第22話:店長には店長のままで
香焼書店は今日も暑い。冷房など無意味だ。隣の喫茶店ではかき氷を始めたらしい。これでまた客が増えるかもしれないと思うと嫌になる。
「かき氷のシロップでブルーハワイ味っていうのがあるけどさ。ブルーハワイ味って、結局なんの味なんだろうね?」
淡路さんがどうでもいいことを聞いてくる。
「ブルー・ハワイっていうカクテルがあるんですよ。それに似せて作ったのがブルーハワイだそうです」
「へえ。ヤマトン物知りだねえ」
「本当の物知りはこんなもんじゃないですよ」
「じゃあさ、かき氷とフラッペの違いってなんなの?」
「え、えっと……オシャレ度…かな?」
「お、オシャレ度…?」
我ながら中途半端なアンサー。同時に店長が中途半端で終えている売り上げの計算が僕を苦しめていた。
「関先輩、この本はどこの棚ですか?」
「あれ? 旭、今日も来てんの?」
「週6です」
「頑張るねえ。それは12番の棚だと思うよ」
「ありがとうございます」
今日は淡路さんと旭だけか。店長は適当にやっててなんて言ってたけど、適当にこなせるほど暇でもない。というかむしろ客が多い。多すぎる。やはりかき氷の波が来ているのか。おかげですごい人波だ。
「こらヤマトン。『客』じゃなくて『お客さん』でしょ!」
「え、僕の声、漏れてました?」
「だだだ漏れだよ!」
「『だ』がひとつ多いですよ、淡路さん」
「おっと、うっかりだ」
ああ、淡路さんは可愛いなあ。ちょっと変な人だけど、この人が居てよかった。香焼書店に咲く一輪の花だ。癒される。ベホイミ。
「ちょ、照れるよヤマトン…」
「え…!? 今のも漏れてたんですか?」
「だだ漏れだだよ!」
「今度は移動しましたよ、淡路さん」
「おっと、うっかりだ」
******
淡路さんの癒しパワーで、数々の重労働と猛暑の挟撃になんとか耐えることが出来た。感謝感謝です。
「じゃあねヤマトン」
「お疲れでーす」
人もある程度減ったし、あとはあの二人に任せても大丈夫だろう。うん。
さて、帰って何しようか。路上で立ち止まってふとマイ携帯電話を見ると安曇野からメールが。まさか何か分かったのか?
『無題 単刀直入に言う。香焼大介は革新軍だ 添付ファイル1件』
単刀直入過ぎる!! 謎解きのプロセスが全く無い! しかも店長は革新軍とは無関係なんじゃ…
「…ん? 添付ファイル?」
僕は添付ファイルを開いて驚愕した。
いつ隠し撮りしたのやら、カラオケゲームで大きく口を開けて歌っている店長の静止画像。そしてその口の中に微かに見える舌には黒い逆さ十字架の紋章が。少し見づらいが、これは間違いない。
「ペイだ」
店長が革新軍のメンバー。
それは覚悟していたことでありながら、いざその証拠を突きつけられると信じられなかった。確かに僕は店長を怪しんではいたが、それも真実を知りたいという感情の建前でしかなかったのかもしれない。むしろ、店長が革新軍であってほしくはなかった。
そう。本当は、店長には店長のままでいてもらいたかったのだ。
「店長……どうして黙って……」
さっきも、店長は僕に本当のことを話してくれなかった。それは普段通りの、何か裏のある店長の性格からはぶれていない。いつだって本音を晒す方が少ない。そんな人だ。
でも、それも僕を欺くための演技だったのか? 普段通りを装って、白を切っていたのか?
「店長は、店長じゃないのか」
「そうだよ」
背後、何もないはず、誰もいないはずの背後から声が聞こえた。加工も誇張も装飾もされていない冷たい声。聞き覚えのある声。
そしてなにより、背筋が凍りつくほどの黒くて禍々しい、聞き覚えのない声。
「軽率だったよ。君の友達に、僕の正体を探ろうなんて身の程知らずの子がいるなんてね」
もう、店長は店長ではなくなっていた。明らかに別人の、別次元の香焼大介が、僕の中の「バイト先の店長」という認識の枠を飛び出して、新しい空間に不気味に浮かんでいた。
「でもヤマト君に目をつけていて正解だった。おかげでアーカイブを炙り出すことができたよ。その点では感謝しているよ。時給あげようか?」
怖い。ただ向き合っているだけで、首元にサバイバルナイフを突きつけられている気分だ。少しでも行動を誤ればすかさず喉元に突き刺さる状態、無事では済まないだろう。それほどに禍々しくそこに佇む店長からは逃げられそうにもなく、僕の頭の中では、「この状況下でいかに耐え抜くか」という考えしか回っていなかった。軽率なのは僕の方だったようだ。
「心配しなくていいよ。別に君が僕の正体を知ったところで、僕達の計画が狂うわけじゃないからね。今のところ、君に危害を加える気はない。それどころか、さっきも言ったように僕としては、君のおかげで今日はかなりの収穫だよ。アーカイブの人数に本部の場所に、ヤマト君が色々教えてくれたからね。リンカネイトの情報は少し不足気味か」
え…? 僕がいつそんなことを喋った…?
「喋ったわけじゃなくて、君が教えてくれたんじゃないか、ヤマト君。それにしても、君の心は素直さの塊で読みやすい。読みやすさの点ではライトノベル並かな」
心が……読みやすい!? というか、今も読まれた…!?
なんだ? 相当危険な人間を相手にしている気がする。
「だーかーらー、危険も何も、危害は加えないから大丈夫。それと、心でつぶやいたって全部読めるから意味無いって。僕が今まで、『何人』と『何冊』を読んできたと思ってるの?」
「……心が、読めるんですか?」
「僕はなんだって読めるよ。文字だって読める、眉だって読める、腹だって読める、鯖だって読める、空気だって読める、先だって読める、果ては黄泉の世界まで読み通せる。とても重宝させてもらってるよ、このリンカネイトには」
「リンカネイター……!?」
そんな…! 店長が革新軍でそのうえリンカネイターって…
「ん、そういえば言ってなかったっけ。僕もヤマト君と同じリンカネイターだよ。『黄泉読み』。誰よりも鋭い『読み』こそがこの世のすべて、月読命こそ我らが崇めるべき神なのだよ」
闇に歪んだ彼の泉には不気味さと残酷さばかりが浮いていた。優しさや慈愛の姿は無く、それを受け入れる清さも既に枯れ果てている。初めて見た店長の笑みは、夢を語る人間には到底出来るはずもないほどの深さでひとつ残らず淀み、邪念の底に沈んだ逆さ十字架がただただ僕の網膜に焼き付いた。




