54話 脅迫中にライブ!
配信を終えた後の余韻は、まだ俺に残っていた。核爆弾が落ち、戦争が始まり…激動も激動の時を駆け抜けてきた俺たちは、ほとんど監禁のような状態でも平和であることがどれだけの幸福をもたらすのかを身をもって体感していった。
「バーザール様。この日本の人々は、とても優しい方ばかりですね」
「ああ。そもそも向こうじゃあ今となっては戦争がないこと自体がないからな…平和がどれだけいいのかがやっと分かった気がする」
「俺は、あの投げ銭とかいうやつが気に入ったぞ。あれが出てきたら、画面がなんか、こう…」
キュラゴクスはこの中で一番興奮していた。テレビに興味を持つやつなんだ、こういうのにも興味を持つのも妥当だな。明日も配信をやってみるか?と聞こうとする頃にはすでに、キュラゴクスは早々に高いイビキをかき始めている。
それを見たラナリリスは苦笑いをして、私たちももう寝ましょうか、と目配せをしてきた。俺は、畳の匂いに包まれながら目を閉じる。
明日からの「監禁三日間」をどう過ごそうか…?最後の休みができる時間だ、後悔しないようにしたい。俺は配信中に見たあのニュースのことも忘れて、深い眠りに落ちていった。
翌朝、カーテンの隙間から差し込む朝日が、俺を起こす。
まだぼんやりとした頭でスマホを手に取ってみる。今は7時……異世界に行って数ヶ月。いまだに、起きてすぐスマホを触る癖が抜けていない。
俺は何気なくニュースサイトのトップページを開いた。そこに並んでいた文字列を見た瞬間、まだ残っていた俺の眠気は文字通り霧散する。
『米ホワイトハウス、公式声明:ドラゴン・バーザールを国際テロリストと認定』
「……は?」
漏れた声で2人が起き上がってきた。2人はおれに気が付き、近寄ってくる。
内容はこうだ…「バーザールが横須賀を戦場にすると脅迫した行為は、駐留米軍およびその家族の生命を脅かす深刻なテロ行為である。したがって、米国はテロリストへの支援となる「帰還用ミサイル」の提供を断固拒否し、日本政府に対しても協力の即時破棄を求める」…
「……キュラゴクス、ラナリリス。また、面倒くさいことになったかもしれない」
二人が顔を洗う暇もなく階下が慌ただしくなり、廊下を何十人もの足音が駆け抜ける音が聞こえる。昨日のライブ配信の時に仲良くなった俺たちの担当の人が、ノックも忘れてドアを開けてきた。
「冨永さん! 大変なことに……アメリカ合衆国大使が、護衛とともにこちらへ向かっています!すでに分庁舎の正門を通過しました」
「わかってる……ラナリリス、キュラゴクス。申し訳ないけど今回は俺一人で対応してもいいか?」
「……わかった。何かあいつらに言いたいことがあるんだな?俺は賛成だ」
ラナリリスも頷く。俺は立ち上がり、昨日設定したライブのアプリを開いた。タイトルなし、説明文もなしの状態で開始ボタンを押してポケットにスマホを突っ込んでおく。
画面はポケットの中なので真っ暗だが、マイクは生きている。数十秒も経たないうちに、昨夜のフォロワーたちが一気に入ってくるのがバイブで伝わってきた。
俺はスマホをズボンのポケットに突っ込んだまま高速で着替え、一階の応接室へと向かっていった。
応接室の扉を開けると、そこには昨日以上の殺気が満ちていた。中央に座っているのはいかにもエリートだ…という風貌の、冷徹な目をしたアメリカ大使。その背後には、スーツの下に武器を隠し持っているのが丸わかりのガタイのいい男たちが控えている。
「おはようございます。予告もなくここに来るとは…どういう用件ですか?」
俺が挨拶をしたのを知りながら大使はなにも返さず、一枚の書類を突きつけてきた。
「無駄な時間は省かせてもらう、トミナガ。大統領の意思は明確だ。君たちに対する我が国の条件を提示する」
彼は通訳を介し、冷酷な声で言い放った。
「一、日本政府との帰還交渉を即時破棄すること。これは絶対条件だ。二、君たち三人の身柄は今後合衆国の管理下に置き、合衆国の判断に従うこと。三、君たちが転移させた第5空母打撃群の正確な現在位置と、生存者の安否を即刻開示せよ。こちらも絶対条件である。四、万が一異世界への門を開くのであれば、我が国の科学者および観測チームの同行を無条件で認めよ」
そこまで一気にまくし立て、大使はニヤリと笑う。
「そして五。これらを認めない場合、我が国は周辺の米軍基地……そして必要であれば核兵器を含むあらゆる手段を用いて、君を排除する」
応接室が凍りついた。同席していた日本政府の人間たちが、あまりの暴論に言葉を失っている。俺以上に酷いことを言うな…この国で「核爆弾」と言う発言を取り出すことがどれだけのことかを分かっての発言か?
