38.使者
「ほら見てあっくん!タピオカチャレンジ!」
「うーん。なんということだ。麗しきナユザン山脈に恵みの雨が降り注いでいる。」
どうやらカップルの方で注文したドリンクが先に届いたらしい。
冷たいタピオカ飲料のカップに出来た側面の水滴が胸元に流れ落ちる様子を、雨などと形容しているようだ。
あんな風に食べ物で遊ぶなんて、なんてけしからん奴らなんだ。
でもあれなら、アリシアさんとかもできそうだな。
いや違う。何を考えているんだ俺は。
注文した定食が届くまで、俺は隣の席の会話が気になってしょうがなかった。
別に俺はカップルに恨みなんてない。
今の俺は充実した冒険者生活を堪能しているし、仲間がいて、多少なりとも自分の存在を求められるのは素直に嬉しい。
今の生活に何も不満なんかない。
でも・・・・・・。
「ううううう・・・!」
あの2人を意識すると、気持ちを上手く整理できないよ。
前世でも、友だちに彼女ができたりした時は応援していたけど、心の中では取り残されたような寂しさを感じていたっけ。
俺だって欲を言えば青春してみたい。
理想的な彼女?に甘えたり甘えられたりして、なんかこう、間接キスとかしたり、頭撫でられたりとか・・・・・・。
俺がロマンチックな恋とかできる日なんて、来るのだろうか。
想像したいけど、想像できない。
「お待たせしましたー。ランチAセットです」
俺が煩悩にふけっていると、しばらくして昼食が運ばれてきた。
「いただきます」
俺は合掌すると、早速空腹を満たす仕事に取り掛かった。
「美味しい・・・・・・」
口に運んだ味は、やっぱり大衆受けを狙ったものじゃない、客を笑顔にさせるために作られた家庭的なものだ。
家庭的、か。
俺はスプーンを口に運びながら、改めて前世のことを思い出した。
俺に兄弟はいなかったので、家族はお父さんとお母さんの2人だけだった。
転生してからというもの、向こうに残してきてしまったが、今頃元気にしているだろうか。
2人共、俺が死刑を免れるために最後まで弁護士さん達と頑張ってくれていた。
きっと俺の訃報を聞いて悲しんだだろう。
そんなことを差し置いて、俺は別世界で新たな人生を歩んでいる。とんだ親不孝だな。
「会いたいな・・・・・・」
冒険者としてのここでの生活も気に入っている。
だけど、前世に帰りたくないわけじゃない。
せめて家族や友人に挨拶して、現状の報告くらいして、たくさん迷惑をかけたことを謝りたい。
なんとかして、前世と繋がりを持つ方法を見つけられたらいいけど。
「泣いてるの?」
「へぁっ!?」
突然すぐ近くから女の子の声が聞こえ、俺は飛び上がるほど驚かされた。
声の聞こえた方。
目の前に目を向けると、俺と向かい合うようにして、見たことのない少女が席に座っていた。
「あはっ。そんなに驚くと思わなかった。ごめんね。」
そう軽く謝る少女だったが、俺はどっと冷や汗が噴き出た。
いつからいた?
気配も、椅子を引く音も、何一つこの子が接近してくる情報を感じ取れなかった。
「何か悲しいことでもあった?」
「いえ・・・大丈夫です・・・・・・。あの・・・誰ですか?」
俺は彼女を観察した。
足を組んで頬杖をついている、ポニーテールの少女。口角を上げながらも目に純粋さのない表情は、何か目的があって俺と接触してきたことを匂わせていた。
間違いなく普通じゃない。
「私は、『ラビンス』のソニヤ・アスライト。君とちょっとお話がしたくてやってきました」
「ラビンス・・・!?」
俺はその名前を聞いて一気に警戒度を上げた。
確か2ヶ月前、意味もなくアリシアさんを酒場で襲撃して大怪我を負わせたっていう、極悪非道なマフィアじゃないか。
「話って・・・なんですか」
俺は内心ドキドキしながらなんとかポーカーフェイスを保とうとした。
「まぁまぁ、落ち着いて。先日はうちのダラスが君の仲間に乱暴しちゃったみたいで。まずはそれを謝罪させてください。」
アリシアさんが暴行を受けた件の話だ。
ソニヤと名乗った少女は営業スマイルで頭を下げた。
本来のどかに楽しむはずだった定食屋でのランチ。
突如始まった恐ろしい裏社会勢力との接触に、俺は必死で頭を回した。
落ち着け。マフィアなんかがこんなところまでわざわざ律儀に謝罪しに来るはずがない。
こいつの目的は何だ?
そもそもこいつらは、俺とスズランとの関係を知っているのか?
謝罪とかいうのは、こちらの事情を探るためのブラフかもしれない。
「仲間って、何の話ですか?俺はその、ラビンスってのが大きなマフィアってことしかわかりません」
「あれあれ?おっかしいな。君がとある冒険者パーティーと一緒に歩いてるところを見たってウワサを聞いたから、てっきり仲間かと思ったんだけど・・・違ったのか。そっか。」
俺がシラを切ると、ソニヤさんはわざとらしく自らを納得させる素振りを見せた。




