k01-14 幼馴染 【挿絵あり】
『本日16時過ぎ、街外で発生した原因不明の火災は駆けつけたレスキュー隊により無事鎮火。直前に観測が報告されたクリムゾンオークの消息を含め、治安隊は引き続き周囲を調査、警戒中ーー』
食堂の電子掲示板が、何やら物騒なニュースを告げている。
「火災やて!? おっかないなー。な、シェンナ!」
一緒にニュースを見ていたエーリエが私の顔を覗き込む。
「おっかない、というより妙じゃない? クレムゾンオークでしょ? 火災を起こすような攻撃手段なんか持ってないはずよ。そもそもウィステリア周辺に生息するモンスターでニュースで言ってたような規模の火炎攻撃をする種族なんて居ないはず。
となると時期からして、南方から飛来したファイアーリザードが群れからはぐれて迷い込んだ……それとも、非合法な魔兵器の実験とか……ひゃ!?」
「はいはい、また優等生さんの悪い癖! なんでもかんでもそんな恐い顔して考え込まへんのー!」
そう言ってエーリエに顔をむにゅーっと潰される。
エーリエとは懇親会の時にたまたま話したのがきっかけだった。
サイドでひとつ結びにしたやや癖毛な甘栗色の髪と、可愛い八重歯が印象的な小柄な子。
彼女は私がノーブル家の次期当主だと知っても、媚を売る訳でもなく卑屈になる訳でもなく対等に接してくれる。
春休みの間もなんだかんだと顔を合わせているうちに仲良くなったのよね。
いつも元気で、一緒に居ると笑いが絶えない。
「ご、ごめんごめん! 気を付けるわ」
まだ私の顔を潰し続けているエーリエに謝る。
満足したのか、ニッコリ顔でやっと手を離してくれた。
頬を摩り形を整えていると……隣から何やら話し声が聞こえてきた。
「ぶ、物騒だなぁ。な、なぁ。アイネ」
「そ、そうですね、マスター。用心しないと」
見ると、アイネと例の新人マスターがいつの間にか隣に立ってニュースを見ていた。
何故か2人とも目が泳いでいる。
確かに物騒ではあるけど、そこまで怖がらなくても……。
てか、何で2人共ドロドロでボロボロなのよ。どんな授業してきたわけ?
そんな事を思ってチラチラ見ていると、それに気づいたのか振り向いたアイネと目が合ってしまった。
「……アイネ、久しぶりね」
目が合った以上、無視するのもバツが悪く思わず声をかけてしまう。
「シ、シェンナ……久しぶりだね」
少し困ったような笑顔を見せるアイネ。
そう言えば、こうして間近で顔を合わせるのは初等グレードの時以来かも。
お互いにそれ以上話す事も無く、気不味い雰囲気だけを残してどちらからとも無く視線を逸らす。
ーー昔は本当の姉妹みたいに仲良く遊んだのにな……。
不意に昔の事を思い出す。
ーーーーー
アイネはご両親が仕事の都合で留守にする事が多く、古くから繋がりがある私の家によく預けられてた。
家でアイネを見かけると、つい嬉しくなっていっつも私から抱きついてたな。
いつもの事なのに、ビックリしてアイネが悲鳴を上げるのがお約束だった。
一緒に遊んで、一緒にご飯を食べて、一緒に勉強して……って、勉強に関しては私が殆どアイネの家庭教師だったけど。
一緒にイタズラして一緒に怒られて2人で泣いて謝って……。
ーーそれがどうしてこんな疎遠になっちゃったか……
ううん、理由は分かってる。
うちは名門ノーブル家。私はその次期当主。
アイネは大罪人のヴァン家の現当主。
家同士の交流すらあまり良く言わない大人が周りに大勢居たけれど、アイネのご両親と親交の深かったお父様の鶴の一声で誰も口出しはしなかった。
子供ながらに、さすがノーブル家の当主と思った。
それでも、私の未来を考えれば彼女と親密にすることは明らかに得策ではない。
両親の見ていない所で、他の周りの大人達から事あるごとに、彼女とな関わるなと言われた。
その度に私は猛反発し大人達と大喧嘩を繰り返したけれど、そんな幼稚な私とは裏腹に、事情を1番理解していたのはアイネだった。
小さい頃から人の顔色に敏感な子だったから、周りの大人達の様子から察したんだと思う。
いつの頃からか……彼女はそれとなく私を避けるようになった。
あの頃はそんな彼女の気遣いが分からず、急に冷たくなったアイネに当たった。
「アイネちゃん! 何でそんな意地悪するの!? シェンナ何か嫌われるようなことした!?」
そんな事を言って彼女を何度も困らせた。
アイネはそんな私に怒るでもなく言い訳するでもなく、ただ
「ごめんね」
と、寂しそうに謝るだけだった
当時の彼女の気持ちを考えると……今は凄く胸が痛い。
ーーーーー
「なんや? シェンナ、ヴァン家の子と知り合いなんか?」
声を掛けられふと我に返る。
隣でエーリエがアイネと私の顔を交互に見渡していた。
彼女に悪気があったかどうかは分からない。
昔の事を考えてしまっていたからかもしれない。
"ヴァン家の人"と言う言い方が妙に感に触った。
「……そうよ! 彼女はアイネ・ヴァン・アルストメリア。幼馴染よ」
いつもなら軽く流すところ、何故かムキになってアイネをエーリエに紹介する。
アイネが驚いて目を丸くするけれど、それには気付かないふりをする。
「おーーそうなんか! うちはエーリエ・クリオル・プレア。 シェンナと同じファミリアの同期なんや! 仲良くしたってな!」
エーリエがアイネに握手を申し出る。
「あ、は、はい。アイネ……ヴァン・アルストメリアです」
アイネは少し戸惑いながらも握手に応じる。
意外だった。
この街の人間は一人の例外も無くアイネの事を目の敵にしてると思ってたから……。
「おぉ! 思い出した! 何処かで見た顔だと思ったら、今年の首席にして名門ノーブル家の次期当主様じゃねーか!」
私のセンチメンタルな気持ちを台無しにするような能天気な声でマスター・ジンがポンと相槌を打つ。
この男……どんだけ馴れ馴れしいのよ。
「なんだ、アイネお前こんな有名人と知り合いなのか?」
そう言われて焦るアイネ。
「え、えぇ……。そ、それよりマスター、今日は私このまま帰りますね。また明日」
そう言って足早に行ってしまった。
「ん?おぉ。そうか、お疲れ。あ、良かったら今度うちのホームに遊びに来てくれよな、2人さん!」
そんな事を言いながらマスター・ジンも去って行った。
まったく……何て馴れ馴れしい人なんだろう。ホントよくこれでマスターになれたもんだわ……。
「シェンナ、うちらも行こか! 学食で夕飯買って帰るやろ?」
「あ、うん!」
エーリエに促されて私達もその場を後にする。
エーリエ