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三十六 黒い幕

「黒実ちゃんと連絡? 取れますけど、なんでまた?」

(説明は後だ。嫌な予感がするんだよ。急いで電話でもなんでもいいから繋げ)

「構いませんけど……なんかサンタさん、怒ってません?」

「ちょっと、京之介。なにブツブツ言ってんの? あんた達のやり取り聞こえないんだから、もやもやすんでしょ」


 首をひねりながらすまほを取り出す京之介に対して、真白が不服そうに口を尖らせる。


 じれってえな。

 モタモタしてたら取り返しのつかねえことになるかもしれねえぞ。


『京之介、真白、こいつはあくまでオレの勘なんだがよ』

「何よ、突然」


 痺れを切らしてサンタボールに憑いたオレは、二人に告げる。


『いいか、三瀬の、コイツの裏で糸引いてる連中のねらいは多分アホウドリじゃねえ』

「はあ? あんた何を……」

『コイツらのねらいは』


 黒実だ。

 そんなオレの、思いつく限り最悪の予想を遮って。


「あちゃあ、大変なことになっちゃいましたねえ」


 どこからともなく、緊張感のない間延びした女の声が、聞こえた。


「来て正解でしたぁ。本当に人の言うことを聞かないんだから。困った人ですねえ、三瀬くんは」


 なんだ、こいつ。


 人の好さそうな柔らかい話しぶりに違わず、小動物みたいな女が、倒れている三瀬へとことこと歩み寄っていた。


 そいつを一言で表すなら、とにかく小さい女だった。

 背の高さは、おそらく真白より頭一個は小さいだろう。

 オレのイメージが正しければ、小学校を卒業する間際のガキだってもう少し上背がありそうなもんだ。

 きょろりと大きなどんぐり眼に、朗らかに緩んだ口元。

 ふわふわと波打った髪の毛は、まるでお人形さんのようだった。


 この状況じゃなきゃ、オレもガキが歩いてるな、くらいにしか思わなかっただろう。

 だが、そいつが目の前にしているのは、顔面血塗れになって倒れている男。


 無邪気そのもの、って笑顔の幼い女がその様を眺めているのは、歪で、異様な感じがした。


「手荒なことをしてしまって申し訳ありませんでした。私はこの人の、上司みたいなものでしてえ」


 倒れている三瀬を指差して、ちび女は認めたくないと言わんばかりに顔をしかめる。


 上司だと?

 確かに、この女、スーツの上に白衣なんか羽織ってやがる。

 ガキのごっこ遊びと言われればそれまでだ。

 

 けど、このチビ女、漂わせてる雰囲気だけは妙に大人びてやがるんだよな。


「三瀬君はとんでもなく強いんですけどぉ。その……ちょっとだけお馬鹿さんなところがあってぇ」


 チビ女の言いたいことは、よーく分かる。

 三瀬の荒事に対する適正は、疑いようがないだろう。

 ただ、扱いやすい部下かと言われれば、百人中百人が首を横に振るはずだ。


「お店にも、迷惑をかけちゃいましたね。これは困りましたあ」


 三瀬に滅茶苦茶にされた喫茶店を眺めたチビ女が、深い溜め息を吐く。

 言ってることは、至極真っ当なんだ。だけど、どうしても腑に落ちない。

 ちぐはぐで、何かが噛み合っていない。得体が知れない。正体が分からない。


 こいつは、一体、誰なんだ?


「……とうとう親玉自らお出ましってわけ? 何度も何度もしつっこいのよ。あんた達、何者?」


 オレと似たような印象を受けたのだろう。真白がチビ女を睨み付ける。


「ああ、これは失礼しました。私の名前は吉野と言います。何者かと言われたら、雇われ研究者としか答えようがないんですけど」


 真白の警戒心などどこ吹く風。吉野と名乗った女は涼しい顔で続ける。


「ネクストアースってご存知ですかぁ? 鵜飼真白さん」

「……! あんた、あたしの名前」

「いやいやぁ、知らないわけないでしょう。あの天才、鵜飼博士の孫娘にして機械工学の申し子。お会いできて光栄ですぅ」

「ありがとう。あたしはぜんっぜん、嬉しくないわ」


 真白のとげのある物言いに、吉野は残念と肩をすくめてみせた。


 反応から察するに向こうは真白のことを色々知ってそうな雰囲気だが。


(京之介、なんちゃらアースってのは、さっきの……)

(はい。このアクアタウンが建設される前のエキスポの、主催だった会社です)

 

 だよな。

 で、そのねくすと? なんちゃらってのは、具体的にどんなことしてやがる会社なんだ?


