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エドとレオを遠ざけた私たちは、魔素を吐き出す洞窟の前に立った。
洞窟の入り口のすぐ側に、ルカが闘気を纏った剣を刺す。
ルカが剣から離れると、トーコがそっと剣の柄に触れて祈るように目を瞑った。
トーコの指先から、光が零れ溢れだす。
その光が大地に刺さった剣から溢れて、じわじわと洞窟から吐き出される魔素を包み溶かして行く。
やがて淡い光が洞窟を満たしたところで、私の手が剣の柄に触れるトーコの手を包む。
静かに呪文を詠唱しながら魔力を流してトーコの指先から溢れる光に馴染ませていくと、大地に刺さったままの剣からトーコと私の魔力が大地へと染み込んでいく。
やがて洞窟の入り口全体が淡い光に包まれたかと思うと、ふっと風が一陣吹き抜けて静かにその輝きを失っていった。
ふう、と深く息を吐いたのは誰だろうか。
顔を上げると魔素を封印された洞窟が静かに口を開けているだけだった。
「これでこの先数十年は、魔獣が増えることは無さそうですね」
ルカがほっとしたように呟いた。
「そうね」
「じゃあ、さっさと隣国へと向かいましょうか」
掛けられた声に顔を上げると、明るい笑顔を浮かべたルカが更に目尻を下げて微笑んだ。
「そうね。約束を反故にされる前に出た方がいいわ」
「それとも、この森に留まりますか?」
私の考えなどお見通しだ。
そう言いたげに目を細めて笑うルカの様子に、私も知らずに表情が綻んで行く。
「それも悪くないわね」
◇◇◇
魔獣を増やす魔素が封印されたことは、瞬く間に国中、いや世界中にと伝わった。
特に北の森の魔獣に悩まされていたラウロ王国をはじめとする周辺国には、大変なニュースとして駆け巡った。
あの後コルネリオ様たちを連れて王都へと戻ったエドは、事の顛末をかなり正確に王へと報告したらしい。
無事に封印されたとはいえ、唆されて魔素の封印を無闇に破ったこと、短慮により公爵家の令嬢を危険に晒したとして、コルネリオ様には謹慎が言い渡されたと言う。
表向きは病気療養のためということで離宮に隔離されているが、やがては廃嫡され弟君である第2王子がいずれ王太子となるのだともっぱらの噂だ。
セレーネも、王太子たるコルネリオ様を篭絡した上に唆して魔素を解放しようとしたとして裁かれるという。
といってもやはり魔獣に魅入られてたこと、まだ未成年の学生であったことから、その魔力を活かすべく厳しい監視のもと王都の結界の維持にあたることになるらしい。
そしてエドとレオも、保護した結界士たちの報告をする事なく魔獣の討伐に協力させたとして、騎士団を除名されることになった。
すでに魔獣の脅威がなくなった今、第2騎士団も解体され、街の警護団として改められることを考えれば、騎士団長を王族が務めるのも妥当ではないという判断もあったのだろう。
エドには大公の地位が与えられたが、領地もなく、政治に関わることも許されずに王城の隅にある館で過ごすよう命じられており、事実上蟄居ということになる。
まだ魔素が浄化されずに魔獣が残る北の森は、王家の所有として管理することが決まり、結界とともに人の出入りは禁止された。
パウジーニ家の令嬢が、その森に住んで管理に当たるとだけ発表がされ、勇者や聖女の情報は全くと言って良いほどに公開されなかった。
巷では実は王太子が勇者で魔獣の討伐で大怪我を負ったとか、聖女が男性だったから王家が隠してるとか様々な憶測を呼んだが、それもいつしか人々の口の端にのぼることはなくなった。
◇◇◇
森の木々の狭間から零れる光は優しく、強い日差しを遮った木陰は涼しい。
大きく枝を伸ばす大木の陰に座り込んだ私は、ゆっくりと新聞をめくる。
「ルゥ」
私を優しく呼ぶ声に読んでいた新聞を畳んで顔を上げると、ルカがゆっくりとこちらに向かって歩いて来る。
「何を読んでいるの?」
「タブロイドよ。世界を救った聖女は実は男性だったんですって」
「あははは!本当かい。そりゃスクープだ」
ルカが耐えられないといった様子で笑い声をあげる。
その様子に私も可笑しくなって一緒に笑い声をあげた。
「ルゥ、馬の用意が出来たよ。もうすぐ国境だし、早めに出よう」
「えぇ。ありがとう」
洞窟を封印した後、私たちは隣国を目指すことにした。
しかしトーコは隣国へ向かう事なくブレロの街から東へ船旅に出ると早々に決めてしまった。
トーコは森の魔素を一掃すると
「お土産買ってくるねー」
という何とも気軽な挨拶を残して、東の国へと旅立っていったのだった。
「ニホン」に似た国を見るためだと言って。
女性の一人旅は危ないと引き留める私たちに、トーコは魔法が使えるようになったから大丈夫、と何とも頼もしい笑顔で意気揚々と船に飛び乗っていった。
実際、覚醒したトーコは私と肩を並べるほどの魔力を有していたし、魔力のコントロールを手解きすると、あっという間に防御魔法から攻撃魔法まで扱えるようになっていったから心配はいらないだろう。
「それにしても」
ルカが馬の手綱を引きながら呟いた。
「森の管理者が、他国になんて出ていって大丈夫?」
「大丈夫も何も…。私はそんな事了承してないわ。勝手に発表されたことを守る義理もないでしょう」
それに結界は私が離れたとしても充分に機能するようにかけてあるし、トーコが森の魔素を浄化した今、仮に森にかけた結界が解かれたとしても問題など無い。
それに未だに魔獣が残ると信じられている上に王家の森となった以上、無闇に暴かれることもないだろう。
「それに無闇に森に近づけば、森の魔女となった公爵令嬢の怒りを買って魔獣にされてしまうそうよ」
先ほど読んだばかりのタブロイドの記事を思い出して告げれば、ルカは吹き出した。
「それは大変だ。きっと誰も近づきたがらないね」
「でしょう」
「じゃあ、行こうか」
「ええ」
私たちは国境へと続く森へと足を踏み入れた。
相変わらず風は優しく木々を揺らし、木漏れ日がレースのような繊細な光を散らす。
公爵令嬢が暮らすという森は、今日も穏やかに時が過ぎていった。
これにて完結します。
初めての連載は、思うようにならず時間がかかってしまいましたが、たくさんの感想、評価、ブックマークに励まされて無事に完結できました。
読んでくださった全ての方に、感謝します。
どうもありがとうございました。
この後はまた思い付いたら番外編の更新ができるといいなぁ…と思っています。
また更新ができるようになったらお付き合いください。
どうもありがとうございました。




