転生聖女はシナリオを無視して攻略対象から逃亡した
9/17 タイトルを変更しました。
あれ、ここって『聖なる乙女と煌めくクローバー』の世界じゃない?
しかも、私ヒロインだ。
王立学園の入学式。
今日から始まる学園生活への期待と、私よりも身分の高い貴族様に対する緊張を胸に立派な煉瓦のアーチをくぐった瞬間、前世の記憶が一気に頭の中に甦った。
『聖なる乙女と煌めくクローバー』。
通称『聖クロ』。前世の私が年甲斐もなくハマった乙女ゲームだ。
アラサーOLだった私は通勤電車の中、仕事の休憩時間、睡眠時間を削ってまで夢中になって全ルートコンプリート三周したっけ。
ゲームのシナリオは、平民ながら魔力の高い聖女候補のヒロイン、モニカが貴族ばかりが通う王都の学園に特別入学するところから始まる。
聖女候補の中で魔力量、学力テストの成績、攻略対象との好感度が一番高い候補者が『聖女』に選ばれるのだ。ゲーム内で常にヒロインと一位と二位を争うのがライバルであり、王子の婚約者でもある悪役令嬢だ。
そして、メインヒーロー第一王子、騎士団長の息子、神官の息子たちと魔王討伐に向かい、魔王を倒した後、三人の中のひとりと結婚する……という、王道シンデレラストーリー。
学舎の窓に映る綿菓子みたいな淡いピンク色のショートボブに同じくピンク色の瞳。まさか私がヒロインのモニカになるなんて。
正直そこまで流行りはしなかったゲームに何故か私は夢中になったのだ。
はっきり覚えていないけど、前世の私は死んだのだろう。仕事が原因かそれとも病気か、はたまたお約束の事故か。今となっては知りようもない。
死因を思い出したってあの世界には戻れないのだ。ならば、この世界を楽しむしかないでしょ。
――と、意気込んだものの、廊下でばったり出会ったネイビーブルー色の髪と瞳の第一王子ランベルトの隣に控える悪役令嬢ステファニアがゲームと違っておとなしい。
おかしいな。ヒロインに『無礼者!』と怒鳴り散らすはずなのに。むしろ私、怯えられてるような? 王子の背中に身を隠してちょっと涙目になってるし。
この子、悪役令嬢ステファニア・ライネーリよね? トレードマークの縦ロールじゃないけど、腰まである金髪に金色の瞳だし間違いないはずだけど。
威圧感を放つ濃い紫色のアイシャドウ、ワインレッドの口紅が印象的な悪役令嬢が、何故かスッピン風ナチュラルメイクだ。こっちの方が似合ってて可愛いな。
もしや、最近流行りの『転生したら悪役令嬢だった』とか、『断罪された悪役令嬢なのに気がついたら断罪前に戻っていた』なんじゃ?
だとしたら、下手に攻略対象に手を出すのは悪手。ヒロインのはずの私が断罪されるパターンもあり得る。
関わらないようにしても強制力が働く可能性がある。
よし、物理的に離れよう。
思い立ったが吉日。翌日の学力テストをほぼ白紙で提出し、「貴族の方々と同じ学園で過ごす自信がありません」と、涙ながらにそれはそれは延々と切々と学園長に訴えた。
結果、魔力が高くても平民は所詮平民。聖女にはなれないだろうと判断され、あっさり転校が認められた。
だったら最初から特別入学なんてやめろよ、とツッコミたくなったものの、私はヒロインなのだからそれは仕方ないことだとグッと堪える。
∗
それから一年。
私は悪役令嬢がヒロインを虐めたと卒業前に断罪されるルートで、彼女が転校させられた地方の学園に通っている。
『悪役令嬢は転校先でホーンラビットに襲われて死亡』。
とメッセージウィンドウのテキストで流れるのだ。いわゆるナレ死。
その場面を思い出した私は、この地方学園を転校先に決めた。
悪役令嬢はヒロインのライバルのはずなのにホーンラビット一匹倒せなかった。何故ならこのルートで悪役令嬢は学園での学びよりもヒロインを虐げることに全力を注いだから。
ゲームの舞台からは遠ざかっちゃったし、攻略対象とも会えないのは心残りだけど、生徒は平民ばかりで変な緊張感はない。それに王都と違い自然が豊かで落ち着く。
今の私はのびのびと勉学に励みホーンラビットくらいなら簡単に倒せる。
……はずなんだけど。
今、目の前にいるのは果たしてホーンラビットなのだろうか?
それは、ひと言で表すなら悪夢を具現化したような化け物。
地鳴りみたいな足音を響かせる体躯は、漆黒のごわついた毛に覆われ巨熊そのもの。しかし、見上げた頭部はギラギラと燃えるような赤い目の狼に似ている。額からは左右に伸びる二本の角、裂けた口からは獲物を丸ごと噛み砕けそうな牙が覗く。
「グォォォォオ!!」
咆哮が大地を震わせる。
私は両手を胸の前で組み呪文を唱えた。
「悪しき魂よ天に還りたまえ」
次の瞬間、巨体は目が眩むほどの白い光に包まれて消え去った。
びっくりした! これがホーンラビット? 兎っていうより熊じゃない? 私がゲームをプレイしてたときに倒したのは、白くて小さい額に角が一本生えた兎だったけど……。
まあ、一撃で倒せたからホーンラビットなんだろう。そりゃ、真面目に勉強してない悪役令嬢には倒せないわ。
私はホーンラビットが消え去った場所に落ちている、ルビーみたいな真っ赤な『核』を拾う。
あれ? ゲーム内のホーンラビットの核って、ビー玉サイズのうっすい黄色じゃなかった?
