最終話 『戦隊戦隊』 Cシャドー後編
中央棟の講堂の壇上で、ウサギの頭を被った御影はサンダー達を見下ろした。
「これで全員か? 随分とやられたな。しかも、ウイルスは手に入らなかったか」
サンダー達はもう二十体ほどしかいない。
「申シ訳アリマセン。シャドー様……」
「まあ良い。どうせ、これが手に入ったならば仲間はいくらでも増やせる。さあ、人間達の動きは封じた。今のうちに脱出するぞ」
御影は階段を下りた。その時、何かが飛んでいることに気が付いた。カメラ付きリモコンヘリ、タコだ。それを見て御影は思わず大声で笑った。
「アッハッハッハ……まだ盗撮をしていたのですか! もう特殊警備員の方々は動けないのでしょう? 私達は堂々と脱出します。もう、コソコソと撮影しないでも良いですよ」
すると、どこかから複数の笑い声が聞こえてきた。
「ハッハッハッハッハ……」
御影は辺りを見渡しながら叫んだ。
「そ、その声は!」
講堂の観音開きの扉の一つが勢い良く開く。そこには桃が刀を構えて立っていた。
「街の平和を乱す奴!」
別の扉が開く。そこには先峰がブラスターを構えて立っていた。
「輝くスーツでクールに粉砕!」
中央の扉が開く。そこには赤司が拳を構えて立っていた。
「行くぞ、我らの正義の味方!」
「レンジャーピンク!」
「レンジャーブルー!」
「レンジャーレッド!」
「三人合わせて、戦隊ヒーロー戦隊、戦隊ヒーローレンジャー!」
✝ ✝ ✝ ✝ ✝
♪チャッチャラー、チャチャー、チャンッ。ダンダンダンダンダンダンダン……
戦隊ヒーローのテーマ、インストバージョンが流れる。
ディスプレイに映る三人の戦士を見て、オペレータールームのスタッフ達は拍手をした。
先峰が銃を撃ち、桃が刀を振るう。次々とサンダー達が倒されていく。
画面が切り替わると、御影のアップが映し出された。ウサギの頭があるので表情は分からないが、小刻みに震えている様子が窺える。怒っているようだ。
御影は撮られていることに気付いたらしく、突然カメラを指差した。
『人類よ! 今回は勝ちを譲ってやろう。覚えておけ!』
そして講堂の裏口へと走り出した。
その時、あの男の声が響いた。
『逃げんじゃねえ! ペラペラ野郎!』
赤司が、ウサギの頭に跳び蹴りをくらわした。
✝ ✝ ✝ ✝ ✝
ウサギの頭が吹っ飛び、それは壇上の演台の上に綺麗に正面を向いて着地した。
御影の顔が顕になる。その顔は、御影の顔だった。
「なんだよ。隠してるから秘密があるのかと思ったよ」
赤司がそう言うと、御影は一瞬だけウサギの頭に視線を向けた。堂々と見るのではなく、すぐに視線を外したことに疑問を抱き、赤司は、挑発するように言葉を続けた。
「そうか、あっちのウサギの頭に秘密があるんだな?」
御影の表情が険しくなった。意外と分かりやすい性格のようだ。確信を得て、赤司は演台に向かって歩いた。すると御影が怒鳴り声をあげた。
「やめろ! それ以上フィフティーに近付いたら、許しませんよ」
「許さない? お前、状況分かってんのか? こっちはレンジャースーツを着てるんだぞ」
サンダー達を倒し終えた先峰と桃もやって来て、三人で御影を取り囲む。
御影は、諦めたのか、溜息をついて壇上に上がった。
「仕方がない、最後に一席ぶつとしましょうか……」
それを聞いて先峰が言う。
「嫌だよ。時間がないのさ」
赤司は先峰の肩を叩いた。
「ごめん。少し聞かせてくれ。なあ、御影! すぐ終わるだろ?」
御影は頷き、大袈裟に両手を広げた。タコが周りを飛び回り、その様子を撮影する。
