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k01-40 裏切り

 静かだった室内に、ドアをノックする音が響く。



「あ、ごめん、またお客さん。エーリエかな?」


 そう言うとアイネは立ち上がりドアに向かって歩き出す。


 エーリエ?


 心配になって様子を見に来たんだろうか?




「はい、どなたですか?」


 アイネがドア越しに声をかける。



 返事よりも先に、乱暴にドアが開け放たれ人影が入ってくる。



「お邪魔するわよ! マスター・ジンはおいでるかしら?」


 その声に驚き、一瞬にして胸の鼓動が早まる。



 ――どうして!?



「あ、あの! 困ります勝手に入られると!!」


 制止しようとするアイネを押し除け入ってきたのは



 ――マスター・カルーナ



「そんな冷たい事言わないでよ。同僚が新しいホームを構えたって聞いたからお祝いに来たのに」


「マスターは今外出中で……!」


「気にしなくて良いわよ。戻ってくるまで待ってるから」



 ずかずかと部屋の中まで歩を進める。


 そして、ソファーから立ち上がろうとする私と目が合う。



「……あら驚いた! うちの子がお邪魔してたのね」


 明るい口長とは裏腹に、冷たい目で私を睨み付ける。



 何でここに!?


 尾行された? それは無い。念のため背後には常に気を配ってたし。



 何も言い返さない私を嘲笑うように一瞥し、ドアの外に向かって声をかける。


「ほら、あなたもお入りなさい」


 そう言われて、おずおずと後ろから現れたのは……



 エーリエだった……。




 昨晩の会話が蘇る。


『うちの実家な……そんなにお金持っとるような家やなくて』


『頑張って勉強して良い所に就職して、借金も返してほんで精いっぱい親孝行したろと思っとったんや』



 そしてマスターの言葉。



『協力してくれた方には……そうね、先にホームの場所を見つけてくれた方にしようかしら。その子にはこの先も最大限のサポートをさせて貰うつもりよ』



 エーリエにはエーリエの事情がある。


 彼女を一方的に恨むのは筋違いだ。



 ……だけどエーリエ、昨日言ったよね。



『友達を裏切ってまでする親孝行なんて意味無いわ!』



 アイネを裏切って、私に嘘までついて……!!



 マスターの後ろに突っ立ったままのエーリエを睨みつける。


 下を向いて黙ったまま、目を合わせようともしない。




 そんな私達にはかまいもせず、カルーナが大きな声を上げる。


「なーに、この立派なホーム!? たかだか2人だけのファミリアに必要ないでしょ!! まさかコネでテイルの予算使い込んだんじゃないでしょうね!?」


 そう言いながら本棚の方に歩みを進める。


 アイネが慌てて後を追う。



 古い本を一冊手に取る。


「どれもこれも古臭い本ばかりね……。なになに『輝石魔法とカムイの相関』

 輝石魔法……あぁ、聞いた事あるわ。古臭い伝承ね。それか気の狂った研究者の狂言。昔少し研究したけど、どう考えても理論が破綻してるもの。こんな本を大事に飾ってるなんて、やっぱりあのマスター頭おかしいのかしらね」


