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劇場 前編

 ニーゲンベルク。


 その都市はラブレサック教国と東方の国々を繋ぐ中継地点として発展し、お堅い教国の中でも開放的な土地柄である。


 貿易都市としての性質上街中には常時人が溢れているものの、今回ばかりは外を出歩く者など皆無に等しかった。


 まあ、それもそうだよな。


 数万に上る敵国の軍隊が街に押し寄せてきたんだ。


 傍観ならともかく友好的になどなれるはずがない。


 しかし、ニーゲンベルクの首長が賢明だったのは助かった。


 進軍中に首長から使者を出し、街の住民に対して危害を及ぼさずなおかつ宿泊代を支払ってくれるのであれば武装放棄の意志があるとの旨を伝えてきた。


 俺としては余計な血を流さずに済むことに加えて金は先の魔物大侵攻でたんまりと稼がせてもらっており大して懐が痛まなかったので、ヴィヴィアンを始めとした好戦的な連中の反対を押し切って承諾した。


 ヴィヴィアン達は不服そうだったが、戦争の後を考えると通過点であるニーゲンベルクの人々とは仲良くしておいた方が後々都合が良かった。


 で、俺はニーゲンベルクの首長が住む最も豪華な屋敷を拠点としている。


 これは向こうの首長が俺の対応と兵士達の行儀が良かったことに感動し、是非とも使ってほしいとの要請を受けたからである。


 ……まあ、侍女にその首長の娘をあてがうのはどうかと思うがな。


 何気に夜の相手を望んでいるようだし。


 医者曰く、これ以上回数が増えると冗談抜きで死ぬ可能性があるからドクターストップを掛けられいるんだなこれが。


 閑話休題。


 俺は屋敷の最も広い会議室を改造して謁見室にし、そこでベアトリクスを始めとした南蛮諸国へ侵攻した者達と面会していた。


「ああ、我が君ぃ。こうしてお目にかかれる日をどれほど思ったことか」


「相変わらずだなベアトリクス」


 手を大仰に広げてそうのたまうベアトリクスに俺は失笑を隠せない。


 規模こそ小さいものの、一応ここは王宮と同じ公式の場である。


 気の知れた人物ばかりとはいえ、決まった所作を取らず自由奔放に振る舞うベアトリクスはあらゆる意味で大物なのだろう。


「ねえ、聞いてよ我が君ぃ」


 俺が感嘆している時でもベアトリクスは口上を続ける。


「南蛮諸国の連中に囮とはいえ捕まった時には肝が冷えたわ。私ってまだ20年ちょっとしか生きていないけど、あれほどまでに命の危機を感じたのは初めてよ」


「ベアトリクス、愚痴を吐きたいのは分かるがそれは決まった所作を終えてからにしてくれ」


 謁見の場で戦果報告をする際の形式というのは、跪いた勲功者に対して王が「面を上げよ」と命令し、それぞれの武勲を脇で控えている重臣が述べて王が確認を取り、目録を授ける一連の動作である。


 ベアトリクスは跪いてすらいない。


 エレナ伯爵やキリング、キザマリックそしてアーデルハイトを始めとした面々が片膝を付いて面を伏せている中ゆえにベアトリクスの奇行は益々際立っていた。


「あらあら、我が君はつれないわねえ」


 俺の忠告にベアトリクスはため息を吐く。


「私はそういった形式が嫌いなの。地位よりも権力、名声よりも力に魅力を感じるタイプな――」


 シュッ


 カアーン


 ベアトリクスの喉を狙って放たれた矢は咄嗟に投げたナイフによって阻まれた。


 謁見室の中が別の意味で沈黙が降りる。


ベアトリクスの芝居に対してここに集う者の反応は2種類。


一方はまた始まったか」とばかりに諦め半分のグループ。


そしてもう一方は。


「ベアトリクス……これ以上ふざけるのなら消えてもらいますよ」


コメカミに血管を浮かばせて心底ご立腹なメンバーである。


 いつの間にアイラはボウガンを放ったのだろう。


 気が付いたら放たれていたとしか形容できないぐらいアイラの攻撃は淀みなく正確に行われていた。


「あらあら、怖いわねえ」


 対するベアトリクスは瞳を細めて嗤う。


「私を亡き者にするのは勝手だけど、アイラはエルファに勝てるのかしら」


 ベアトリクスの後ろで佇むエルファの表情は伺いしれないが、あのナイフを放ったのはエルファで間違いないと言い切れる。


 シマール国最年少のアサシンに加え、謀略の限りを尽くして敵味方問わず恨みを買い続けるベアトリクスを守り切った実績を持つエルファの能力の底が知れなかった。


「試してみましょうか?」


 まあ、だからといって退くアイラじゃないのだけどな。


「以前まではさしの勝負。しかし、今回は足手まといを抱えての戦闘――さて、どっちが勝つやら」


「あらあら、あんなことを言っているわよエルファ? どう思う?」


「……別に思う所はありません。ただ、向かってくるのならば全力でお相手しましょう。しかし、今回は手加減が出来そうにありませんのでアイラには死を覚悟してもらいますが」


 古代樹の森の最奥のようにエルファの静謐な新緑の瞳がアイラの機械の如く冷たい殺意の視線を受け止める。


 アイラとエルファ。


 命を奪わない寸止めの試合だとエルファの圧勝だが、真剣の殺し合いになるとどちらに軍配が上がるのだろうか。


 最強の矛と最強の楯がぶつかり合う場面を見てみたいと思う心が少しはあるが。


「――2人とも止めておけ」


 俺としては大事な仲間同士で殺し合う場面など見たくない。


 俺の言葉でアイラとエルファに宿る殺気が消えていった。

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