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スペアの王子

生まれた時から、私はスペアだった。


優しくお互いを深く愛し合う両親、優しくて、それでいて誇り高い自慢の兄。なにくれとなく笑顔で世話をしてくれる侍女たち。

些か厳しくも、それでいて優しく導いてくれる家庭教師たちにも恵まれて、欠けるものなど何もない、こんな幸せな日常がずっと続くと思っていた。


その日は、いつもと違うざわめきが聞こえたような気がして目が覚めた時から、いつもと違う空気に戸惑った。

そもそも、朝はいつも笑顔の侍女に優しく起こされて目を覚ましていた。

朝、目を覚まして一人でいたことなど殆ど無い。

朝日が射す様子からも、いつもの目覚めの時間より早いと言うことも無さそうだ。

周囲に人の気配が全く無いことに不安を覚えてじっとしていることも出来ずにベッドから降りたその時、不意に部屋の扉が開いた。


「エドガルド様。遅くなりまして申し訳ありません」


私が起きていたことに気がついた侍女が慌てたように駆け寄ってきた。

いつもの気配に安心して、体に走っていた緊張が緩むのが分かる。


「おはよう。今日は兄様が剣の稽古をつけてくれるんだ。楽しみで早く目が覚めてしまったみたいだ」


魔獣を滅し果敢に戦うという勇者に私はずっと憧れていた。

勇者ならば剣技に長けていなければと兄様に剣の手解きを受けているのだ。

侍女のいつもと違う様子に気にしないで欲しい、そう思ってわざとはしゃいだ声を出して告げると、侍女は途端に表情を曇らせた。


「今日のお稽古は、難しいかもしれません…」

「…え?」

「さ、今日は朝食のあとにいらっしゃるよう、国王陛下がお呼びでございます。お支度をしてしまいましょうね」


慌てて表情を取り繕った侍女を訝しく思いながらも、いつものように世話をして貰って支度を整える。

いつもなら両親と兄と摂る筈の朝食を一人きりで味気なく済ませると、兄の居室へと連れていかれた。

父様が呼んでいたのではないの?

そんな疑問は部屋に入れば解消された。

兄の寝室に両親が揃っていたからだ。


「エドガルド」


兄の寝台の側に立っていた父様が私の名前を呼ぶ。

寝台に近づくと静かに寝息をたてる兄様がいた。

こんな時間まで寝てるなんて珍しい。心なしか顔色も悪い。


「はい。…あの、兄様は…」

「昨日の夜更けに倒れた。恐らく街で流行っていた病を得たのだろうとのことだ。…あぁ、感染防止の処置は完了しているから案ずるな」


父様は静かに眠る兄様を見つめている。

兄様の顔色は青白く決していいものではないけれど、命に関わる状態でもないということが察せられる。

そして私に向き直ると真っ直ぐと瞳を見つめて続けた。


「お前に覚悟をしてもらわなければならない。この兄に何かあった場合、その役目をお前が負うことになる。今は落ち着いているが、万が一を考えておかなくてはならない 」

「…はい」

「今後そのつもりで励め」

「はい」


処置が済んでるとは言え、長い時間の接触は避けた方がいい。

そう進言した側近の言葉に頷いた父様は、話は以上だ、と私を部屋へと戻るよう告げる。



人気の無い回廊を静かに歩き、部屋へ向かう。

歩きなれたその道順は考え事をしながらでも間違える事など無く、父様の言葉をぐるぐると反芻しながら部屋の前へとたどり着いた。

いつもなら近くにいるであろう近衛や侍女の気配がない。

きっと兄様の急な病で皆人手が取られているのだろう。

そう思ってそっと部屋の扉を開けたとき、不意に侍女たちの話し声が聞こえた。


「王太子さまに何かあれば、エドガルド様が…」

「しっ!不敬よ。それにエドガルド様は9歳になったばかりだし───」

「だってエドガルド様が王座に就かれたら側仕えとして鼻が高いわ。父様も喜ぶだろうし」

「それはそうね。確実に側近に近づけるもの。うちも兄の喜ぶ様子が目に浮かぶわ」

「でもまぁ、王太子様も回復に向かわれているそうだし、ないわね」

「ないない。ましてやあれだけ愛した王妃様の忘れ形見ですもの」

「やっぱり?後継が王太子様だけでは、ってごり押しされてって噂は───」

「───あ、はーい」


誰かに呼ばれたのだろうか、侍女たちが話を切り上げて部屋の奥へと遠ざかっていくのを確認してから、私はそっと部屋へと入った。


───後継が王太子だけでは


そのために私は生まれてきたのだろうか。

だから皆優しくしてくれるのだろうか。

父様も、母様も、…兄様も?

