【第08話-02】それぞれの“一番”-和也・美由
霞の里での時間は、始まったばかりです。
今回は和也の到着から。
再会、嫉妬、そしてそれぞれの本音。
温泉の湯気の向こうで、
少しだけ関係が動きます。
静かだけれど、大事な回です。
【Scene01.2:1年前4月】
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その頃、和也は送迎車で霞の宿に着いていた。
和也をナンパした女性たちは──なんと霞の宿の宿泊客だったので同乗していた。
下車後、
「またお会いできますか?」
女性たちにLINE交換を迫られるが、
「彼女が待ってるんで」
と和也は頭を下げる。
「彼女持ちか〜」
「残念!」
女性たちは、新館へと消えていった。
送迎車の運転手が言う。
「上嶋様は旧別館に──とのご指示でしたが」
「……自分で行きます」
和也はひとつ深呼吸して、旧別館の扉を開けた。
「いらっしゃいませ」
そこにいたのは──
和服姿の花音、仲居服の美由と由美。
そして──なぜか同じく仲居姿の千晴と梨子だった。
「どう? 和也お兄ちゃん、似合ってる?」
梨子が満面の笑みで見上げると、和也は即答した。
「おう。一番可愛いぜ!」
(俺の従姉妹は、心底可愛い)
そう思うと、自然と頬が緩んでいた。
……あとで拗ねた千晴のフォローが大変だったのは、言うまでもない。
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やがて、今日は遅番だという冬美さんも旧別館に合流した。
「お久しぶりです、和也様」
静かに頭を下げる冬美の姿は相変わらず凛としていて、無駄な所作が一切ない。
冬美は千晴と和也が並んでいる所は初めてみたが、内心でそっと思う。
(やっぱり、千晴ちゃんと和也さんはお似合いでしたね)と。
「じゃあ、着替えてくるね」
梨子・千晴・美由・由美の4人が連れ立って控室へと引っ込んでいく。
──たったこれだけのために着替えたのか!?
和也の脳内には盛大なツッコミが鳴り響いていたが、口に出すのは我慢した。
その間に、冬美に案内され、彼は新館の特別室へと通される。
入口には、気の利いた立て看板が立てられていた。
“上嶋和也様と彼女たちご一行”
──“たち”ってなんだよ。
和也は内心でまたしても突っ込みを入れるが、やはり口にはしない。
しかし、案内を終えた冬美がふいに口を開いた。
「こんかいも、おたのしみですか?」
無表情のまま投げられたその一言に、和也は思わず顔をしかめた。
「勘弁してください……」
思わず口をついて出たその声は、笑って誤魔化せるものではなかった。
――過去にこの部屋で交わした、あれやこれやの記憶が脳裏をよぎる。
元カノとの“あの夜”すら思い出し、和也は涙目だった。
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やがて、控室から戻ってきた千晴と梨子は、なんと着物姿だった。
「どう? 借りちゃった!」
自慢げにくるりと回って見せる梨子。ピンク系の可憐な着物がよく似合っていた。
「梨子、着付けもできるの? びっくりだわ」
目を丸くする千晴。
「ああ、梨子は高校時代、茶道部だったんだ」
代わりに和也が答えると、その場の全員が驚いた。
「へぇ、凄いじゃない」
「へぇ、意外ね」
「へぇ、全然知らなかった」
美由・由美・千晴の「へぇ三連発」に、梨子が得意げに笑う。
花音は今日は仕事の関係で不在だったが、部屋には和也・千晴・梨子・美由・由美、そして冬美まで。
さすがに6人は手狭で、冬美は控えめに「何かあればお呼びください」と言い残し、部屋を後にした。
⸻
