到着
行軍途中。
キッカ率いる赤飛竜騎士団に護衛されているイズルガルドには前からシクラリス、俺、ヴィヴィアンという順番で乗っていた。
「何という至福か」
俺の後ろにいるヴィヴィアンはそう感嘆の吐息を洩らす。
「見よこの大軍を、30万という膨大な兵を指先1つで動かせる者など私以外おらんだろ――」
「何変なことを言っているのですかヴィヴィアン様」
ヴィヴィアンの世迷いごとに鋭く突っ込むシクラリス。
「本当に動かせることが出来るのはご主人様だけですよ。ヴィヴィアン様はその代理でしかありません」
そうにこやかに告げるシクラリスは本当に強かになったと思う。
男尊女卑のバルティア皇国で育てられたシクラリスは当初波風をたたぬよう行動していたのだが、最近毒を吐くようになった。
どれぐらい凄いかというとベアトリクスと口論出来るぐらい凄い。
「ジグサリアス王国は私にピッタリの様です」
これはシクラリスの言葉だが、大半の女性にとっては住みやすいだろうな。
女性が泣き寝入りするどころか逆に男性を泣き寝入りさせる国なんてここだけだろうし。
妊娠など特定の期間中働けなくなる女性が軍政の要職を占める割合が9割以上なんて端から見れば危う過ぎるのだが、それでも上手いこと回っている様子から世界というのは良くできているなと密かに感心しているのは内緒である。
「良いではないか、少しぐらい優越感に浸らせてくれ」
シクラリスの毒を笑って済ませられるようになったヴィヴィアンも大分変わったなと思う。
最初は誰であろうと突っかかって反論し、よくベアトリクスに泣かされていたものだがさすがに2年以上共にいると慣れるものらしい。
今では受け流す他に軽い冗談も挟める様になった。
……まあ、それでも泣かされる時は泣かされるんだよな。
悪知恵と話術においてはベアトリクスの右に出る者はいないし。
「シクラリス、ベアトリクスが不参加なのはどう思う?」
俺の問いかけにシクラリスは少し沈黙した後に口を開いて。
「痛いです」
率直な意見を述べる。
「ベアトリクス様は性格こそ論外ですが能力に関してだと目を見張るものがあります。もしベアトリクス様がいれば損害の2~3割を抑えられるかもしれません……ご主人様はどう思います?」
「シクラリスと一緒だ」
シクラリスの試算に同意する俺。
ベアトリクスは敵味方問わず人の心を読むのが上手いので戦場においても兵士の心境を汲み取ることが出来る。
エレナ伯爵もいないことから俺としては始まる前から不利となっていると考えるのだが。
「なあに、心配することはない」
ヴィヴィアンはカラカラと笑いながら元気付ける。
「あいつが考えなしにこんな真似をするとは思えない。ああした方が必ず利益があるからこその行動だろう。私達に出来るのは勝利を持ってくることだけだ」
「ヴィヴィアン様は豪快なんですね」
少々棘を含んだシクラリスの言葉だったのだが、ヴィヴィアンは笑っただけで済ました。
『ヴィヴィアンとかいう小娘は大したたまだな』
俺にだけ聞こえる念話でヴィヴィアンをそう評するイズルガルド。
『明日には血で血を洗う凄絶な戦いが行われるというのに緊張の欠片も無い』
「おかしいか?」
『いや、むしろ感心した。総大将はそうでなければならぬ。どんな時でも笑って兵士をやる気にさせるのが総大将の役目じゃ』
(ヴィヴィアンがか? 俺からすると彼女は少々危ない気がするが)
確かにヴィヴィアンはカリスマ性や全体を俯瞰する能力に長けているが、熱くなり過ぎると引き際を見誤るという致命的な欠点を持っているので、名将と呼ぶには疑問の余地が残る気がする。
『カカカ、誰にだって欠点があるものじゃ。ヴィヴィアンの熱くなり過ぎる性格も誰かが傍にいればコントロールできるはずじゃ』
イズルガルドの言葉を聞いた俺はシクラリスを見る。
少し自己主張をし始めたとはいえ彼女はまだまだ引っ込み思案な面がある。
しかし、言うべきことはしっかりと言うので、その意味ではヴィヴィアンの抑え役にはふさわしいだろう。
ベアトリクスだとますます意固地になってしまう恐れがあるし。
『そろそろ目的地へ着くぞ』
山脈の向こうに日が沈み始める時刻になってようやく見えてきたのは広大な平原。
草も踝ほどにしかなく、身を守る遮蔽物がないバイナリ平原は大軍同士がぶつかるに相応しい場所だろう。
「俺達はここで迎え討つ」
情報によるとラブレサック教国がこの場所に到達するのは数時間後。
明日が勝負。
明朝、日の出とともに戦いの火花が落とされる。
「ヴィヴィアン、到着した兵士達に休息を与えるよう命令を出してくれ。今日が最後の晩餐となる兵士も少なくないからな」
「承知したぞ、夫よ」
俺の後ろには列の途切れが見えないほどの人間がこちらへ移動しているのが見て取れた。