(一言でまとめると、何でもって感じです。会社の名前を一度も聞いたことないって人がいないくらいに、色んな業界に幅を利かせてますね)


 なるほど。

 それでその大企業の何でも屋が、なんでまた三瀬みてえな人間を雇って双子とアホウドリにけしかけてきたんだ?


 金儲けのためってわけじゃあ、ねえよな。


「へえー、今をときめく大企業ともなるとやることが派手で羨ましいわね。大方、アホウドリに組み込まれてる技術に目を付けたんでしょうけど、目的のためなら一般人巻き込んでもお構いなしってわけ?」


 叩き割られた喫茶店の窓ガラスや、オレと三瀬のやり取りのせいで砕けた地面に目をやって、真白は痛烈な皮肉を口にする。


 この偉そうな態度は流石っちゃあ、流石なんだが。


「その点はこちらの不手際でして。そこで倒れてる彼が少々、先走ったというか」


 三瀬の行動は、吉野も予想外だったってことか。

 上司の命令とか、一番嫌いそうだもんな。この暴力バカ。


「……ただ、真白さん、誤解があるようなので訂正させてもらいますがね」

「誤解?」

「ええ。はっきり言うと、我々ネクストアースはそのアホウドリとかいうロボットには何の興味もないんですよお」

「何ですって?」


 やっぱりか。

 吉野の言ってることが本当なら、オレの予想は当たってたってことになる。


 これは、まずいな。

 この吉野とかいう奴は囮だ。


 真白と京之介、そしてアホウドリをここで足止めして時間を稼ぐ。

 その間、黒実は無防備だ。

 この騒ぎのどさくさに紛れてあいつ一人を攫っちまうくらい、何人かの男を送り込めば簡単なことだ。


「しらばっくれてんじゃないわよ。ここ何週間かこそこそあたし達のまわりを嗅ぎまわった挙句、二回も襲ってきたくせに! 今更そんな嘘が通じるわけないでしょ!」


 違う。違うんだ真白。

 頼むからさっさと気づけ。

 このままじゃ、黒実がやべえんだよ。


「ああ、それは……」


 激しく詰め寄ってきた真白に対して、吉野が何か言いかけた。

 その時だった。


「クソ、ポンコツがあああああああああ!」


 血を吐くような絶叫が辺りに響き渡る。

 声の主は確かめるまでもない。


 三瀬が、立ち上がっていた。


「殺す! 壊す! ガラクタも、男も女も、全部、グチャグチャだ!」


 冗談だろ。

 あんだけやられて、なんでこいつはまだ動けるんだよ⁉


 額から、鼻から、口から、おびただしい量の血を垂れ流して、三瀬は咆哮する。

 歯と歯の間から赤黒い泡を飛ばし、焦点の定まっていない目に血が流れ込んでも拭う素振りすら見せない。


 自分の気に入らないものは死んでも殺す。

 その執念はもう、狂気としか言いようがなかった。


「何見てんだ女ァ! まずはてめえから死ねや!」


 三瀬の目に最初に映ったのは真白だった。

 鉄の尻尾が再び鎌首をもたげ、突き出される。


 やべえ! 間に合わねえ!