千晴がふと、何かを思いついたように梨子に声をかけた。
「ねえ梨子」
「なに? 千晴先輩」
「襖を開けて、外を見てみて。誰かいる?」
「え? ……だーれもいないよ?」
「じゃあ、廊下をよく見ててね」
「???」
意味が分からず首をかしげる梨子の横で、千晴がひときわ通る声で言った。
「冬美さん、ちょっと聞きたいんだけれども」
その瞬間――廊下に気配なく、冬美が姿を現していた。
「いらっしゃいましたっ!?」
驚いた梨子は、まるで幽霊でも見たかのように口をパクパクさせている。
「美由、由美と新館の大浴場入っても良いかな?」
「はい、二人は今日仕事ではありませんので、大丈夫ですよ」
「それじゃ、人数分の入浴セットお願いね」
「かしこまりました」
冬美はふたたび音もなく消える。
「突然現れて、またふっと消えた……! あの人、忍者なの!? ねえ、忍者なの??」
梨子の目が輝いている。
「そうよ? 言ったじゃない。ここは忍者の隠れ里だって」
千晴はどこか誇らしげだ。
ほどなくして、冬美が5人分の入浴セットを持って戻ってきた。
その手際の良さにも、梨子は再度感嘆の声を上げた。
「それじゃあ、霞の湯に入りましょう」
千晴が声をかけると、
「温泉! 温泉!!」
梨子は飛び跳ねる勢いで喜んでいた。
ふと、千晴がつぶやいた。
「せっかく着物着せてもらったのに……脱いじゃうの勿体ないな」
すると美由が笑って答えた。
「着物は明日にでも返してくれたら大丈夫だから、夕食のあとにもう一度着たら?」
「少し着崩れた着物は色っぽいから、和也さん、いちころね」
由美がからかうように言う。
和也は黙っていたが、内心ふと考えてしまう。
……ここにいる彼女たち、全員と“そういう関係”があった。
それに加えて、今は不在の花音まで……。
嬉しくないわけじゃない。
ただ、同時に、少しだけ背中が寒くなる気もするのだった。
──なお当然ながら、この日の温泉は混浴ではない。
誤解なきよう、念のため。
⸻
新館の大浴場は、チェックインを終えた宿泊客で混み始めていた。
和也は湯につかるのもそこそこに、早めに上がってロビーのソファに腰を落ち着けていた。
「……あっ、お兄さん。また会えましたね」
声をかけてきたのは、駅で和也をナンパしてきたOL風の女性二人組だった。
浴衣姿の彼女たちは、湯上がりの火照った頬とほどけた髪で、どこか艶っぽさを纏っている。
「あっ、どうも、美久さん……」
向かいに座った彼女の隣には、まだ名乗っていないもう一人の女性がいた。
「改めまして、村澤美久よ」
「私は澤村久美。よろしくね」
「えっ、それって……どういう字なんですか?」
どこか仕掛けのある自己紹介に、和也が目を瞬くと、美久と久美はいたずらっぽく笑った。
「それじゃ、連絡先、交換しよっか♪」
──断れなかった。
「上嶋和也くん、同い年なんだね」
「村澤美久に澤村久美……これって、まるで……」
「気づいた? 中田美由と田中由美みたいでしょ!」
和也の脳裏に、名前だけで構成された迷路のような人物相関図が広がる。
「私たち二人、そのお二人の大ファンなの。思わずシンパシー感じちゃって!」
「私たちは幼馴染じゃなくて、就職してからの付き合いなんだけどね」
美久と久美のトーンは軽やかだったが、その熱量はどこか本気のようでもあった。
「和也くん、別館に泊まってるんでしょ? あの二人には会ったことある?」
(……会ったことどころか、全身隅々まで知っています。)
口に出しそうになったのを必死で飲み込む和也。その時。
「和也、こんなところにいたのね」
花音がロビーに現れた。千晴や梨子がいないのを良いことに、甘えるような声を和也だけに向ける。
「今日はあまり話せなかったから、寂しいわ」
直後、隣にいた二人が声をあげた。
