【第10話-18】祝福と呪いのあいだで始まる物語-花音
第10話、ついに完結です。
雪の宿で交わした熱。
揺れた心。
見てしまったもの、知ってしまったこと。
あの旅は、ただの思い出では終わりません。
それぞれが持ち帰ったもの。
そして辿り着いた場所。
――旅の“終着”を、最後まで見届けてください。
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【Scene06.1:起床】
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25日
朝
金の間では皆が目を覚まし、代わる代わる湯に浸かる。
そして朝食を終えた彼らに、やがてチェックアウトの時間が迫る。
「花音さん、美由さん、ありがとうございました」
晴道は丁寧に頭を下げ、二人に感謝を伝えた。
この旅は、晴道たちにとって何かを得る旅だったのだろう。
その答えは、彼らの心の中に確かに残っている。
ここから、彼らの旅のその後を紹介しよう。
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【Scene06.2:晴道】
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自宅に戻った晴道を、玄関で母・沙織が待っていた。
「おかえり、晴道。宿はどうだった?」
「……すごく良かったよ」
少し間を置いて、晴道はしみじみと答えた。
「ところで、“あれ”はどれだけ使ったの?」
旅行前に、2箱まるごと晴道のバッグに忍ばせたのは沙織だった。
「えっ、あ、うん……助かったよ」
晴道は冷や汗をかいた。
なにせ、その2箱を丸ごと使い切ったのだから。
そのとき、晴道は正月の朝帰りで沙織から聞かされた会話を思い出す。
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『昨日は二人きりだったでしょ? でもコンドーム、箱ごと晴道に渡しちゃったから……
仕方ないから、そのまま“した”ら……洋介さん張り切っちゃって。
ねえ晴道、弟と妹、どっちがいい?』
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――あれは冗談だったのか、本気だったのか。
父・洋介が帰ってきたあとも、怖くて聞けなかった。
だが、今回は?
「残りは?」
「えっと……」
「前回、晴道に全部渡しちゃって、私たちの分なかったでしょ?
だから今回はちゃんと一箱、残しておいたのにね」
……のにね?
嫌な予感しかしなかった。
「今回、二泊だったじゃない」
――逃げたい。でもここは玄関。
母が立ちはだかっていて、逃げ道がない。
「洋介さん、頑張っちゃってね。一箱、使い切っちゃったのよ。
だから残りがあったら、ちょっと分けてもらおうかなって♡」
(あああああああああああああ)
内心で叫びながらも、答えざるを得なかった。
「全部、使っちゃった……」
「あらあらあら♡ 晴道も洋介さんも――」
来るぞ来るぞ来るぞ来るぞ……
「羽目を外して、ハメすぎちゃったのね!」
ぐぅっ……ッ!!
晴道は旅の疲れがどっと出て、その場に膝をついた。
「もう、頑張りすぎよ。ゆっくり休みなさい」
……正論すぎて、逆に辛かった。
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【Scene06.3:優香】
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自宅に戻った優香を、玄関で母・美沙が待っていた。
「おかえりなさい、優香。剛志さんが設計したお宿はどうだった?」
「すごく良かった♪」
優香は満面の笑みで答えた。
「ところで──温泉には、晴道くんと一緒に入れたの?」
母の口調はあくまで何気なかった。
優香もつい、油断して答えてしまった。
「うん。広くて気持ちよかったよ♡」
──あっ。
「ふふ、気づいていないと思った?」
「その……お父さんには?」
「剛志さんは気づいてないわよ。お母さんが言うわけないでしょ?」
「……ありがとう」
「千紗ちゃんが一緒なら、お互い監視し合えるもの。変なことにはならないって信じてたわ。お母さん、優香のこと、信頼してるから」
──先週の会話が、頭をよぎる。
それは、シェアハウス入居をめぐって千紗と共に説得にあたったときの千紗の台詞
『私、4月から千紗と一緒にシェアハウスで住みたいと思ってるんです』
『……つまり、晴道くんも一緒ってことよね?』
『だからこそ、二人一緒なんです。それぞれが監視し合えますから』
──信頼、裏切ってる。
“5人でシタ”なんて、絶対言えない……。
(……シェアハウスに入居したら、節度を守ろう)
優香は心にそう誓った。
でも、相手はあの晴道だ。
いくらでも女性を引き寄せる。
