第21話:加工も誇張も装飾も
沈みかけの太陽が、陽炎をそこかしこにポイ捨てしていく。アスファルトの向こうには逃げ水が、僕たちを置き去りにしていく。
そんななかで、僕の指は小刻みかつあからさまに震え、いつまでも的を射抜けずにいた。
店長は謎に満ちている。常に無表情ながら、まるで常に何かの感情を隠しているような人だ。それでいてやる時はやる人で、それなのに基本的には徹底して怠けている。だから分からない。
僕たちが「それ」を聞いたところで「それ相応」の返事が返ってくるかどうか。
「物は相談なんですけど、店長は『革新軍』って知ってますか?」
僕は一度だけ、店長にこう質問したことがある。
もちろんキッパリ「知らない」と返されたが、本当に知らないのか。あの時は店長の返事を疑いもしなかったが、さすがにキッパリ過ぎる気がしないこともない。キッパリ過ぎて怪しい。すぐに飛鳥の黄泉送り電話がかかってきて詳しく話を聞けなかったが、何か知ってるんじゃないか。少なくとも何か知っていてほしい。小さくても細かくてもわずかな手掛かりでもいいから、謎の破片を見つけたい。
僕は震える右手を左手で固定しながら、なんとかチャイムを押した。
「ピーンポーン」
まるで銀のナイフとナイフをぶつけたかのような、高い響き。だんだんフェードアウトしていく音色を押しのけて、今度は僕の心臓が波打つ脈打つ、脳内環境は夢うつつ。
「あれ、ヤマト君? どうしたの?」
インターホンの向こうから店長の声が聞こえた。どうやら家はここで合っているらしい。
「えっと、少し話があるんですけど、時間空いてますか?」
「なにそれ愛の告白?」
「違います。聞きたいことがあるだけです。質問を質問で返さないでください」
「いやあ、ごめんごめん。それより後ろの子、鼻血出てるけど大丈夫?」
振り向くとチサちゃんが出血大サービス中。「出てる」じゃなくて「出してる」といった方が表現としては正しいだろう。拭こうとも抑えようともせず、むしろ恍惚の笑みを浮かべている。
「あ、気にしないでください。こういう人なんで」
「ふーん、そうなんだ」
こうして機械越しに聞いても、加工も誇張も装飾もされていない無表情な声だ。
「まあいいや。上がっていいよ。玄関のドアの鍵は掛けてないと思うから」
「いいんですか?」
「僕もヤマト君と愉快な仲間たちに興味があるからね」
まあ、確かに愉快な仲間たちであることは紛れもない事実だけどね。どうせ店長の事だから、興味があるっていうのを口実に、実際は僕に仕事の手伝いをさせるのが目的だろう。そういうことを真顔でやってのけるから、だからあの人は苦手なんです。でも、その間に他の誰かが用を済ませればいいから、どちらにしろこちらとしては好都合だ。
「おじゃましまーす」
「おじゃまします」
「おじゃまします…」
「入るぜ」
「マスター、いつもの!」
「おじゃましますねー」
「…………」
「…………」
「うお、広いな」
「これ、なんの花だろう」
「こっちの絵もすごく綺麗だよ」
「風景画か。なんだかこの景色には見覚えが」
「いいからさっさと靴脱げ」
広い玄関。壁には絵画が掛けられ、靴を収納する棚の上には色とりどりの花が活けられた花瓶が置かれている。あらゆるものに囲まれながらも、窮屈さを感じさせない見事な芸術空間が僕たちを出迎えてくれた。足元には丁寧に磨かれた店長の革靴が、几帳面に整列している。13人分のゲストの靴もまた、そこに余裕をもって収まった次第である。
「こんな変な時間にどうもすまなません。どうしてもこいつが来たいって言うもんだすから」
面接だと採用してもらえそうにないレベルの危なっかしい敬語で店長とコンタクトをとる安曇野。段取りは上出来だから、僕の頭を鷲掴みにするのはやめてよ。
「いやいや、全然構わないよ。ただ、このあとヤマト君がバイトっていうだけの話で」
この人絶対あとで仕事押し付ける気だ!