 咄嗟にアホウドリに憑いたが、遅すぎる。


 恐怖で固まる真白の顔面に、アスファルトを易々と砕く一撃が迫って――


「いい加減にしなよ、三瀬さん」


 差し出されたのは、左手。

 三瀬の尻尾の先端を受け止めたその手は、誰のものだったのか。

 そいつ手の甲から、前腕、二の腕、肩へとオレの意識は映っていき、その顔を見て凍り付く。


 おい。ちょっと待て。


「ああ⁉ てめえ、明山! 邪魔すんなァ!」


 三瀬と真白の間に割って入ってきたのは、昴だった。

 一括りにした赤い髪をなびかせて、さっきとは別人みてえに鋭い視線を三瀬に向けている。


 がなりたてる三瀬は、どうやら尻尾を振り回そうとしているみてえだが、それを掴んでいる昴の左手はピクリとも揺らがない。


 どうなってんだ。

 なんであの尻尾を、昴みてえな女が抑えつけてられんだよ。


「今の自分の状況わかってる? どれだけの人を巻き込むつもり?」

「うるせえ! どうでもいいんだよ、外野なんざ! 気に入らねえ奴は潰すだろ! 殺すだろ! 最後にこっちが立ってりゃ、いいだけの話だろが!」

「……いよいよ、どうしようもないね」


 スッと目を細めた昴の声が、冷たさを帯びる。


 ほんの数分前まで浮かべていた明るい笑顔は消え、別の表情が現れていく。

 ひび割れた仮面がポロポロと崩れていくように、隠れていた何かが剥き出しになっていく。


「怪我した人が、いたんだよ。一歩間違えれば、誰か死んでたかもしれない。また……」


 この場所で。


 そう低く唸るように呟いた後、昴が深く息を吐いた。

 肩を怒らせ、それでも自分を抑えつけようとするみたいに。


「知ったことか! ごちゃごちゃ口出しすんじゃねえ!」

「おまけに肝心の仕事も失敗。もう、会社があなたを雇ってる意味ないんじゃない? 三瀬さん」

「上等だ! だったらてめえも潰す! まずはその右側の面からズタズタにして、汚ったねえ左側とバランスとってやるよ!」


「あのさ」


 三瀬の最後の一言が決定的だったのかもしれない。

 昴の雰囲気が完全に変わった。


「私、怒ると何するか、自分でもわかんないんだよね」


 ぐしゃりと、音がした。


 三瀬の尻尾の先端を、昴の左手が握りつぶしている。

 アホウドリで殴っても壊れなかった尻尾が、紙くずのようにひしゃげていく様が、オレには理解できなかった。


「ああ? 明山、お前どうやって」

「同僚でもなんでもなくなった今、あんたに対して遠慮する必要、ないよね」


 昴がそう言った次の瞬間、三瀬の尻尾が根元から引きちぎれていた。


「は?」


 理解できないことが起こった。

 昴が無造作に振り上げた左足を見て、三瀬が気の抜けた声を漏らす。

 それが三瀬の最後の言葉になった。


「二度と、その不愉快な顔を見せないで」


 聞こえてきたその言葉と、昴の左拳が三瀬を殴り飛ばしたのと、どっちが先だったのかオレにはわからなかった。


 気が付いた時には昴は左腕を振り切っていて。

 三瀬の身体が五、六メートル離れた場所の地面を転がっていた。


 倒れこんだ三瀬は、もう立ち上がってきそうもない。


 オレが、アホウドリが、あれだけ苦戦した相手をたった一発で沈めた。

 三瀬にダメージが残っていたとか、そういう問題じゃない。


 今の昴と比べれば、三瀬なんて可愛いものだったのかもしれない。


 この数秒でオレは、そんな圧倒的な力の差を感じちまった。


「ふう、すっきりした。ええっと、ごめんね! 話の腰を折っちゃって」


 パンパンと手を払って、昴がオレたちと向き直る。

 表情は嘘のように、柔らかなものに戻っていた。

 だが、もうその笑顔をオレは素直に受け入れることができない。


 こいつは、やばすぎる。

 目の当たりにしてしまった物理的な脅威が、昴を未知の何かへと変えてしまった。


「そうでした、私達の目的でしたよね。本来、この仕事は三瀬君のものだったんですけど」


 三瀬が起き上がったことも、ぶっ飛ばされたことも、気にした素振りすらなく、吉野の視線がオレの方に向けられた。


 アホウドリの方に、向けられた視線。

 それが意味することは、一つだ。


「すみません。昴ちゃん、それ、壊しちゃってください」

「…………うん。了解。ごめんね」


 それだけを気の毒そうに言った昴の左手には、アホウドリの右腕がぶら下がっていた。


 ちょっと、ま、て? なんで、右、そこに、あんだよ。

 は?


