37.一人の時間
スピーネの血まみれの方の構成員が防壁の裏に回り込み、音もなくギャングの心臓をナイフで抉り抜いたのだ。
「頭が痛い。弁償しろよお前。」
「アダンソン。弁償じゃねえ。慰謝料だ。」
アダンソンと呼ばれたスピーネのメンバーの発言を訂正するタランチュラ。
「う、嘘だろ・・・?お前ら・・・・・・」
残った最後の1人は、戦意を失って後退りした。
その姿を見下ろし、タランチュラがギャングに歩み寄る。
「金も払えねえ。目の前の戦いに命も懸けられねぇ。お前らは何のために生きてるんだ?」
その冷たい言葉と共に突き出された巨大なナイフは、防壁魔法を貫通してギャングの体を強烈に貫いた。
「たまにいますよね、こういう身の程を弁えないバカ。」
「アダンソン。お前はギルドを探れ。俺は『赤月』の動向を追う。」
「わかりました」
2人は、人身売買の商売を妨害した犯人を探して動き出す。
「スピーネを舐めた奴は、全員死神の下へ送ってやるさ」
タランチュラはそう言い残し、部下と別れた。
俺がスズランに来てから2ヶ月がたった。
冒険者として生活を共にしているうちに、メンバーそれぞれの人柄やパーティー内の人間関係が見えてきた。
まず、俺達の時間の過ごし方は、クエスト、魔法や戦闘の訓練、あとは自由時間。
訓練と言っても、決められた時間に誰かの命令で集団行動をするのではなく、各々が事前にアポを取って、希望する日時に希望する相手に付き合ってもらう、といった感じだ。
クエストに出る時も大体メンバーのポジションは定まっている。
フランクさんが他のメンバーの意見も取り入れつつ行動内容を決めて、主力として動く。
アリシアさんは突発的によく暴れるためか基本的に行動を制限されており、何か行動を起こす時は必ずミアさんかヤリスさんが同伴する。
でもいざという時は戦闘に強いし索敵能力もあるので、頼りになる。
ヤリスさんと俺は敵と出会うと大体逃げ回り、ミアさんは全体のサポートをしてくれる縁の下の力持ち的な存在だ。
もう閻魔の名前を狙ってならず者が寄り付くこともなくなったし、クエストに関してフランクさんからの招集がない限りは俺達は自由に行動している。
なので、食事の摂り方も各自バラバラだ。
俺は今日も行きつけの定食屋で昼食を摂ろうと列に並んでいたが、この日はどうやらツイていなかったようだ。
というのも、前に並ぶ2人が男女の二人組だったのだ。
ただの連れだと言うなら別に気にすることなんてない。
「このお店ー、初めて来たけどー。なんかー。外観ダサくないー?」
「よく熟成されたいい酒ってのは、埃を被ってることもあるもんさ。」
だけど、その2人はお盛んのカップルだったらしい。
まるで2人の愛を周りに見せつけるかのように、女が男の腕に抱き着き、男は女の尻を触っているのだ。
「やーん。あっくんのエッチー」
「お前がハイビス山脈よりデカいマシュマロ抱えてるからだろ?」
こういうのって公然わいせつ罪とかで捕まらないものなのか?
しかも、このお店のことを見下すような発言もしていたし。
到底許すまじ。
俺は列に並んでいる間、なんとかスズランの仲間達と見てきた大自然の景色を頭に思い浮かべて彼らのことを忘れようとした。
やがてカップル2人が店員さんに呼ばれると、直後に俺も2人用のテーブル席に案内された。
「何にしようかなー?あー、このいちごクリームシャーベットっていうの気になる!あ、でもこっちのパンケーキも捨てがたいな!あっくんは何がいい?」
残念ながら彼らとの席は近く、女の120パーセント甘えた猫撫で声がこちらにしっかりと聞こえてくる。
「シンプルイズベスト。お前のナユザン山脈をアテにワインを啜るのさ」
「やーん男前ー」
「すみません。ランチAセット、オニオンドレッシング、卵ペースト、ミルクで」
俺は早々に店員さんを呼ぶと、2人の喘ぎ声をかき消すべく、出来るだけ大きな声でオプション含めた略式高速詠唱を済ませた。
はい、俺の勝ち。
あまり常連客を舐めないでほしい。
一生ナヨナヨ迷っている彼らよりも先に料理が運ばれてくることが確定した俺は、密かにほくそ笑んだ。
この2ヶ月間、冒険者の街を探索して色んな飲食店に入ってみたが、このお店は一番のお気に入りだ。
ちなみに金銭感覚も大体わかってきた。
この世界で使われている貨幣と前世のものを比べると、大体銅貨が10円、銀貨が100円、金貨が1万円ってところらしい。
本物の金や銀ならもっと高価だろうと思うので、実際は銅や亜鉛などの金属を混ぜて作られているのだろう。
俺が注文したのは、1食で銀貨7枚の定食なので、日本円で700円ってところだ。
手頃な値段で健康的な主食・主菜・副菜を食べられるし、何より味が前世の実家のものと似ていて、暖かみを感じる。




