【第05話-05】四人の少女-寄り添うという選択
再会は、甘い。
けれど、
甘さの奥にある違和感から、
千晴はまだ目を逸らしている。
霞の宿へ向かうこの旅は、
彼女にとって“確認”の時間になります。
【Scene09:再会と曖昧な答え】
── 高橋 千晴 ──
新千歳空港から仙台空港、そこから仙台駅へ。
私は、花音たち三人と別れる。
「郡山まで一緒に行けばよかったのに」
美由がそう言ったけれど……
「東京までは、郡山を止まらない列車の方が早いのよ」
由美がさりげなくフォローしてくれた。
花音は少し寂しそうな顔をしていたが、心配はいらない。
里の定例会議は明後日だし、どうせすぐに会えるのだ。
……本当は、東京に戻るわけではなかった。
だから私は、改札を通らずにしばらく待つ。
そして、姿を見せたのは……
「達也!」
たった一週間ぶりの再会なのに、私の胸は高鳴っていた。
まるで恋する乙女のように。
……いや、違う。
今、“まるで”って、どうしてつけたの?
私は達也に恋してる。それでいいはずなのに。
そんな私の迷いに気づかず、達也は優しく言った。
「やあ千晴。北海道はどうだった? 一週間……長かったよ。逢いたかった」
たったそれだけの言葉で、心が熱くなる。
これが恋じゃないなら、いったい何なのだろう。
早朝に旅館を出たから、まだ日も高い。
私たちはホテルへ荷物を預け、観光タクシーで仙台の街を巡った。
静かで、凛とした街並みに、私の心も少しだけ落ち着いていく。
今回の旅費はすべて私が持った。
達也は「自分の分は払う」と言ってくれたけど、私は断った。
庄蔵さんは私に、きちんと報酬を用意してくれていたのだ。
「優れた技能には、それにふさわしい対価が支払われなければなりませんよ」
……その言葉を思い出しながら、私は心の中でつぶやく。
ならば、この報酬は、達也のために使いたい。
夕食は牛タン。
五日前、花音たちと訪れたテナントではなく、ちゃんとした老舗の一軒店へ。
定食だけではなく、創作料理も、刺身も、地酒もあって――
達也と少しだけお酒も飲んだ。
とても、楽しい夜だった。
⸻
ホテルにチェックインし、部屋に入ると――
私は手荷物もそこそこに、達也の胸に飛びこんだ。
アルコールのせいか、理性がうまく働かない。自分でも驚くほど、強く求めてしまう。
……この感情は、どこから来たのだろう?
ふと、花音たちの輪に自分が入れなかったことが脳裏に浮かぶ。
私は、何者なんだろう。
いつも「求められる」側に立ってしまう。
花音にとって、私は明るくて強引なお姉ちゃんのはずだった。
でも今は、どこか一歩引いて、冷静に立ち回る“できる姉”になっている。
……それは本当に、私が望んだ姿だったの?
考える暇もないほど、いや考えを振り払うように行為に没頭する。
もう周りは見えなかった。
⸻
全てが終わった後
達也は寝てしまった。
静かな時間の中、思考が再び巡る。
……今の私も、“求められている私”を演じているだけなのでは?
達也を好きだと思っている、この気持ちすら――
自分の意思ではないのかもしれない。
……いくら考えても、答えは出なかった。
⸻
翌日。
私は達也を連れて、会津若松へ向かう。
霞の宿。
達也が救った宿を、彼に見てほしかった。
葉月さんにこっそり連絡すると、嬉しそうにこう返ってきた。
「本館特別室をご用意します!」
けれど、それは丁寧にお断りした。
あの部屋じゃ、いちゃいちゃもできない。
私たちは、別館の最上位グレードの部屋に泊まることになった。
常連向けの特別枠が用意され、料金は受け取られなかった。
……仕方ない、お言葉に甘えよう。
三人娘は全員、新館の昼番と聞いていた。
顔を合わせることはないだろう。
それにしても、北海道視察旅行は仕事だったとはいえ、
三人には負担が大きすぎたかもしれない。
葉月さんに提案しよう。
──今度こそ、ゆっくりできる本当の慰安旅行を。
郡山で昼食をとる。
“福島牛のステーキ丼”。
かつて花音と訪れた、あの店だ。
「うまいじゃないか!」
達也が笑う。
あの頃と、今が静かにつながった気がした。
在来線に乗って、会津若松へ。
駅に着くと、迎えが来ていた。
なんと、庄蔵さんだった。
「大杉様、ご無沙汰しております」
「林さん、こちらこそ。ご挨拶もできず、申し訳ありませんでした」
「いえいえ。では立ち話も何ですし、向かいましょう」
「ありがとうございます、庄蔵さん」
宿に到着すると、出迎えの声が重なる。
「「「いらっしゃいませ、お客様」」」
声を揃えたのは、花音、美由、由美――
あっ……葉月さんに“こっそり”って、言い忘れてた気がする。
……まあ、いいか。
【Scene10:癒しと記憶の宿で】
── 高橋 千晴 ──
にやにや笑いながら何か言いたそうな三人娘に、仲居頭の冬美さんがぴしゃりと声を掛ける。
「はいはい、そこまで。あなたたちは今、友人を迎えたんじゃなくて、“お客様”を出迎えた“仲居”です。早く持ち場に戻りなさい」
「それではごゆっくり、おくつろぎください」
美由が一礼し、三人はすっとその場を離れていった。
……成長したな、みんな。
ふと、美由と初めて出会ったときのことを思い出す。
『あ、あの……私たち、“お姉様”のファンになっちゃいまして……!