 瞬間。

 火花と、ノイズに襲われる。


 うで、うででででもがれたた? オレれアホウドどっちの?

 真白、まずズズいにげげが。


 う?


「サンタさん!」

「サンタ!」


 京之介と真白の声に、呼び戻された。

 違う。


 アホウドリの、クロスコアの中から弾き出されたんだ。

 オレはアホウドリから離れ、宙を舞いながら何が起こったのかを知る。

 昴が、何をしたのかを、知る。


「確かに、完全自立型の二足歩行ロボットというのは称賛に値する技術だとは思いますよお」


 吉野という女は、あくまでもにこにこと笑ったままで。

 アホウドリの右腕を投げ捨てた昴が、反対の腕も肩口からもぎ取っていく。


「所詮は骨董品なわけで、実用品とは言い難いんですよぉ」


 昴は止まらない。


 アホウドリの両脚を、一発ずつの蹴りで膝からへし折っていく。

 関節のつなぎ目が無残に引きちぎれ、内側を走っていた線がむき出しになる。

 流れ出る血の代わりに、アホウドリを形作っていた部品たちが砕け、折れ曲がり、散らばっていってしまう。


 アホウドリが、アホウドリでなくなってしまう。

 ただの無数の金属の集まりになってしまう。


「こんなものを欲しがるほど、私たち暇じゃないんですよ」


 頭を潰そうとしたのだろう。

 昴が地面に横たわったアホウドリに向かって、左手を振り上げ。


「やめて!」


 間に飛び込んだ真白が、その最後の一撃を阻んだ。


「うわっとと、危ないなあ! ちょっと! お姉さん、駄目だって!」


 すんでのところで左手を止めた昴が、心底驚いたように声を上げる。


 どうやらこいつらは本当に、アホウドリ以外には手を出すつもりがないらしい。

 だから、良い奴なんだとは、もう、とても思えない。


 もしもねらいが真白や京之介だったとしたら、コイツは、昴は。


 同じように手を下すんじゃないか。


 オレは、それが怖くて仕方がなかった。


「……もう、いいでしょ。もうわかったから! 私たちの負け、それでいいから! これ以上、このコを壊すのは止めて」


 アホウドリの前に立ちはだかった真白は、俯き、両手を広げて訴える。

 昴がその気になれば、それは何の意味もなさない抵抗だっただろう。

 それが分かっていても、真白は退かない。

 その理由は、オレも知っている。

 何度も何度もうんざりするくらい聞かされた。


「そうもいかないんですよ。私達もこれが仕事なのでえ」

「どうして⁉ ここまですること、ないじゃん……っ! このコじゃ、あんた達ネクストアースの技術には勝てない、ビジネスの邪魔にもならない! それが分かれば十分でしょ!」

