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赤い月  作者: 開田宗介
3/10

第三話


「なぁ? ここの建物は新築って訳でもなけりゃ、古いって訳でもない。俺達の前に誰かがここに住んでいたかもしれない、とかありえるか?」


 神崎さんの質問に前田さんは分からないと首を振り、代わりに晴丘さんが答えていた。


「可能性は……ある……俺は……各家に電線をはったが……電気のメーターはゼロじゃなかった」


 誰も電気を使っていなかったなら、メーターはゼロのままだろう。つまり俺達よりも前にも誰かがここに居て、電気を使っていた事になる。


「何故か……電線は……切られていた。だから、繋ぐのは新築の建物より簡単だった」

「前に住んでいた人達が、ここから出て行く時に電線を切った?」

「さぁ……俺に分かるのは、切られていたって事だけだ」

「でも、誰かが居て、そしてここから出て行ったのなら、出る方法があるって事になるわ」


 村中さんの言葉に、皆の表情が少し明るくなった。口先ではこの村を出たくないと言う神崎さんも含めて。


「八人が揃って何かが始まり、それが終わったら解放される、とか? もしかしてどこかに隠しカメラがあるとか?」

「そうだといいけれど、それぞれの言う土地の名前も分からないほど、日本のあちこちから人が集められた手筈が説明できないわ」

「……ああ……誘拐された訳でも無いしな……」

「この八人に共通点がある様にも思えないし……誰が何を始めようとしているのかしら」


 村中さんの言葉は先ほどとは反対に俺達を再び泥沼へと引き戻す。どちらも正しい内容だからこそ質が悪かった。


「嶋田さんの家に電線を引きに行くよ……日が暮れてからでは遅い」


 そう言うと晴丘さんは席を立って、リビングを出ていった。それを見て前田さんが立ち上がる。


「俺は、もう一度森の周りを見回って、道があるかどうか探してくる」

「俺、晴丘さんを手伝ってきます」

「わ、私も……」

「原石さんは、どうして?」

「えっ、と……」

「嶋田君と原石さんは同じ地方から来たのよね? それなら二人でよく話をした方がいいと思うわよ。何か手がかりが見つかるかもしれない」


 村中さんにそう言われて原石さんは俺に付いてきたが、それは村中さんが神崎さんと二人っきりになりたかったから、彼女を俺に押しつけた様に思えた。

 でも、俺にとっては悪い気はしなかった。ひとりぼっちというのは辛い。原石さんもそうなのかもしれない。心細い、寂しい、怖い。そういった負の感情で心が疲れてしまう。だから少しでも話の合いそうな俺についてきたのかもしれない。



 晴丘さんの後について建物の裏手へとまわると、横3メートル高さ2メートル程の倉庫があった。倉庫の中には電線や配電に使われる部品が置かれていて、晴丘さんがその中からいくつかの物を選んで俺に渡してくる。


「いつも……一人でやっていた……助かる」


 それだけ言って、再び倉庫の中に戻り、また数個の部品を持って来て、原石さんに渡していた。原石さんは所在なさげに部品を受け取って立っていた。

 最後に晴丘さんは電線がまかれたケーブルドラムを引きずり出すと、地面の上を転がして、ロッジの真裏にある扉の前まで移動させた。その扉の上には大きな配電盤がとりつけられていて、中に発電機があるのは容易に想像出来た。

 発電機のある部屋は地下一階相当に掘り下げられていて、扉の中に入ると、鋼鉄製の階段が横に伸び、下方の床へ降りる事が出来た。床はコンクリート製で八畳ほどの広さがあり、部屋の奥に大型の発電機と燃料タンクが並んでいた。

 高さ2メートルほどの燃料タンクにははしごが付いていて、晴丘さんはタンクの上に行くと、蓋を開けて中を覗いていた。


「なんとか、一週間かな……嶋田君は……節電を……頼むよ」

「わかりました」


 発電機の部屋に電線を繋いだ後、ロッジから一番遠い空き家まで地上に電線を這わせていく。その家が俺に割り当てられた民家だった。いざ取付点に電線を繋ごうとした時、晴丘さんが言っていた事がどういう事かわかった。

 引込線取付点と呼ばれる器具には電線が既に繋がっていて、それが根本から切られていた。この家は最低でも一度は、俺達がしているような電線の工事がなされ、電気が繋げられていたという証だった。

 それがどうしてこの様な形で切られたのか、ではここに住んでいた人はどこに行ったのか、それはつまりここから脱出する方法があるという事なのか。先ほどリビングで話をしていた僅かな希望が、この切られた電線の痕跡だった。

