第2章 出立 (1)
翌十一月、忍藩は房総警固に備え、武器庫の点検と、目録の作成を行うこととし、無役の孫兵衛も砲術の知識を買われ、登城を命じられた。
肌を刺すような冷気をかきわけて城を目指すと、足元では霜柱が崩れていった。
武器蔵のあたりへ近づくと、既に白い息を吐く藩士達が十名程集まっている。
孫兵衛は寄合肝煎の安西靫負を見とめて、走り寄った。
「五つに集合と聞いていましたが。」
「年寄りが指揮をとっておる。皆、朝が早い。」
靫負は気にするな、という顔で笑った。
足元に視線を落とすと、全長六尺半(約二メートル)はありそうな大砲が転がっている。一貫目筒である。
(モリソン号を砲撃したのも、このくらいの筒だったろうか。)
孫兵衛は江戸詰めの者から伝え聞いたモリソン号事件を思い浮かべた。
天保八年(一八三七)、日本人漂流民を乗せたアメリカ商船・モリソン号が江戸湾へ渡来した。
異国船打払い令が出ていた時節柄、浦賀奉行の指揮の下、停泊したモリソン号に対し、未明の砲撃が開始された。
ところが日本側が陸から放った大砲はなかなか当たらない。ようやく当たった一発も、甲板を転げるようにして海へ落ちた。モリソン号はほとんど無傷で江戸湾を退去したのだった。
西洋の大砲は幾度も海戦を戦っている。武器を持たない商船ゆえに反撃がなくて救われたのだ。
(西洋式の大砲が無ければ、海戦などできまい。)
孫兵衛は武器の運搬をしながら何度も嘆息した。
武器蔵からすべての銃砲類を取り出し終えると、武器役の帳面と突き合わせ、忍へ残すもの、房総へ運ぶものを分けていく。
「房総へ運ぶものだけでも、ざっと五十門は超えよう。」
周囲の大砲をぐるりと見渡す孫兵衛を見て、靫負が話しかけてきた。
「驚きました。これほどの数とは。」
板塀や武器蔵の壁に立てかけた銃もかなりの数である。
「その割に弾や火薬があまりないな。」
靫負が声をひそめて言った。
これらの武器を買い揃えていた時代からみれば、気が遠くなるほど泰平の世が続いた。
加えて白河騒動による減封以来、財政難が続いている。
訓練で消費した弾薬の補充も難しいうえに、桑名からの国替えに際して鋳つぶして売り払った砲弾もあるという。
西洋砲術の導入には、人の育成にも銃砲の整備にも長い年月がかかるうえ、費用を捻出する余裕がない。
無理をして西洋式の大砲をいくつか買うこともできるだろうが、弾薬まで手が回らない。
すべて西洋式に切り替えるのには、無理を重ねて急いでも十年、二十年という歳月を要するだろう。
「当面は和流でいくほかない。」
孫兵衛は、そうつぶやいてこの数か月間の悩みを断ち切った。
今ある和流の銃砲のために弾薬を揃え、これを用いて外国船や外国軍隊に立ち向かう策を考えるしかない。
「西洋砲術の導入を考えておったのか。」
孫兵衛のつぶやきで察したのか、靫負がうなった。
さすがに自分の見込んだ男だと言う靫負に、孫兵衛は深々と頭を下げた。




