どうする?」
男達は顔を見合わせる。
その中の1人、集団を指揮していると思われる男性が手を上げ、全員が口を閉じる。
「キミ、危ないからそこを退きたまえ。そいつは先日の事故を起こしたマモノだ。やっとのこと退治するところだ。下がっていなさい」
「いいえ! 退きません!! こんなのあんまりです!」
アイネは一歩も引かず、両手を広げて男達の前に立ちふさがる。
「どうする? 急げよ。さっきの銃声、誰かに聞かれてるかもしれないぞ」
男達がひそひそと話す内容が聞こえる。
「……クソっ……。キミ、グレードと所属は!? 業務妨害として担当の教員に報告するぞ! 良いのか!?」
「……え?」
アイネが驚いた顔で尋ねる。
「あなたたち、テイルの職員なんですよね?」
「……そうだが。その証拠にこうしてテイルの魔兵器を使ってるだろう」
「……それなら、何で私の事知らないんですか?」
「は? 何人の生徒がいると思ってるんだ。一生徒の顔まで全て把握してなどいないよ!」
「……あなた達、本当はテイルの職員じゃないですね! というか、ウィステリアの人でも無いですね!! 一体何なんですか!?」
「……いや、我々はテイルから委託されたマモノ駆除の専門業務なんだよ」
「それなら許可書を見せてください! 部外者がテイル内で軍事行動をするならば必ず携帯しているはずです」
「……おい」
1人の男性が、面倒そうな顔でリーダーと思しき人物に話かけようとする。
「……かまわん! この娘ごと撃ち殺せ!!」
「え?」
思いもよらない発言にアイネの目が一瞬泳ぐ。
「マジかよ、さすがにそれはーー」
「もう良い、黙って見てろ。私がやる」
そう言って、男は手にした小銃をアイネに向ける。
「お嬢ちゃん、余計な事に首を突っ込んだ自分を恨むんだぞ」
どうしよう。
勢いでここまで来てしまったけれど、武器も何も持ってない。
もし武器があったとしてもこんな人数を相手に勝てる算段なんてない。
とうか、状況にやっと思考が追いついてきた。
私は、シャドーウルフェンの殺処分を考え直して貰えるようお願いしにきたはず。
さっきホームで聞いた話をすれば、もしかしたら考え直してもらえるかもしれない。
そう言う話し合いをするはずだったのに、どうして私殺されそうになってるんだっけ……
状況を理解すると、急に恐怖で足が震えてくる。
目の前には、私に向けて照準が合わされた魔兵器。
魔兵器学の授業はあまり得意じゃないけど、あれで撃たれればどうなるかぐらい容易に想像出来る。
恐怖のあまり、肩の力が抜け広げていた両手が下がる。
……だけど、どうしてもこの場所から逃げ出す気になれない。
悪い事なんて何もしてないのに、独りでこんなに苦しんでるこの子を見捨てて逃げるなんて。
男が銃を構え直す。
思わず目をつぶる。
サイレンサーが付いているのか、微かな銃声が何発か耳に残る。
そして……全身が何か柔らかくフワフワした感覚で覆われる。
あぁ、銃で撃たれて死ぬってこんな感じなんだ。
頭にでも当たったのかな……思ってたより全然痛くないんだな……。
そんな事を考えていると、何だかくぐもった声が聞こえてくる。
「……おい、どうなってる!?」
「あん? このシャドーウルフェン、まだ動けたのか?」
先程の男達の声だ。
アイネが恐る恐る目を開けると、目の前は真っ暗……違う、黒くフサフサした長い毛でおおわれていた。
そして、すぐ傍らに大きな獣の顔が。
銃弾から守るように、シャドーウルフェンがその巨体でアイネを包み込んでいたのだった。
『……まったく……物好きな小娘だ……』
聞きなれない声が耳に届く。
「……え? 誰?」
『む……? なんだ小娘? 俺の声が聞こえるのか?』
そう言って、シャドーウルフェンが痛みに耐え固く瞑っていた両目を開く。
その大きく美しい深緑色の瞳にアイネの顔が映る。
「う、うん、何でか分からないけど……。それより、傷大丈夫!? 逃げなきゃ!」
『……良く聞け。いいか、俺はもう長くは持たない。今から最後の力で奴らに飛び掛かる。もう爪を振るう事も出来んだろうが、倒れ込みでもすれば少しの隙くらい作れるだろう。その間にお前は森の中へ逃げるんだ。良いな?』
「――何言ってるの! 一緒に逃げるの! 助けに来た意味ないじゃない!」
『……無理を言うな。もう走る力なんて残ってない。……捉えられ操られ、それでもずっと意識はあった。俺にこんな仕打ちをした人間を呪い、全ての人を噛み殺してやりたいとまで思った』
シャドーウルフェンの瞳が怒りに歪む。
『だが、最後にお前のような者に会えてよかった。どうにか生き延びてくれ。そして、もし叶うならば、俺が傷つけてしまったあの若者たちに詫びてはくれないか』
そう言ってそっと目を閉じる。
「……ダメだよ! そういう大切な事は自分で言おうよ!!」
『ふふ……本当に無茶ばかり言う小娘だ。人とマモノ。こうして言葉を交わせればまた違った世界もあったかもしれんな――さらばだ』
そう言うと、シャドーウルフェンは懐に抱えていたアイネを口で優しく咥え、離れた場所へ放り投げる。
そうして直後――飛躍し男達目掛けて飛び掛かる!
「うぉ!!」
「危ねぇ!」
男達は慌てて避ける。
そのまま地面に倒れ込むシャドーウルフェン。
もう体制を変えることもできず、横たわったまま動かない。
「い、今だ撃て撃て!! 体毛の薄い腹は弾が通りやすいはずだ!!」
男達は一斉に銃弾を浴びせる。
おびただしい返り血が飛び散り、辺りの地面が真っ赤に染まっていく。
シャドーウルフェンの、声にならない断末魔が響き渡る
「ん!? あの女はどこ行った?」
「……いたぞ、あそこだ!」
地面に這いつくばるアイネを見つけ、独りの男が寄ってくる。
『……! 行け! 走るんだ!!』
最後の力を振り絞り、シャドーウルフェンが叫ぶ!
「……やめてよ」
アイネが力なく呟く。
涙で滲むその視界の奥では、血塗れのシャドーウルフェンが、どうにか首を起こしこちらに顔を向けようと震えている。
「やめて……」
だが、その首をどさっと倒し、ついにシャドーウルフェンは動かなくなってしまった。
それでも男達は念入りに銃弾を浴びせ続ける。
『やめてーーーーっ!!』
その瞬間
周囲が真っ白な閃光に包まれるーーーー






