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赤い月  作者: 開田宗介
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第九話


 昨夜、村中さんは襲われたのだろう。そして皆見さん達の様におかしくなる前に、自ら命を断っていた。あと四人という文字を、村中さんが書いたのか、別の誰かが書いたのかは、大同さんの時と同じく分からない。

 あと四人。ここに三人、自宅で寝ている原石さん。これで四人だとすると、前田さんは既に犠牲になった事になる。晴丘さんはノートを俺に渡すと、神崎さんの肩を叩き、埋葬しよう、そのままでは惨い。と言った。

 床上は村中さんが死後に漏らした糞尿で汚れており、神崎さんが身体を抱きかかえるも、首は背中側に伸びて頭部をブラブラとぶら下げていた。いくら好きな人の遺体とは言え変わり果てた惨い姿で、俺は直視できなかった。晴丘さんの言葉を聞き、神崎さんは泣くのを堪えると、自分が汚物にまみれるのも構わず、村中さんの遺体をベッドの上に横たえ、念仏を唱えつつ両手を合わせていた。

 その後、衣服を脱がせて身体を綺麗に水で洗い、毛布にくるんだ後にロッジの裏の森の近くへと運んだ。

 埋葬と言っても、誰も宗教の事なんて分からなかったので、穴を掘ってその中に埋める事にした。三人で土を掘り返していると、目覚めた原石さんが様子を見に来て、村中さんの死を知り、絶句していた。


 人一人分の穴を掘るのは想像以上に重労働だった。一度ロッジへ戻って休憩を兼ねて食事をとろうという話になったが、神崎さんは食事よりも酒瓶を手に取り、リビングで飲み始めてしまった。皆見さんと大同さんは、大人しくテーブルに着き、更に長くなった呪いの言葉を呟きながら、誰かが食事を用意してくれるのを待っていた。

 晴丘さんが冷蔵庫を覗きながら、俺と原石さんに何か作れるか? と尋ねてきて、原石さんが簡単な物なら、と答えて食材を冷蔵庫から調理台の方に運び始めた。

 晴丘さんは任せたと言って調理場を出て行き、俺は可能な範囲で原石さんの調理を手伝った。原石さんは村中さんの様なプロではないにしても料理が上手で、出来た料理を俺がトレイに並べてカウンターに出した。

 その時、どうして神崎さんが料理を食べずに酒を掴んでリビングに戻ったのか分かった。元気な時には村中さんがこうして料理を出していた。それを思い出したから、酒に逃げたのだろう。


 その日は結局、村中さんを地中に埋めるだけで一日が過ぎてしまった。地面に埋め終えた後に四人で手をあわせていると、皆見さんと大同さんがやってきて、何か奇妙な格好をしながら呪いの言葉を唱え始めた。

 それを見た神崎さんが、泥酔しながら怒り、二人に殴りかかろうとしたので、俺と晴丘さんで羽交い締めにしてやめさせた。


「やめてくれ……呪いなんかかけるんじゃない……そんな事しないでくれ……」


 神崎さんは涙をこぼしながらその場にしゃがみ込むと、いつまでもそう懇願していた。

 俺と晴丘さんは皆見さんと大同さんを半ば強引に押し戻してリビングの方へと連れて行った。その後、日が暮れて辺りが薄暗くなると、原石さんが神崎さんを連れてリビングまで戻ってきたが、神崎さんは酒を取りに戻ってきただけだった。リビングに着くと原石さんの手を払いのけてよたよたと階段を登り、棚の上にある洋酒を数本掴んでテーブルに行き、呪詛を呟いている二人の横で酒を飲む。その後の神崎さんはもはや襲われる前の皆見さんや大同さんと同じく、手のつけられない状態で、晴丘さんも時間が解決してくれるまで待つしかない。と言って、好きにさせていた。


 日が暮れ、そして今夜もまた、誰かが襲われるかもしれないと言うのに、俺達は逃げ出す事も出来ずに時間を浪費しただけだった。一つだけ進展があったとすれば、晴丘さんの救難信号に対して反応があったと言う報告だった。しかし晴丘さんの話では、向こうがこの発信場所を探し出して救援に来てくれない限りはどうしようもない、という。

 それまで俺達にここで待て、という事なのだろうが、今の俺には、その晴丘さんの言葉も疑わしく感じられる様になっていた。救援がいつ来るかなど見当もつかない上、食料も水もあと三日程度しか残っていない。だがその三日の間に全員が襲われてしまうのは確実に思えた。

 もし、前田さんの言った通り、晴丘さんと村中さんが首謀者だったら?