「若女将ですか!? 本物だ……!」
「テレビで見たことあります! 感激ですっ!」
「あっ……このたびは当館へお越しいただき、ありがとうございます。ごゆっくりお寛ぎください」
花音は一礼し、そのまま去っていった。
「和也くん、知り合いなの? 若女将と」
「……アメリカ留学のあと、少しだけうちの大学に在学してたんだ」
本当は、ほとんど話したことすらなかった。ただ顔だけは知っていた程度。
「でもさ、さっきの彼女……完全に“恋する乙女”だったよね」
「目に♡マーク浮かんでたもんね」
──あれはもう誰が見てもバレてた。
「ねぇ、彼女って、もしかして若女将……?」
「いえ、違います」
(……けど、全身隅々まで知ってます。)
またしても口に出す寸前だった。
⸻
「そういえば、あのWebサイト、俺が提案して作ったんだよ」
和也は思わず語っていた。花音との距離をごまかすためでもあり、この綺麗な女性たちに少し自慢したい気持ちもあった。
「えー! あの会員制の!? 私、入ってるよ!」
「すごい、超感動!」
舞い上がる二人。まさかここまでうけるとは。
和也は心の中でガッツポーズを取りながらも、鼻の下が伸びないように必死でこらえていた。
「そういえば、美久ったらさ、先週、彼氏にふられちゃってさ」
「やめてよ久美!」
「3周年記念に、ここ予約してたんだけどね。プロポーズでもあるかなって思ってたのに……」
「もう、終わった話よ」
「こんな綺麗な美久さんをふるなんて、男の方が見る目なかったんですよ」
和也は心底からではないが、褒め言葉を返す。
女難が絶えない自分に対して導き出した結論は、ひとつ。
「とにかく褒めろ」
これはもう真理だった。
「……そ、そうかな」
すぐに頬が緩む美久。効果は絶大だった。
⸻
そこに、地雷がやってくる。
「あーーっ! 和也お兄ちゃんが、きれいなお姉さんたち口説いてるーっ!」
梨子が駆け寄ってきた。
「和也、何してるのかな」
千晴の視線は、すでに氷点下。
「和也さんも、隅に置けないわね〜」
由美は楽しそうに茶化す。
美由はなぜか顔を赤らめている。
「……え、美由さんと由美さん!?」
「あっ、私たち大ファンです!!」
久美と美久が思わず立ち上がる。
「ありがとう」
由美は慣れた対応で微笑みを返す。
「私たち、村澤美久と澤村久美って言います」
「へぇ、私たちみたいな名前ね!」
由美はすぐに打ち解けていたが、美由の表情はどこかこわばっていた。
「和也くん、知り合いなら言ってくれたら良かったのに」
「“和也くん”って、ずいぶん親しげね?」
千晴の視線はさらに温度が下がる。
「それは、君たちが俺を駅前に置き去りにしたからで……!」
和也は苦しい言い訳をしつつも、梨子の腕が自分のにしっかり絡んでいることを確認していた。
「……」
美由はじっと和也を見つめている。
(……なにこの雰囲気、天国? 地獄?)
「じゃあね、和也くん。またね」
久美が美久を引っ張って立ち去る。
「ねえねえ、結局、彼女って誰だったんだろ?」
「全員怪しかったよね!」
「超絶テクニシャンで、全員メロメロだったりして」
「えー、私も混ぜてほしい〜!」
笑いながら去っていく二人の背中を見送る和也。
(……美久さん、久美さん、聞こえてますよ。
やっぱりここは天国じゃなくて、地獄でした。)
温泉で温まり直したいと思ったのは、湯冷めのせいではなかった。
⸻
ちなみに諸君――
美久と久美の今回の出番はここまでだ。
君たちが期待するような展開は、“今回は”無い。
だが彼女たちは、近いうちに──
君たちの想像を超える形で再登場するだろう。
刮目して待て。
⸻
それは、和也が未だ男風呂に入っていた頃の事
露天風呂でのことだった。