私たちに、お姉様のお世話をさせてください!』
もう三年も前のことだ。あの頃はあんなに初々しかったのに。
「本日担当させていただきます、高橋冬美と申します。仲居頭を務めさせていただいております」
冬美さんが達也に丁寧に挨拶をする。
「こちらこそ、短い間ですがよろしくお願いいたします」
「いえいえ、短い間と言わず、1週間でも2週間でも」
「はは、そういうわけにもいきませんので」
冬美さんが前のめりになって、今にも達也の手を握りそうな勢いで言った。
「なんでしたら、千晴さんと一緒に、ここで暮らしていただいても!」
「冬美さん、さっき三人娘になんて言いましたっけ?」
私がツッコむと、冬美さんはすぐに背筋を正し、
「それでは、お部屋にご案内いたします」
切り替え早っ……。
案内されたのは、別館の最上級グレードの部屋だった。広々とした間取りに、洗練された調度品。個室風呂まで付いている。さすが。
……あとで、一緒に入れるかな。
そんな想像をしかけたところに、冬美さんの説明が入る。
「個室風呂はいつでもご利用いただけます。大浴場は別館と新館、どちらも0時までとなっております」
さらに、彼女はにっこり微笑んで続けた。
「大杉様と千晴様には、本日は金の湯にもご入浴いただけます。離れの特別室が空いておりますので、外湯もお使いくださいませ」
……完全にVIP扱い。
「それでは、後ほど館内をご案内いたします。ご都合の良いタイミングでお声かけくださいませ」
冬美さんが一礼して退室したあと、私はぽつりとつぶやく。
「彼女、忍者の末裔だからね。声をかけると、どこからともなく“シュッ”って現れるのよ」
「へぇ、そうなんだ」
達也は冗談だと思っているみたいだ、事実なのに。
「お茶でも飲みましょうか」
そう口にした瞬間――
コンコン。
「お茶をお持ちいたしました」
ぴたりとタイミングを合わせて冬美さんが登場する。まるで盗聴していたかのような正確さ。
「……いつの間に?」
達也も目を丸くしている。
お茶をいただきながら、私は北海道視察のことなどをぽつぽつと語った。久々の、穏やかで静かな時間だった。ここしばらく忙しすぎたから。
ひと息ついてから、私は少しだけ悪戯心を働かせた。
達也に目配せしながらドアを開け、左右を見渡す。誰もいないことを確認してから、大きな声で呼びかけた。
「冬美さん、いる? そろそろ館内を案内してもらおうかと思って」
「はい、承知いたしました」
廊下に腰を屈めた冬美さんがいつの間にか現れていた
「っ……!」
達也も言葉を失っている。ちゃんと外を確認したはずなのに、どうして……?