「……随分と一方的だな、大使さん。あんたらは勘違いしていることがいくつかある。まず、一つ目。『テロリスト』ってやつ。聞き捨てならないな。俺たちが第5空母打撃群と接触したのは事実だが、俺たちゃ一切攻撃していない。むしろ、彼らのミサイルのせいでこの世界に来たんだぞ?」
「この場に来てまで堂々と嘘をつくか。たとえそうであっても軍事行動における偶発的な衝突だ。仕方ないこと」
「二つ目。身柄をそっちが取る?勘違いするなよ。俺はあんたらの国の所有物じゃないし、ましてや兵器でもない。俺は生物だぞ?俺の行きたいように生きさせてもらう。それから三つ目。アメリカは、力で他国が結んだ約束を……日本と俺が結んだ契約を捻じ曲げるような、そんな下品な国なのか?世界のリーダーってのは、もっとスマートなもんだと思ってたけどな」
「黙れ。これは世界の安全保障の問題だ」
「『世界の』ねぇ…『アメリカの』の間違いじゃないか?まあいい、四つ目……。横須賀で兵器を使うために実力行使するって言ったくらいで俺がテロリストなら、今あんたが言った『核を使うかもしれない』っていう脅し……これは立派な『テロ行為』、いやそれ以上じゃないのかな?この国で核を落とすと言う発言をすることがどれだけ重いことかを考えていっているのか?」
大使は鼻で笑った。
「残念だな、トミナガ。この部屋にカメラはない。私の発言を証明する術はないんだ。世界には、この声は漏れない
「……ああ。そうだろうな。あんたの言う通り、この部屋に政府のカメラはない」
俺はゆっくりとポケットからスマホを取り出し、画面を大使に向ける。
「だけど、俺のスマホは生きてるんだ」
大使の顔から、一瞬で血の気が引いた。スマホの画面には、同時視聴者数800万人という異常な数字が表示されていた。
暗かった画面が急に明るくなり、密室の脅迫をリアルタイムで目撃していたことを知った全世界の視聴者たちの興奮は、もはや制御不能なレベルに達していた。
「……な、貴様……ライブだと!?いつから!」
「最初からだよ。俺、デジタル世代だからさ。こういうの、得意なんだ」
俺はスマホカメラを大使に向けて再び話す。
「今の話、800万人以上の証人が聞いてるぞ。あんたが『核兵器を使ってでも脅す』って言ったことも、俺たちを兵器扱いしようとしたこともな。そうだ。さっきの発言、もう一度言ってもらおうか?それとも、全世界に向けて撤回するか?」
大使は口を動かしているが、何も声を出せていない。今から訂正したところで、世界中に聞かれてしまったことには代わりないのだ。
「……お引き取り願おうか。あんたから相談や懇願、交渉がしたいって言うなら明日から聞こう。今日はもう、気分が悪いんだ」
「ま、待て……! これは誤解だ、今の発言は――」
「聞こえなかったか?帰れと言ったんだ………それとも、今ここで配信を繋いだまま続けるか?護衛さんのその服の下のオモチャも活躍するかもな」
大使は、もはや一言も発することができずに顔を真っ青にして逃げるように応接室を後にした。バタン、と大きな音がして扉が閉まる。
部屋に残された日本政府の人間たちが、呆然とした様子で俺を見ている。なんか、ここまでするつもりはなかったんだが…あっちの発言があまりにも過激すぎたな。
「……あー、配信見てるみんな。お騒がせしました!んじゃ、これくらいで閉じるぞ!またライブすることがあったらよろしく〜」
俺は部屋へと戻ると、ラナリリスとキュラゴクスが待ち構えていた。強引に座らされ、2人と向き合う。
「バーザール…お前……!かっこよかったぞ!!あんな堂々として居られるようになっているとは…もう本当にお前はトミナガじゃあなくなったんだな!!本当に、もうかっこよかった…」
「アメリカとの話し合いが上手くいってよかったです。まずは、何事もなく終わったことを祝いましょう」
「何事もないかぁ…威厳は完全に追っちゃったにしろ、実際世界最強の軍と対峙したことに変わりはないからなぁ。核爆弾だって何千と持っているんじゃなかったか?」
「………それは、スフィウスのような人間がたくさん生まれるかもしれないと言うことか?」
キュラゴクスは何かと察しがいい。
「ああ。実際、この国…日本では80年くらい前に2回あったんだ。だから日本はいくら核爆弾を作れる、それも最高水準のものが作れるとしても絶対に作らない。あれの悲劇を体感しているからだな。しかも、それを落としてきたのがそのアメリカっていうんだから驚きだよ」
「アメリカが…ではなぜ、今はこんなに仲がいいのですか?」
「そのあと色々あってね…まあそんなことは休暇中の今考えてもしょうがない。それらはこの世界を生きる人たちが考えることだからな。俺たちは、俺たちがやりたいことをやるぞ!」
「そうだ!俺は昨日のライブであった『おにぎり』をたべてみたいぞ。いろんな種類があるらしいからな、全種類制覇だ!」
「いいですね。私も、参加させてください」
おにぎりか…まあ日本ならメジャーか。俺も、久しぶりに食べてみるか。




