【第05話-04】四人の少女-寄り添うという選択
新千歳空港に降り立ち、
四人の視察旅行は、いよいよ本番を迎える。
これは単なる慰安旅行ではない。
新別館構想、六億の融資、そして宿の未来。
そのすべてを背負う者に、
“自覚”を持ってもらうための旅。
数字の話。
設計の話。
そして、語られてこなかった想いの話。
笑い声の裏で、
それぞれが少しずつ、自分の立場と向き合い始める。
視察旅行、はじまりの夜。
【Scene07:視察旅行、はじまりの夜】
── 中田 美由 ──
新千歳空港に着いた。
千晴がニヤニヤしながら携帯を突き出してくる。画面に映っていたのは、私が飛行機の中で口を半開きにして眠ってる姿――いや、これはひどい。
「ねえ、美由由美Webの会員特典ページにアップしようか?」
「いーやーーー!! 消してぇぇぇ〜〜っ!!」
騒ぎながら快速に乗って札幌駅へ。
駅前の観光ホテル、4人部屋。荷物を置くと、すかさず千晴が切り出した。
「まず皆には、今回の視察旅行の“本当の目的”を理解して欲しいの」
ああ、やっぱり……新館の話じゃ済まないな。
「夕食の時にも話したけれど、再来年の年末年始、新別館をオープンするわ」
「新“別館”ってわざわざ言うってことは……」
由美がピンときたように目を細める。
「そう。新館の増設じゃないの。今の“別館”と同等の施設を建てるのよ。
平屋建てRC造・木造風意匠。現別館と同じ12室構成で、価格帯もそのまま」
「RC造・木造風意匠って?」
「鉄筋コンクリートで造った建物に、木造家屋のような外観意匠を施すの。
現在の技術なら、見分けなんてつかないレベルでね」
へぇ……本当にそんなこと、できるんだ。
「これ、完成予想図」
千晴がタブレットを開き、3Dパースを見せてくれた。まるで歴史ある邸宅。
花音も驚いたように画面を覗き込んでいる。
「……お金、掛かりそう」
私はつい呟いてしまう。
「銀行から6億の融資を受けたわ」
千晴はさらりと答えた。
「新別館建築に3.5億、仲居寮の準備に3000万、そして現別館の大規模改修に2.2億。
ちなみに改修は、新別館が無事に稼働してからの話。その次の春を予定してる」
「6億って、すご……。返済、大丈夫なの?」
「今の稼働率が続けば、5年で返せるわ」
即答だった。数字も含めて、千晴は本気だ。
「でもね、私、来年には卒業して社会人になるの。
だから……この宿の未来は、花音、あなたの仕事よ」
「私の……仕事……」
花音はぽかんとした顔だった。たぶん、自分が後継の立場なんて、まだ実感がないんだろう。
「葉月さんはこう言ってた。『花音に継いでほしいってわけじゃないの。あの子には自由に生きてほしいの』って。
でもだからこそ、今回の視察旅行で、あなたにはちゃんと考えてほしいのよ」
花音は小さく頷いた。だけど、すぐに話題を切り替えた。
「ねえ……それにしても、そんな大金、どうやって借りたの?」
── 高橋 千晴 ──
その他人事みたいな口ぶりに、私は少しカチンときた。
「達也と私の苦労も知らないで!」
思わず声に出していた。言ってから、しまったと思ったけれど――
「達也? 誰それ?」
花音の問いに、すかさず由美が応じた。
「愛しの准教授様よ」
「千晴のご両親と同じ、15歳差らしいわよ」
美由、ちょっと待って、それバラす?
「一体どこ情報よ……」
「「庄蔵お爺ちゃん♡」」
「あの、おしゃべり爺……!」
思わず口に出た
「……聞いちゃった! 黙っててほしかったから、寝顔の写真は消してね!」
「残念。美由由美Webの特典ページにアップ済みよ♡」
――もちろん冗談だけど。
「そっ、そんな〜〜〜! また私の人気が上がっちゃう!」
……あれ? 嫌がってなかった?
後日、その写真は実際に限定アップされたらしい。
専用ソフトでしか見られず、100人限定、ポイント入札制――
結果、その入札ポイントを稼ぐためのグッズ販売がとんでもない売上に。
そして10%のロイヤリティーを受け取る美由と由美は・・・
ちゃっかりしてる
でもまあ、それはまた別の話。
今は――達也と私の話で盛り上がっている真っ最中。収まりがつくまでに、ちょっと時間がかかった。
「ねえ千晴、いっそ、うちに就職しちゃえば?」
と由美。
「だめだめ、千晴は愛しの達也様と離れたくないの♡」
と美由。
「そういうわけじゃないんだけどね……」
その時だった。
「ねぇ、ここ、大浴場があるみたいよ」
花音が静かに話を切り替えてくれた。
「入浴時間、終わっちゃうから、館内着に着替えて行きましょ」
……ありがとう。
「そうね。行きましょう」
正直、助かった。
だからこそ――私は油断していた。
エレベーターホールに出て、ふと気づく。
館内着は浴衣。それも……花音、ノーブラじゃん。
……あーあ。
案の定、すれ違った男性客たちがそろって前かがみになってる。
まったくもう。
花音、ほんとにもうちょっと自覚して……
──余談だけど。
大浴場で湯船に浮かぶ花音のGカップを見た美由が、ぽかんと口を開けたまま指をさしていた。
そっか、初めて合った時に入った金の湯で『巨乳って……浮くんですね……』って言ってたの由美のほうだっけ
美由は気付いてなかったのか、それで美由と由美は仲居寮暮らしで、花音は自宅。
意外と一緒にお風呂に入るの、あれ以来なかったのかな?
