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巨大な歯車

「まだ起きているのですね、主」


 まだ日も昇り切っていない朝焼けを眺めていると後ろからそんな声がかかる。


「緊張で眠れませんか?」


「いや、ぐっすり眠れた」


 本当は一睡たりとも出来なかったが、真実を言ってもどうにもならないだろう。


 だから俺は鮮やかな緑色の髪を持つエルファにそう誤魔化すと。


「嘘ですね」


 即座に看破される。


「主のベッドの乱れ具合からすると1時間ほど横になっていたが眠れず、ずっと安楽椅子に腰かけてユラユラと揺れていたのでしょう」


「さすが鋭いな」


 立ち上がり、備え付けの水を飲みながら苦笑する俺にエルファは無表情で。


「主が12歳の子供の頃から世話をしているのです、これぐらいすぐに分かりますよ」


「なるほどね」


 淡々と述べる理由に俺は納得せざるを得なかった。


「ですから、誰かを呼んで添い寝をしてもらいなさいと申したでしょう」


 そして始まるエルファのお説教。


「確かに主は心に決めた女性もいなく、ここで呼ぶと亀裂が入ってしまうと考えたのかもしれませんが、だからといって主が潰れてしまっては意味がありません」


「ああ、その通りかもな」


 緊張を解すのは女を抱くのが一番良い。


 そんな教訓があったのかもしれないが、生憎と俺は数ある女性の中から1人を選ぶような真似なんて気が進まなかったし、何より自分のストレスのはけ口として女を抱くという行為に一種の嫌悪感を覚えていた。


「これが俺だ、許せ」


 俺はニヤリと笑う。


 眠れなかったが、幸いにも今回の俺の役割は出陣のための檄を飛ばすだけで良い。


 後は座っているだけだから、眠りたければベールで顔を隠してうたた寝を見られないようにすれば問題ないな。


「はあ……しかし、だからこその主なのかもしれませんね」


 俺の笑顔を見たエルファは頬に手を当ててため息を吐く。


「ラブレサック教国との決戦の前夜でさえ普段通り振る舞える。主はまさしく王となることを約束された存在です」


「それは買い被り過ぎではないかな?」


 エルファの評価に照れる俺。


「ここまで来れたのはエルファを始めとした皆がいてくれたからだ。断じて俺が凄いわけではない」


 ジグサリアス王国が短期間でここまで成長したのはキッカやベアトリクスなど俺を信じてくれる多くの仲間がいたからこそだと断言出来る。


「彼女達がいなければ俺は絶対にこの位置に立っていなかっただろうな」


「いいえ、違いますよ主」


 が、エルファは首を振る。


「王になるのが早いか遅いかだけ、私達がいなくとも主なら必ずこの位置まで辿り着いていました。しかし、私達は違います。もし主がいなければキッカ達は浮浪者として、私はメイドとして過ごし、リーザリオ帝国の侵略か魔物大侵攻で命を落としていたでしょうね」


「それは大げさじゃないのか?」


 俺が見る限り彼女達は非凡な潜在能力を持っていた。


 俺はそれを最大限発揮できるよう環境を整えただけで、成長したのは彼女達の努力のたまものだと考えている。


「主……成長できる機会を与えられることがどれだけ幸運なことか理解できているのでしょうか?」


「さあ、俺には分からんな」


 残念ながら俺のいつでも機会があったからな。


 あれに学びたいプログラムをセットして毎日6時間1ヶ月ほど続ければ大抵の道のプロになれたな。


 確か定年退職を迎えた60代のおじさんでも普通に歌手を目指していた記憶がある。


「まあ、とにかく主が起床しなければならない時間まで後3時間ほどあります」


 時計を見ると午前4時。


 ベッドに入ったのが12時だったから、大体3時間ほど揺られていたのか。


「主には悪いですが、ここは気絶してでも眠ってもらいましょう」


「ん? なんのこ――」


 その言葉とともに首筋に鋭い痛みが走ったと同時に俺の意識は闇へと消えた。




 イルヴァナス歴465年5月1日


 この日はユーカリア大陸において忘れられない日となるだろう。


 一昨年に起こった魔物大侵攻によって国ですら存亡の危機に晒され、各地域に大きな被害を与えた。


 魔物の群れによって多くの村や町が消え、治安を守る騎士団などにも多大な被害を齎した此度の大侵攻。


 各国の国力と治安は大幅に低下し、現在はその復旧に余念がないので他国に干渉する余裕などありはしない。


 今、遠征が出来るほどの経済力と軍を持っている国は2つ。


 1つは大陸最大の宗教であるラブレサック教の総本山であるラブレサック教国。


 最強と謳われる神聖騎士団を要し、さらにこの疲弊した状態でも呼びかければ各国から30万の兵隊を招集できる力はまさしくユーカリア大陸の王者として相応しいだろう。


 そして残る1つはジグサリアス王国。


 ユウキ=ジグサリアス=カザクラという非凡な者がその優れた先見性と化け物じみた技術力によってわずか4年で大陸最強国となった国。


 此度の魔物大侵攻において唯一被害を出さず、むしろ莫大な利益を生み出したことによってラブレサック教国と並ぶまでとなった。


 ジグサリアス王国が今回動かす兵力はおよそ30万。


 両軍合わせて60万という歴史上最大規模の兵を動員させる決戦が迫っていた。




「何度やってもこれは慣れないな」


 イズルガルドの背に乗りながら俺はそう呟く。


「挙式の際にヴィヴィアンは敵意や侮蔑など目もくれず堂々としていたが、何か秘訣でもあるのだろうか?」


 見渡す限りの人、人、人。


 王宮前にある広場が人で埋まっているのは建国時で一度見たが、今回はベランダや窓にでも多数の人影が確認できるのは初めてだ。


『ユウキよ、怯えるでない』


「イズルガルド、そうは言ってもな」


 俺やイズルガルドに全ての視線が集中している。


 それも何となく見ているのではなく、ある種の信仰じみた狂気さえ含んでいるのだから多少怖じ気づいても仕方ないだろう。


 少なくとも建国時の熱気とは比べ物にならないな。


 ピュルルルルルル――パーン!