 そう言って、本を床に投げ捨てる。


「ちょ、ちょっと! 辞めてください!」


 慌ててアイネが拾い上げる。



「なによ? あ、ゴミを床に捨てたから怒ってるの? ごめんなさい、ゴミ箱に入れておいて。……ん……これは?」


 棚を漁っていたカルーナがある瓶に手を伸ばす。


「……これ、まさか」


 瓶を手に取り、中の液体をまじまじと眺めて驚きの声を上げる。


「アンニィパータントポーション!?」


「あ!! だ、だめです! 戻してください。それ大切な物なんです!」


 アイネが慌てて懇願する。



「前に研究所で一度だけ見たことあるけど……この結晶。信じられないけど本物ね」


「そ、そうです! マスターも本物だって言ってました。だから……」


「何でこんな貴重な物がこんな所に……。私が研究用に申請しても取り寄せて貰えなかったっていうのに……!」



 ――次の瞬間


 カルーナが不意に瓶から手を放す。



 私もアイネも一瞬の事で反応すら出来ない。



 瓶は床に落ち、綺麗な音を立て砕け散る。


 黄金色に輝く液体が床に飛散する。



 やっと思考が追いつき、アイネが声を上げる。


「あぁ!!」



 それを嘲笑うようにカルーナが覚めた微少を浮かべる。


「あら……ごめんなさい。つい手が滑って」



 そんな暴言すら耳に届かず、床に這いつくばって飛び散った液体をどうにか集めようとするアイネ。



「痛っ!!」


 アイネが声を上げる。



 見ると指先から血が流れている。


 床の薬をかき集めようとして、割れた瓶で手を切ったようだ。



 一瞬手を止めたけど、それでも構わず少しでも薬をすくいあげようと必死でかき集める。



 駆け寄って慌てて止める。


「アイネ! 辞めて危ないから!! ……マスター!! どうするおつもりですか!? 弁償できるんですか!?」


 泣きそうな顔で床に這いつくばるアイネを見て、気づけば私は怒りのあまり大声を上げていた。



「なぁに、シェンナ。怖い顔して。弁償なんて物騒ね。うっかりって言ってるでしょう? 話せばマスター・ジンも分かってくれるわよ」


「うっかりで済むような品物じゃないですよ!」


「……え、何? なんのことかしら?」


「何って……! アンニィパータントポーションですよ!」


「え? 何言ってるのかしら? そんな霊薬がこんな所にある訳ないでしょ?」


「……!!」



 ……確かに、存在すら伝説級の品物。もし私やアイネが学園へ訴えたとしてもきっと信じてもらえない。



 床に目をやる。


 薬は殆ど床にしみ込み、濡れた後が僅かに残るのみだ。



 その上でアイネが顔を覆い静かに泣いている。



「マスター!! 見損ないました……!」


「……黙りなさい。この裏切者!」



 私に一瞥をくれると、今度は机の上に置いてあった小さな機器を手に取る。



「これ……コレは良いわね!!」



 カルーナの顔がみるみる高揚し満面の笑みを浮かべている。



「シェンナ、あなたも見てみなさい! 分かるかしら? これ、ガルガティア製の機器よ! ここに刻印があるでしょ? 間違いないわ!」


 そう言ってその機器を高らかに掲げる。


「……それ! それも大事な物なんです! さ、触らないでください!」


 顔を上げたアイネが、泣きべそをかきながらカルーナにしがみ付いて止める。


「離しなさい!」


「きゃぁ!」


 カルーナに力いっぱい突き飛ばされ、アイネが床に倒れ込む。


「アイネ!!」


 慌てて駆け寄って抱き起す。


 そんな私達に向かってカルーナが意地悪な微笑を浮かべ矢継ぎ早に問いかける。


「どういう事かしら! ねぇ!? どうして"敵国"の機器がこんな所に? まぁ、簡単よね。素性の知れない新人マスターの正体は敵国のスパイだった。先日の事故もマスター・ジンが手引きして学園を混乱に陥れようとした……良いわね! 完璧!」


 涙をいっぱいに浮かべた目で私を見つめ、アイネが呟く。


「シェンナ……どうしよう。私のせい……。私がちゃんと留守番も出来ないから」



 そんなの……!


 こんなのどうしようもないでしょ……あんたのせいじゃないわよ。



 それに、他にもっと言いたいことあるでしょ?


 カルーナにブチキレても良いし、こんな事態を招いた私やエーリエに当たったっても良い。



 私の袖を掴むその手からは、まだ血が止まらないみたいでじんわりと赤い染みを広げていく。


 あんたが一番の被害者なのに、どうしてあんたはいつも人の心配ばっかりなのよ。



「……マスター!! やり過ぎです!!」


 さっきまで一言も発っせずその場に立ち尽くしていたエーリエが、急に大きな声を上げる。



 その声を聴いて一気に頭に血が昇る!



「何よ!! なに今更偽善ぶってるのよ!!? そもそもあんたのせいでしょ!!」


 負けないくらいの大声を張り上げる!!


「……! シ、シェンナ? ウチは……」


「うるさい! あんたの話なんて聞きたくない! 裏切り者!!」


 精いっぱいの罵声をエーリエにぶつける。



 そんな私達のやり取りを見て、アイネが泣き出す。


「やめてよぉ!! やめてよ2人共!!」



「あははは、なぁに? 良いわね青春ってやつ? まぁ、好きにやってなさい。じゃぁ、これは重要な証拠物として預からせて頂くわね」


 そう言って機器を手にカルーナは部屋から出ようとする。



「ま、待ってください!! 困ります、返して!!」


 泣きべそをかきながらも、アイネは立ち上がりカルーナの腕を引っ張る。


「……! しつこいわね!! 離しなさいって……言ってるでしょう!!」


 再びカルーナに突き飛ばされ床に倒れ込むアイネ。


「まったく、これだから……! 気安く私に触れてるんじゃないわよ、この大罪人の血筋が!!」


 その言葉を聞いてアイネが大声を上げて泣く。


「私が……私があなたに何かしましたか!? あなた達に迷惑なんかかけませんから!! もう、もうほっておいてください!!」


 今まで我慢してきた感情が、一番言われたくない言葉を言われてあふれ出たんだと思う……!



 そんなアイネを見て、私の怒りも頂点に達する!!


 気づけばカルーナに駆け寄り、その顔に向け平手打ちを放っていた!



 ……けど、さすがマスター。


 私の腕を掴み難なく止めてみせる。



 至近距離で睨み合いになる。


「……あなた、マスターに向かって暴力行為とは。覚悟は出来てるんでしょうね?」


「もちろんです。もうあなたに教えを乞う気は一切ありません!!」


 怒りと、今まで尊敬していた人への失望と、色んな感情がごちゃ混ぜになって、いつの間にか涙が溢れていた目で、それでも精いっぱいカルーナを睨みつける。



「シェンナ! ダメだよ!」


 駆け寄ってきたアイネが私を引っ張りカルーナから引き離そうとする。



「ま、マスターも落ち着いてください!」


 エーリエがカルーナの腕を引っ張る。



 正に一瞬即発――





 その時



「何だ? 騒がしいなぁ」




 部屋の入り口から呑気な男の声がして一同が一斉に振り向く。

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