わかるよ、その気持ち。
私も最初に見たとき、言葉を失ったもん。
あれはもう……『おっぱい』。
それ以外の言い方なんて、ない。
【Scene08:視察旅行、終わりの決意】
── 一ノ瀬 花音 ──
札幌のビジネスホテルで朝を迎えてから、始まった四泊五日の老舗旅館視察旅行。
あっという間だった気もするし、ずっと旅をしていたような気もする。
西へ、東へ、北へ、南へ。
ハイヤーと飛行機を乗り継ぎ、文字通り、空を飛び回った日々。
昼食と日帰り入浴、そして宿泊。
四日間で訪れたのは、八軒の旅館――いずれも百年を超える歴史を持つ、由緒ある老舗ばかり。
最初は、場違いな気がしていた。
だけど、霞の宿の看板と、千晴姉さんの的確な根回しのおかげで、すべての宿で女将や若女将の話を聞くことができた。
皆、歴史にあぐらをかくことなく、お客様に真摯に向き合っていた。
伝統と革新。その両立に懸命な姿勢は、心を打たれた。
──こうして、人と関わり、生きていく世界があるんだ。
私は草の末裔として生まれ、育ち、そしてその呪縛を断った。
けれど、草を捨てた後も、私は独りだった。研究に明け暮れ、学問の世界で自分を立たせることだけを考えていた。
でも今は違う。
千晴姉さんが、世界へ出るきっかけをくれた。
美由と由美は、ずっと支えてくれている。
私は、これから多くの人と触れ合いながら生きていきたい。
そのために――
「……ねえ、私は、女将を継ぐわ」
ぽつりと、誰に向けるでもなく、言葉がこぼれた。
心の底から湧き上がる決意だった。
「えーっ、今さらなの?」
「もうとっくに決まってることだと思ってた」
美由と由美が声を揃えて笑う。
「……ううん。私の中で、ちゃんと覚悟ができたのは、今日なの。
この旅で気づけたの。私は、女将になるって。
ねえ、美由、由美。こんな私だけど……これからも、支えてくれる?」
「「当然じゃない、親友でしょ!」」
二人の声が、まっすぐに胸に響いた。
──親友。
この言葉が、自分に向けられるなんて。
こんなに嬉しいことって、あるだろうか。
あふれてきた涙を隠すことは、もうできなかった。
「……ありがとう」
── 高橋 千晴 ──
花音の目から流れた涙を、そっと支える美由と由美。
その光景は、生まれた時から一緒にいた幼馴染のように見えた。
そこには、たしかな絆があった。
……私は、花音のことを親友だと思っている。
でも、今の三人の輪の中には、入り込めない。
かつて私は花音に言ったことがある。
「私、友達が少ないの」
それは本当のことだった。
だから私は、ふと考えてしまう。
――私は、いったい何なのだろうか……。
そして、四泊五日の旅も終わりを迎える。
私たちは新千歳空港に到着し、搭乗までの時間を待っていた。
「もっとこう、珍しい温泉に入りたかったな〜。秘湯とか、黒い湯とか!」
美由がぽつりとこぼす。
「大体さ、一つの宿でそんなにゆっくり入ってられなかったし」
「何言ってるの、美由。今回の目的は“温泉旅館の視察”よ?
ちなみに──東京都の大田区には“黒湯”っていう温泉があるの。
本当に真っ黒で、数センチ先も見えないくらい。全国的にも珍しいタイプね」
「ええっ、そんなのあるの!? 行ってみたい!」
「でもね、そこに老舗旅館があるわけじゃないし、今回の趣旨とは合わないの。
それに……温泉を視察しても、うちの泉質が変わるわけじゃないしね」
由美が苦笑いしながら言った。
「それを言うなら……うちって、そもそも“最強クラスの金の湯”持ってるじゃないですか」
「あっ、そうだった! 私たち、チート温泉持ちだったわ!」
美由も笑いながら頷く。
ふと見ると、花音の顔がほんのり赤い。
「……あれ? 花音? 顔、赤いよ? どうしたの?」
「……私も、美由と同じこと言おうとしてたの。『珍しい温泉行きたい』って」
その言葉に、思わず笑ってしまう。
「ふふっ。じゃあ、今度は“黒湯視察”、行ってみましょうか。花音の奢りでね?」
『賛成〜っ!!』
美由と由美が声をそろえた。
その光景を見ながら、私はそっと微笑む。
……私も、まだこの輪の中にいられる。
そう思えることが、たまらなく嬉しかった。
次回、
仙台での再会。
そして、達也と訪れる霞の宿。
甘く、穏やかな時間の中で、
千晴は気づき始める。
自分の気持ちは、本当に“恋”なのか。
癒しの宿で揺らぐ心。