「ええっと……そういう問題じゃ、ないんですけど」


 目に涙を浮かべて叫ぶ真白を見て、吉野は困ったように眉根を寄せた。


「お願いだから、見逃してよ……このコはおじいちゃんと、私達の夢なの! だから!」


 ぽろぽろと、真白の両目から大粒の涙が零れ落ちる。

 どれだけ必死で庇ったって、アホウドリはもう元の形がわからないほどに壊されてしまったというのに。

 腕も、足もない、人型でもなんでもない、金属の塊の前で真白は抵抗し続ける。


 夢だから、と。馬鹿の一つ覚えのように繰り返していた言葉を、最後の最後まで曲げずに口にする。


「……私達、ですか。なるほど。そういうことに、なってるわけですね」


 全く退く気配がない真白を見つめて、吉野が深く息を吐く。

 同情、憐み。幼く見えるその顔に、一瞬だけ人間らしい表情が浮かんだ。


「残念ながら、あなたのお願いは聞けません。こうするのがお互いのためです」

「そんな!」


 吉野の言葉に従って昴が再び左手を振り上げた。

 今度こそ、アホウドリにとどめを刺すつもりだ。


 体がなくなったオレにできることはねえ。

 京之介になんとかしろってのも、あまりに酷だ。


「お願い……っ」


 祈るように目を閉じた真白。

 これで終わりだと思った。

 だが。


「待ちなさい」


 静かな声が聞こえた。

 大きな声ではなかったはずなのに、誰の耳にも届いたその声の主。


「その辺にしといてくれるかしら? うちの妹、強情だけど打たれ弱いのよ」


 黒実が、こっちに向かって歩いてきていた。

 腕を振り上げた昴にも、血を流して倒れる三瀬にも、ボロボロになって地面に転がるアホウドリにも、動じることなくいつも通りの歩幅で悠然と歩み寄ってくる。


「このタイミングで、出てくるんだね」


 その姿を見て、なぜか昴が露骨に顔をしかめた。

 その態度の意味が、オレには分からない。

 

 確かにこの状況で全く表情を変えない黒実の様子は、とんでもなく頼もしく見える。

 何かが変わるんじゃないかと思える。

 だが、それは見えるだけだ。

 この昴という女が動きを止める理由にはならない。


 そのはずなのに、昴は黒実がつかつかと真白の傍に歩み寄るまで微動だにしなかった。

 それどころか振り上げていた左腕を下ろしてしまう。


「お、お姉ちゃん?」

「真白、また無茶して。怪我してたらどうするのよ」


 ぽん、と黒実が肩に手を置いたことで、真白の表情が安心したように崩れる。

 何も事情を知らない奴なら、素晴らしい姉妹の絆だとかなんとか、言うのかもしれない。


 オレは、違った。


 とんでもなく、嫌な予感がする。

 これから、取り返しのつかない何かが起こる。

 漠然とそんなことを思ってしまうのは、オレが悪霊だからなんだろうか。


「黒実ちゃん」

「……何かしら、吉野さん」


 おい、待てよ。黒実。お前、なんだよその顔。

 何でお前が、そいつの名前を知ってんだよ。


 なんで当たり前みたいに、笑いかけてんだよ!


