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赤い月  作者: 開田宗介
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第六話

 原石さんは村中さんの様な美女ではないが、年相応の可愛らしい女の子だった。こうして可愛らしい女の子と手を繋ぐ事そのものが、俺の人生においては奇跡だった。この奇跡を持ち帰りたい。そんな欲望が心の中に湧いてくると、是か非でも原石さんを連れてこの村から出たいという気持ちへと変わっていった。


 俺は原石さんを連れて、昨晩、皆見さんの家にまとわりついていた白い影が森の中へと去ったあたりを探してみた。もしかしたら彼らは村の外からここにやってきていて、その道を見つければ、村から出られるかもしれない。

 白い生き物が消えた辺りを探してみると、土の上に足跡を見つけられた。だがそれは人間の足跡ではなく、そして動物の足跡でもなかった。その足跡は、大きな円が一つあり、その円から放射状に細い触手の様なものが伸びていた。タコを垂直に柔らかい地面の上に落としたら、こんな跡になるかもしれない。

 地球上にそんな足を持つ生物が居るだろうか? しかもその生き物はのっぺりとした白い塊の様な姿で、人の背丈ぐらいの身長があった。

 その奇怪な足跡が森の奥へと続いていたので、跡を追うと、ほどなく絶望的な光景を目の当たりにした。土の上には大小無数の足跡があり、無規則にそこら中に足跡を残していた。

 何匹もの奇妙な生き物が、この辺りで好き放題に飛び跳ねたり走ったりしていたらしいが、ここから先に続いている足跡は無い。ここでこの生き物は居なくなったのだ。もしかしたら木の上に登ってしまったのかもしれない。見上げると木々の間、遙か遠くに霞んだ空が見えていた。木の上に登られてしまっては、跡を終えない。


「これって……何の足跡?」

「分からない……でも、前田さんには報告した方がいいと思う」

「うん……そうだね」


 原石さんもこの奇妙な足跡に不安を感じて、俺の手を強く握りしめていた。その手の温もりが今の俺の心を支えていた。一人だったらここまで足跡を追ってないだろうし、この奇妙な足跡を見つけただけで、怯えて逃げ帰っていただろう。

 俺と原石さんはお互いの手を固く握りながら、ロッジへと戻った。


 ロッジに戻って待っていると、十分ほどで前田さんが戻ってきた。何か見つかったかい? という問いに、何かの生き物の足跡を見つけたと言うと、早速見に行こうと前田さんは言った。

 再び外に出た時、村中さんと神崎さんがロッジの前で晴丘さんと何か話していた。


「何か、ありましたか?」

「ええ。晴丘さんが、通信機を作ってくれるみたいなの」

「通信機? そんなものが作れるんですか?」

「……ラジオの短波に、モールス信号を乗せるしか、出来ない」

「それでもすごいですよ。是非、お願いします」

「私達、アンテナをたてるのを手伝おうかと思って」

「荷物を運ぶぐらいしかできないがな」


 神崎さんが肩にコードを巻いた物を抱えてそう言った。それを前田さんは冷ややかな目で見ながら、お願いします、とだけ言った。

 足早にその場から立ち去り、足跡はどこに? と俺達に尋ねる前田さんに、皆見さんの家のほうを指し示すと、さっさと一人で歩いて行く。俺と原石さんはその後についていくしかなかった。


「神崎さんと何かあったんですか?」

「……あの二人は森の中でサボっていた。仕事で忙しい素振りをしていたのが、気に入らない」


 前田さんはそういった欺瞞がかなり嫌いの様で、不愉快さを露わにしながらかなりの速さで大股で歩いていく。俺と原石さんはやれやれと思いながら小走りで彼の後を追いかける事になった。


「何だ? この足跡は……こんな生き物がいるのか?」


 足跡のある場所まで行くと、前田さんは俺が思った事と同じ事を呟きながら、しゃがみこんで地面の上の奇怪な足跡を見ていた。


「もうちょっと奥に行くと、沢山あるんです」

「沢山? つまりこの生物は一匹じゃないって事?」

「一匹じゃないですね……それに、どこから来たのかも分からないんです」


 森の中、無数の足跡が不規則に散らばる所へ行く時、前田さんは何かに気付いて一本の木の側に寄った。その木の表面には透明な液体がべっとりとついていて、何かが腐った様な嫌な匂いを発していた。


「これは……この変な足跡の生き物が、触った跡なのかな……?」

「さぁ……もしかしたら、そうかもしれません。そいつらは木を登ってここまで来たかもしれないです」


 その木から少し離れた所に、無数の足跡が散乱しているのを見て、前田さんは絶句していた。何も言葉が出ず、そして木の上を見て、俺の先ほどの言葉に納得していた。


「戻ろうか、ここに居てもこれ以上は何も無い」


 彼らが木を伝って移動してここまで来たのなら、これ以上は足跡を追う事は出来ないと前田さんも言い、俺達の肩を叩いて戻る様に促した。


 今、僅かでも希望があるとすれば、晴丘さんの通信機だった。もしそれで救難信号を送る事が出来たら、助かる可能性が出てくるかもしれない。

 アンテナは無事に建てられたかどうか見に戻ると、不格好ながらも屋根の上に設置されていた。見栄えなどそっちのけで、斜めに無理矢理にくくりつけられていて、電線がロッジの裏側へと続いていた。電線は発電機のある地下室まで続いていて、晴丘さん達三人が難しい顔をして通信機を見ていた。

