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52話 総理の正しい判断

 数時間後の田戸台分庁舎某所。俺たちは日本政府の人に対話に使う部屋を案内されていた。

 目の前には、十数台のカメラが席へと歩いていくこちらを捉えている。場を埋め尽くしている報道陣はその手に持つメモや小型カメラを使って、できるだけ俺たちの様子を伝えようと頑張っていた。

 昔よく見ていたテレビの裏側は、こんなにプレッシャーがのしかかってくるところだったのか…自ら話し合いの場を作ろうと言ったんだ、俺が怖気付いちゃいけないな。


「……キュラゴクス、ラナリリス。準備はいいか?」


 俺が異世界の言葉で問いかけると、二人は意外なほど平然とした様子で頷いた。むしろ、なぜかわくわくしているようだった。会見の体験はあるからか緊張せずに、異世界を満喫している。


「ああ、大丈夫だ…しかし、そのテレビを撮影しているところはこのような様子なのか…!予想通り、人がたくさんいるな」


 キュラゴクスはテレビにハマっているみたいで、カメラの方をまじまじとみる。ラナリリスもまた、静かに微笑みながら返事をした。


「はい。総理大臣が来てくださると聞いて、少し昂っていますが…大丈夫です、落ち着きますね」


 二人のその余裕に、俺の強張っていた肩の力が少しだけ抜けた。そうだ、俺には強みがある。昔から、俺は初対面の人には謎に友達のように話してしまうのだ。そのせいでどれだけ気まずい雰囲気になったか…

 その感覚を思い出せ!場を和ませることで、俺だって世界が注目するこの対話を軽々と越えられる!………はずだ。


 俺は指定された席に座る直前にポケットの中のスマホを指先で探り、滑らせるようにして録音ボタンを押し込んだ。画面は見えないが、指に伝わった微かなバイブの振動が記録が始まったことを知らせてくれる。

 席に着くと、俺はふと周囲を見渡してみる。記者達の方から感じられる熱気は、かのボールを7つ集めて龍を召喚する漫画の主人公が覚醒した時みたいに感じる。クリ○ンのことかーーっ!!!うん、似合うな。


「……すごい数ですね」


 隣のラナリリスが、声を潜めて呟く。


「ああ…何しろ、日本で空想として描かれていたことが実際に起こっちゃったんだ。そりゃあ、みんなが注目するだろうな」


 俺がそう返した直後、会場の空気が張り詰めたのが伝わってきた。

 正面の扉が開き、側近を連れた一人の人が入ってくる。彼はゆっくりとした足取りで、俺たちの真正面の席へと進んだ。

 その一挙手一投足をすべてのカメラが追いかけ、激しいフラッシュの音が雨のように部屋中に響き渡る。この国の長、総理大臣の登場だ。

 総理は席に着くと、一度だけ俺たちの顔を一人ずつ確認するように見つめた。威嚇なのか、それとも挨拶なのか…俺はとりあえず、軽く会釈でもしてみる。

 司会者がマイクの前に立ち、厳かな声で宣言する。


「……定刻となりました。これより、日本政府と異世界からの帰還者による、公開対話を開始いたします」


 その言葉を合図に、全世界へのライブ配信が始まった。総理はまずマイクを口に近づけて、話し始める。


「まず初めに、冨永さん。そして同行されているお二人。皆さんの日本への来訪を歓迎いたします。………しかし、私たちは歓迎の言葉と同時に、多くの問いを投げかけなければなりません。私たち、国民、そして世界が注視しているのは…あなた方がこの日本に何をもたらし、これから何をしようとしているのか、という点です」


「歓迎のお言葉をありがとうございます、総理……正直、これほど大ごとになるとは思っていませんでした。ただ、このようなことになった時点で俺たちもこのまま黙って隠れているつもりはありません。きちんと対話をして、お互いの妥協点を見つけたい……そう思ってここにいます」


 俺の言葉がスピーカーを通じて会場に響くと、記者たちのペンが猛烈な勢いで走り出した。隣ではキュラゴクスが、少し驚いている様子で俺のことを見ている。


(バーザール…お前、そんなに上手く喋れるのか!てっきり、少し慌てたりするものかと思っていた)


(そりゃあ慌てるよ。だけど、こういうところじゃ誠実に思ったことを話す方がいいような気がしたら…)


「妥協点、ですか。冨永さん、今の日本……いや世界にとって、あなた方の存在はあまりに規格外です。核に耐えた、炎の球を出せる、物を一瞬で灰にできる… それを単なる個人の持ち物として納得するには、あまりにも現実離れしています」


 総理の視線が、俺の隣に座る二人に移る。


「特に、そちらのお二方にお聞きしたいです。あなた方は、この日本という国をどう見ておられるのか。そして、あなた方にも有るであろう力を、この地で使うつもりがあるのかどうか」


 あいにく、2人は日本語を理解できない。全知王(ヘルメス)、なんとか出来ないか?


