第二話
「道が無くなった。だろ?」
「はい……」
「ここに来た皆がそうなんだ。君だけじゃない」
「はぁ……」
「これで八人が揃ったのなら、一度、皆で話をしてみない?」
事情が全く解らず困り果ててて立ち尽くしていると、白いブラウスの美人がそう言った。目鼻立ちが整っていてスタイルも良く、芸能人を思わせる女性だった。
「そうですね。ただ、あと一人は、言う事を聞くかどうか……」
「私から声をかけてみるわ」
「お願いします、村中さん。じゃあ俺達はロッジに集まろう」
前田さんがそう言うと、作業服の男性は出てきたロッジの中へ戻っていった。
背広の中年男性は窓を閉めて家から出てくると、背中を丸めながらロッジへと歩いて行く。前田さんはもう一人の無愛想な女性の家へ行くとチャイムをならして呼びかけていた。美人の女性の名は村中さんというらしく、彼女もまた別の家に行き、チャイムをならして中の誰かに呼びかけていた。
「あの……私、原石って言います。嶋田さん、でしたっけ……あの無人駅の事、知ってるんですね?」
同年代の女の子が俺の方に近付いてきて、不安げにそう尋ねてきた。よく見ると、大人しくて可愛らしい小柄な女の子だった。少し鼻が詰まった様な感じの声が印象的だった。
「うん、俺、松ヶ枝市から来たんだけど……わかる?」
「あ、はい、わかります。私、隣の市の榛張市です」
「ああ、良かった。知ってる」
「他の人達は、全然知らない所の人みたいで……いったい何がどうなっているのか」
そう言いながら、原石さんもロッジの方へと歩き出し、俺もその後に続いた。
ここの人達はこのロッジのリビングを集会場にしていて、それぞれ勝手に空いた席に座っていた。
「大同さんって学生の人と皆見さんって女の人が、そことそこに座るの。二人とも気の強い人達だから、側には座らない方が良いかも」
どこに座ればいいのか悩んでいると、原石さんがそう言いながらリビングの中で一番隅の丸椅子に座ったので、俺もその隣に座る事にした。大人達は中央のテーブルを囲んでソファに腰を降ろしていた。
程なく、不機嫌な顔をした女性と、気怠そうな雰囲気の学生が入って来た。学生の制服は見た事がない物で、髪は脱色して茶色になっていた。
これで全員らしい。俺を見て八人目と言った事も今から説明が聞けるのだろう。そしてこの集落とそれぞれの人の事も。
まずは新入りの嶋田さんから自己紹介を、と前田さんに言われ、俺は席を立った。
「俺は嶋田紀夫って言います。松ヶ枝市の学校に通っていて、今日は犬鳴山にあるカナマリ村に行く所でした」
そう言うと、他の人達は顔を見合わせ、犬鳴……カナマリ? と互いにその地名を知っているかどうかを探りあっていた。
「では、次は俺が。名王市のスポーツジムでチーフインストラクターをしている前田康士です。今日は休みで緑地記念公園でランニングしてたんですが、横道に入ったらこの村に出てきてしまったんです」
前田さんが自己紹介を終えると、次に村中さんが続いて口を開いた。
「私は村中まゆみといいます。渋谷のレストランで調理師をしています。連休でしたので友人と温泉旅行に来ていたんですが、私だけはぐれてここに来たみたいです。次……晴丘さん、お願い出来ますか?」
東京、渋谷。垢抜けた雰囲気は大都会に住んでいるからかもしれない。一見して美人に見えるのも、身体的な面より精神的な部分が大きそうだった。彼女が次に指名したのは作業服の中年男性だった。
「俺は……晴丘久仁夫と言います……多分……ここに最初に来た者です……」
作業服の中年男性は、ぼそり、ぼそり、と言葉を切りながら、ゆっくりと喋る。誰とも眼を合わせようとしないのが気になった。
「倉安市で電気工事士をしています……このロッジに発電気があったんで……それでこの家を使わせてもらってます……仕事で……山間の電線のメンテをしてて……帰ろうとしたら、何故か、ここに……」
そこまで晴丘さんが自己紹介をすると、村中さんが説明を付け足した。
「他の家も最初は電気が通って無かったんだけど、晴丘さんが工事をしてくれたおかげで、電気は確保出来たんです」
「確保……というか……燃料は……あまりないので……一週間、が、せいぜい……かな……」
このリビングを照らしている照明も、自家発電機によるものなのだろう。工事士の晴丘さんが居なければ、この集落に明かりは存在しなかった可能性が高い。だが、その頼りの発電機も、動かす為の燃料は一週間分しかないとの事だった。
「……食べ物も一週間分ぐらいしかないわ。このロッジに保管されていた分だけ」
「電気と食料がある間に、ここからの出口を見つけないといけませんね」
前田さんがそう言うと、無愛想にしていた女性が突然、キツイ口調で話し始めた。