冬美さんに案内されて、別館、新館、そして本館へ。どこも懐かしく、まるで時間が巻き戻ったような気がした。
新館では由美とすれ違い、軽く手を振った。
……そういえば、私も昔のキャラに少し戻ってるかも。
ふと不安になって達也の顔を見ると、彼は柔らかく笑った。
「今日の千晴、なんか可愛いな。いつものクールな感じも好きだけど、こっちも好きだよ」
……顔が熱くなるのを感じる。
中庭では、みいちゃんと再会した。
「お、猫だ。おいで」
達也が手を差し出すと、みいちゃんは素直に頭を擦りつけてきた。
「人懐っこい子だね」
「“みいちゃん”っていうの。雄だけど、名前は“みいちゃん”までがセットなの」
あの時の花音の顔を思い出しながら説明する。
……達也には、あとで由来を話してあげる。
そのまま案内は本館の離れまで及ぶ。
「こちらで使われる食器、国宝級なの」
「へっ……へぇ……」
達也は完全に冗談だと思っているよう、本当の事なのに。
そしてついに──
「こちらが当館自慢の“金の湯”でございます。よろしければ、このままご入浴なさいますか?」
「ええ、お願いします」
脱衣所には、二人分のタオルと手拭い、水分補給用のペットボトルがきちんと整えられていた。隅には小さな籠と、大きな籠、そしてアクセサリー用の小箱まで――完璧な支度に、私は思わず微笑む。
「お召し物は、下着類を小さな籠へ、それ以外は大きな籠へ。アクセサリー類は小箱に入れて、大きな籠にお願いします」
耳に馴染んだ冬美さんの声が、どこか懐かしい。 三年前の、あの日とまったく同じ説明。
私は服を脱ぎ、丁寧に体を流すと、達也と並んで湯船へと身を沈めた。
「すごいな……この温泉」
「全国でも、そう多くはない泉質だそうよ。ここの自慢なんだから」
湯の柔らかさに身体がほどけていく感覚。 ……だけど、ここでは流石にいちゃつくのは無理そうね。 冬美さん、きっと近くで待機してるだろうし。
ふと、昨晩のことが頭をよぎる。 左右の部屋には聞こえていたんじゃ……
思わず顔が赤くなった。
「どうしたの?」
達也の問いに、私は誤魔化すようにそっとキスをする。 これくらいなら、きっと大丈夫。
だけど―― 達也が、私を抱きしめようとしたので
「……やだ、ここじゃ……
我慢できなくなっちゃうから……」
私は達也を制した。
達也はくすりと笑い、私の額にキスをくれた。
⸻
湯から上がって脱衣所に戻ると、案の定、私たちの服はすでに片づけられ、代わりに浴衣が二着、丁寧に並べられていた。
「これに着替えるってことかな?」
「そうね。きっと夕食の準備ができてるよ」
袖を通すと、柔らかな木綿が肌に心地よく馴染んだ。 整えられた髪に簪を差し、私は静かに深呼吸をひとつ。
そして――
脱衣所の戸を開けると、やはりそこには、三つ指をついた冬美さんが待っていた。
「お食事の準備が整っております。ご案内いたします」
その声に、私は達也と顔を見合わせて笑った。
──どこまでも、完璧なもてなし。 だけどその中に、確かに“里”の温もりがあった。
案内されたのは、あの三年前と同じ個室。中には板長の猛さんまで待機していた。今回は鉄板ではなく、天ぷら鍋や焼き場も用意されている。
「本日担当させていただく、橋本猛と申します。この宿の板長を務めております」
冬美さんが小声で耳打ちしてくる。
「猛さんね、“恩人が来るなら俺の出番だ”って、わざわざローテーションまで調整してこっち一本にしたんですよ」
……感謝しかない。
やがて女将の葉月さん、番頭の里見さんまで顔を出してくれた。
「……なんだか申し訳ない。俺、そんな大したことしてないのに」
「なに言ってるの。達也がいなかったら、別館の復興もなかったし、銀行の融資だって通らなかったんだからね」
私の口調が、いつの間にか甘くなっていた。猛さんの前なのに、恥ずかしい……。
「では、始めさせていただきます」
猛さんの宣言とともに、豪華な宴が始まった。
目にも鮮やかな料理が並び、地元の銘酒がそっと注がれる。炭火焼の岩魚、香り高い山菜の天ぷら、きめ細かな霜降り牛の朴葉焼き……。
達也が目を丸くして箸を運ぶたび、私の胸の奥に温かいものが満ちていく。
「ほんと、来てよかったな……」
ぽつりと漏らしたそのひと言が、私にとって何よりのご褒美だった。
……霞の里。私にとっての“居場所”じゃないけれど、私が力になれる場所ではあると思ってる。
満月の夜。
個室露天風呂で交わされたのは、
甘い吐息と、静かな未来の話。
六億の融資。
新別館。
そして――旧別館を“生かす”という、新たな提案。
経営は、さらに一段深くなる。
一方で。
若女将としての覚悟は、正式な猶予を与えられた。
決意は本物か。
それとも、旅の高揚か。
そして翌朝――
立てたフラグは、きっちり回収される。
男湯にいたのは、誰?
次回、
月夜の湯と、これからの話。
甘さと波乱が交差する、視察旅行・後半戦。
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