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序章 はじまり






享年17歳。これは人間に換算すれば84歳と言われている。つまりは大往生だ。


そう、俺は犬好きな飼い主のもとで老衰で看取られた、元犬である。

それも“動く宝石”と呼ばれたヨークシャーテリア。フワフワで手触りが滑らかで、飼い主の趣向で俺は生涯短毛だったが、よく撫でてもらっていた。

超小型犬ゆえに体格に合うハーネスがなく、試行錯誤した結果市販のハーネスに紐を一本追加するほど、俺は小さかった。今となっては良い思い出だ。


そんな俺が、犬としての生涯を終え転生した。今度は人間である。

そして、転生した先で俺は犬としての記憶も保持していた。前世の記憶を持っていたので気付いたのだ。………ここが、異世界であると。


俺は子供となっていた。薄汚いペラッペラの服に裸足、指先は赤ぎれとささくれ、泥まみれ埃まみれ。何日も放置された髪。


えっと、前世で飼い主がよく見ていたアニメと漫画でこの状態のキャラがいたことを覚えている。これは孤児だ。

俺と同じような風貌の子供と大人がわんさかいる。そうか、ここは貧乏人の掃き溜めなのだ。

スラム街という場所なのだと、瞬時に理解した。


うーん、せっかく人間に転生できたのに、これでは人生詰んでないか。ここからどうやって生きるんだよ。

そう悩んでいたが意外にも救いの手はあるようで、一人のガタイの良い女がスラム街にフラッと現れた。そして俺に言った。


「共に来る気はあるか」と。


俺はその手を取った。


これが、俺の異世界での新生活の始まりである。









てっきりヤバい所に連れて行かれるのかとか思いきや。連れて来られたのは何十人もの男の人がいるやたらキラキラした店で。

えっあれ。これ、なんか前世で見たことある。

確かテレビかなんかで。


「オーナー、その子新入りですか?」

「スラム街で拾ってきた」

「出た、オーナーの“拾ってきた”。元いた所にって言いたいとこっすけど、戻したところでそのうち餓死しますね」


黒服の男が二人、女に「お帰りなさい」と言って甲斐甲斐しく世話をする。

俺の格好をジロジロ品定めするみたいに上から下まで何度も往復。


「磨けば光ると思ってな。人前に出せるよう身なりを整えてやれ」

「へーい。サクラちゃん、この子風呂入れてやって」

「はい」


サクラ、と呼ばれた女の子。この店の従業員なのかもしれないが、それよりもわざわざ女の子を呼んだ意味が分からなくて、もしかしてと思って初めて口を開いた。


「…あの」

「ぅお、嬢ちゃん喋れたんか」

「俺、男です」

「…えっ!?」


やっぱりか。前世でもめちゃくちゃ女の子みたいに可愛がられたから違和感はなかったけどあれはあくまで俺が犬だったからで、人間の男に生まれたからには誤解は解いておきたかった。


「君男なん」

「はい、だから風呂入れてもらえるなら男の人がいいです…」

「お、おお…そんなら、俺が入れたるわ」


男の喋り方に既視感があった。

関西弁。結構好感のあるタイプの。


「サクラちゃん、すまんけどこの子に服用意したって」

「女物ですか。男物ですか」

「男って分かっててそれ聞くんおもろい」

「似合いそうなもの両方用意しときますね」

「頼むわ」


男の案内で通路を進んで奥の部屋へ。一枚扉を隔てた向こうにまた一つ大きな部屋があり、いくつもある扉のうちの一つは浴室となっていた。

うわ、風呂か…。


「なんや、風呂苦手か?」

「…あんまり、得意じゃない、かも…」


これはあくまで前世の知識。風呂嫌いの犬は割と多いが、俺は特に苦手だった。何なら逃げまくっていたくらい。


「まあスラムじゃ風呂自体ないからなぁ」


違うんだけど、そういうことにしておく。








「オーナー。この子化けましたわ」

「…男なんだよな?」

「ちゃんとモノ付いてましたよ」

「変態」

「オレも男やからな??」


正直に言おう。お風呂、すごく気持ち良かった。

体が軽くなった気がする。肌もツヤツヤ、髪もツヤサラ。なんか良い香りもする。なんだこれ。


「髪は地毛か。ただの黒かと思ったら青みがかった黒だったんだな」

「汚れで分からんかったけど、スッピンですよこれ」


なんか、すっげぇジロジロ見られてる。

ちなみに服は黒いスーツ。サクラ、という女の子が似た体格だったため、フロア用の服を貸してくれた。雑用時の仕事着らしい。


「ただの手伝いでは勿体無い。仕込んで覚えさせろ」

「アイアイサー!」

「!?」

「お前、名前は」

「そ、ソラ」

「よろしい。ソラ。よく学びなさい」


前世の名前にちなんだ名を咄嗟に名乗り。

よく分からないまま掃除、片付けを教わり。

“客”が来て席への案内の仕方を教わり。

飲み物の準備、呼ばれたときの対応。


…待って、やっぱりこの店ホストクラブじゃねぇ!?