そんな誓い、守り通せるのだろうか──
そんな優香の心の内など知ってか知らずか。
美沙は静かに思っていた。
(もう18歳。受験も終えたし、これからは自分で選びなさい)
そして──
(広いって、いいな。
あんなに自由にできるなら……また、シタいな♡)
ついさっき”節度を守ろう”と誓ったことなど、すっかり忘れて。
優香は次の妄想を、たっぷりと膨らませていくのだった。
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【Scene06.4:千紗】
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自宅に戻った千紗を、玄関で母・美優が迎えていた。
「おかえり、千紗。宿はどうだった?」
「すごく良かったよ♡」
「それは良かったわ」
少しの間をおいて、千紗が切り出す。
「美優お母様……少し聞きたいことがあるの」
美優は娘の様子に、何かを察したのかすぐに応じた。
「分かったわ。お父さんは出かけてるし、戻るまでもう少し時間があるから……それまでに済ませてしまいましょう」
その言葉は、父にも聞かせられない“秘密”を明かす覚悟の証だった。
千紗もそれを正しく受け取り、うなずく。
「着替えていらっしゃい。紅茶でも淹れておくわね」
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千紗が着替えてキッチンへ向かうと、ダイニングテーブルには香り高い紅茶と焼き菓子が用意されていた。
一口啜って落ち着きを取り戻し、千紗は静かに切り出した。
「美優お母様……。私と晴道が、遠い親戚だって……。なんで話してくれなかったの?」
「聞いていたら、何か変わっていたの?」
その問いに、千紗ははっとする。
――私が晴道を愛していることには、何も変わらない。
「……変わらないわ」
「なら、いいじゃない。それは、晴道くんから聞いたの?」
「うん」
「そっか。沙織さんは、話すことを選んだのね」
美優は少しだけ目を伏せて、やがて語り始めた。
「私と沙織さんは“はとこ”なの。だから千紗と晴道くんは“みとこ”ってところかしら。
私たちの祖父が兄弟だったの」
(晴道から聞いたとおりだ……)
千紗がうなずくと、美優はさらに口を開いた。
「でもね、それだけじゃないの」
「……えっ?」
「私と沙織さんの祖父、実は一卵性双生児だったのよ」
「それって……」
「しかもね、私が知ってる祖母は後妻さんだったの」
事態が複雑になっていく予感に、千紗は身構える。
「その前妻――つまり私のお父さんを産んだ人が、後に沙織さんの祖父と再婚して、沙織さんのお父さんを産んでるの」
「えっ……ちょっと待って、それって……
遺伝子的に同じ双子の兄弟が、同じ女性との間に子を……?」
「そう。だから、私のお父さんと沙織さんのお父さんは、遺伝子的には兄弟とも言えるの。
つまり、私と沙織さんは“従兄妹”って言っても差し支えないわね」
「ということは、私と晴道は……“はとこ”になるの!?
だったら、どうして教えてくれなかったの?」
「そうね。でも、たとえ従兄妹でも結婚はできるのよ。“はとこ”でも関係ないわよね?」
「そ、それはそうだけど……」
千紗は納得がいかないまま、紅茶をもう一口飲んだ。
「それから……私の雨宮家と沙織さんの雨宮家は、断絶していたみたい。
だから、近所付き合いをするまで“はとこ”だってこと、お互い知らなかったのよ」
「……ふぅ」
千紗が少し息をついたその時、美優はさらなる秘密を明かす。
「それでね、私から見て四代前――高祖父が“一ノ瀬一族”から追放された人だったらしいの」
「えっ……! それって花音さんの……。
美優お母様、そこまで知ってたの!?」
「ええ。雨宮家には古文書が残っていたの」
「沙織さんの方には……?」
「何も残っていなかったみたい。おそらく、祖母の再婚が影響しているのかもしれないわね」
「美優お母様……どこまで知ってるの?」
「“一ノ瀬一族”がかつて“草”と呼ばれる裏社会の存在で、気を操る一族だった……って話までかしら」
「……えっ!? 本当にそんな話あるの?」
「聞いてなかったの?」
「うん、“気功”を使う一族って事だけしか……」
「私は家にあった古文書で読んだだけだけど……裏社会では有名な一族だったらしいわね」
(はぁ……なんか、すごい話になってきた……)
それにしても――さすが美優お母様。どれだけ情報を持っているのよ……。
千紗はこのあと、改めて母を「まさに“情報を制する者が勝つ”ということを地で行っている人」と再評価することになるが、それにはこの時の話も含まれていた。
「“気”を使うと、人の心を操れるとか、怖い話も聞いたけれども」
そうつぶやく千紗に美優はなんでもない事のように言った
「私のバストも、“気”を使って大きくしたのよ」
(えっ!? 確かに、花音さんも美由さんも大きかったけど……!)