〈これまでの会話を元に、翻訳機能の作成を挑戦します。しばらくお待ちください…………………………成功しました。異世界語と人語、異世界語と魔語の翻訳が可能になりました。実行しますか?〉


 ああ。キュラゴクスとラナリリスに適用してくれ。


〈…………………完了しました。〉


 よし、ありがとう。


(2人とも…総理の、俺の故郷の言語と元の世界の言語の翻訳をできるようにした。今から、総理の言うことがわかるようになるはずだ。それを使って、総理の質問に答えてくれ)


「すみません、総理。2人は日本語がわからないので…今ちょうど、日本語が理解できるようにしました。もう一度、質問をお願いします」


「あなた方は、この日本という国をどう見ておられるのか。そして、あなた方にも有るであろう力を、この地で使うつもりがあるのかどうかを、お聞かせ願いたいです」


「安心してくれ、総理……俺たちは戦いに来たのではない。俺たちがいまだにこの場にいるのは、バーザールがこの地を愛しているからだ。でなければ、とっくに横須賀は焼けている。この地のルールは尊重するが、俺たちを檻に入れるつもりなら、それは賢明な判断とは言えないと思っている」


「………なるほど」


 総理はキュラゴクスの意図を察したのか、微かに目を細める。ラナリリスは静かに話し始めた。


「私は、バーザール様の故郷であるこの国の人々を同じように最大限に大切にしていきたいと考えています。私たちの力は私たちの目的のために使います。ですが、その目的はあなた方との『協力関係』を作り守ることでもあります」


「バーザール、と言うのはどなたですか?お聞きした様子では……」


「俺の、異世界名です。いくらなんでもドラゴンが冨永などと名乗っていたら締まらないと思いまして……俺のことは、今まで通り冨永と呼んでいただいて構いません」


「バーザール、ですか…いい名前ですね」


 総理は再びマイクを握り直し、今度は鋭い口調で核心を突いてきた。


「では、具体的にお聞きしましょう。アメリカ政府が今朝公表した、第7艦隊第5空母打撃群の行方不明事案。これに冨永さん自身である『ドラゴン』が関与しているという疑惑について……冨永さん、あなたの口から説明をいただけますか?」


 空気が凍りついた。俺はポケットの中のスマホに意識を向ける。よかった、録音は続いている。


「……第7艦隊、ですか。説明する前に一つ、明らかにさせておきたいことがあります。俺たちは、対立する者達にしか能力は使いません」


「………というのは?」


「俺たちのいた世界では、大陸間の戦争が起きました。今、この時も起きています。そして、俺たちがそれを止めるために東側へ移動していた時です…異世界で、あるはずのない船を見ました。それはこの世界でよくみる、海軍の艦船です。そして、その管制塔には『73』の文字が刻まれていました。それはそれは、驚きましたよ……なにしろ、第5空母打撃群も転移していたんですから」


 俺の言葉に、会場中がざわついた。アメリカ大統領の言っていたことは、合っているかもしれない…ドラゴンが、アメリカ軍を転移させたのだ…そんな考えが広まっていったのがわかる。


「俺は、できるだけ遠ざかろうと頑張りましたが…彼らは航空機を使って俺たちを牽制、そして発砲してきました。その時、避けたミサイルがなぜか爆発して…それによって生まれた黒い亀裂に俺たちは巻き込まれ、この世界にやってきたと言うわけです」


「では、第5空母打撃群をあなた方は自身に対立した物として認識しているということですか?」


「………解答は控えます。今行ったことを踏まえて、俺たちから提案があります。俺がこの世界へ時々顔を出す代わりに、俺を含めた3人が元の世界へ帰る手伝いをしていただきたい。手伝いというのは、ミサイルで亀裂を作ってもらうということです」


 俺の提案内容を聞いた記者達は、いろんな声を上げた。


「それは法に違反する可能性がある!」「それを証明できる人がいないだろう!」etc…


「視聴者はお静かにお願いします」


 総理の制止に、会場は再び静寂に包まれた。

 だが、記者たちの視線には驚きを通り越して「この男は狂っているのか」という疑念が混じり始めていた。それもそのはずだ。現代日本において、一人の元民間人が「ミサイルを撃ってくれ」と政府に要求したのだ。


 総理は悩んでいるようなそぶりで、俺を見据えた。


「冨永さん、あなたの提案は……自衛隊、あるいは米軍の火力を、異世界への門をこじ開けるための道具として提供しろ、ということですね。しかし、それはもはや外交の範疇を超えています。憲法、そして国際法上の観点からも、武器の使用には厳格な手続きが必要です」


「手続き、ですか。それなら、不穏分子である俺たちがこのまま日本に居座り続けることへの『リスク管理』という名目ではどうでしょうか?正直、俺たちもこの世界に長居したくないのです。あちらには守るべき人たちがいて、止めなきゃいけない戦争がある。俺たちが帰れば、この国からドラゴンの脅威は消える。どう見たとしてもWinWinの関係です」


「ですが…」


「…では、選択肢をひとつ増やそう。俺たちに協力するか、横須賀で戦闘が起こるか。どちらかを選んでください」


 面倒くさいな。


「猶予はあと5分。その間、誰と相談してもいい」


「それは話が違います!脅迫ですよ、それは!」


「そんなことは知らない。俺が与えた選択に答えることを考えてください」


「……あなたの提案の検討には、まず事実の裏付けが必要です。冨永さん、あなたの言う『炎を出せる』や『核を耐えられる』をどうやって証明しますか?そして、あなたが本当にあのドラゴンであることを、この場で証明できますか?」


 証明、か。

 俺は席を立ち、ゆっくりと出口へ歩いていった。俺の後を、記者達が追いかけてくる。


「ここでドラゴンになるわけにはいかない。外に出る、いいな?」


 俺は外に出ると翼を出し、飛び上がった。右手を前に振るい、火弾(ファイヤーボール)の列を作る。

 パチン、と指を鳴らすと、そのファイヤーボールは地上へ落ちていった。下にいる人たちに当たる…その瞬間、俺はファイヤーボールを全て消す。


「これが、俺がドラゴンであると言う証明だ………総理、改めて聞く。俺たちに、協力するか?」


 手のひらの上の闇が、周囲の光を吸い込んでいく。

 SNSではすでに、この光景を捉えた動画が爆発的な勢いで拡散されていた。ドラゴンは本当に存在したのだ。

 

 総理大臣は、上空にいるバーザールを見ながら静かに、しかし決然とした声で告げた。


「……分かりました。その提案、政府として正式に受け入れましょう。ただし、条件があります」

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