「皆さんは、フィフティーが偶然初めて発見されたクリーチャーだと思っていませんか? それは間違いです。彼女こそ始まりのクリーチャーなのです。彼女が現れるまで私達は無力でした。しかし彼女は違った。突然変異なのか、彼女だけはヒトガタに寄生する能力を持っていました。そう。フィフティーが暴れた時、クリーチャーは世界に彼女だけだったのですよ」
そこまで聞いた赤司は尋ねた。
「フィフティーしかクリーチャーじゃなかった……あの惨劇にお前は関与していないってことを言いたいのか? で、無力だったお前達は結局何者なんだよ」
「さあ。何かの生き物ですね」
「はあ? ふざけんな! そこ大事じゃねえのかよ!」
「ふざけてなどいませんよ。では聞きますが、あなた達は何者なのですか? どこからやって来て、どこに行くのでしょう? 何を目的に生きているのですか?」
その問いに対し、赤司は明確な答えを導き出すことが出来なかった。自分達は何者か、存在理由、目的。今まで考えたこともない。
「そ、そんなの分かる訳ねえだろ……」
絞り出した返答を聞いて、御影は鼻で笑う仕草をした。
「話を続けましょう。今現在においても、ある意味、ヒトガタに寄生する能力は彼女しか持っていないのです。そんなたった一つの貴重な存在を人類は殺してしまった……」
赤司は顔をひきつらせた。勝手なことを言いやがる。
「……ただし、幸いなことに、その能力の因子を受け継ぐことが出来た者達がいました。あの日、あの現場で、彼女の血を浴びた同志達です。因子を受け継いだ私達は宿主を求め、世界へ散りました。そして寄生を行い、クリーチャーの成体になったのです」
「お前の話を信じるなら、世界中のクリーチャーは、あの日、新宿にいたってことか?」
「そうです。大半は脆弱な微生物でしたがね……お気付きになりましたか? 私達は決まった数しかいないのです。増えようがない。そこで私は、十七年間、繁殖方法を模索しました。そして、ようやく辿り着いた。それは、このフィフティーの血が染み込んだ頭部から因子を得る方法です。この頭部があれば、私達は増えることが出来る」
「つまり、お前がその頭を外部に持ち出すのを阻止すれば良いって訳だな。ネタバラシお疲れ様。本当かどうか知らねえが、まあ、少しはスッキリしたよ。そろそろ終わりにするか」
赤司は、刀を抜いた。
「アッハッハッハ……私がなぜカメラの前で演説を行なったと思いますか? これは現人類への予告です。皆さんを進化させてやるという宣言なのですよ。あなた達は一つ大きな勘違いをしている。あなた達は、私のことを出会った時から完全なクリーチャーだったと思っていませんか? それは違います。私が完全体になったのは一週間前です。それまでは、無力な何かだった。私は十七年間、最高の宿主を探していたのですよ……」
嫌な予感がし、三人は武器を構えた。
「……私が宿主に選んだのは、黒いレンジャースーツ。私はレンジャースーツと融合し、究極のクリーチャーになったのです。さあ、終わりにしましょうか」
そう言って御影は体の前で両腕を交差させた。
「変身! クリーチャーシャドー!」
強い衝撃波が御影から放たれ、黒い洋服が弾け飛んだ。御影の全身に蜘蛛の巣のように亀裂が入り、オセロのように裏返っていく。背中が膨らんでバックパックが現れ、腰からはブラスターが飛び出す。やがて、御影はレンジャーブラックの姿になった。
先峰が咄嗟にブラスターを放った。それは御影の腹部を捉えたが、全く効いている様子がない。ただのレンジャースーツではなく、クリーチャーと融合したことにより防御力が上がっているようだ。
ならば、斬る。
