入城
「あの、ベアトリクス様。つかぬことをお聞きしてよろしいでしょうか?」
「なあに? エレナ伯爵」
絶望しているキリング達も心配と言えば心配だが、私としてはそれよりも重要なことがあった。
「何故ご無事なのです?」
「もちろん、交渉したからよ」
「それは存じております」
この状況で交渉以外のどんな手段を取れるというのですか?
「ふむ……それは向こうがジグサリアス王国にどんな用件を出したのか知りたいということ?」
「その通りでございます」
「そうねえ……」
ここでベアトリクス様は人を食った様な笑みを浮かべ。
「その話は追々話すわ。今はベルツフォンの領袖とエレナ伯爵を引き合わせないといけないから」
そう一方的に言い放ったベアトリクス様は場内へと姿を消しました。
「お、お待ち下さい」
思わず呼び止めてしまったが、これで止まってくれるベアトリクス様ではない。
皆が呆気に取られる中、城門が勢いよく閉じられた。
「えーと……我らはどう入場せよと?」
門は閉じたきり、開けられる気配がない。
どうすれば良いのか途方に暮れていると。
「多分あれを使えと言うことね」
オーラが指差したのは城門のすぐ脇に垂れている一本のロープであった。
「「「「……」」」」
思わず黙り込む我ら。
いやいや、まさか。
こんな皆の観衆の目の前でロープを伝って登れと。
恥ずかしい話だが私は綱のぼりなどしたことはないぞ。
「ベアトリクス様! ご冗談が過ぎます!」
確かに今回の作戦はベアトリクス様にとって不本意であったにしろ、このような意趣返しをするほど心の狭い方ではあるまい。
「エレナ伯爵よ、現実を見た方が良いぞ」
現実逃避していた私の肩にポンと手を置くアーデルハイトは続けて。
「奴はやられたことは絶対に忘れん。これから先もネチネチと嫌がらせを仕掛けてくるぞ」
……。
うう……。
どうしてだろうか。
目の前の景色が歪む。
もしこの程度の綱のぼりが出来んと部下に知られればどうなるだろうか。
私を軽蔑するのであろうか。
そんな不安が私の脳裏を渦巻く。
「やれやれ、これはさすがにやり過ぎね」
と、ここでオーラ殿が手を腰に当ててため息を吐く。
「ベアトリクスの陰湿さはある程度目を瞑るけど、限界もあるのよ……ベアトリクス! 早く開けなさい!」
その小さな体に似合わず大きな声を出したオーラ殿は続けて。
「あんまりおいたが過ぎるとユウキ陛下にきつく叱ってもらうわよ!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴ
「え?」
オーラ殿がそう声を張り上げた数秒後、観念したかのように門が開いた。
「さてと、行きましょうか」
私が呆気に取られてるにも拘らずオーラ殿は先を歩く。
「皆も覚えておくといいわ。ベアトリクスの暴虐に耐え切れなくなったらユウキ陛下の名を出しなさい。彼女って陛下にだけは頭が上がらないの」
「は、はい」
なるほど。
薄々気付いていたがベアトリクス様の天敵は陛下らしい。
次回からユウキ陛下と積極的に交流を取っておけばもう巻き込まれずに済むかと妄想するが。
「けど、何でもかんでも出すことはお勧めしないわ。切り札は重要な場面で使えるからこそ切り札と呼ばれる由縁よ」
「……承知しました」
オーラ殿がそうくぎを刺してきたので、私の平穏な未来は呆気なく崩れた。
「やれやれ、オーラ。私の楽しみを邪魔するなんて酷くない?」
「残念だけど身内の不幸を楽しむほど私は人間が出来ていないわ」
「ふうん……身内ねえ」
入場して早々、ベアトリクス様がオーラ殿にそう文句を垂れるものの、オーラ殿の物言いに唇の端を吊り上げる。
そして次の瞬間には大きく破顔して。
「アハハ、さすが黒梟騎士団の副団長、面白い答えを返すわね」
年相応の年齢らしく笑った。
そういえばオーラ殿はジグサリアス王国の影を司る諜報機関の実質長だったな。
十代前半としか見えない背丈と姐御肌な態度からつい失念していた。
「まあ、今回はオーラに免じて許してあげるわ。喜びなさい、エレナ伯爵、キリング、そしてアーデルハイト」
どうやら我らは許されたらしい。
何を、とかは聞かない。
変なやぶをつついて蛇でも出たら笑えんからな。
だから私は。
「は、そのご厚意、ありがとうございます」
膝を付いて頭を垂れ、感謝の姿勢を見せた。
「あいあいあいヤ、待ちくたびれたヨ」
一通りの茶番が終わると図ったようにキザマリックが近づいてくる。
「私ネ、大変だったのヨ。色々ト」
私の横に並んだキザマリックは大きく息を吐く。
「何かあったのかな? キザマリック」
そう問いかけるのはアーデルハイト。
彼女はどこかおもしろげな様子で。
「たった一人で悪魔の相手をするのは疲れたのかな?」
言われてみれば我らから外れたキザマリックは一人でベアトリクス様の相手をしなければならなかった。
こちらとしては戦場にも拘らず鬼の居ぬ間に洗濯が出来たものの、キザマリックはそういかなかっただろう。
下手すれば四六時中隣にいたという恐ろしい可能性も否定できなかった。
「いやいヤ、違うヨ」
が、予想に反してキザマリックは首を振る。
「ベアトリクス様の相手も骨だったけド、それ以上に向こうの領袖が大変だったネ」
「ベアトリクス……様?」
オーラを除く全員がキザマリックから飛び出した言葉に驚く。
普段から陰口を叩いていたキザマリックが王女を様付けするだと?
とてもじゃないが信じられない。
案の定、アーデルハイトが目を丸くして。
「キザマリックよ、お前は本物か? まさかお主があ奴に様付けをする日が来るなんて思わなかったぞ」
「ン~、私も来るとは思わなかったヨ……けど」
キザマリックに詰め寄られたキザマリックは頬を掻きながら。
「命を救われたんだヨ。だから様付けをするしかないネ」
「え?」
混乱する私にキザマリックは続けて。
「まア、ここに出向いた当初は敵扱いされていたノ。そして私を含め、生贄として皆殺しにされかけたのをベアトリクス様が止めたということネ」
そしてキザマリックは私の数歩先を進んで。
「詳しい話はベルツフォンの領袖から聞くと良いネ。途中で退席させられた私から聞くより確実ヨ」
一つの扉の前で立ち止まった。




