転生悪役令嬢は王子より最推しモブを選びたい
『禍々しく輝き、ドクンドクンと心臓のように脈打つ鮮血色の核』。
脳裏に浮かぶメッセージウィンドウ。
両手の中で脈を打つソレは、凍えるほどに冷たかった。
「嫌なら逃げちゃえばいいんじゃない? 思い立ったが吉日よ!」
右手を高く掲げて親指を立ててみせた聖女の後ろ姿は、眩しく輝いていた。
∗
わたくしが前世の記憶を思い出したのは、六歳の頃だった。家族で招待されたとあるお茶会でのこと。
異世界転生ってほんとにあるんだ。まさか女子高生じゃなくて、アラサー社畜が悪役令嬢ステファニアに転生するとは。けど、ほとんどのルートで卒業までに断罪される悪役なんて、あんまりだ。どうせなら聖女がよかった。
と、次から次へと止まらない愚痴を止めてくれたのは、目の前に現れた彼だった。
ふわりと柔らかそうな若葉色の髪、クリクリと丸い同じ色の瞳の男の子。
『聖なる乙女と煌めくクローバー』、略して『聖クロ』に一瞬だけ登場する名前もないモブキャラ。
思えば前世のわたくしが好きになるのは、いつもちょっとズレたキャラばかりだった。アニメの一話ラストで魔物に殺されちゃう冒険者とか。第一期では準主役だったのに、第二期ではまったく登場しない第二王子とか。
『聖クロ』の若葉くんもそうだ。ステファニアの回想シーンで隅っこにチラッと描かれたスチルのみの悪役令嬢の幼馴染み。
どんなに課金しても彼とのルートは存在しないし、公式サイトの人物紹介にも載っていない。
出会えるのはたったの一場面だけ。そのスチル見たさに悪役令嬢の回想シーンがある王子ルートばかりやり込んだ。
名前がないから勝手に『若葉くん』と呼んでいた。そんなわたくしの最推しが目の前で照れたようにはにかんでいる。
「はじめまして、ロラン・モネです」
最推し若葉くんはロランというのね。ロラン・モネ。なんて素敵な響きかしら。
ああ、神様ありがとう。若葉くんに会えるのなら悪役令嬢でも大歓迎。もう死んでもいいです。あ、すでに一度死んでたわ。
わたくしの家は侯爵家、ロランの家は子爵家。身分差はあったものの、お互いの父親同士が古くからの親友だったお陰で身分を気にすることなく交流が続いた。
週に一度のお茶会でイメージ通りの穏やかな性格のロランと、おすすめの書籍を語り合う平和な日々。
この幸せをなんとしても死守しなきゃ。そのためにも悪役令嬢にはならないわ。
学園に入学しても、ゲームのステファニアみたいなテンプレ縦ロールもド派手な化粧もしない。聖女にライバル心なんて燃やさない。意地悪も嫌がらせもしない。断罪なんてお断りよ。魔王を倒すのはヒロイン、悪役令嬢のわたくしは目立たずおとなしく卒業してみせるわ。
そう意気込んで入学したら何故か初日からメイン攻略対象の王子に纏わりつかれた。
「ステファニア・ライネーリ侯爵令嬢、聖女に選ばれるのはおそらく君であろう。そこでだ、是非私の婚約者になってくれないか」
は? いきなり何言ってるのこの王子? やめてくれない? 隣にいるロランが青ざめてるじゃないの。
ロランとの楽しい学園生活を邪魔しないでよ。
「ありがたいお申し出感謝いたします、ランベルト殿下。ですが、わたくしには将来を誓った相手がすでにおりますので……」
「遠慮などいらない、私に相応しいのはステファニア嬢のような美しい聖女なのだから」
マジで勘弁してよ。待ってロラン、気配消して逃げようとしないで。
慌ててロランの腕をぎゅっと掴んだ。やっぱり悪役令嬢ポジションになってしまう運命なのかと不安で涙目になってしまう。
その時、誰かがドンと、かなりの勢いで王子に背後から衝突して王子の口から「うぐっ」と呻き声が漏れた。
「……あっ、ごめんなさい」
淡いピンク色のショートボブ。うるうる上目使いをキメるピンク色の瞳。
現れたわねヒロイン、モニカ。やっぱりここは『聖クロ』の世界。
これがヒロインと王子が出会う場面。
シナリオに沿うなら、ここでわたくしがモニカに「無礼者!」と罵声を浴びせ掛ける場面なんだけど――王子の意識がヒロインに向いているこの隙に逃げましょう!