「くらえ! 戦隊ヒーローソード!」
赤司は勢い良く刀を振り下ろした。御影はその攻撃を難なく刀で受け止め、足を横向きに振った。赤司の脇腹にそれがめり込む。赤司は壁際まで吹っ飛ばされた。
「戦隊ヒーローショット!」
桃の叫びが響く。御影が横に跳び、目標を失った散弾は壁を粉砕した。
「オメガスライサー!」
先峰が御影の背後から水平に刀を振る。御影は高くジャンプしてそれをかわし、後方に宙返りして先峰の背後を取った。体を回転させ、裏拳で先峰の頭を殴る。先峰は風に吹かれる落ち葉のように床の上を転がった。
桃がレールショットガンの装弾を終えて構える。ところが引き金を絞るより早く、御影は間合いを詰めて刀を下から上に振り、その銃を弾き飛ばしてしまった。そして、格闘の構えを取ろうとする桃のみぞおちに膝蹴りを入れた。桃が、その場に崩れる。
反則的な強さだ。勝てる気がしない。
御影はゆっくりと辺りを見渡し、口を開いた。
「まだ、この体に慣れていないのですよ。力の加減が難しい。なにせ、私はレンジャースーツの出力を最大まで引き出せてしまいますのでね。もう少し楽しむつもりが、終わってしまいました。さて、とどめを刺しますね」
御影は自身の足元に転がる桃を見下ろし、刀を逆手に持って振り上げた。
「やめろー!」
赤司は叫んだ。御影は一瞬だけ赤司のことを見たが、すぐまた桃を見下ろした。
「やめろ! 頼む! やめてくれ……」
懇願しながら考えを巡らせる。次の一手で奴の動きを止めなければ桃が殺されてしまう。
「やめろ! お前だって、大切なものを失うのは嫌だろ!」
赤司は、ウサギの頭部に刀を突きつけた。プラズマの熱で表面が焦げ、煙があがる。
御影は赤司に視線を寄越し、淡々と喋り出した。
「赤司班長、ひょっとして、先程の私の話を信じているのですか?」
赤司は思った。こいつは今、嘘をついている。先程、少しウサギに近付こうとしただけで凄い剣幕で怒っていた。そして何より、桃への攻撃を躊躇している。
「お前の悪役としての良識に賭けたんだよ。さっきの演説は本当だったんだろ?」
御影は刀を納め、体ごと赤司のほうに向き直った。
「分かりました。では、どうすればフィフティーを返して頂けますか?」
「お、俺と、一対一で勝負しろ。他の二人は逃がしてくれ」
御影はしばらく黙り込んだ。裏があるのではないかと勘繰っているようだ。
「赤司君。なに言ってるのさ……」
「赤司さん。私達も戦いますって……」
先峰と桃が苦しそうに言う。赤司は笑いながら答えた。
「二人とも安心しろ。俺は絶対に勝つ方法を思いついている! だから先に逃げててくれ」
すると、御影が声を張った。
「良いでしょう! 一対一で勝負しましょう」
その言葉を聞いて赤司は二人に言った。
「そういう訳だ。勝負の邪魔しないでくれる? また後でな……」
それでも二人は出て行こうとしない。桃がふらつきながら立ち上がる。
「……先峰君、桃が一人で歩けそうにない。外まで連れていってあげて。頼む」
赤司の言葉を聞いた先峰は、桃に一瞬視線を向け、ためらいながらも小さく頷いた。
「分かったよ。じゃあさ、桃ちゃんを避難させたら、すぐに戻るから」
大きく首を横に振る桃の腕を先峰が無理矢理掴み、二人は、講堂を後にした。
辺りが静かになると、御影が呆れたような口調で話し出した。
「私に勝つ方法など思い付いていないのでしょう? 仲間思いですね」
「あれ? 気が付いてたんだ? さすが良識ある悪役だね」
「では、さっさと勝負を終えましょう」
ゆっくりと御影が近付いてくる。赤司は無駄とは思いながらもプラズマソードを構えた。