 床上には小さな機械と電気のスイッチとスピーカーが置かれていた。そのスピーカーからはシーという雑音が聞こえ、晴丘さんがスイッチを入れると、その雑音の中にビーという電気音が交じった。


「通信機というから無線かと思ったら、モールス信号か」

「テレビを……壊して……作った……」

「さすがに、これはちょっと……難しいわね」

「俺は、ここでSOSを発信し続ける……のろし、みたいなものだ……」

「誰かがみつけてくれる事を祈るしかないな」


 神崎さんがそう言ってため息をつき、晴丘さんの側を離れた。村中さんに謎の生き物の足跡の話をすると、リビングで詳しく話をしましょうと彼女は答え、俺達は晴丘さんをそこに残してリビングへと戻った。

 リビングでは皆見さんがテーブルの上にノートとあの気味の悪い本を開いて並べて置いて、何か意味不明の言葉を呟いていた。

 うるる、るるぐ、んるぐふ、るるんふ……そんな風に俺には聞こえた。一体何をしているのかと村中さんが尋ねると、皆見さんはノートを指さした。


「ノートが書き足されてる?」


 ピンクのノートの次のページに新たな一言が足されていた。聖典で儀式、仲間を増やせ。という内容だった。

 その字は一頁前の字とは異なり、荒々しい字で書き殴られていた。皆見さんは横に置いた第三界という名の本を開け、そこに並ぶ奇妙な文字列を見て、ノートの空いた所に意味不明な文字列を写し取っていた。先ほど呟いていた言葉はその文字列を読んだものだった。


「皆見さん、この文字が読めるの?」

「ここだけ、読めます。他は分からない」


 それだけ言うと、皆見さんはまた、るるぐ、んるぐふ……と呪文のような言葉を呟き始めた。前田さんが、この字は皆見さんが書いたのか? と荒々しい筆跡の字を指して尋ねたが、皆見さんは何も答えなかった。


「字が全然違うわ、こんな字を書くのは、大同さんじゃない? 他の人達は皆、表に出ていたんだし」

「あいつなんか怪しいよな。家にこもったっきり出て来ないが、何をしてるんだ?」

「チャイムを押しても返事しないし、家の内側から鍵をかけてるし、何をしているのかはさっぱり分からないわね。夕食の時、聞いてみましょう」


 日が傾き初めたのを見て、今夜はどうすべきか悩んだ。もし、昨晩の生き物が俺の家にやって来たら逃げるしか無いが、もし原石さんの家が襲われたら、どうしたらいいのか。村中さんには神崎さんが居るし、前田さんは一人でもなんとかするだろう。でも原石さんが一人で何かできるとは思えない。皆見さんの様に襲われてしまいそうだった。

 夕食を食べている時に、隣に座る原石さんに小声で話をもちかけてみた。


「今夜、原石さんの家に行ってもいい?」

「えっ?」

「あの足跡の生き物が夜中に来た時、逃げないといけない」

「私、昨日は寝てたから、何も知らないんだけど……何かが来るの?」

「うん。白い気持ち悪い生き物が何匹も皆見さんの家に群がっていたんだ。夜が明けたら、皆見さんはおかしくなってた。きっとやつらにやられたんだ」

「よく、分からないけど……嶋田さんがそう言うのなら、いいよ」


 後ろでは皆見さんと大同さんが静かに夕食を取っていたが、食事が終わると、皆見さんはミーティングを待たずに食堂を出て行ってしまった。


「おい、いいのかよ?」


 大同さんが困惑した顔でそう言うと、前田さんがノートを開いて大同さんに見せた。


「この、聖典で儀式、というのを書いたのは君かい?」

「何だ、これ? なんで俺が?」

「いつも、家の中に閉じこもって、何をしてるんだ?」

「何だお前ら? 俺が何かしたのかよ? 喧嘩売ってんのか?」

「昼間、皆は外に出ていたんだ。晴丘さんは通信機を作ってた。大同さんだけが何をしていたのか分からないんだ。その間に、このノートにこの一文が書き足されていたんだ」

「知るかよ! 俺じゃねぇよ!」

「せめて、家の中で何をしてるのか、説明してくれないかしら?」

「何もしてねぇよ。寝てるだけだよ」


 大同さんはが椅子を鳴らして立ち上がり、怒りに満ちた顔で俺達を見回す。その後、椅子を蹴り飛ばして大きな音をたてると、扉を開けて出て行き、壊れそうなほど激しく閉めた。

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