「まさか、私達を裏切るようなことはありませんよね」


 吉野が口にした、その言葉。


「どうして? そんなこと、しないわよ」


 黒実の答えはどこまでも静かで、残酷だった。


「え……お姉ちゃん、何言ってんの? 裏切るって、何、どういう」

「そのままの意味よ。吉野さんと私は同僚なの。あなたには隠してたけどね」

「隠してた……? は? なにを……っ」


「私、ネクストアースで働いてるの」


 真白の肩に手を置いたまま、黒実が告げた言葉の意味。

 それは、黒実、つまり、お前が。


「い、意味わかんないよ。ねえ、お姉ちゃん、こっち向きなよ!」


 縋るような真白の声には答えず、黒実は昴と向き合って言葉を交わした。


「昴、あなたがアホウドリを壊す必要はもうなくなったわ」

「え? そうなの?」

「私が自分で終わらせたくなったのよ。嫌な役を押し付けて、ごめんなさいね」


 昴に軽く頭を下げて、黒実は振り返った。

 その視線の先には真白がいる。


 わけもわからず地面にへたりこんだ妹を見下ろし、黒実は口を開いた。


「あのね、真白。あなたに言っておくことがあるの」


 口調だけ聞けば、泣いている子どもをあやすような優しいものだっただろう。

 黒実はしゃがみ込んで、真白と同じ高さに視線を合わせ、


「お姉ちゃん、これ作るの、もう止めるから」


 涙を流す妹に、とどめを刺した。


「……待って、嫌、お姉ちゃん」

「意味、わかるわよね? 私は、アホウドリの製作を止める。それには二度と関わらない」

「何で! まさか、そいつらに脅されて」

「いいえ。間違いなく、私自身の意志よ。口で言っても信じないなら、証拠を見せてあげる。昴、左腕、出してちょうだい」

「…………いいよ」


 黒実の言葉に昴は息を吐き、左手を覆っていた黒い手袋をするりと抜き取った。


「何よ、それ」


 その手袋の下にあったもの、それを見た真白が目を見開く。

 それは、オレも同じ。


 昴の左手は、人間のそれじゃなかった。

 アホウドリや、三瀬の尻尾に近い、鉛色をした義手。

 鈍い光をたたえながら、その左手が昴の意志に従って滑らかに開閉を繰り返す。


「嘘でしょ……それ、神経と、繋がってるの?」

「そうね。これは今まであり得なかった技術。確かにここまでくるのは大変だったけれど、アホウドリの人工知能を作る、なんて難題よりはとても簡単だったわ」


 黒実の言葉を聞きながら、オレはこれまでの昴の動きを思い出していた。


 三瀬の尻尾を握りつぶしたのは左手。

 アホウドリの腕を千切ったのも左手。

 人間じゃない動きをしていたのは全部、昴の左手だった。

 もっと正確に言えば、脚も含めた左側。


「ネクストアースの先進技術開発部門、人造義肢オーバーリムプロジェクト。昴はそのプロジェクトの、最初の被検体なの」

「……オーバー、リム?」

「被検体名は、サウスポー。昴の左腕と左脚は義肢でありながら、彼女の脊椎と繋がっていて、意のままに動かせる。誰もが夢見た技術だけど、誰にも作れなかった物」


 黒実は昴の左手を取り、誇らしげに笑う。


「これを作ったのが、私。すごいでしょ、真白」


 黒実、お前、そんな顔できたのかよ。

 思わず状況を忘れてしまうほど、その笑みは純粋で、ガキみたいにあどけなかった。

 黒実にとって昴の左腕が、オーバーなんとかとやらが、どれだけ大切なものなのか思い知らされる。


 そんな笑顔だった。


「この技術は、アホウドリなんかよりずっと人の役に立つ。応用も効く。私が本気でやれば、こんなことができたのよ。昴がアホウドリを簡単に壊すのを見て、つくづく思ったわ」


 ああ、そうか。そうだったな。

 オレは思い出していた。比べていた。


 これまでに聞いた黒実と、真白の言葉を。


 そういえば、黒実は真白と違って、一度だって口にしていなかった。


「今まで、なんてくだらないことをしていたんだろうって」


 アホウドリは、こいつの夢じゃなかったんだ。


 真白が勝手に私達と括っていただけ。

 黒実は協力していただけ。

 もしかしたら夢の始まりは、同じ所からだったのかもしれない。


 ただ、双子だからといって、同じ夢を抱き続けるとは限らない。


「そんな! アホウドリは下らなくなんか……」

「真白、やめて。あなただって本当はもう気づいているはずよ? そこに転がっている物に先はない。たとえ人間そのものの人工知能が完成したって、そのコに載せる理由なんてないでしょ? わざわざ人型にするメリットって何? 私を納得させられる論が展開できるなら、やってみなさい」