その時、視界にタコが入った。今この瞬間も撮影が行なわれていて、オペレータールームのスタッフ達は状況を分かっているはず。それなのに誰も何も言ってこないのは、自分のことを信じているからだろうか。赤司は一台のタコに視点を定めたまま考えた。まだ諦めては駄目だ。
そのタコに手招きをし、近付いてきたところを素早く捕まえてカメラを覗き込む。
「やりますよ。やれば良いんでしょ。やれば」
そう愚痴を零し、タコを解放する。そして、御影を睨んだ。
「なあ、御影。そんなに焦らなくても良いだろ。せっかくだからもう少し世間話をしよう」
「命乞いでもするのですか?」
「いいや。本当に世間話をするつもりだ。お前達はお喋りが好きだよな? ほら、いつかのマネキンとかサンダーとか言語を使う奴らは良く喋る。もちろんお前も。たぶん、お前達クリーチャーは十七年間奇声ばかり発していたから、言葉を話せるようになったのが嬉しくって、ついつい喋っちゃうんだろうな。分かる分かる、その気持ち。俺も子供の頃、夏休み明けとか久しぶりに会う友達にはやたらと話し掛けたからね」
「夏休みなんて、遠い昔の話ですね」
「一応、夏休みの記憶はあるのか? 御影和馬は二十歳の頃に失踪したって聞いてるぜ。それ以前の記憶があるってことかな? フィフティーの血を浴びた和馬君が、得体の知れない何かに変わってしまったってこと?」
「そんなことを知ってどうするのですか? もうすぐ死ぬのに」
「好奇心だよ。今、俺は歴史的瞬間に直面しているんだぜ。誰も解き明かすことの出来なかった謎の答えを知るなんて、なんと光栄なことでしょう。で、さっきの質問の答えは?」
「私自身、良く分からないですね。過去の記憶はあっても、それが自分の記憶か、他人の記憶か曖昧です。ただ、フィフティーと出会ってから、個ではなく、種について考えるようになりましたよ。そして、同志の存在を察することが出来るようになった……」
「じゃあさ、じゃあさ…………」
赤司は繰り返しどうでも良い質問を浴びせた。御影は神経質なのか、その度に丁寧に問いに答えた。
しかし流石に数分が過ぎた頃、御影は痺れを切らした。
「もう分かりましたよ! あなたの考えていることが! 時間を稼いで爆撃を待っているのですね? そんな手には乗りませんよ!」
「さあ、どうだろうね。ただ、最後に一つだけ、是非話しておきたいことがあるんだ。これは絶対にお前は聞いておいて損はしない」
そう言った時、遠くから爆発する音が聞こえた。爆撃が始まったようだ。
「時間がありません。脱出します」
「良いのか? これはレンジャースーツの機能についての話だ。お前はスーツと融合したんだろ? つまり、一生そのスーツと一緒なんだよな? 知っておかないとヤバイぞ」
「では、さわりだけ聞いておきましょうか」
「ありがとうよ。まず、お前はセムコや豪警でも働いていたのに、わざわざうちのレンジャースーツを奪ったのは理由があるんだろ? 俺が推測するに、色と武器が気に入った?」
「そうですね」
「だと思ったよ。お前の運動能力なら飛び道具よりも格闘のほうが強いからな。刀や折り畳み式の銃は魅力だよな。ところがな、うちのブラスターは扱いが厄介なんだよ」
赤司は刀をブラスターに切り替え、御影に向けた。
「私にブラスターは効きませんよ」
「知ってるよ。ブラスターの説明をするなら、ブラスターを見ながら説明したほうが良いかなって思っただけだ。お前、このブラスターの充電方法は知ってるか?」
「当然です。全社共通、ベルトのホルダーに差すか、充電ケーブルを差すかです」
