【第08話-01】それぞれの“一番”-和也・美由
第8話、はじまります。
舞台は春。
高橋千晴、誕生日を迎える特別休暇。
営業トップという結果を手にし、
少しだけ自分を肯定できるようになった彼女が選んだのは――
霞の里で過ごす、特別な時間。
けれど。
楽しいはずの旅行は、
いつも通り“予定通り”には進まない。
和也、梨子、美由、由美、そして花音。
それぞれが抱える「一番」の想いが、
静かに、そして確実に交差し始める。
祝福か、波乱か。
春の霞の向こうで、
新しい物語が動き出す。
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【Scene01.1:1年前4月】
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高橋千晴は、霞の里“特別室”で頭を抱えていた。
──今日は、自分の誕生日。
それなのに今、目の前に広がっている光景は、想像の遥か斜め上を行っていた。
全裸の和也。
着崩れたメイド服の梨子。そして──自分。
到底人に見せれぬ格好をしている。
記憶は、ある。
だが──なぜ自分が“そうしよう”と思ったのか、その動機だけが霞の中だった。
──どうして、こうなったのか。
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──少し、時を遡る
3月21日・高村不動産/営業成績発表
高村不動産では、毎月21日に営業成績の発表が行われる。
集計対象は、前月21日から今月20日まで。
そして25日の給料日には、基本給+歩合+金一封が支給されるのが慣例だ。
その月、営業成績トップに名前を刻んだのは──高橋千晴。
新卒1年目の社員としては、社史に残る快挙だった。
正確には「新入社員としてのラスト月」ではあったが、それでも意味は大きい。
「今月の千晴の成績は素晴らしかった。皆も見習うように!」
朝礼で蘭社長がそう言い放った瞬間、社員たちに緊張が走る。
この会社では、名字ではなく“名前”で呼ばれることが、社長からの本気の賛辞を意味していた。
一瞬の静寂ののち、
驚きと誇らしさが入り混じった拍手が、場内に広がっていった。
その場でかつて苦言を呈していたベテラン営業が、にこやかに話しかけてきた。
「今月の高橋は、本当に見違えたよ。
特に“見込み薄”とされていたあの顧客への粘り……あれは完敗だった」
「いえ……ここまで来られたのは、先輩方のご指導のおかげです。
今後とも、ご指導よろしくお願いいたします」
そう頭を下げる千晴に、彼は照れたように笑いながら言った。
「……ま、ちょっと悔しいけどな。来月は負けないからな」
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後日、会社からの給与振込通知メールを開いた千晴は、
スマホの明細画面を思わず二度見することになる。
「……えっ、今月の手取り、普段の……2.5倍?」
だが、営業トップの“特典”はそれだけではなかった。
──月初4日間の特別休暇。
これは、優秀な者を一時的に現場から外すことで、
他の営業にもチャンスを与える──いわばバランス調整のためのハンデ制度。
通常は水曜の定休日を挟むように組まれるが……
「高橋、来月の休暇は、4月1日土曜から5日水曜まででいいな」
「はい、ありがとうございます」
そう。それは、千晴の誕生日・4月3日を挟む5連休。
社長のさりげない配慮が込められた、贈り物のような休暇だった。
──そして、それは物語の幕開けでもあった。
⸻
和也との関係、そして、目の前で大人びていく梨子の成長。
それらに触れるなかで──千晴は、自分自身を見つめ直していた。
「誰にも嫌われたくない」「誰にも好かれたい」──
その根底にある気質は、変わっていない。
だが、それを言い訳にして“逃げる”ことは、確実に減っていた。
かつてなら──
「これ以上踏み込んだら、嫌われるかも」と思って引き下がっていた顧客にも、
今の千晴は、一歩、踏み込んでみる。
意外にも、うまくいくことが増えていた。
もちろん、失敗して落ち込むこともある。
でもそれすらも──かつての自分にはなかった**“必要な経験”**だった。
心の中で、千晴は静かに言葉を結ぶ。
(私は、少しだけ変わった。
“誰にも嫌われたくない”という気持ちは、今もある。
でも、それを理由に逃げるのは──もう、やめようと思った。
たとえ嫌われたとしても、
それは、“私”が出した結果なのだから。)
そして今、
この特別休暇を使って、**ずっと思い描いていた“ある計画”**を──
いよいよ実行に移す時が来た。
──
営業成績発表の後、
千晴は梨子に“ある計画”を打ち明けた。
「梨子、”霞の宿に行ってみたい”って前に言ってたでしょ?