 晴丘さんは新しい電線を繋げ、家の中に電気を通電させる為にメーターから配電盤へと配線工事をしてくれた。その電気メーターも話通り、電気使用量がカウントされていた。

 電気がちゃんと通電するのを確かめると、晴丘さんは道具一式を片付け、工事は終わったと告げて、ケーブルドラムを押してロッジへ戻っていった。


「原石さん、手伝ってくれてありがとう」

「ううん……他にする事も無いから……それに、嶋田さん以外の人は話し辛いし」

「大同さんは……怖そうだしね」

「……いきなり襲われて、他の人達に助けて貰ったの」


 原石さんはそう言いながら、大同さんの家を睨んでいた。それで大同さんから視線を反らしていたのだろう。同年代の男は厄介者で、晴丘さんは他人と距離をとっている様に見え、前田さんは自分本位なのを隠そうとしない。神崎さんと村中さんは近寄り難い関係の様だし、皆見さんは誰とも親しくするつもりはない様だった。原石さんが居場所を求めて俺を話し相手に選んでも不思議じゃなかった。


「早く、帰りたい……」


 俺も心底そう思う。空を見ると日が傾き初めていて、空が赤と青と紫色に混ざり合っていた。ロッジへ戻る時間かも。村中さんが夕食を作ってくれるの。と原石さんが言い、彼女と共にロッジへと戻った。


 ロッジの正面から入り、奥にある木製のやや段差のある階段を登って二階の扉を開けると、そこが食堂だった。

 中ぐらいの太さの丸太を半分に切って作られた、いかにも旅行客が喜びそうな手作り風のテーブルが、奥側右手、奥側左手、手前に一つずつ計三つ置かれていた。そのうち奥側右手には神崎さんが座っていて、左手には晴丘さんが座っていた。原石さんは晴丘さんの座っている席に歩み寄り、対角線上の対面に座った。


「あっちの席には神崎さんと村中さんと前田さんが座るから。もう一つの方には大同さんと皆見さんが座ると思う」


 晴丘さんはテーブルの上に両肘を乗せ、両手を組んで頭を抱えるようにしていて、他人に近付いて欲しくなさそうだったので、リビングの時と同じく原石さんの横に座った。


「一人ずつ、取りに来てちょうだい」


 食堂の壁際にはカウンターがあり、奥が調理場になっていて村中さんが職人の腕をふるっていた。食事は大きめのトレイの上に全て盛られている定食スタイルだった。

 最初に神崎さんが取りに行き、続いて晴丘さんが取りに行った。それに続いて原石さんと俺が取りに行くと、村中さんから呼び止められた。


「嶋田さん、すまないけど、大同さんと皆見さんを呼んできてくれないかしら?」

「あ……はい……」

「二人とも何も言わなければ、何も言ってこないわ。チャイムをならして夕食が出来ましたって言えば、勝手に出てくるから」


 自分のトレイを席へ運んだ後、食堂を出て階段を降り、ロッジの外に出た。既に日は暮れかけていて空は青色に変わりつつあった。

 日帰り旅行の筈が目的地にも行けずにこの不可解な土地に迷い込み、帰る術も無い。自分の命運を呪うしかなかった。

 二人の家がどれかなんて知らなかったが、灯りが付いている家が二軒あり、片方は全ての部屋に明かりが灯っていた。その家に行ってチャイムを鳴らすと、インターホンの向こうから女性の声で、はい、とだけ返事が返ってきた。夕食が出来ましたと伝えるとインターホンは切れた。こちらが皆見さんの家だった。

 もう一つが大同さんの家だろう。チャイムを鳴らすと、何も返事は帰ってこず、インターホンのランプが通話状態の赤色に変わった。夕食が出来ましたと言うと、ガチャッという音がスピーカーから聞こえ、ランプは緑色に戻る。これで俺の役目は終わった。二人と顔を合わせて何か言われる前にロッジへ戻った。

 食堂に戻ると、前田さんが戻ってきていて、神崎さんと村中さんが着いているテーブルの端に座って食事をとっていた。村中さんは神崎さんの対面側に座り、静かに食事をとっている。カウンターには大同さんと皆見さんの分のトレイが置いてあった。

 席に戻って少し驚いたのは、原石さんが食事を待っていた事だった。


「もしかして、待ってくれてたの?」

「うん、なんだか悪いと思って」

「気にしなくてもいいのに」

「そういうの、難しいから」


 俺は本気で気にしなくてもいいと言ったつもりだが、原石さんは社交辞令として捉えて流してしまっていた。それはそれでこちらも気が楽だった。

 原石さんと共に夕食をとっていると、大同さんと皆見さんが食堂にやってきて、無言でトレイをとると、扉側の席に距離を置いて座る。

 この少人数の中で、三つのグループが出来上がっていた。皆が一つのテーブルに共に座る事が無いように、何者かに選ばれてここへ連れてこられた様にさえ思えた。

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