「そうかだすか。ではこいつに代わって聞くますが、香焼さんは『革新軍』ってご存知かすか?」
ストレートに攻めた! やはり、こういうのは安曇野が一番うまいな。
「ん? なんか聞いた覚えがあるような…」
僕が質問した時と違い、考えている。けど、この反応じゃ何も知っている風じゃないな。もしくは白を切っているのか?
「そういえば前にもこんな感じの質問されたっけ。あれって確かヤマト君だったよね?」
「ええ、僕です」
なんとか思い出したようだ。二日前の出来事は平気で忘れるからな、この人は。
「よく知らないな。世界が何とかってヤマト君は言ってたけど」
「そうだすか…」
「その『ひらめいたー』のことで何か困ってるのヤマト君? 僕で良ければいつだって相談に乗るよ?」
「イノベイターだすよ、香焼さん」
「ああ、ごめんごめん」
なぜ同じ勘違いを二回するのか。
まあ、それは置いといて、とにかく何か情報を集めなければ。
「店長、魔法って信じますか?」
いつぞやの茜みたいな質問をしてしまった。
「ヤマト君、僕がなんの店の店長やってるか知ってるよね」
「香焼書店です」
「じゃあ、僕がいつも読んでる本がどのジャンルか知ってるよね」
「ほとんどファンタジーです」
「そう、僕は子どもの頃から空想の世界が大好きなんだ。魔法はもちろん、魔女だってドラゴンだって僕に夢を与えてくれるからね。それに、そういうのがあるって思っている方が人生楽しいでしょ。僕は魔法を信じてるよ」
なんか意外だ。またしてもきっぱりと「信じない」って言うかと思ったのに。あの店長が夢について語るなんて。
「ヤマト君、何か失礼なことを考えてる顔だね」
「え、え、きき、気のせいですよ」
最近、身の回りに心を読める人が多い気がする。
「香焼さん、これでカラオケ出来るんだすか?」
僕が時間稼ぎしている間に、安曇野が何か見つけたようだ。とはいってもテレビにつないでカラオケが楽しめるっていうだけのゲームソフトだけど。
「ああ、それ。知り合いからの貰い物でさ。多分使えると思うよ」
「ありがとうなだざいます」
それくらいちゃんと言えろよ。それにしても安曇野のやつ、何を考えてるんだ? 特になんのからくりもないゲームのようだが。
「おお、この曲歌おうかな」
「これ歌うと、今夜星を見に行きたくなるよね」
「これ歌うと、渇いた心で駆け抜けたくなるよね」
「これ歌うと、窓辺からやがて飛び立ちたくなるよね」
「これ歌うと、その断頭台から飛び降りたくなるよね」
「ねーよ」
「香焼さんも歌えんますか?」
「僕が歌うと糠味噌が腐るよ」
「せっかくだから、一曲歌おうじょ」
「うーん、そうだね。じゃあこれ歌おうかな」
「お、いいだすね。ありげつなりもります」もう何語だ。
******
カラオケパーティ開始から二時間ちょっと。僕の美声をよそに、みんなは歌い疲れていた。当初の目的忘れてませんかあなたたち?
「ヤマト君もそろそろバイトの時間でしょ。今日は僕いないから適当にやってて」
そこにはいつもの店長がいた。
「分かりました。みんな、そろそろ帰ろうよ」
「うん」
「分かった」
「あと三回吐いたら」疲れすぎだろ。
僕達は香焼家を後にした。セミの声は聞こえず、太陽のおみやげたちももういなかった。
アーカイブ活動初日は、十中八九失敗か。なんの収穫もなしってのはどう考えても失敗だよね。
「それじゃ、僕はバイトに行ってくるから、何か分かったことがあったらメールしといて」
「うーす」
「じゃーなー」
「バイバーイ」
まあ、まだ世界が滅んだわけじゃない。隕石が地球に衝突しそうなわけでも、凶悪なウイルスが世に出回ったわけでもない。わけわけうるせえな。また地道に革新軍の手掛かりを掴んでいこう。
「あ、ヤマトンだ」
「こんにちは淡路さん。今日の仕事は大物揃いですよ」
「?」
僕が香焼書店の裏口に着いた頃、どうやら一通のメールが来ていたようだ。
そして、このメールこそが僕を争いの世界へと引きずり出した原因であるのは言うまでもなかった。