「はい、残念でした! うちのブラスターはちょっと違う。これさ、うちの会社が特許を持ってるんだよ。つまりな、専門の業者が作ったんじゃなくて、うちの開発班が作ったんだ。おかしいと思ったことないか? うちみたいな中小企業に兵器開発の部署があるなんて。実は、開発班っていうのは名前だけで、実務は整備なんだよ。機械弄りが好きなおじさん達の集団が、カッコつけて開発を名乗っただけ。そんな人達が作った物だから欠陥があるんだ」
「それは聞いておかなければいけませんね」
「うん。実は、過充電防止機能が付いていないんだ。作ってから気が付いた。充電し過ぎると壊れることが判明。急遽、ベルトのほうに過充電防止機能を付けた。分かる? このブラスターの充電は絶対にベルトのホルダーで行なわないといけないんだ」
「もう分かりました。教えてくれてありがとうございます。さあ、死んで下さい」
「まあ、待て。もう一つ。じゃあ、ケーブルで充電するとどうなるか気にならないか? 実はなあ、ケーブルで充電し続けるとオーバーフローを起こして、こうなる……」
赤司は引き金を引いた。すると直径一メートルを越える巨大な火の玉が御影に向かって飛んでいった。突然のことに御影は反応が出来ず、その直撃を受けた。
すかさず二発目、三発目を放つ。そして、四発目を撃とうとした時、ブラスターは激しく弾けた。右手が燃えるように痛む。しかし、それを堪え、赤司は御影のもとへ急いだ。
御影は仰向けになって倒れていた。赤司は高くジャンプして踏みつけるようにその腹を蹴飛ばした。御影がうめき声をあげる。赤司は続けて何発も足を振った。
「な、なぜ、充電ケーブルがこんな所に……」
「スーツを復旧させる時に使ったんだよ。それがタコに括り付けたままになっていたんだ。お前の用意周到さが仇になったな!」
言い切ると同時に外から大きな音が響く。爆撃が本格化してきているようだ。このままでは御影と心中することになる。急がなくては。
そう思った時、御影が足払いを仕掛けてきた。僅かに体勢を崩す。その隙に御影は立ち上がって格闘の構えを取った。ただし、相当ダメージが蓄積しているようだ。ふらついている。
赤司は御影に殴り掛かっていった。御影も応戦する。
二人は、講堂の中央で防御することも忘れ、ひたすら殴りあった。頬を殴れば頬を殴り返され、腹を殴れば腹を殴り返される。鈍い音が繰り返し鳴り響き、徐々に体力が削れていく。
やがて、二人は立っているのもやっとという状態になった。お互い、もう数発しか攻撃できそうにない。そこで赤司は、慎重に狙いを定めてアッパーを放った。決まってくれ。祈る。
その攻撃は思惑通りになり、御影のフェイスガードが跳ね上がった。露わになったその顔は皮膚を剥がされた筋肉のようになっていた。
「エグ……」
「黙れ!」
「お前がな!」
赤司は握り締めた拳に力を込め、叫んだ。
「くらえ! 戦隊ヒーローパーンチ!」
放たれた拳は御影の顔面に深くめり込んだ。そして御影は、仰向けに倒れ、動かなくなった。
勝った。しかし、もう力が残っていない。赤司は崩れるように膝をついた。
辺りから激しい爆発音が響く。焼夷弾だけではなく外壁を崩すために通常の爆弾も使用されているようだ。コンクリートの崩れる音も聞こえる。
しばらくすると、講堂の天井の一部が吹き飛んだ。赤司はそちらに視線を向けた。そこから青空が見える。
赤司は観念した。
もう脱出は無理だな。まあ、最期に空を見ることが出来て良かった。
すると、イヤホンから声が聞こえてきた。
『綺麗な青空ですね……』