気付いたときには時すでに遅し。俺は、この店での雑用係となっていた。


でも、嫌な気分にならなかったのはきっと、この店の人達が温かくて。

面白くて。


「ソラ、まかないだ!」


楽しいからだと思う。


「美味いか?」

「めっちゃ美味しい」


出されたご飯もすごく美味しい。前世ではメインがドッグフードで、(犬だけど)猫舌だからあったかい食べ物なんて食べれなかった。

作りたてのご飯がこんなに美味いなんて思わなかったし、今人間だから食べれるものの幅がダントツに違う。

人間バンザイ。


「そうかそうか、たくさん食べろ」


なんか別の意味にも聞こえるけど、めんどくさいのでそういうことにしておく。

その後もサクラさんの着せ替え人形になったり(楽しくなったらしい)、他のホストにヘルプの仕事を教わったり(物覚えが早いと褒められた)。

そんでどうやら俺はそこらへんの子供より顔立ちが整っているらしいので、客の口コミで「可愛い新人がいる」と噂が広まった。


新人でもないんだけど。まあこれでも前世は?“動く宝石”って呼ばれたし??その特徴のまま人間に転生したから???当然ちゃ当然かな!(自己肯定感MAX)


「ソラ、ヘルプご指名だ!」

「はい!」


そうして呼ばれることにも慣れ、ある日指名された席に着いたときだ。

俺の元犬からの本能が警告を出した。


––––なんだ、この臭い。


ホストクラブだから、そりゃ酒とか、タバコとかの臭いはあるんだけど、みんなマナーは守ってるから店がそういう臭いで充満するのは避けている。

俺やサクラさん、他にも酒が飲めない子もいる。オーナーの趣向で店全体が雰囲気の良い環境を作っているので、この本能は店に対してのものじゃない。

だとすると、客……?


「どうした」


無意識にしていたらしい俺のしかめ面に、ヘルプ兼ホストであるアキラさんがこそっと俺に耳打ちしてきた。隠すことでもないし、俺の本能はつまり元犬としての野生の勘みたいなものだから素直に伝えておく。


「…いえ、なんか、変な臭いがするなって…」

「臭い?酒とか、タバコか?」

「いや、それはみんな気遣ってますし、そういう臭いじゃないです」


具体的に、本能で感じた臭いの感覚。それは、生物の危機感に直結するもの。


「何というか、“ヤバい臭い”って感じなんです」

「…“ヤバい”」


その表現にアキラさんは思い当たる節があるのか、突然席を離れた。

近くのボーイに声をかけ、奥に消えていく。

数分後、オーナーが怒りの表情になって席にきた。


「あれぇ?オーナーじゃないですかぁ!」


キョトン顔の女客が、陽気にそう声を出す。瞬間、オーナーは女の胸ぐらを掴み上げた。「ヒィ!?」と悲鳴を上げた女に、オーナーは表情を崩さずそのまま店の外へと引き摺り出す。

…ガタイの良さは外見だけじゃなかった(戦慄)。


ドシャッと放り投げられ、それに続くように預かっていた荷物も放り捨てられる。


「な、なにすん…!!」


突然の対応に、女は怒り心頭でオーナーを睨み上げるが、それを遥かに超える鬼のような形相で、オーナーは吐き捨てた。


「ウチは清廉潔白を謳った清い店なんだよ」


そう言うと女を閉め出した。

振り返ったオーナーはフロアにいる他の客達へ凛とした声で告げる。


「お見苦しいところをお見せいたしました。彼女はこの店に相応しくない行いをしていたため、この店のルールに則り対処させていただきました。皆様にはどうぞ、引き続き楽しい時間を過ごしていただけるよう我ら従業員一丸となって尽力いたします」


最後に綺麗な姿勢で腰を折り、客席からは拍手が湧き起こる。


俺は知らなかったが、このホストクラブには独自のルールがある。


その一、犯罪やそれに準じる行いをする者の当店の利用を禁止する。


まあようは、警察の厄介になるような奴はこの店に相応しくないってことだ。

あの女は違法薬物を摂取していた。俺が嗅ぎ取った“ヤバい臭い”はその違法薬物のものだった。店の客は全員が善良な種族として安心安全なサービスを受けられるよう約束されている。

ではなぜ俺が嗅ぎ取ったというだけで、あの女の犯罪歴が判明したのか。理由は簡単、オーナーの知り合いに通称“地獄耳”と呼ばれる情報屋がおり、女の特徴から中毒者であることが分かった。


安心安全、清廉潔白を謳うホストクラブからしたら店の命運が揺らぐ大事件。ゆえに、オーナーは即座に女を店から叩き出しボーイに通報させた。


今頃然るべきところに連れて行かれているだろう。


「ソラ、でかした」

「え」

「お前が知らせてくれたおかげだ。あのまま野放しにしていたら他の客にまで被害が広がってたからな」

「俺、役に立てた?」

「ヒーローだよ」

「ヒーロー…」


犬や子供にするように、俺の頭を撫で回す。サクラさんもいるし、子供の扱いになれてるのかな。すっげえ安心する撫で方だった。


ホストクラブ『サンクチュアリ』。

そこは、様々な種族がその壁を越えて娯楽と癒しを求めにやってくる、平和と安全のお店である。


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そう言う感じね、犬?まぁ犬か
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