「──それで。さっきのこと、話してもらいましょうか」
岩にもたれた千晴が静かに切り出す。声にとげはなかったが、どこか冷気を孕んでいた。
対する梨子は、肩まで湯に浸かってぽやんとした顔。
「んー? 花音さんと和也お兄ちゃんの話、だよね?」
「それ以外に何があるって言うのよ」
「簡単な話だよ? 和也お兄ちゃんの部屋に遊びに行ってたら、花音さんが突然来て──そのまま、3人でヤッちゃったってだけ」
──びくっ。
美由の肩がわずかに揺れた。
隣で寄り添うように座っていた由美が、その腕をそっと支える。
千晴はその変化にまだ気づかず、視線は梨子を鋭く射抜いていた。
「ツッコミどころしかなくて……頭が痛くなってきたわ」
「え〜、どこが〜?」
(……絶対、分かっててやってる)
千晴の心中にそう呟きが走る。
「まず! 彼女の私を差し置いて、なんであんたが和也の部屋に遊びに行ってるのよ!」
「従姉妹だし、別に普通でしょ?」
「あなた、“普通”の従姉妹じゃないでしょ!!」
「梨子、なんのことか分かんな〜い」
けらけら笑うその無垢さは、計算か天然か──
だが、その笑顔には誰も勝てない。
「じゃあ、花音がなんで“突然”部屋に来るのよ?」
「それは私に聞かれても〜」
──それは、千晴にも分かっている。
(……花音、あとで覚えてなさい。)
心の中で静かに宣告して、さらに踏み込む。
「で、3人でって何よっっっ!!」
「だって花音さん、いかにも“そういう目的”って雰囲気だったし? お邪魔かな〜って思って」
「お邪魔なら帰れーーーー!」
「え〜、やだぁ」
──梨子の勝ちだった。無敵である。
⸻
──そして唐突に、話題が切り替わる。
「ねぇ、美由さんって……和也お兄ちゃんのこと、好きなの?」
何の前触れも遠慮もなく、梨子が静かに切り込む。
「えっ……?」
千晴も、ようやく美由の様子に気づいた。
「美由ね、今の彼氏とうまくいってないの。
クリスマスの雰囲気と、和也さんにちょっと似てたって理由だけで付き合っちゃって……
“付き合ってる間に、好きになれたらいいな”って思ってたみたいだけど──もう3ヶ月、でしょ?
“3日・3ヶ月・3年”って言うじゃない?」
「なんで、なんで梨子ちゃんまでそんなことをっ! ……だって梨子ちゃんは、和也さんの“従姉妹”なんでしょ!?」
美由の声は、露天風呂に反響するほどだった。
「私はね、小さい頃から──もう物心ついた時からずっと、和也お兄ちゃんのことが大好きだったの。
でも、千晴さんと付き合い始めて……初めて会った時に分かったの。“この人には敵わない”って。だから諦めたの。
いくつか恋もしてみたけど、どれも長続きしなかった。
──そんな時よ。知らない間に、“あんなの”に取られてて……
でもね、またいつの間にか、千晴さんが復縁してて……もう、無茶苦茶!」
──昨年末の“南と千晴の二股疑惑”。
あの噂を大学に流したのは、梨子なりに悩み抜いた末の行動だった。
「だから私は、遠慮しないことにしたの」
その瞳はまっすぐで、揺るぎなかった。
千晴は、しばし黙って梨子を見つめ──ふっと息を漏らす。
(やっぱり、この子は強い。……私の、最高の妹)
それは、花音の“妹分”とはまったく異なる結びつきだった。
血の繋がりはない。でも、絆は確かに“姉妹”そのもの。
この先、千晴が本当の恋をし、和也と距離を取るようになったあとも──
梨子との“姉妹のような日々”は、ずっと続いていく。
……なお、後日その“本当の恋した相手”に梨子がちょっかいを出して大喧嘩になるのだが──それはまた別の話。
⸻
ちなみに──
「血が繋がっていない」というのは、厳密には正しくなかった。
梨子を1年前に高村不動産に連れてきた祖母の父。
つまり、梨子から見た曾祖父は──