再来週、私の誕生日に連れて行ってあげる」
「えっ! 本当に!?」
「うん。今月営業成績トップだったの。
それで、ボーナスと特別休暇がもらえて……だから大盤振る舞いよ!」
「やったー! 千晴先輩最高!!」
梨子はいつも、千晴が休みを取るたびに遊びに来ては、彼女をいろんなところへ連れ出す。
千晴にとって、それがとても心地よかった。
(私が成績トップになれたのも──梨子の成長を間近で見て、自分も変わらなきゃって思えたからよね)
そんな満足感に浸っていた矢先──梨子が突拍子もないことを言い出す。
「じゃあ、コスプレ衣装買いに行きましょう!」
「……へ?」
千晴は、梨子の言葉の文脈を理解するのに数秒を要した。
──
都内・某コスプレショップ。
「だって、和也お兄ちゃんが言ってたもん。
“特説室の厳かな空気と、南のミニスカサンタの落差にやられた”って」
「それ……私も聞いたけど……あなた、和也さんからどこまで聞き出してるの?」
梨子はにこっと笑って、片目を閉じた。
「ぜーんぶ♡」
梨子、恐ろしい子だった。
「やっぱり、ミニスカサンタに対抗するなら……ミニスカメイドだよねっ!」
「ちょっと待って。……私、和也も連れて行くなんて一言も言ってないけど」
「え? 一緒に行くんだよね?」
「まあ……予定が空いてれば、だけど」
「和也お兄ちゃんが、千晴先輩の誕生日に予定空けてないなんて、あり得ないよ?」
「うん……まあ、そう思うけど」
「で、一緒に泊まったら……だよね?」
「うん。……だよね」
「「だよね〜」」
最後には、ふたり声を揃えていた。
そこからはもう、ノリノリだった。
選びに選び抜いた衣装は──
胸下を絞った黒のコルセット風デザイン。
おっぱいを”強調する”為としか思えない構造。
ボタンを外せば、簡単にむき出しになるレース付きの胸元。
「これ……フロントホックのブラ合わせたら、もう脱がさずに……よね?」
「うん。完全に“見せる前提”だねっ」
スカートは超ミニ。
少し前屈みになるだけで、お尻が丸見えになりそうな設計。
隠したいのか見せたいのか問われるレベルだった。
千晴は、梨子に乗せられていることを自覚していた。
けれど──もう後戻りできなかった。
なにより、それが楽しくて、全然イヤじゃなかった。
「和也お兄ちゃんには、衣装のこと……内緒だよ?」
妖しく微笑む梨子に、千晴は苦笑を返すしかなかった。
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やがて、千晴の誕生日がやってきた。
前日──日曜の昼過ぎ。
千晴は梨子と和也を連れて、会津若松駅に降り立った。
改札を抜けた先に現れたのは──美由と由美。
今日も“どこのアイドルだ”と突っ込みたくなるような、完璧すぎるビジュアル。
由美が先に声をかける。
「ようこそ、会津若松へ。あなたが梨子ちゃんね?」
「和也さんも、お久しぶりです」
美由は落ち着いた様子で軽く会釈する。
「……あなたたち、それぞれ彼氏ができたんじゃなかったっけ?」
「それはそれ、これはこれよ。私は“復縁”だし」
「……可愛い!!!」
梨子が突然叫んだ。
「美由さん、由美さんって言うんですね! 私は阪本梨子です、よろしくね!」
──実は梨子、霞の宿に泊まってみたいとは言っていたが、
“美由由美Web”すら見ていなかった。
いまや人気者扱いに慣れすぎている美由と由美にとって、梨子のこの反応は、むしろ新鮮だった。
「中田美由です」
「田中由美です」
「「ふたり合わせて、美由由美ですっ!」」
──どや顔でバッチリ決めてくるあたり、さすがだった。
ふたりともあと一ヶ月で24歳になるというのに、可愛いのはもう仕方ない。
「可愛いっ、かっこいい、か・わ・い・い♡」
梨子は飛び跳ねていた。
「梨子ちゃんも可愛いよっ!」
美由も思わず釣られて跳ね始める。
その日の梨子は、正統派の清楚系。
薄いピンクの花柄ワンピースが、風にふわりと揺れていた。
「……梨子ちゃん、本当に可愛いわね」
由美が目を細める。
「私の可愛い妹なんだから──あげないわよ」
千晴の目は、本気と書いて“マジ”と読むほどの真剣さだった。
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「お昼ご飯、済ませてきてるんだよね?」
「ええ、ちゃんと。梨子の希望で、また和牛丼だったけど」
由美にそう返した千晴は、車の後部ドアに手をかける。
……が、庄蔵氏の本宅駐車場に停まっていた車を見て、由美がつぶやいた。
「あっ……軽で来ちゃった」
「乗れないね」
全員で大人5人。しかもキャリーバッグ3つ付き。どう考えても積載オーバーだった。
「……どうしよう」
由美と美由が顔を見合わせ、何やら相談ののち、宿へ電話をかけた。
「はい、すみません、由美です。実は……」
──そして導き出された結論。
「和也さん、本当にごめんなさい。ちょうど1時間後に送迎車が駅に向かう予定だから、それに乗って来てもらえますか?」
「……了解」
軽く頭を下げる和也を残して、車は走り去った。
「……ごめんね和也。梨子を一人で先に行かせたら、何しでかすかわからないから」
そう言い残した千晴の声は、どこか言い訳じみて聞こえた。
──昨年末までなら、美由が一緒に残ってくれただろうに。
彼氏ができれば、そんなものか。
駅前のカフェで時間を潰しながら、和也はぼやく。
「最近、俺の扱い、ぞんざいじゃね……?」
そんな独り言の横で、観光客らしき女子たちがひそひそ話す声が耳に入る。
「ねぇ、あの人、格好よくない?」
「キャリーバッグあるし、観光客っぽくない?」
「……行っちゃう? 声かける?」
「旅先のアバンチュールってやつ?」
……顔が緩むのを必死でこらえながら、和也は思う。
(……俺、なんでこんなにモテてるんだろ?)