万が一の、王子だから。


───もし、私が勇者だったら、違ったのだろうか。


昔から憧れていた勇者。

己の力だけで魔獣を倒し平和をもたらす救世の戦士。

もしも勇者になれたなら、誰もがスペアじゃない、エドガルドとして見てくれるだろうか。

私が部屋へと戻ったことに気がついた侍女たちが慌てて駆け寄って来る様子を見ながら、私はぼんやりとそんなことを考えていた。


◇◇◇


「───結界士が、目覚めたと───」

「パウジーニは、まだ───」


ひそひそと話す声が聞こえたのは、王である父の居室の前を通った時だった。

私はあれから父に頼んで更に剣の稽古を積んでいた。

いつか魔獣と戦って、勇者として目覚めるために。

しかし騎士団に入って魔獣討伐に参加するという希望はなかなか通らなかった。


理由は、私がスペアだから。


それは兄が即位すれば解消されるものだと思っていた。

兄と王太子妃との間に王子のコルネリオも誕生している。

王位の継承に問題はないはずだ。

しかし、それでもまだ幼いコルネリオに何かあった場合は私が後継なのだと父は告げた。


そんな折りに耳に入ったのは、結界士の覚醒。

最近になって、段々と魔獣が増え被害が増していることは知っていた。

そう遠くない未来に、勇者と結界士、聖女が必要になるであろう事も。

その結界士の覚醒。

なのに何故私は勇者の力に目覚めない?

パウジーニ家の嫡男はまだ幼いはずだ。

まだ覚醒したばかりの彼が結界士としての役割が果たせる日までに勇者として目覚めなければ。


そんな焦りとは裏腹に、王となった兄は二人目の王子に恵まれた。

今度こそスペアはお役御免だろう、と成人ととともに申し出た騎士団への入団は、果たしてあっさりと許可された。


所詮スペアなんてそんなものだ。


代わりにスペアとなる第2王子に若干の憐れみを感じつつも、私はとうとう自由を手に入れたと解放感に包まれて騎士団へと乗り込んでいった。


「演習場をお借りできますかな」


そう声を掛けられたのは騎士団に入って暫くした頃、演習場での稽古中だった。


「演習場全体ですか?」

「ええ。ちょっと大規模な魔術展開が必要でして」


驚いて問いかけると、そこに立っているのは魔術師団の団長だった。

まだ30代の若さながら、魔術師を束ねる実力者。

結界士に目覚めたという彼の父親、パウジーニ公爵。


「もちろんです」


まだ下っ端の騎士が逆らえるわけがない。

さっと場所を譲り、演習場の端で見学を決め込む。

魔獣の討伐に魔術師の力は不可欠だ。

どんな演習をするのか興味がある。


大人数での大規模演習を想像していたのにも関わらず、やって来たのは少女がたったひとりだった。


まだ幼さを残す彼女は、パウジーニ公爵と何か二言三言交わすと、徐に魔力を放出した。

あまりの巨大な魔力の流れに圧倒されていると、彼女の美しい金髪がふわりと揺れる。

しかしそれは一瞬の事で、まるで何もなかったかのようにもとの静けさを取り戻した演習場には、信じられないほど強固な結界が張られていた。


彼女が結界士だ。


深いグリーンの瞳と一瞬だけ、目が合った。

その瞬間に理解した。

公爵家の嫡男ではない。

彼女が結界士に目覚めたのだと。

視線が絡んだと思ったのは、私の幻覚だったのだろうか。

彼女は私の事を見ること無く、再び魔力を放ち結界を張る。


───必ず彼女と英雄になる。


その時に、決めた。

必ず勇者として目覚めて彼女と共に英雄になると。

彼女のあの深緑の瞳に、私の姿を写してみせる。


しかし勇者としての目覚めはなかった。

勇者すら私はスペアだったのだろうか。

でもそれは些末な問題でしかない。

その願いは、いずれ叶えられるのだから。

彼女の瞳と同じ色の、深い森の奥で。


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