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赤い月  作者: 開田宗介
7/10

第七話

「見張った方が良いだろうな。ありゃおかしいぜ」

「いや、彼は……多分……」

「晴丘さん、何か知ってるの?」

「……酒が、減っている。誰も飲んでいない筈なのに」

「酒? あいつ未成年だろ? それでバレるのが嫌で怒ってるのか?」

「かなりの量の酒が無くなってる……一日中飲んでいるんだろう」


 大人が現実逃避をする為に酒に溺れているというのなら分かる話だった。既に皆見さんがおかしくなり、今夜、また誰かが襲われるかもしれない。村の外に出る道は見つからず、モールス信号の発信器を作っただけで脱出の足がかかりになる事は何も出来ていない。絶望的な状況に変わりはなかった。

 だが大同さんはそれとは関係無く、家の中に閉じこもって好き放題に酒を飲んでいたらしく、ここに留まる理由も自由と酒の為らしかった。


「嶋田さんの話では、得体のしれない生き物が夜中に現れて皆見さんを襲ったらしい。今夜は俺が見張りをしようと思う」


 前田さんがそう言い、皆がそれに同意すると今宵のミーティングは終わった。


「今日はこれで。皆さん、身の危険が迫る様な事があったら、逃げて下さい。俺も、自分がそうなった時は、逃げますから」と言って食堂を出て行った。


 続いて神崎さんと村中さんが食堂を出て行き、晴丘さんは机と壁の狭い隙間を通ると、ベランダの方に出て行った。昨日、晴丘さんがいつの間にか居なくなったのは、この様にして壁際を通って物音を殆どたてる事無く、外に出ていったからだとわかった。


 俺と原石さんもロッジを出ると、そのまま原石さんの家に寄った。

 原石さんの家は、俺の家よりも一回り小さめで、寝室は和室を使っていた。窓に面しているリビングは使ってないとの事で、俺はそこで見張りと寝泊まりをする事にした。

 昨日、あの白い何かが現れたのは夜中の二時過ぎだったと思う。兆候としてキッチンの電気が付かなくなったのを思い出し、リビングとキッチンに明かりをつけ、窓が見える位置にソファを置いて、その上で横になった。


「おやすみなさい」

「おやすみ」


 原石さんは挨拶すると、隣の和室に入り、襖を閉めた。

 このガラス戸の位置からだと隣の神崎さんの家が邪魔で、皆見さんの家は見えなかった。代わりに反対側の前田さんと大同さんの家はよく見える。前田さんは見張りをすると言っていたが、部屋の明かりは消えていた。対象的に大同さんの家は明かりがつきっぱなしになっていた。


 三日目の夜が更け、俺は疲れがとれていない事もあって、半ば眠りながら外を見ていた。時刻はまだ十二時過ぎで、このままでは寝てしまいそうだった。昨日は午前三時から、瞬き一つで三時間が経っていたが、今の所、そんな風に時間が飛ぶ事は無かった。


「……何だ?」


 一時を過ぎた時、何か動く物が視界に現れた。睡魔に襲われながらも、窓際まで隠れて近付き、外の様子を見ると、村中さんがロッジの方へと歩いて行くのが見えた。もしかしたら用を足しに行ったのかもしれない。

 各家にトイレはついていたが、くみ取りというよりは単に穴が掘られているだけで、匂いも酷く、出来れば使いたくない状態だった。ロッジのトイレは一応水洗になっていて、女性はそこで用を足し、男性は我慢して自宅のトイレを使う事になっていた。

 しかし、村中さんはその後ロッジから出てくる事は無かった。


 午前三時になる頃、家の明かりが消えた。キッチンもリビングも消えたので、俺はソファを降りると窓際まで隠れて近付き、辺りの様子を伺った。

 今夜は森の方から、獣の声ではなく、何かの音が聞こえてきた。どむん、どむんと太鼓を叩く様な音、キィキィと金物が擦り合わさる音、カコン、カン、と固い物が打ち合わされる音。それらが不規則にでたらめなリズムで鳴らされている。まともに聞いていると気がおかしくなりそうになり、両手で耳を塞いでしまった。


「う、うわ……来た……」


 森の中からあの白い影がずるり、と地面を這いながら現れ、かなりの速さで大同さんの家に近付いていく。昨日の様に壁際で踊る気配はなく、まっすぐ家の壁の所まで行くと、窓やガラス戸から中を覗いていた。

 大同さんの家も明かりが消えていて、真っ暗になっていた。森の中から次々に白い影が現れ、大同さんの家に群がると、それらの生き物は窓もガラス戸も開けずに、隙間からすぅ、と家の中に入っていってしまった。まるで厚みがなくなったかの様な不気味な入り方だった。