「一週間とかマジやめて、今すぐ帰りたいの。私、今日から歯科助士で働く事になってたんだけど、これじゃもうクビ確定じゃん。せっかく一人暮らし始めて仕事にも就けたのに、ホント最低。クビになったら家賃も払えないじゃん。なんでこんな事になってんのよ」
原石さんが、気が強いというのも分かる話しぶりだった。彼女が怒る理由も分かるけど、名前ぐらいは名告って欲しかった。
「皆見さん、皆も同じですよ。こんな所に一週間もいたらクビになってしまいます。大同さんも、色々困るでしょう?」
「俺ぁ別にいいんだよ、ここでのんびり暮らせるならよ。ガッコなんて行きたくもねぇ。ここがどこかわかんねぇけどよ、もうどうでもいいわ」
「大同さん、食べ物が無くなったらのんびりも出来ないわよ?」
「……ま、そりゃそうなんスけどね」
ガラの悪い大同さんも村中さんには態度が柔らかかった。前田さんはチーフという仕事の立場ゆえか上から目線で話をするので、大同さんとは水と油の間柄だった。
「俺は神崎って言います。俺もあんまり出て行く気は無いって言うか……営業で全国を回ってるんですけどね、もう、仕事もローンも家族も、全部疲れたんで、ここで死んでもいいかなって」
「神崎さん、少し休めばまた元気も出ると思いますから、そんなに落ち込まないで」
「村中さんは優しいから、そう言ってくれますけど……分かりました、なるべく前向きに考えます」
背広を着た中年の男性、神崎さんは、村中さんの気をひく為に疲れたとか死ぬとか言っている様に見えた。また、村中さんも神崎さんに気があるのか、元気を出して下さいと言いつつ神崎さんの太股に手を添えたりしていた。
「じゃ最後、原石さんも、自己紹介をお願い出来るかな」
「あ、はい。原石すばると言います。榛張市の学校に通っていて、今日は家族と自然公園に遊びに来ていました。そこで家族とはぐれて、ここに来てしまったんです」
榛張……知らねぇなぁ……。と大同さんが呟いていたが、原石さんは何故か絶対に大同さんの方を見ようとはせず、視線を反らし続けていた。
「これで八人。このノートはこのロッジにあったのだけれど、最初のページにこう書かれているの。『八人になったら始まる』って」
そう言って村中さんはピンク色のB5サイズのノートを開いてテーブルの上に置いた。皆が覗き込むと、そこには確かに、八人になったら始まると書かれていた。
「あと、この本もノートと同じ場所にあったんだけど……これはよく意味が分からないの」
村中さんはテーブルの下から、A4サイズの大きな分厚い本を取り出して机の上に置いた。その本の表面は皮で装丁された高価そうなもので、表と裏には禍々しい印象がする魔方陣みたいな模様が刻印されていた。
「ワールド・オブ・ザ・サード。第三界っていう本らしいんだけど……どこかの国の文字で書かれていて、なんだか薄気味が悪いの」
第三界というその本を開くと、中東とかインドとかそういった感じの文字がびっしりと並んでいて、所々に五芒星が描かれていた。更にページを何枚か開くと、文字は一切かかれていない、魔方陣と骸骨と手の骨だけが描かれたページがあり、その手の骨はまるで血で描かれた様な赤い色をしていた。
皆が一斉に目を背け、そして村中さんもすぐに本を閉じた。
「話ってこれだけ? んじゃ俺、帰って寝るわ。メシが出来たら呼んで」
大同さんがそう言って席を立つと皆見さんも無言で席を立ち、ロッジから出て行ってしまった。
「あの二人はいつもああなんだ。嶋田君は協力してくれるよね?」
「はぁ……ここから出て帰れるのなら、勿論、出来る限りは協力します」
「出て行く手段が早めに分かったら、さっさと出て行ってくれよ? その方が食料も電気も長持ちするしな」
「出て行く時は神崎さんも一緒ですよ」
「俺は……ここより現実の方が地獄だから……いっそ行方不明になって、東京でひっそり暮らそうかなぁ?」
「いいと思いますよ、そういうのも。まずはここから出ないといけませんね」
「まぁ、それなら、出て行くのもアリかな」
神崎さんは現実の家族も仕事も捨てて、村中さんを追いかけて東京に逃げ込むつもりで、村中さんはそれを否定しなかった。不倫というやつなのだろうか? 俺と原石さんにはまだ早い考え方だったし、前田さんと晴丘さんは他人事として割り切っている様だった。
「嶋田さんの家にも……電気をひかないとな……」
「俺の……家、ですか……お願いします」
「このノートには8人から始まるって書かれていて、この集落にはこのロッジを入れて八軒の家がある。だから一人ずつ別々の家に住めって事だろう」
八軒の出鱈目に建てられた家。山に囲まれて孤立無援状態の集落。だがそれぞれの家は建てられてから数年程度しか経っていない近代的な建物。矛盾だらけだった。
水道と下水道は無いが、ロッジの裏には井戸があり、飲み水と生活用水はそこで調達出来た。