わたくしは腕を鷲掴みしたままのロランを引きずるようにして、そそくさとその場を立ち去った。
無事王子から逃げきり入学式を終えたわたくしたちは、人もまばらな中庭のベンチに並んで腰をおろした。
「ニアには僕より、ランベルト殿下の方が――」
悲しげに揺れる若葉色の瞳で囁く言葉をそれ以上紡がせたくなくて、柔らかな彼の頬に唇を押し当てる。
「それ以上は言っちゃ嫌よ。わたくしの王子さまはロランだけなんだから」
さっきまで青ざめていた顔色が、林檎みたいに赤く染まった。
「――好き。好きよ、ロラン。大好き」
「僕も……大好き」
ロランに遠慮がちに、でも力強く抱きしめられた。ふわっと日だまりのようなぬくもりがわたくしを包み込む。
ああ神様、わたくし幸せです。
∗
それから数日後、ヒロインは『貴族の方々と同じ学園で過ごす自信がありません』と地方の学園に転校してしまった。
待ってよ『聖クロ』のシナリオと違うわ。ヒロインが転校ってどうなってるの? このままではヒロインのライバルポジションのわたくしが聖女になってしまう。
魔王を討伐して攻略対象と結婚、なんて絶対に嫌だ。わたくしはロラン一筋なんだから!
それから一年。言葉の通じない王子たちをなんとかかわしながら、ロランとの学園生活を楽しんでいた。
だけど、やはりヒロイン不在の今、学力テストの手を抜いても魔力量は誤魔化せず、顔を合わせないようにしているのに、何故か攻略対象たちの好感度も高めで推移。結果、聖女候補筆頭はわたくししかいない。
「地方学園の周辺で、魔王の魔力を探知したとの情報が入った。探索のため我々とともに来てくれ」
「探索じゃなくて討伐でもいいんじゃねえの? 聖女もいるんだしよ」
「フッ。そうですね。ステファニア嬢がいれば魔王など敵ではないでしょう」
学園に登校中、ロランと放課後のデートプランを話していたら、相変わらず言葉の通じない攻略対象たちに囲まれ有無も言わさず馬車に押し込まれる。
そして、無情にも唖然とするロランを置き去りにして馬車は走り出してしまった。
∗
待って待って、悪役令嬢拉致なんてシナリオ知らないんですけど。これは何ルート?
意味がわからない。放課後ロランとケーキを食べに行く予定だったのに。どうして邪魔するの?
現実逃避していたから時間の感覚は曖昧だけど、多分丸一日くらい馬車に揺られてたどり着いたのは、自然豊かな地方学園だった。
あれ? 地方学園て、悪役令嬢が断罪されて転校させられた場所よね? 確かホーンラビットに殺されるって……。
シナリオ通りならわたくし死んでしまうの? 多分、ホーンラビット程度なら倒せるけれど。このルートの悪役令嬢って、真面目に授業受けていなかったものね。それにしたって、初歩中の初歩の魔物に殺られるなんて。
転校生として紹介された教室に、なんとびっくりニコニコ微笑むヒロインがいた。
かわいらしい天使みたいな笑顔だこと。
わたくしは攻略対象三人と丸一日馬車に監禁され、作り笑いのしすぎで表情筋が瀕死よ。
あなた、地方学園に転校してたのね。シナリオと違いすぎる。もしかしてヒロインも転生者だったりする? でも転生者ならヒロインの座から逃げ出すかしら? もしかして『聖クロ』を知らないとか?