潔子の声だ。おそらく赤司のゴーグルカメラの映像を見ているのだろう。つまり、自分の今見ている景色は記録に残るのだ。今日の戦いを編集して放送することがあるのならば、ラストカットはこの空が良い。
そう思った時、突然全身に激痛が走った。バックパックが煙を噴き出し、人工筋肉が膨れ上がる。そして、意思に関係なく、勝手に体が立ち上がった。
これは、リモート機能だ。
『おい、赤司! お前はスポンサー料を払わなければいけねえんだぞ! 忘れてねえか?』
熊山の声だ。続けて再び潔子の声が響く。
『赤司君。空が見えたってことは、跳べばそこから出られます。少し全身が痛いかもしれませんが、我慢して下さいね。発射一秒前、発射!』
体が勝手に勢い良く走り出す。目の前に炎の壁があろうと、お構いなしに直進する。
「熱い! 熱い! 熱い! 全身痛い! 潰れる! 体潰れる!」
この期に及んで、レンジャースーツに圧し潰されるという新たな死に方の選択肢が現れるとは思いもしなかった。
全身軋みながらも、徐々に速度が上がる。
そして、空の真下に来た時、赤司の体は高く跳ね上がった。
✝ ✝ ✝ ✝ ✝
先峰と桃が研究所から脱出した時、既に爆撃は始まっていた。
桃は、涙を流しながら先峰のことを力なく殴った。先峰は何も言わず、桃のことを引きずった。
木村や他社の警備員達が駆け寄り、急いで安全な所へ二人を運ぶ。
着装車の近くに着いた時、体の痛みと精神的な痛みが相まって、桃は地面の上に崩れた。
視線の先で建物が徐々に形を失っていく。出口は既に崩れ、とても人が通れるような状態ではない。桃は声を出すことも出来ず、ただ、しゃくりあげた。
やがて、大きな爆発音が響き、巨大な火柱があがった。もう彼の生存は絶望的。諦めかけた時、その火柱の中に何かが飛んでいるのが見えた。
それは、拳を握り締めた赤い人影だった。
勇ましい叫び声が聞こえる。
「レンジャーレッド! 参上!」
✝ ✝ ✝ ✝ ✝
病院の受付スタッフに呼び出して貰ったタクシーに乗り込み、行き先を告げる。ようやく退院だ。座席に腰を沈め、赤司は、両脚のギプスを撫でた。
両下腿骨粉砕骨折という名前からして物騒な診断により、赤司は二週間の入院を余儀なくされた。
皮肉なことに、その怪我はクリーチャーの攻撃によるものではなく、レンジャースーツに圧し潰されたことが原因だった。
ただし、足を潰さなければ、研究所の炎とコンクリートによって命を潰されていたのだから、この程度で済んで良かったとも言える。
医者の話によれば靭帯と筋肉の損傷が少なく、すぐに治るとのことだった。とはいえ、最短でも全治三カ月、しばらくは松葉杖とリハビリの世話にならなければならない。
真っ白なギプスには幾つもの落書きがあった。入院中、見舞いに来た人達が油性ペンで書いていったのだ。
メガネを掛けた不気味なキャラクター、これは潔子が書いた。『赤司ちゃん生還は俺ちゃんのお陰 キム』、これは木村が書いた。『先に退院するね。入院中の備品を置いていきます。イヤホンマイクの病室での使用は原則……』、延々と病院内での注意事項を書いたのは菰田。その隣には『クールに粉砕』、名前は書かれていないが誰からの言葉かすぐ分かる。脛の最も目立つ部分には熊山からの言葉もあった、『スポンサー料…………円也』、見たくもない。
そして、ふくらはぎの目立たない部分に、控え目に桃からのメッセージが書かれていた。
『赤司 さん
早く戻ってきてくださいね。もも』
赤司はその言葉を感慨深く見つめた。
タクシーは甲州街道を西へと進み、やがて株式会社戦隊ヒーローの前で停車した。車を降りた赤司は、杖をついて真っ先にオペレータールームへと向かった。