 村中さんはその事を疑われたので、あの白い影に殺されたのだとしたら?

 もし、誰かが首謀者だとすれば、もう晴丘さんしか疑わしい人物は残っていない。ならば今すぐ逃げた方がいい。

 しかし、今夜は先日降った雨のせいか、霧が立ちこめていて、一メートル先も見えない状態になっていた。夜空を見上げて月を探そうにも、白い霞の壁しか見えなかった。


「多分、今夜は、神崎さんが襲われる」


 原石さんのその言葉に、俺も頷いた。今まで襲われた人達は皆、他人と離れて一人になった時に襲われている。村中さんは自ら命を断ち、今の神崎さんはその後を追いかねない。この集落の者を狙う何者かは、確実に手が届く者から順番に襲っていた。

 俺と原石さんは霧の中を殆ど手探りで歩きながら家へと戻った。原石さんは何も言わずとも、俺を家に向かえ入れてくれたが、玄関の電気のスイッチを触った時に、付かない、と言った。薄暗がりの家の中を、あちこちの電源を入れてみたが、どの部屋の電気も付かない。懐中電灯でブレーカーを見てみたが異常は無い。外に出て電線を取り付ける部分を見て俺はああ、と声を漏らした。電線が根本から切られていた。

 自分の家も見てくる、と言うと原石さんは一緒に行くと言った。電気が使えないこの家には怖くて居られない。と彼女は言った。共に霧の中を彷徨い、この二日ほど帰っていない俺の家に辿り着くと、電線は繋がっていて、電気は無事に使う事が出来た。

 俺は原石さんと相談して、この家に居る事がバレないように、電気はつけずに居たい。いざという時につけられるように、と言うと原石さんは納得してくれた。


「それでもあの化け物が出る時は、電気が付かなくなるんだ。わざわざ電線を切ったって事は、もしかしたら原石さんを襲うつもりだったのかもしれない」

「でも、あんな風に電線を切ったら、使えないってすぐ分かるよ? あの家を使わせない様にしたいとか、ない?」


 その原石さんの言葉を聞いた時、俺は自分の方が頭が悪いかもしれないと思った。彼女は俺よりも一枚上手の事を言い、それは理にかなっていた。


「じゃあ、更にその裏をかくってのはどうかな」

「どうするの?」

「この家に電気をつけて、俺達はロッジに戻る」

「うん、いいよ」


 おそらく、首謀者は晴丘さんだろう。電気を根本から綺麗に切れるのは、晴丘さんしかいない。もしかしたら今回だけでなく、以前もここに誰かを連れて来て襲ったのかもしれない。今夜、もし、原石さんを襲うつもりなら空振りになるし、俺の家に逃げ込んだと思ってそちらを襲っても空振りする。そこでもし神崎さんを襲う事にしたなら、神崎さんを守れるかもしれない。全ては仮定の上での話だが。


 俺の家の電気をつけたままにして、霧の中をロッジへと戻る。リビングには入らず、裏から二階のベランダへ登る階段を使い、食堂を抜けて厨房に隠れた。

 隠れるには丁度良い場所だし、食事時以外にここに誰かが来る事はまず無い。せいぜい食堂に神崎さんが酒を取りに来るぐらいだろう。それに本当に身の危険が迫った時、ここなら刃物もあった。

 時計は午後十一時をまわっていた。そっと食堂の扉を開けてリビングを覗くと、神崎さんがテーブルの上で酔い潰れていたのが見えた。皆見さんと大同さんの姿は無い。

 そのまま厨房へと戻り、原石さんと共に物陰に隠れて、少し仮眠を取る事にした。午前三時までまだ四時間あった。

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