47話 300万を繰り返した4人
今日は、3話連続です!
20時、20時半、21時に出す予定です〜
習得したばかりの転移魔法は、空間を強引に折り畳むような独特の浮遊感を生んだ。視界が晴れると、そこは慣れ親しんだ街の風景が広がる……しかし、今は悪魔の放った光線の爪痕が街に残っており、黒煙が細く立ち上っている。
幸いにも、キュラゴクスの家は戦火を免れていた。玄関を少し乱暴に開けて中へ入ると、リビングではガルヴァが微動だにせず、ソファで眠るスフィウスを見守っている。
(異変はありませんでした……おかえりなさいませ、バーザール様)
ガルヴァの言葉に短く頷き、俺はスフィウスの顔を覗き込んだ。顔色はまだ優れない……悪夢を見ているのかもしれない。だが、命に別状はない。
俺は安堵の溜息をつき、背後に立つ三人の仲間に向き直った。
「……みんなに、話さなきゃいけないことがある」
俺は、スフィウスがこの数週間で何を体験したのかを話し始めた。彼女の目の前で、故郷が一瞬にして光の中に消えたこと。
家族や友人、思い出のすべてがただ一つの兵器によって焼かれ、破壊されたこと。そして、その場に近かったらしくそこにちょうど俺が立ち寄り、ここに連れて帰ってきたこと。
静まり返った部屋に、俺の声だけが重く響く。キュラゴクスたちは戦争が始まってから急いで帰ってきていたため、核が落とされたという事実までは認識していなかった。
「そんなものが、本当に…」
「それで、核爆弾が落ちる前には俺は、故郷に帰っていた。その土地に、知らない建物が立っていたんだ。入ってみたら、こんなものが見つかった」
俺は全知王の記録しているデータを紙に記し、みんなに渡す。そこには核爆弾の投下日時の他に、ホガ=ドルナとElf Schreckenが繋がっていることを示唆する文が書いてあった。
「つまり、このElf Schreckenというものが先ほど戦った悪魔、ということですか…」
「ああ。どうやら、今回の襲撃はこのデータの抹消が目的だったみたいだ。それほど、このデータは重要に見えないが…」
「国が悪魔と結託しているなど、バレたら大問題になる。しかも、それを取ったのが敵国の人なんだ。そりゃあ、ここまでくるさ。あとは…」
一通り話し終えるとキュラゴクスは腕を組み、鋭い視線を俺に向けてくる。
「……バーザール、まだ話していないことがあるだろう。戦闘中に見せたあの姿、あの翼……」
隠し通すことはもうできない。俺は覚悟を決め、真っ直ぐにキュラゴクスを見返した。
「……俺は、ドラゴンだ。この体の中に、ドラゴンの魂と力を宿している。今は変身して、人間になっているだけだ」
驚かれ、何か言われるのではないかと思われた。しかし、キュラゴクスから返ってきたのは、拍子抜けするほど穏やかな溜息だった。
「やっと言ってくれたか。しかし、本当にドラゴンだとは……」
え……?知っていたのか…?
驚く俺を目尻に、キュラゴクスは窓の外、まだ煙の上がる街を見つめながら静かに告白を始めた。
「バーザール、驚くな。俺は、この戦争によって死ぬたびに、同じ時間を繰り返している……ループしているんだ。ここにいるラナリリス、巡雩…寝ているスフィウスもだ」
キュラゴクスの口から出た言葉は、想像を絶するものだった。彼らはこれまで、戦争の途中で命を落とし、その都度、物語の始まりへと引き戻されてきたのだという。そんなことが、本当にありえるのか…?
「回数まで数えている。今までで3127382回。そして今回が、3127383回目だ」
俺は、ラナリリスたちを見る。彼女らはこちらをみて、静かに頷く。彼女たちもまた、その無限の回廊を歩み続けてきた者だった。
「だが、今回のループは今までとは決定的に違う。過去の300万回以上、一度も起こらなかったことが次々と起きている」
キュラゴクスは指を折って数え上げる。
「海岸でかめに出会ったこと。ホガ=ドルナが核兵器などという正気とは思えない代物を持ち出してきたこと……そして何より………」
キュラゴクスは、俺の肩に手を置いた。その手は、今までになく温かい。
「お前の名前が、今までとは違うことだ。お前は、今まではトミナガと名乗っていた。バーザールとして俺たちの仲間としてここにいることは、一度もなかった」
かつてのループでは、バーザールという存在は現れなかったのか、あるいは別の形で消えていたのか…だが今、バーザールは、俺はここにいる。
「300万回繰り返して、ようやく見えた希望だ。今回なら、この永遠に続くループを終わらせられるかもしれない……」
3人から、安堵のため息が漏れ出ていることが伝わる。300万…途方もない数だ。それほどの間、彼らは逃れられることのない死を経験し続け、仲間が死んでいくところを、自身が死にゆくところを経験していたのか。
「それで、俺は…キュラゴクスたちが死ぬ未来を避けるためにも、世界のためにも、戦争を止めるしかない、ということか」
「ああ。毎回、巻き込んでしまってすまない」
「では、これから変えていくにあたって、今まで繰り返してきた中で何が起きていたかお伝えした方がいいのではないでしょうか」
確かに、その通りだ。今までと違う点は、ヘルメスに頼めばなにかがわかるかもしれない。
「その通りですね。これから、今までとは違うことがどんどん起きていくでしょうから」
「よし…準備はできた。言ってくれ」
俺は、ヘルメスに会話の内容を記録するように指示した。何百万回と繰り返してきたキュラゴクス瞳には、かつてない決意の光が宿っていた。
「俺たちは今まで通りに行くならまず、このあと何かしらの理由で大陸の東側諸国へ行くことになる。その理由は違えど、300万回のうち1回たりとも行かなかったことはない」
え?そうなると…
「それなら、立入禁止区域かホガ=ドルナの土地のどちらかは必ず通らなきゃいけない」
「そうだ。今まで私たちは、ホガ=ドルナの領地を通っていたが…そこで必ず、トミナガは死ぬことになる」
……俺、もうすぐ死ぬのか………
「それじゃあ、立入禁止区域の方を通ったらどうなんだ?」
「それが…立入禁止区域の方に入ったみると、この全員が全滅したんです。なので、今まではずっとホガ=ドルナの方を歩くようにしていました」
俺は、今までの世界では活躍なしで死んでいっていたのか。仕方ないところはあるが、少しショックだ。
「ですので、私たちの導き出した結論は…そこから先の世界へいかにバーザール様を連れていくか、となります」
「ああ。今回のバーザールは今までと違って、勇気がある。今までのお前は、何かと引き気味だったからな」
そんな姿の俺を、容易に想像できる。冨永と名乗っているだけあって、前世のままの俺だ。
「それは、俺の前世の姿だ……前世の俺はずっと誰かに謝ったり誰かに怒られてたりしていたから、それが抜けなかったんだろう」
「そう凹む必要はない。それとも、まさかバーザールも今までと同じトミナガなのか?」
かつての俺、冨永が歩めなかった道を今の俺なら切り拓けると、彼らの視線は語っていた。
恐怖がないわけではない。だが、託された3127382回分の絶望をひっくり返す義務が俺にはある。
俺は深く息を吸い込み、覚悟を決める。
「わかった………この繰り返し続く旅に、終止符を打とう」
その言葉に嘘はない。少なくとも、そうするために努力しなければならなかった。