──それはね和也。
君はこの先ずっと、新倉南の尻に敷かれる運命だから。
神様が今、ちょっとだけバランス取ってくれてるんだよ。
「……あの、こんにちは。今、お時間あります?」
和也は──ナンパされた。
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到着した車から千晴と梨子が降り立つと、美由と由美は「着替えてから合流するね」と軽く手を振った。
「どれが霞の宿なんですか?」
キャリーバッグを引きつつ、周囲を見渡す梨子。
「このあたり一帯、全部よ」
「えっ、あれも? あれも? ぜ〜んぶ!?」
「ええ。本館、旧別館、新館、新別館。あっちは社員寮で、郵便局と兼務の売店があの建物」
「広すぎ……」
「だから“霞の里”って呼ばれてるの」
「忍者でもいそう〜」
「鋭いわね。実はここ、忍者の隠れ里なの」
「えっ、じゃあ……花音さんって、姫?」
「その通りよ」
──梨子は冗談だと思って笑った。
でも後に、本当に“姫”と呼ばれる花音を見て、目を丸くすることになる。
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旧別館に入ると、葉月と花音が迎えてくれた。
「いらっしゃいませ、千晴さん。お久しぶりね」
「お世話になっております。新別館の工事も順調と伺いました」
「ええ。あなたも、お仕事大変だったでしょう?」
「……でも、またこうして来られてよかったです」
その横で、花音が梨子に笑いかけた。
「久しぶりね、梨子ちゃん」
「久しぶりって……先週末、会ったばかりじゃないですか。一緒に和也お兄ちゃんに──」
「ちょ、ちょっと! 梨子ちゃん、疲れてるんでしょ? お茶でも……」
「今、何か不穏な発言が聞こえた気がするけれども──それは後で、ゆっくり聞かせてもらうわ」
千晴の笑顔に、冷や汗をかく花音。
「和也さんは?」
「車に乗りきれなくて……置いてきちゃいました」
「由美と美由が迎えに行ったはずじゃ……?」
葉月が首をかしげ、千晴が小声で事情を説明する。
「あの子たち、いくつになっても……」
静かに怒る葉月の眼差しが、何よりも怖かった。
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ロビーのソファで一息ついていると、若い仲居が笑顔でお茶を運んできた。
「お茶をどうぞ」
「ありがとう」
花音が優しくねぎらうと、仲居の頬が染まり、ぺこりと一礼して去っていく。
──彼女は“若女将の会”の一員だが、今日の物語には関係ないので詳細は割愛する。
「可愛い〜!」
梨子が素直に声を漏らしたちょうどそのとき、私服の美由と由美が現れた。今日はオフらしい。
「ねえ、美由さん、仲居さんの制服って、可愛いね!」
「でしょでしょ? 私、高校のとき憧れて、それで仲居になったの!」
どこか波長の似た二人は、すっかり打ち解けたようだ。
「ねぇ、美由さん、お願いがあるの♡」
梨子が耳打ちすると、美由はいたずらっぽく笑った。
それを見ていた千晴は、思わずため息をつく。
(……また何か思いついたわね、あの子。どうして私は、毎回その提案に乗っちゃうんだろ)
──楽しいから。
──少しだけ、羨ましいから。
千晴は、自分でも気づかぬうちに梨子に巻き込まれていく。
それが、明日の“事件”の始まりになるとは知らずに──
⸻
ここまでお読みいただきありがとうございます。
霞の里に到着した一行ですが、
早速それぞれの思惑が動き始めました。
和也は相変わらずの女難体質。
梨子は遠慮をやめる宣言。
千晴は静かに覚悟を固め、
そして――美由が、一歩を踏み出しました。
「好き」という感情は、
綺麗なだけでは済まない。
逃げることもできる。
ごまかすこともできる。
でも、向き合うと決めた瞬間から物語は動きます。
そしてこの旅行は、
ただの誕生日祝いでは終わりません。
次回、舞台は特別室へ。
それぞれの“一番”が、
少しずつ、形を帯びていきます。
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次回、
送迎車で到着した和也を待っていたのは、
仲居姿の千晴と梨子。
そして温泉、再会、
名前の似た二人の女性。
軽やかな会話の裏で、
誰かの心が静かに揺れる。
さらに露天風呂では――
ついに、美由が覚悟を決める。
“逃げない”と決めた夜。
霞の里で、それぞれの想いが交錯する。




