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第1章 幕命 (11)

 家老の加藤が成正寺に到着すると、砲術師範達の居並ぶ講堂に緊張が走った。

 家老に対する緊張よりも、自分の流派の対面や、自分の家の安泰を願うゆえの、これから始まる相談への緊張が強いように思えた。


 「表に待たせてある駕籠は何だ。

  武術師範の身にありながら駕籠で来おったか。

  すでに御家の大事ぞ。」


 「それは。」

 一同言葉を失って平伏した。

 それは既に現役を退いた流派の長老達が乗ってきたものだった。

 今は、家老に同席を許されない軽輩の子弟とともに控えの間で聞き耳を立てている。


 ゆっくりと辺りを見渡すと加藤は憤然と着座した。

 「まあ、よい。

  さあ、始めてくれ。」

 流派の名のいろは順で蔵男が最初の手筈であったが、なかなか口を開かない。額に汗がにじんでいる。蔵男の父も駕籠で来たのかもしれない。

 孫兵衛が肘で突くと、蔵男はようやく我を取り戻して話し出した。

 

 砲術師範達が順番に流派の特徴を話す間、加藤は腕を組み、目を伏せていた。

 ときどき加藤がうなづくので、皆が加藤の首の動きを注視している。

 ひととおり説明を終えると、今度は加藤の質問に順番に答えていった。


 「昨年の徳丸ヶ原の御調練について存念はいかがか。」

 最後にひとつ、と告げた質問に一同首を振った。

 徳丸ヶ原の調練とは、高島秋帆が行った日本初といわれる洋式砲術の演習である。

 秋帆の披露した西洋砲術を高く評価した老中・水野忠邦は、彼に報奨金を与え、幕臣・江川太郎左衛門らへ伝授するよう命じた。

 幕府が西洋砲術を正式採用するのではないかという噂は、忍の砲術師範達へも伝わって来ていた。


 蔵男をはじめ、砲術師範達はいずれも和流砲術の利を説き、西洋砲術を否定した。

 そもそも西洋の戦術自体が日本とは異なり、銃の用法が違うのだが、確かに和流砲術は驚くほど命中率が高かった。


 「孫兵衛も同じ意見か。」

 加藤の突然の問いに、孫兵衛は一瞬迷ったが、少し間をおいてうなづいた。


 加藤は苛立ったように再度問う。

 「大阪荻野流の名にかけて、そう申すか。」

 加藤は西洋砲術に心が傾いているのかもしれない。


 「それがしは義父の正式な門下ではありません。

 これなる蔵男殿とともに荻野流の立場を述べに参っただけです。」

 加藤も黙ってうなづいた。


 その後は、玉込めの工夫、仰角のとりかたなど、個別の手筈について調整をしていった。加藤の同席もあって、ことさら強情を張ることもなく、それぞれの主張をのんで穏便なところに落ち着いた。


 加藤が退室すると、孫兵衛は長い吐息を吐いた。

 (またしても御家老の御期待を裏切ってしまった。)

 孫兵衛は西洋砲術の利を感じ取っていたが、あそこでそれを言えば砲術師範達の意見をすべて否定してしまうこととなる。


 それにしても、と孫兵衛は思い起こす。

 「御家老も御人が悪い。」

 独り言のようにつぶやくと、蔵男が身を乗り出してきた。

 「はじめの駕籠の件はおそらくな、我らをけん制したのだ。」

 加藤の勢いにのまれ、誰も自分の流派だけを立てようなどと勝手なことを言わなかった。おかげで相談は思いのほかうまくまとまった。


 (これでよかったのだ。俺の評価などより御家の結束こそが今は大事。)

 蔵男が他流の師範達と談笑するのを見ながら、孫兵衛はひとりうなづいた。

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