災難
王宮にある自分専用の部屋で私は頭を抱える。
「ううう……」
イーズルブル家として生を受けてから24年。
祖先のため、民のため、王のためと日頃から粉骨砕身して働いてきた私が何故こんな目に合わなければならないのか。
「……お気を確かにエレナ様」
私の腹心の部下であるキリングはそう気遣ってくれるのだが、正直気分が晴れることはない。
「ああ、キリングか。すまないが、今の私には誰の言葉も届かんよ」
いや、むしろ慰められれば慰められるほど自分が惨めになっていく気がする。
「大陸の命運を掛けた戦いに参加できないことをなんてご先祖様に報告すればよろしいのか」
代々イーズルブル家を守り発展させてきたのは一体何の為だろうかと考えてしまう。
「これはもう死んでお詫びするしかないのかもな」
「え、エレナ様!?」
剣を抜いて刃を己の首に添えるとキリングが慌てた声を出す。
普段から冷静で滅多に狼狽しないキリングの珍しい顔に私をフッと笑う。
「すまんな、キリング。どうやら私は駄目みたいだ。全権をキリングに委譲するから後はよろしくた――」
「――何馬鹿なことをやってんのよ?」
首筋にあてた刃を引き抜こうとした時、ドアが開いてため息混じりの制止が入る。
「さっき『こんな辱めは耐えられない! 私はもう死ぬ!』と騒いでいたアーデルハイトをキザマリック2人で取り押さえたばかりなのよ。頼むから変なことをしないでくれる?」
ベアトリクス様……今、この状況で可愛らしく小首を傾げるのは止めて下され。正直可愛さよりも殺意が沸いてきます。
「あらあらどうしたのエレナ伯爵? 何か悩みごとでもあるのかしら? 私でよければ相談に乗るけど」
あなたが言いますか! あなたが!
私がここまで気が滅入っているのはベアトリクス様のせいでしょう!
あなたがあんな行動を取らなければ私は世紀の決戦において貴族代表として参加していたんですよ!
「ん? そんな恨みがましそうな眼をしてどうしたの?」
「……いえ、何もありませぬ」
本音を言えば今、ここであなたをこの剣で八つ裂きにしてやりたいのですが、ベアトリクス様は元主君です。
主に手を上げる様な真似などすれば、それこそご先祖様に顔向けが出来ませぬ。
耐え難い屈辱でしょうがここは忍耐の時でしょう。
私はそう思うことにして自身の奥で煮え滾っている熱い思いにふたをしました。
「へえ……」
私の何を感じ取ったのかベアトリクス様は感心したようにヒュウっと口笛を鳴らします。
「エレナ伯爵って想像以上に忠誠心が高いのね」
「……ええ、余計な行動をして主や部下を困らせたくありませんので」
嫌みの一つでも言いたくなるのは当然でしょう。しかし、ベアトリクス様は顔をしかめるどころか笑みを深くして。
「良いわね、ますますエレナ伯爵が気に入ったわ」
ベアトリクス様はそう意味深な言葉を残して去って行かれる。
「一体何の事だか?」
私はベアトリクス様の真意を掴めず首を捻っているのだが、聡明なキリングは何か察したようである。
「今後はさらに頭痛の種が増えそうです」
片眼鏡をクイッと上げながらため息混じりに漏らすキリングの呟きが妙に印象へ残った。