なんと、高橋千晴の曾祖父と同一人物だったのである。
つまり、千晴と梨子は“はとこ”=再従姉妹だったのだ。
千晴の父・高橋進と、梨子の父・阪本孝は従兄弟同士。
かつては近所に住み、家族ぐるみの付き合いもあった。だが、梨子の一家が引っ越したことで疎遠になり、互いの子供たちはその関係を知らなかった。
それが明らかになるのは、少し先の未来──
「……あら、梨子ちゃんって“阪本”さんだったの?」
「はい、名乗ったこと、なかったでしたっけ?」
「“さか”の字が“ことざと”偏なのね……。うちの人の従兄弟にも“ことざと”の阪本さんがいて、名前は“孝”さん」
「えっ、それ……うちの父と同姓同名です!」
「ちょっと待ってね」
──そう言って、幸恵が年賀状の束を取り出す。
「これ。今年の年賀状……“阪本孝”さん」
「これ、うちの家から出したやつです!」
「じゃあ、梨子ちゃんと千晴……“はとこ”同士ってことになるのね」
「やった〜、千晴お姉ちゃんですねっ!」
⸻
──話が逸れた。
露天風呂での話に戻ろう
梨子の話を聞いた美由は、湯船の中でふと顔を上げ、右手を高く掲げた。
すぐさま、梨子が手を合わせに行く。
「イエーイ」
「私ね、もう逃げないよ」
その瞳には、さっきまでなかった光が戻っていた。
「まずは今の彼氏にちゃんと謝ってくる。……うん、今すぐに。そして和也さんに、告白するんだ!」
「その意気よ美由さん!」
梨子も応援する
「負けないわよ……って、勝てる気しないけど!
いや、花音には未だ負けないかもだけど」
「花音も、あれでけっこう本気よ」
千晴は茶化す
「おっぱいお化けには負けられません」
花音はそこに居なくてもいつもイジられ役
「ふふっ……言いつけちゃおっかな」
からかうように笑う梨子の顔に、本気の色はなかった。
「じゃあ、和也さんにこう言うの!
『2号さんでも3号さんでもいいから、可愛がってください!』って!!」
「って、おーいっ! 志、低すぎッ!!」
千晴はいつもツッコミ役
露天風呂に、湯気と笑いが花のように咲いた。
⸻
浴場を出て少し歩いたところで、梨子が目ざとく和也を見つけた。
「あーーっ! 和也お兄ちゃんが、きれいなお姉さんたち口説いてるーっ!」
パタパタと駆けていく梨子
「和也、何してるのかしら……?」
千晴の視線が氷点下まで冷え込んでいる。
「和也さんも、隅に置けないわね〜」
由美は楽しそうに茶化す
皆の登場に凍りつく和也
美由はさっきの自分の台詞を思い出して、もう顔を上げられなかった。
「……え、美由さんと由美さん!?」
「私たち、大ファンです!」
和也と話していた女性が驚いたように立ち上がる。
「ありがとう」
由美は慣れた調子で微笑んで応える。
「私たち、“村澤美久”と“澤村久美”っていいます」
「へぇ、私たちみたいね」
由美はすぐに打ち解けていたが、美由は未だ落ち着かない。
和也の顔を、正面から見られない。
「和也くん、知り合いなら言ってくれたら良かったのに」
「“和也くん”って、ずいぶん親しげね?」
千晴の視線はさらに温度が下がる。
(えっ、また女の人と仲良くなってる!?)
美由は動揺を隠せなかった。
「それは、君たちが俺を駅前に置き去りにしたからで……!」
和也の苦しい言い訳に
(えっ、私のせい!?)
思わずじっと見つめる。
(……ライバル多すぎ問題)
「じゃあね、和也くん。またね」
久美が美久を引っ張って立ち去る。
「ねえねえ、結局、彼女って誰だったんだろ?」
「全員怪しかったよね!」
「超絶テクニシャンで、全員メロメロだったりして」
「えー、私も混ぜてほしい〜!」
(駄目ぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜!!)