「よお、赤司。よく戻ってきた! 迎えを出せなくて悪かったな。ここ数日、忙しくてな」
熊山が相変わらずの強面でそう言う。
「いえ、平気ですよ。繁盛してそうで何よりです」
赤司は笑顔でそう答え、室内を見回した。確かに全員忙しそうだ。ただし、隊員達の姿は見えない。
そこで、潔子に尋ねた。
「先峰君達は?」
「たぶん、三人とも訓練室にいると思います」
その言葉を聞き、赤司はスタッフ達に軽く頭を下げて部屋を後にした。
エレベーターに乗り、地下へと向かう。
廊下を歩いていると、レンジャースーツを着た桃の姿が見えた。桃もこちらに気付いたらしく、恥ずかしそうに近付いてくる。
「お、お久しぶり、です……」
桃はぎこちなく言った。
「や、やあ……」
ぎこちなく応じる。
戦いの最中、気持ちが昂ぶって肩を抱いてはみたが、日が経つにつれ恥ずかしさが込み上げてきて、お互い、接し方が分からなくなってしまっていた。
しばらくの沈黙の後、赤司は意を決して言った。
「ただいま。篠原隊員」
すると桃はいつもの笑顔になって敬礼をした。
「おかえりなさい、赤司先輩。やっぱり、この呼び方がしっくりしますね」
赤司も笑顔になる。
「赤司君!」
先峰の声が聞こえてきた。見ると、彼は嬉しそうにこちらに向かって走っていた。
「赤司君、戻ってくるのが遅いよ。忙しくって大変だったんだ。さあ、着装してきて」
「は? この脚を見ろよ! 働ける訳ねえだろ!」
「そうは言うけどさあ、菰田さんが戦闘班を引退して営業に異動するって言うんだ。桃ちゃんと二人じゃ休みも取れないよ。赤司君は僕が過労死しても良いのかい?」
遅れてやってきた菰田が口を挟む。
「先峰君、赤司君が復帰するまでは僕も戦うから」
「でも、赤司君が戦わなかったら、赤司君は赤司君じゃないですよ。何より、僕達は正義の味方、戦隊ヒーローでしょ。脚をもいででも活動するべきですよ」
「確かに戦隊ヒーローだけど、脚はもげさせなくても良いんじゃないかな」
「もげるくらいの方がヒーローとしてクールさ……」
モゲモゲという二人の会話を聞いて、赤司は声を発した。
「あ……」
桃が尋ねる。
「どうしたんですか? 先輩」
先峰と菰田も不思議そうに赤司のことを見た。
赤司は入院中、おぼろげにあることを考えていた。自分達は何者か、目的、存在理由。その答えが分かった気がした。難しく考える必要などなかったのだ。そう。自分達は。
「俺達は、カッコマエカブ戦隊ヒーローですよね」
三人は益々怪訝そうな顔をした。
「街の平和を守る。それが俺達の使命です。さて、パトロールでも行きましょうか!」
桃が首を傾げながらも頷く。先峰、菰田も頷いて、三人は、額に手を近付けた。
「ラジャー!」
それから四人は、揃って出動ハッチへと向かった。
シャッターが開き、日が差し込む。
✝ ✝ ✝ ✝ ✝
✝ ✝ ✝
ノイズ、ノイズ、ノイズ……
遡ること二週間前。
燃え盛る国立新生物研究所の中で、一台のリモコンヘリ、タコが、その使命を終えようとしていた。炎の熱と崩れたコンクリートによって、既に機能の大半を失っている。飛ぶことも出来なければ、映像送信も不安定な状態だ。
ただし、撮影機能だけは生きていた。
タコはカメラのピントを合わせ、目の前の炎を撮り続けた。
その炎の向こう側、中央講堂壇上の近くに、ゆっくりと動くモノがあった。
それは、ウサギの頭を脇に抱えた黒い人影だった。
人影は力を貯めるようにしゃがみ込み、そして、高く跳び上がった。黒煙立ち込める空の中、『影』は、溶けるように姿を消した。
暗転……
『株式会社 戦隊ヒーロー』 了




