待機という名の休憩
「ベアトリクス様、ここで待機でよろしいのでしょうか?」
「ええ、エレナ伯爵。しばらくここで静観ね」
ジグサールから出立した私達は元バルティア皇国を抜け、南方諸国と接しているナウスディア国のブロード砦へと入る。
事前連絡も数日前なので向こうは何の準備も整っていなく、見ようによっては侵略しに来たと捉えられても仕方ないのだが、意外と反発は少なかった。
すんなりと軍を滞在させてくれたのは、下手に扱うと後日こちらの立場が危うくなると踏んだからと予想する。
他にも魔物大侵攻の際に援軍を出したのも影響しているのだろうな。
「ふむう。憎き敵がこの先にいるのに手出しできないのは聊か歯がゆい思いがします」
遠目に映るのはマルボルク教を信仰する蛮族が住んでいるエルベルク大森林。
そのエルベルク大森林にまで辿り着くのでさえ幾つかの川を渡らなければならず、そしてエルベルク大森林は蛮族が仕掛けた罠が多数設置されており、場所の狭さも相まって戦うことはおろか、歩くことすらままならない。
エルベルク大森林は難攻不落の要塞と置き換えても異論はないだろうな。
「まあ、落ち着きなさい。向こうが何か行動を起こさない限りこちらは動けないのだから。日光浴でも楽しんだらどう?」
「ベアトリクス様、部下の目があります」
私の隣にいるベアトリクス様はシンプルなワンピースにそでを通し、植物のつるで作った椅子に寝転びながら本を読んでいます。
ベアトリクス様は困った性格ですが、ご覧の通り容姿が同性の私から見ても見惚れてしまうほど美しいので、ラフな格好をしていても十分絵になります。
「リラックスするのは賛成ですが、もう少しちゃんとした服を着ましょう」
パラソルがあるとはいえ二の腕まで肌を露出することはないでしょう。周りの警備の目もちらちらと変な視線をベアトリクス様へと向けているのですし。
「何言っているのよ。こんな暑い中でエレナ伯爵の様な礼服に身を通していたらあっという間に倒れてしまうわ」
「いや、ですからそれは部下がいないところでやりましょう。少なくともここでするべきことではありません」
正直私もこの礼服のまま水を被りたい程暑いのですが、部下も似たような格好をしているのです。
「部下が辛い目をしている横で自分達だけ楽になるのは上司の資質が問われます」
「ふうん、なるほどね」
ベアトリクス様は私の訴えを聞き入れて下さったのかそう確認を取ります。
「確かに兵士から恨まれるのはよろしくないわね。よし、じゃあ全員鎧や鎖帷子を脱ぎなさい」
……は?
「あの、ベアトリクス様? どうしてそのような結論へ達するのですか?」
「暑いからに決まっているじゃない。この南方地域で標準の格好をしていたら立っているだけで体力を奪われるわよ」
「いや、確かにその通りですが。だからといって鎧を脱ぐわけには」
騎士団を含め、我々はそう簡単に防具を変えてはならないのです。
これは我々の誇りであり、命でもあります。
「はあ……だからラブレサック教国連合は遠征に失敗しているのよ」
ベアトリクス様は呆れたため息を漏らします。
「こんな空気を通さない北方基準の装備で南方へ攻めるなんて正気の沙汰じゃないわ。遠征が何度も失敗しているのは異端の魔術でも自然のトラップでもない、気温によって兵士達がやられてしまったのよ」
「そうでございましょうか?」
「絶対そうよ。その証拠にナウスディアなど南方寄りの国の兵士はほとんど死んでいないでしょう」
「ふむ……」
実際に記録を見たわけではないので断言するわけにはいきませんが、聞いた話によりますと遠征に参加した兵士の大多数が過去なども参加したベテランだとか。
「しかし、だからと言って装備を変えるわけには」
この防具類はジグサリアス王国兵士の誇りなので、環境に適応していないからといって易々と変えて良いものかと思うのだが。
「我が君は肯定していたわよ」
「それなら私からは何も言いません」
ユウキ王の勅命なら私が首を横に振る道理はありません。
「ユウキ王がそう仰るのなら私も少し楽な服装にしましょうか」
実はこの度の遠征においてユウキ王お手製の衣服を受け賜わっているのです。
白いブラウスとロングスカートなのですが水属性の何かを編み込んでいるのか、長袖であっても暑いどころかむしろ少し寒いくらいです。
いや、本当にユウキ王は万能ですね。
私と違い、ユウキ王なら例え王の座を奪われようとも生きていけると考えてしまいます。
「さて! 皆も聞いての通り、今着ている鎧を脱いで送ってきた植物性の防具へと切り替えよ!」
部屋へと向かう前に私は全員に武装変更を言い渡す。
ユウキ王は神聖騎士団の対策の1つとして、南方の植物の皮を取り寄せて加工し、軽さを保ちながらも青銅並の強度を誇る装備へと変貌させました。
これなら通常の鎧と違って体力を奪われることはないでしょう。
「~♪」
私は鼻歌を歌いながら階段を下りて行く最中、呆れ調子のベアトリクス様と苦笑気味のキリングの会話が漏れ聞こえてきた。
「キリング、エレナ伯爵って単純ね」
「アハハ、それがエレナ伯爵の魅力です」
「先日は奈落の底に突き落とされた表情をしていたと思うけど?」
「ん~、実はあの後ユウキ王と面会したんですよ」
「え? そうなの?」
「私も詳しくは知りませんが、竜に乗って妙に長い空中散歩の後エレナ様は機嫌良くなっていました」
「……我が君って女の扱いを心得ているわね」
「無自覚ですけどね」