──心の中で、美由の絶叫が木霊した。
──
風呂上がりの熱がまだ頬に残る中、美由はスマホを手に取った。
“今すぐに会いたい”――たった一言だけ、送信する。
返信はすぐに来た。
“30分後なら”
相手は美由が交際している彼氏。
霞の宿に出入りしている業者で、今日はたまたま現場に来ていたらしい。
美由は部屋に戻ると、ゆっくりと髪を整え、鏡の前で姿勢を正した。
急に自分が変われたわけじゃない。
でも、目を逸らさないと決めた。
もう、逃げない。
そう強く言い聞かせ、待ち合わせ場所へと向かった。
──
そこに立っていたのは、井上和人――
どこか、上嶋和也に似ていた。
「やあ、美由。別れ話かな?」
開口一番、和人が切り出した。
「えっ……どうして……」
「僕も、気づいてたよ。
君はいつも僕を通して、違う誰かを見ていた」
その眼差しにあるのは、哀しみではなく、優しい諦めだった。
「……そんなこと……ううん、ごめんなさい。そう、だったかもしれない」
美由は胸の奥にわだかまっていた罪悪感が言葉になるのを感じた。
和人は少しだけ微笑む。
「敵わぬ恋をしてたんだよね。
僕が癒せたらよかったんだけど……力不足だったな」
「そんなこと、ない……違うの。私が悪いの。
ちゃんと考えずに、勢いで付き合い始めちゃって……ほんとに、ごめんなさい」
本当は視線を落としたかった。けれど、美由は顔を上げた。
真正面から、和人の目を捉える。
「いいよ。僕は、この3ヶ月楽しかったから。
“3日3ヶ月3年”って言うし、ちょうど区切りだなって思ってた」
その穏やかな声に、かえって心が締めつけられる。
「周りには……僕がフッたってことにしておくよ」
その優しさに、美由は――思わず声を張った。
「……駄目です!」
「えっ?」
「甘えてたら、駄目なんです。それじゃ、勝てないから……
周りには私が説明します。
『私のわがままで、和人さんをフッたんです』って、ちゃんと言いますから」
しっかりと宣言したその声は、震えていなかった。
和人は少し驚いたように目を見開き、やがてふっと笑った。
「……そっか。強いんだな、美由って。
君を、そんなふうに変えられる男か……なんだか、嫉妬しちゃうな」
「とても素敵な人なんです。
……“ライバル多すぎ問題”ですけど」
照れ混じりに返したその言葉に、和人は小さく息を漏らすように笑った。
(――ここはハグして、キスの一つもしておくところ、なんだろうけどな)
心の中でそう思いながらも、その笑顔があまりに眩しくて。
何もできなかった。
だから、ただ一言。
「じゃあ……元気で」
「はい、和人さんも」
ふたりは静かに、自然に背を向けた。
⸻
美由はその後、一人で簡単に夕食を済ませた。
食欲があるわけではなかった。けれど、食べなければ次へ進めない気がして。
身支度を終え、彼女は静かに特別室へと向かう。
どんな結果になろうとも――
それを、ちゃんと受け止めるつもりだった。
今回は、美由の回でした。
「二番でもいい」と言い切る覚悟。
それは弱さではなく、彼女なりの強さです。
そして和也が“愛してる”という言葉を、美由にだけ残したこと。
ここが、この夜の本当の分岐点です。
千晴は気づいています。
でも、気づかないふりを選ぶ。
優しさか、計算か、逃げか――
それは読み手それぞれの受け取り方に委ねます。
美由の選択、和也の選択、
そして千晴の静かな決意。
この三人のバランスは、ここから少しずつ変わっていきます。
感想、ぜひ聞かせてください。
美由の在り方、あなたはどう感じましたか?
⸻
ep53 予告
千晴の誕生日の夜は、まだ終わらない。
酒に酔った宴のあと、
温泉、告白、そして――思わぬ乱入。
笑いと嫉妬と覚悟が入り混じる特別室で、
それぞれの“立ち位置”がはっきりしていく。
そして翌朝。
「好きだよ」と言われて、
胸がざわつく理由とは――。
次回、
誕生日の朝に見えた、それぞれの“一番”。