「それは……それはっ」


 真白の言葉は続かない。

 対して黒実はこれまでせき止めてきた思いを吐き出すように話し続ける。


「私は嫌だったの。このまま、こんなにも合理的じゃないことを続けていくのは耐えられない。だから、あなたに黙って、別の道を探したわ。そして、試してみることにした」

「試すって、何を?」

「今までやってきたことと、これからやろうとしていること、どちらが正しいのか、よ。結果はこの通り」


 黒実は自分が手にした昴の左手と、その左手が無残に壊したアホウドリとを見比べる。


「止める理由としては、十分じゃない?」


 そして黒実は、妹が背にした夢の残骸をつまらなさそうに見つめていた。


「…………」


 真白は何も言わなかった。

 悔しさを堪えるようにきつく両手を握りしめ、俯いて唇を噛みしめている。


「真白、あなたもお姉ちゃんと一緒に来なさい。それを捨てて、もっと私たちにしかできないことをやるの。私と、あなたの才能は、もっと他のことに使うべきよ」


 黒実の言ってることは理不尽でもなんでもない。

 真白は他の人から譲り受けた夢にかじりついていて、黒実は自分の道を見つけただけ。

 真白の夢を受け入れなくても、黒実本人は、妹は大切なものとして扱おうとしている。


 その気持ちはオレにも、わからないわけじゃねえ。

 けどな。


「嫌!」


 真白は黒実が差し出した睨み付け、力一杯払いのけた。


「意地にならないで、真白」

「嫌! なるわよ! だって、だって……このコは、アホウドリは……っ!」


 真白の目から再び涙がこぼれ、顎を伝っていった。

 その涙が、転がっていたアホウドリの破片の一つに落ちて、散る。


「私と、お姉ちゃんと、じいちゃんの夢じゃん」


 それは真白にとっては最後の抵抗だったのかもしれない。

 離れていこうとする姉を繋ぎとめる、唯一の希望だったのかもしれない。


「夢、ね」


 黒実は真白に払われた手を下ろし、誰にともなく呟いた。


「よく分からないから、嫌いよ。その言葉」


 黒実はその場で踵を返し、真白に背を向けた。


「ま、残念だけど仕方ないわ。あなたの代わりは数で補うから」


 真白にとって黒実は欠かせない存在。

 だけどその逆は違うと告げるような淡々とした黒実の口調。


 それでいいのかよ、と、思う。

 それだけかよ、と思う。


「この場の後始末はネクストアースが責任を持ってやるから。アホウドリも、こっちで回収して、そのまま京ちゃんの家に戻してあげる。いいわよね、吉野さん」

「黒実ちゃんがいいんなら、私は文句ないですよ」


 吉野の方も、アホウドリにこだわる素振りをまるで見せなかった。

 それが一層、これまでの出来事が全て黒実の意図によるものだったということを、オレたちに突き付けてくる。


「……一週間だけ待つわ。私に手を貸してくれるなら、連絡してね、真白」


 黒実のその言葉に、真白はもう何も答えなかった。

 糸の切れた人形のようにへたり込んで、地面に散らばったアホウドリの残骸を見つめている。


 オレにできることはねえ。

 真白と黒実がこれからどうなるかなんざ、関係ねえからな。


 それでもだ。

 それでも言わなきゃ気がすまなかった。


「おい、黒実ぃっ!」


 オレは京之介の体に憑くなり、全力で声を張り上げ黒実を呼び止める。


「何かしら、サンタくん?」


 京之介の体を借りていても、黒実にはお見通しだったらしい。

 振り返った黒実は無表情に、だが目は逸らさず、オレを見つめてくる。


「……てめえ、話が違うじゃねえか。オレとの約束はどうしたよ。忘れたとは言わせねえぞ」


 アホウドリの人工知能とやらができたら、オレの体を作る。

 黒実は確かにそう言った。

 最初に出会った時にそう言ったはずだ。

 オレに人と触れ合う感覚がねえと見破ったあの日にも、言ってたじゃねえか!


 これは、オレとお前の問題だ。


「忘れてないわ、覚えてる。でも私って、ズルいのよ」


 それは黒実なりのけじめだったのかもしれねえ。


「私に、あなたは、作れないから」


 最期に、黒実が浮かべていたのは何かを諦めた奴の、悔しさと悲しさが入り混じった表情だった。


「……約束は果たせない。気に入らないなら、祟り殺してくれていいわよ。悪霊さん」

「…………」


 それができねえことなんか、わかってやがるくせに。

 つくづく性根が悪くて、可愛くねえ女だ。


 それに黙らされて、何も言えねえオレも同じくらいしょうもない。


 結局、黒実を引き留めることも、責めることさえ、できなかった。



 黒実たちが立ち去ってすぐ、その場に人が集まり始めた。

 オレはサンタボールに憑りつき、動こうとしなかった真白を京之介が抱きかかえて。

 バラバラになったアホウドリを残して、オレたちは逃げ出した。

 行きと違って一人と一機が欠けちまった帰りのトラックの中では、誰も口を利かなかった。

 前にも書きましたが、この物語のヒロインは黒実です。

 真白と黒実、白と黒というのは分かりやすい対比なのですが、残りの二文字を合わせると真実となっています。

 双子だからと言って、相手の本音がいつもわかるわけじゃないと思うんですよね。

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