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目を閉じているはずなのに、真っ白な光が視界のすべてを塗りつぶし、目を開けることもできない。
漸く光の奔流が止み、おそるおそる目を開けると、そこは馬車から降りた時のままの静かに風にそよぐ森の中だった。
魔素を吐き出さんと口を開けていた洞窟も、結界を押し戻すような力もなければ静寂に満ちている。
足元を見れば、これまで暴れていた魔獣たちだろう、何羽もの鷲の死骸が地面に落ちている。
目の奥から頭を鷲掴まれたように広がっていた頭痛も、気がつけばすっかりと引いていた。
むしろよく眠った朝のような爽快感すら感じて、枯渇してきてた筈の魔力もすっかり回復している。
「何が起きたの…?」
光の正体が見当も付かずに周りを見渡すと、エドとレオも呆然と立ち尽くしている。
その視線の先には、ルカの背に庇われるように守られたトーコがいる。
「ルゥ!大丈夫!?」
エドの視線を追うようにトーコに目をやると、目が合ったトーコが駆け寄ってくる。
トーコのその動きにふわりと空気が揺れると、キラキラと金色の粒子を纏ったような美しい風がさぁっと吹き抜けた。
「ルゥ、無事で良かった!」
「今のは、トーコが…?」
抱きついてきたトーコに恐る恐る尋ねると、体を離したトーコが照れたように笑って頷いた。
「ルゥが危ない!って焦ったら何か出たみたい。コレが聖女の力なのかな」
先ほどの光は、聖女の浄化の力ということか。
洞窟からの魔素の流出もすっかり落ち着いており結界を押し上げるような力も今は無く、魔素を吸い込んで不気味にさざめいていた森もまるで何もなかったかのように凪いでいる。
あんなに抑えるのに苦労したのが嘘のようだ。
「セレーネ嬢は?」
ふと気づいてセレーネを探すと、彼女も魔獣同様に倒れ伏していた。
その傍らには、心配そうにルカが立っている。
「ルカ、彼女は…」
「気を、失っているだけだ」
ルカが膝をついてセレーネをゆっくりと抱き起こすと、腕を取って脈を見る。
そしてポツリと呟いた。
「核が、ある…」
驚いてセレーネを見ると、耳の後ろにオレンジ色に光る石のようなものが見える。
セレーネが力を使うときに纏っていた色だ。
「浄化しきれなかったんだね」
トーコがそう呟くと、静かに核に手をかざす。
フワッと白い光が弾けたと思うと、それまで見えていた核が消えていた。
トーコは更に手をかざすと、キラキラと光を反射する粒子がセレーネを包む。
やがてその光が収まると、セレーネは苦しげに歪めていた眉間を緩ませてゆっくりと目を開いた。
「…ルカ」
自分を支えてくれていたのがルカの腕であることに気がついたセレーネがその身を起こして小さく呟いた。
「ルカ、ごめんなさい」
呟きと共にセレーネの瞳から大粒の涙が溢れてくる。
「コルネリオ様の力になりたかったの。聖女の力を目覚めさせてくれるって…」
「それで、魔獣の核を?」
「身につけているだけでいいって、ピアスを渡されたから…。ごめんなさい、あんなことになるなんて」
「そう。…ごめんね。僕はもうセレーネを助けてあげられない。彼と、ちゃんと話しておいで」
ルカはセレーネが立ち上がるのを助けるように引き上げると、先ほど縫い止めるように押さえ込まれた力もほどけたのか、大木の下に座り込んでいるコルネリオ様に目をやった。
セレーネがおずおずとコルネリオ様の側へと向かうと、それと同時にそれまで静観していたエドもゆっくりとコルネリオ様に近づいていく。
「コルネリオ。今回お前も咎を負うことになる。いくら唆されたとはいえ、甘言に乗って魔素の封印を解放するなど、どんな誤魔化しもきかん」
エドが静かに告げると、いつの間にか側に控えていた騎士が二人を拘束して馬車へと乗せて行った。
このまま王都へ連れていくのだろう。
「───さて。魔獣の原因となる魔素の浄化に協力をありがとう。私はコルネリオたちの顛末も含めて魔獣討伐の報告に王城へあがる。ルゥ、君も来てくれるね?」
「はい?」
思いがけないエドの言葉に、思わず間の抜けた声が出た。
「魔素の封印についての説明は君からしてもらった方が良いだろう。王に御披露目の相談も必要だから、うん、やはり一緒にいた方が話が早いな」
エドは王の御前にまで私を引っ張り出すつもりなのだろうか。
あまりに突飛な申し出に唖然としそうになるものの、ぶつぶつと考え込み始めたエドを慌てて遮った。
「私は、魔素の封印が済めば結界士としての役目は果たしたことになるのでは?魔獣の心配もなくなりましたし、騎士団に協力する理由は無いはずです」
騎士団への協力も、魔獣の討伐が落ち着くまでと、そう言っていたはずだ。
今度こそこの国に私を留め置く理由など無い。
このままトーコやルカと隣国へ向かいたい。
そう思ってエドを睨み付けるように見つめると、エドはひとつ息を吐くと、ゆっくりと私に向き直って私の手を取った。
「確かに魔獣の討伐は今後必要ないだろう。それは君のお陰だ。その平和をもたらした英雄を、国がみすみす手放すと思うかい?」
深いブルーの瞳が、真っ直ぐと私を射る。
「魔獣を封印した英雄として、僕たちは国中、いや世界中に祝福される夫婦になるんだ」
何も言えずにただエドを見つめることしかできない私の指を更に強く握り込むと、エドはクスリと笑って腕に力を込めて引き寄せた。
「勇者とそれを助けた魔術師としてね」