あきらかに掌に収まりきらないその核は、禍々しく輝き、ドクンドクンと心臓のように脈打つ鮮血色をしている。
ふと、あるメッセージウィンドウのテキストを思い出した。
――『禍々しく輝き、ドクンドクンと心臓のように脈打つ鮮血色の核』。
これってもしかして、魔王の核じゃ……? ホーンラビットが魔王だった? あれ? あれあれ? 待ってこれ、ゲームクリアしちゃったってこと?
魔王を討伐したら後は王子、騎士団長の息子、神官の息子の中からひとりを選んで結婚するというゲームの結末を思い出す。
結婚するならやっぱり推しの王子と――って、いやいやいや、ないない。そもそも好感度なんか上げてないし。
まさか、ね?
とりあえず核は、寮の自分の部屋に備え付けられているクローゼットの奥に隠すことにした。
そして翌日。
「転校生を紹介する」
若干引きつった笑顔を浮かべた担当教官の隣には転校生たちの姿。
なんでここに悪役令嬢がいるのよ。しかも攻略対象三人まで。無駄にキラキラオーラ出まくっててクラスメイトたちも戸惑ってるじゃないの。気が弱い薬屋のメルなんて半泣きよ?
シナリオ通りなら転校してくるのは素行不良の悪役令嬢だけのはずだわ。でも、私がいない今、間違いなく成績トップで聖女候補筆頭の彼女がここに来るわけがない。
これがゲームの強制力?
ヒロインがシナリオ通りに行動しなかったから?
社会人の標準装備スキル、ポーカーフェイスを顔面に貼り付けながらパニックに陥る私に王子のイケボが追い討ちをかけた。
「この地に魔王の魔力を探知した。我々はこの学園を拠点に魔王を探索するために来た」
ん? 魔王探索?
「このクラスに魔力の高い元聖女候補がいるな。俺たちに協力してもらうぞ」
赤毛に赤い瞳の騎士団長の息子リエトの威圧的な言葉にポーカーフェイスがわずかにひび割れる。
「フッ。ステファニア嬢がいれば、田舎の元聖女候補など必要ないでしょうけどね」
黒髪黒い瞳の神官の息子エリゼオが不敵な笑みを浮かべながら吐き捨てた。
は? だったら最初からここに来ないでくれませんかね。こちとら平和にのほほんと学園生活を楽しんでるんで。
崩れ落ちそうなポーカーフェイスを思わず両手で押さえ込む。
ヤバイヤバイヤバイ。やっぱり昨日のホーンラビット、魔王だったぽい。どうしよう。私が倒したってバレたら無理矢理結婚させられる? それとも、勝手に魔王を倒したって断罪される?
ゲームをプレイしてたときは王子たちとのハッピーエンドを目指してたのに、今はそういうのないな。
私はシナリオから離脱したんだもん。ヒロインはもう私じゃない。一年間必死に努力してきたであろう悪役令嬢だ。
当の悪役令嬢はといえば、いつの間にか三人の後ろで気配を消して静かに佇んでいる。その目は完全に死んでいた。辛うじて口角を上げなんとか営業スマイルを作ってこちらにチラチラ視線を送ってきている。
「――うん。とりあえずこの国を出よう」
決断したら即実行あるのみ。ホームルームが終わると同時に教室から寮へ猛ダッシュ。
クローゼットの奥から昨日隠した魔王の核を引っ張り出す。相変わらずドクンドクンと脈打っている核を鞄に仕舞い、教室に戻りタイミングを待つ。
放課後、悪役令嬢の周囲から王子たちが離れた隙を突き、裏庭をひとりで散策する彼女に背後から声をかけた。
「ステファニア様!」
私の声に悪役令嬢がビクッと肩を震わせ振り向いた。
その瞬間、私は彼女めがけて核を放り投げる。訳もわからず反射的にキャッチする悪役令嬢。
「って、魔王の核じゃん。うっわ、実物キモチワル」
背後から悪役令嬢の貴族らしからぬ声が聞こえてきたけど、早歩きしながらも絶対に振り返らない。
「……ちょ、待って! 聖女になりたくないのよ。あの三人、人の話聞かないし、言葉が通じなくて無理……戻ってきて! 幼馴染みのロランが好きなんだもん。攻略対象とか興味ないの!」
やっぱり、彼女も転生者だった。
「嫌なら逃げちゃえばいいんじゃない? 思い立ったが吉日よ!」
「……逃げる? 逃げてもいいの? 『聖クロ』から? そっか、逃げてもいいんだ!」
振り返らずに健闘を祈ると応援を込め右手を高く掲げて親指を立ててグッドマーク。
後は任せた頑張れ、悪役令嬢ステファニア。
∗
実家には後で手紙を出すとして。さて、どの国に行こうかな。
東? 西? 南? 北?
うーん、迷うなあ。
これで決めるとしますか。
足元に落ちていた棒切れを拾い上げ、地面にまっすぐ立てて手を離す。棒切れは前後左右に揺れながらパタリと倒れた。
「よし、あっちね」
私は軽い足取りで自由な未来に向かって歩き出した。
お読みいただきありがとうございます。
後編、ステファニア編もよろしければお読みいただけると幸いです。