「この地に魔王の魔力を探知した。我々はこの学園を拠点に魔王を探索するために来た」
「このクラスに魔力の高い元聖女候補がいるな。俺たちに協力してもらうぞ」
「フッ。ステファニア嬢がいれば、田舎の元聖女候補など必要ないでしょうけどね」
三人の言葉に生徒たちが引いているわ。そういうわたくしも、気を抜いたら同じ表情になりそう。
はあ、ロランに会いたい。
朝からずっと三人が側から離れなくてぐったりとなっていた。けれど放課後、三人がヒロインを探しに向かってようやくひとりきりになれたわ。
うう、疲れた。もう無理。作り笑いのしすぎで顔が筋肉痛。
頬をさすったり摘まんだりして凝り固まった表情筋をマッサージしながら、唇を交互に『あ』『う』『あ』『う』と繰り返した。
「ステファニア様!」
ふいに名前を呼ばれて振り返ると、そこにはヒロインが立っていた。彼女は大きく右腕を振りかぶってわたくしに向かって何かを投げつけてくる。
ぽすん。
条件反射でキャッチした物体に視線をやると、ドクンドクンと脈を打つ赤い石のような――
「って、魔王の核じゃん。うっわ、実物キモチワル」
顔を上げるとヒロインはそのままわたくしに背を向け立ち去ろうとしている。
「……ちょ、待って! 聖女になりたくないのよ。あの三人、人の話聞かないし、言葉も通じなくて無理……戻ってきて! 幼馴染みのロランが好きなんだもん。攻略対象とか興味ないの!」
遠ざかる背中に心の限り叫んだ。
わたくしは、聖女になんてなりたくない。ただ大好きなロランの隣にいたいだけ。
「嫌なら逃げちゃえばいいんじゃない? 思い立ったが吉日よ!」
「……逃げる? 逃げてもいいの? 『聖クロ』から? そっか、逃げてもいいんだ!」
右手を高く掲げて親指を立ててみせたヒロインの背中は、眩しく輝いていた。
そうよ、魔王は倒されたんだ。ならば聖女も必要ない。もうシナリオなんて関係ない!
「こんな所にいたのかい、ステファニア……それは、まさか魔王の核?」
「さすがステファニア嬢、魔王を倒したのか!」
「フッ。やはり僕の目に狂いはなかった」
三人が満面の笑みを浮かべて近づいてくる。
「聖女ステファニア、私の妻になっておくれ」
そう言ってこちらに向かってくる王子の笑顔めがけて、わたくしは魔王の核を投げつける。
魔王の核はドクンドクンと脈打ちながら綺麗な放物線を描いて王子の顔面に着地した。
「ふぎゃっ」
変な声を上げながらその場にひっくり返った王子と慌てるその他二名。
「申し訳ございません、殿下。手元が狂ってしまいましたわ。そちら聖女様からの贈り物、魔王の核です。わたくし急ぎますので失礼いたします」
悪役令嬢らしく尊大で美しいカーテシーを披露する。そして、そのまま猛スピードで駆け出した。目指すは彼らに無理矢理乗せられた馬車だ。
「今すぐ王都に戻って頂戴」
御者が「……ひっ」と小さく悲鳴を上げた。
そりゃ怖いわよね。わたくしが必死な形相で猛ダッシュして迫ってきたのだから。ほんと、ごめんなさい。
そうして丸一日かけて王都に帰ってきた。
モネ子爵邸に辿り着き馬車から飛び降りたまさにその時、ロランも屋敷の中から出てきたところだった。
「ニア? 地方学園に連れていかれたはずじゃ……」
ロランが慌ててわたくしに駆け寄る。
「ロラン、二人で逃げましょう!」
「え?」
「お願いよ。このままだとランベルトの妻にされてしまうわ。わたくしの王子さまはロランだけなのに……!」
左手で口許を隠して少し考えるような仕草のロラン。
「うん、行こう二人で! 実は、君が無理矢理殿下に連れ去られたことに僕の父とニアの父上が激怒してね、隣国への留学の手筈を整えてくれたんだ。これから君を迎えに行くところだったんだよ」
短期間で留学を決めてしまうなんて、お父様たち仕事が早いわ。この分ならきっと、わたくしの拉致に対する王子たちへの苦情も陛下に告げているわね。
差し出されたロランの手にわたくしの手を重ねた。
「ええ、貴方と行くわ。どこまでも一緒よ!」
聖女も悪役令嬢ももういない。ここから先はシナリオのないわたくしの物語が始まるんだわ。
最後までお読みいただきありがとうございます。
転生ヒロインも転生悪役令嬢もシナリオに逆らいたいタイプだった世界。