 花火が打ち上がる音が聞こえたので俺は1つ咳払いをする。


 この音が合図。


 後は俺の語りにかかっている。


 俺は大きく息を吸い、そして皆に聞こえるよう口を限界にまで大きく開ける。


「聞け! 皆の者!」


 風魔法によって拡散された俺の声はジグサール中に響いているだろう。


 聴衆からの視線がさらに強くなったかの様に思える。


「皆も知っている通り! 先日! ラブレサック教国から宣戦布告があった!」


 これは教会から正式に発動された文章であり、中身は聖女を名乗る不届き者を匿っていること、邪教を招き入れたことなどが記されてある。


 ちなみに俺は正一位の称号を持っており、聖女からの命令以外受け付けないはずなのだが、向こうは法令を変えて称号をただの称号と定めた。


 簡単にいえば拘束力はないということだな。


 まあ、俺としては内部のごたごたで戦力を低下させるという当初の目的を達成出来たからどうでも良いし。


「文言によると俺は直ちに帰依し、以後ラブレサック教を国教と定めて国の運営に派遣された司教を関わらせることだ!」


 例によって仕込んだサクラがふざけるなと抗議の声を上げ、それに聴衆もつられる。


「今! この大陸の現状を見て欲しい! ラブレサック教を国教と据えた国々はどうなったのか! 異端と誹謗されたジグサリアス王国はどうなったのか!」


 魔物大侵攻という災厄を受けた大陸中の人々はラブレサック教に不信感を持ち始めているのは事実だ。


 まあ、だからこそ教国はジグサリアス王国を抑えようとしたんだよな。


 このまま時が経つと自分達が不利になっていくのは彼らも感じ取っていたようだし。


「さあ! ここで問おう! 俺は従うべきか! それとも戦うべきか! どちらを選ぶべきか!」


 すでに聴衆はまともな判断を下せないようだな。


 狂ったように「従うな、皆殺しにしろ」という過激な発言もちらほら聞こえる。


「皆の気持ちは分かった! 俺はラブレサック教国と正式に戦うことにする!」


「「おおおおおおおおおおお!!」」


 地鳴りのような歓声が木霊し、王宮も僅かながら揺れたと思う。


 それほど凄まじいエネルギーが聴衆から発せられていた。


「対ラブレサック戦に向けての人事を発表する! 皆の者! 王宮のバルコニーを注目せよ」


 俺の演説中に準備をしたのだろう、誰もいなかった場所に何人もの人物がずらりと並んでいた。


「人事を発表する! ヴィヴィアン! 前に出よ!」


「はっ!」


 最初に呼ばれる者は最も名誉なことである。


 そのせいかヴィヴィアンも普段より誇らしげな顔をしていた。


「ヴィヴィアン=リーザリオ=カザクラ! そなたを大将に任命する! 総勢30万を率いて勝利へ導け!」


「は! 夫のためにも国のためにも必ずや勝利してみせましょう」


 ヴィヴィアンの自信に充ち溢れた宣言に歓声を上げる聴衆。


「次にシクラリス=バルティア=ライソライン! そなたを副大将へと命ずる! ヴィヴィアンを支えよ!」


「謹んで承ります、全てはご主人様のために」


 シクラリスは優雅にお辞儀をする。


 割れんばかりの拍手で迎える様子から国民はヴィヴィアンとシクラリスの偏見が取れたことを知って安堵する。後は勝利さえすれば彼女達は本当の意味でジグサリアス王国の一員となるな。


「続いて赤飛竜騎士団団長キッカ! そしてククルス! 本当の竜騎士というものを見せてやれ!」


「恐怖というものを教えてあげてくるわ」


「キッカ団長率いる赤飛竜騎士団の強さを見せつけてきます」


「青朱雀騎士団団長ユキ! そしてミア! その圧倒的な攻撃力を知らしめろ!」


「……頑張る」


「大陸最強は伊達なじゃないことを証明してくるよ」


「金獅子騎士団団長クロス! そしてレオナ! お前達の活躍が此度の戦を左右する!」


「必ずや勝利を!」


「必ず期待に応えてみせましょう!」


 名を呼ばれた者は一歩前に進み出て一礼し、一言ずつ述べる。


 それぞれ宣言するごとに歓声が沸き上がる様子は見ていて爽快な気分になってきた。


「ヴィヴィアン! シクラリス! キッカ! ククルス! ユキ! ミア! クロス! レオナ! 以上! 全8名に全ての責任が委ねられた! 俺は願う! お前達がジグサリアス王国に勝利へと導くことを! ……王国に、栄光あれ!」


 俺が万歳とばかりに両手を上げると聴衆達が俺の動きを真似し、それがどんどん広がっていく。


 ジグサリアス! ジグサリアス! ジグサリアス! ジグサリアス!


 兵も民も官吏も関係ない。


 今、この時ばかりは身分に関係なく隣にいる者と肩を組んで抱き合っていた。




 決戦場所はバイナリ平原。


 ラブレサック教国とジグサリアス王国という巨大な2つの歯車が全てを巻き込みながら音を立てて回り始めた。

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