 前田さんは見ているだろうか? という気持ちと、こちらに来なくて良かったという気持ちがあった。大同さんが次の犠牲者になった事への同情は感じなかった。

 森の中からはでたらめな音が鳴り続けていたが、それが終わると同時に大同さんの家の中から白い影達がぞろぞろと這い出てきて、森の中へと戻っていった。

 時計は午前三時半。その時計の針を見た時、俺は睡魔に勝てず、そのままそこで横になって眠ってしまった。


 翌朝、三日目の朝。俺は原石さんに身体を揺すられて起きる事になった。彼女は俺が起きると、大丈夫かどうか安否を尋ねてきて、俺が大丈夫だと答えると、胸をなで下ろしていた。

 大同さんがやられたみたいだと言うと、彼女は素っ気なく、そう、とだけ言った。その返事には全く感情は込められていなかった。その気持ちはよく分かるが皆に報告はするべきだと思い、原石さんと共にロッジへと向かった。


「これは……」


 ロッジに着くと、前田さんと村中さんが既に来ていて、リビングのソファに座る皆見さんと大同さんを見下ろしていた。

 大同さんも皆見さんと同じく、魂を抜かれた様にぼうっとしながら、机の上に置かれた第三界の本を眺めていた。その面影には暴力的な雰囲気は無く、皆見さんと同じく別人と化していた。

 大同さんがいいあ、いあ、ふんぬ、ふるぐぐ。というフレーズを呟くと、それに続いて皆見さんがうるる、るるぐ、と続ける事を、ひたすら繰り返していた。これが儀式なのだろうか?


「ノートには、仲間を増やせと書いてある。最後には俺達全員がこうなるって事なのか?」


 前田さんは村中さんの方を見ながらそう言った。私に聞かれても、と困惑した表情で答える村中さんに、前田さんは強い口調で言葉を続ける。


「昨晩、俺は見張りをしていた。村中さんはロッジに来てましたよね?」

「私はトイレを借りに来ただけで……ねぇ、晴丘さん」

「晴丘さんも何か知っているんだろ? 俺はロッジで見張りをしていたんだ。夜中に村中さんがやってくるのを見て、俺も最初はトイレかな、と思ったさ。でも違った」


 前田さんの言葉を聞いた村中さんは顔面蒼白になり、表情を氷りつかせた。


「神崎さんは私の言いなりだから大丈夫。後は前田さんが問題だ。そんな会話が聞こえたんだが、一体何を企んでるんだ?」

「……ゴタゴタを起こす奴の、話だ……」

「ゴタゴタってなんだ? ここへ俺達を集めたのはお前達じゃないのか? 皆見さんと大同さんに何をしたんだ? 俺達に何をするつもりなんだ? 前にも同じ事をしたんじゃないのか?」

「違うの前田さん、落ち着いて。ああ……こういう混乱になるのを避けたかっただけなのよ。皆で脱出する為に」

「皆で脱出する為? 村中さん、あんたが何をしてきたって言うんだ? 神崎さんと森の中で男と女の関係になる事か? それは脱出する為に必要なのか?」

「覗き見は良くないだろ前田さん。俺達は、確かにお互いを想っているが、脱出の事も考えているさ」


 村中さんを守ろうと神崎さんが割って入ると、前田さんは、あんた騙されているんだぜ、次はあんたの番かもしれないぜ? と前田さんが煽る。


「俺はさ、ここで村中さんと出会って、一緒に脱出しようって約束したのさ。俺は新しい人生を始めるんだ。だからここから絶対に出て行く。こんな魂の抜け殻にはならない」

「落ち着いて、前田さん。私はトイレを借りるついでに晴丘さんと話をしただけなの。言いなりって言い方は悪かったかもしれないけど、他意は何も無いわ」

「邪魔物の皆見さんと大同さんは、口を封じた。次は俺か? もうこんなのはうんざりだ。俺は一人ででもここから逃げる。お前達の思惑通りになってたまるか」


 そう言うと、前田さんはロッジを飛び出していってしまった。俺と原石さんがどうしていいか分からず、村中さんの方を見ると、彼女は神崎さんに抱きついて泣き出していた。


「ごめんなさい、私が変な気遣いをしたせいで……私はただ、皆がまとまればいいって思っただけだったの」

「ああ……大丈夫だよまゆみ。前田さんは仕方無いさ、残った俺達だけでもここから逃げて生き延びよう」


 神崎さんはそう言いながら、村中さんの体を強く抱きしめていた。昨日、前田さんが二人は森の中でサボっていたと言っていたが、どうやら大人の関係だったらしい。

 ここに来て、俺は原石さん以外の誰も信じられなくなった。晴丘さんが村中さんと裏で何かを話していたのは少し意外だった。村中さんはともかく、晴丘さんはそういう風には見えなかった。

 晴丘さんは通信機の所に行き、救難信号を出し続けるという。村中さんは気分が優れないと言って自宅へと戻り、それを送った神崎さんがロッジに戻ってきた。


「さて嶋田君、と原石さん。俺達はなんとかしてここを出なくちゃいけない訳だ」


 神崎さんは前田さんがいなくなった事で、代わりに仕切り始めた。

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