「本当なの!? だったら私も花音さんに勝てるかも……!」
千紗は花音を“おっぱいオバケ”と評していたが、実は母・美優の方が大きい。
「……嘘よ」
「へっ!?」
どこまでが真実で、どこからが冗談なのか――全く見えない。
だからこそ、千紗は心の中で、静かに悟った。
(私はきっと……一生、美優お母様には敵わないんだろうな……)
そう、しみじみと実感したのだった。
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【Scene06.5:美由】
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花音と美由は、由美とともに玄関で晴道たちを見送った。
見えなくなるまで手を振り、ふと息をつく。
「私は女将に報告に行くから」
そう言って、花音は玄関を離れた。
「じゃあ、私も東京へ帰るわね」
美由がそう言うと、由美は頬をふくらませる。
「えー、少しくらいゆっくりしていけばいいのに」
「毎月の定例会議でも帰ってるじゃない。
今すぐ帰らなきゃいけないの」
その声音には、明らかな決意が宿っていた。
「そんなに急いで?」
由美が目を丸くする一方で、美由の瞳は一点の迷いもなく――東京を見据えていた。
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東京支店――株式会社み組の本社でもある自宅に戻った美由を、玄関で和也が出迎える。
「……いったい何事なんだ?」
というのも、美由から届いたのは、たった一通のメッセージだった。
(和也、大学を二日ほど休める? 二泊できる準備して、事務所で待ってて)
美由は玄関に立つなり、開口一番こう告げる。
「貴方、このままだと主人公の座を“イケメン上位互換”に奪われるわよ」
「へぇ……?」
変な声が出た。
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和也にソファへ座るよう促し、美由は真剣な表情で晴道たちの事の顛末を詳しく語った。
それを和也がまとめる
「結論から言うと、晴道くんに惚れちゃいそうだから
その痕跡を消して欲しいって事だ
夏のプール帰りと一緒だな」
「もう惚れちゃったでも良いわ」
そう返す美由の目は、冗談ではなく本気だった。
「そっ、そこまで・・・」
「……言ったでしょ? “主人公の座を奪われる”って」
和也にはいったい何の主人公なのかさっぱりわからなかったが、彼女が深刻なのは伝わった。
「……で、どうする気だ?」
「いつものホテル。いつもの部屋。二泊、取ってある」
「二泊も?」
「ええ。今から行きましょ。これから三日間、私を愛し続けて」
「俺……死なないかな?」
「晴道なら、それくらいやってのけそうだったわよ」
「へぇ……?」
また変な声が出た。
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そして、和也は実際に三日間、美由を愛し続けた。
美由の中に、惜しみなく愛の気を注ぎ込み続けた。
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三日目の朝。
柔らかな光が差すホテルの部屋で、美由はすっと髪をかきあげる。
「ふう、満足よ」
にこやかに微笑むその姿を見ながら、和也は尋ねた。
「なあ、美由。本当に三日間、必要だったのか?」
「うん。もちろんよ」
そう答えた美由は――
まるで生まれ変わったかのように満たされて、静かに微笑んでいた。
とても綺麗で、どこまでも幸福そうだった。
だから和也は、それ以上何も言わず、
(――まあ、いいか)
と、ただ静かに、心の中で呟いたのだった。
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【Scene06.6:花音】
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花音は、母・葉月のもとを訪れていた。
「葉月母様。任務、完了いたしました」
その言葉は、若女将から女将への報告でも、娘から母への言葉でもない。
草の〈現首〉から〈前首〉へと向けられた、正式な報告だった。
花音は、晴道たちとの一部始終を隠すことなく語った。
どうせ冬美が監視していたであろうから、取り繕う必要もない。
「……あの二人は、里にとって脅威にはなりえません」
そう結論づけた花音に、葉月も静かに頷く。
「でも、その晴道くんの“呪い”。それは――一ノ瀬一族の罪ね」
葉月の瞳には、母としての優しさと、“草”の首としての覚悟が同居していた。
そして、そのまなざしのまま、娘へ問いかける。
「……花音は、東京に行きたいのね?
晴道くんを、愛してしまったのでしょう?」
「え……どうして、それを……?」
切り出すことを迷っていた花音は、不意を突かれて言葉を失う。
「わかるわよ。私はあなたの母親なのだから」
葉月の声音は、驚くほど柔らかかった。
「和也さんのときはね……舞い上がっているな、という印象が強かったの。
でも今のあなたは――本気で、誰かを愛している顔をしているの」
その言葉に、花音の肩からふっと力が抜けた。
「……お母さん……」
「前にも言ったでしょう?
あなたには、自由に生きてほしいの」
葉月は花音の手を取り、穏やかに微笑む。
「もうすぐ旧別館の改装に入るわ。人手も足りてくるし、心配なんていらないのよ」
「……ありがとう。
私、東京に行きます」
花音は、まっすぐに母の目を見つめてそう言った。
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すべての始まりは――昨年5月に届いた一本の連絡だった。
それは、花音の恩師・高橋特任教授からのものだった。
『来期から、大学で授業を持ってくれないか?』
教授は高齢で、すでに授業の半数は准教授に委ねられていた。
だが、その准教授が別の大学へ教授として迎えられることとなり、後任がいまだ決まらないまま時間だけが過ぎていた。
当時、花音は新別館準備に追われ、その申し出を断った。
――そしてつい先日。
「まだ後任が決まっていない」と、再び花音へ依頼が届いたのである。
花音はしばし考え、そして決意して教授へ連絡を入れた。
「……先日の依頼、受けさせていただこうと思います」
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こうして、彼女の新たな物語が――
再び、東京で始まろうとしていた。
この物語も、第10話まで辿り着きました。
霞の宿での出来事が、それぞれの心に何を残したのか。
ここまで読んでくださった皆さま、本当にありがとうございます。
ここまでの感想やリアクションをいただけたら、とても嬉しいです。
また、ブックマークしていただけましたら、今後の大きな励みになります。
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次回、
第11話
ついに――シェアハウスでの物語が始まります。
晴道。
千紗・優香・花音、三人のヒロイン。
そして――“最強の存在”。
距離ゼロの共同生活。
新たな火種。
さらに加速する関係。
どうぞお楽しみに。




