31.「俺を、殺せ」
俺は再度杖を構えた。
次に試すのは、匂い消しの魔法だ。
杖を自身に向けて魔力を込めると、それまで漂っていた土や雑草の匂い、遠くからやってくる風の匂いの一切が遮断された。
完全に無臭の世界。
ミアさんの説明によると、この魔法は自身と外部との匂いのつながりを断つものであり、発動するとこちらの匂いが漏れなくなる代わりに自身は一切の嗅覚を失うらしい。
つまり、匂い消しの魔法も成功だ。
これによって出来ることがある。
俺は眼の前に転がっている巨大な岩の塊に狙いを付けると、大きく腕を振りかぶった。
「はぁあっ!」
体重を乗せて、今の自分にできる渾身の拳を振り下ろすと、鈍い音とともに激痛が走った。
「うああっ、痛い・・・・・・」
思わず拳を抑えると、抑えた掌から血が垂れてきた。
痛い。物凄く痛い。
骨にヒビが入ったかもしれない。
俺は今、素手で岩を破壊できないかと試してみたのだ。
もしかしたら腕力が元の自分と比べてはるかに向上しているのではないかと思ったからだ。
筋肉こそなくなっているが、魔法の力などでカバーすればパワーは上がっているかもしれない。
そう思って杖を使った時と同じように拳に魔力を込めるイメージをしてみたが、結果は見ての通り。
俺の拳の方が破壊されてしまった。
やはり体に魔術回路というものがなければ、魔法を使うことはできないようだ。
だが、最悪の事態は防げた。
俺はこの結果を見越して既に匂い消しの魔法を発動させているため、血の匂いが周囲に漏れることはない。
周囲の魔物に感づかれて襲われる心配はないので、俺はいくらでも血を流していいのだ。
俺は左手で杖を拾うと、次に試す魔法を頭で念じた。
血だらけの傷口に先端を向けてみると、みるみるうちに傷は消えていった。
「すごい・・・!本当に治ってる!」
俺が使ったのは、治癒魔法。
この間怪我したときはミアさんが治してくれたが、自分の怪我は自分で治せる方がいいに決まっている。
治癒が終わって試しに指を広げてみたりしたが、右手は問題なく動かせる。
痺れるような痛覚はまだ残っていたが、機能は完全に回復しているようだ。
一体どういう技術なのか。
今見た感じだと、治るときに傷口から流れた血が戻っていく様子はなかった。
ということは、体を元の健康な状態に戻しているのではなく、自然治癒の速度を早めているのか。
だとすれば、神経や腱など自然治癒しにくいものに対してはこの魔法は効果が薄いのかもしれない。
例えば、指を切り落とすとか。
そういったものの治療はできないのではないだろうか。
試してみたい気持ちは山々だが、そんなことをする勇気はないし本当に治らなかった時は取り返しがつかないため流石に実行しない。
「これが治癒魔法・・・・・・。」
数日前まででは起こり得なかったこと。
この魔法を使っているシーンなどをSNSに乗せれば、きっと大バズリしたに違いない。
「これが魔法・・・魔法か!」
俺は久々に心が踊る感覚を覚えていた。
こうして1つずつ自分にできることを確かめていく時間は、何だか幼少期の冒険に戻ったような気がして楽しい。
こんな年甲斐もなくはしゃいでいるところをスズランの皆に見られでもしたら、俺は明日から合わせる顔がないだろう。
俺は今一度周囲を見渡し、近くに誰もいないことを確認した。
ミアさんから受けた説明を思い出す。
持たされた杖に備わっている魔法は、治癒、匂い消し、圧縮、魔銃、翻訳、そして使い魔の魔法。
杖に刻まれている魔術回路は一つだけだが、頭の中で念じると6種類の魔法を使い別けることができる。
俺はまだ試していなかった6種類目の魔法を試してみることにした。
初めて試すのは、魔物を召喚し使役する魔法。
杖の模様に指を載せて念じてみると、恐竜ともトカゲとも似つかない謎の生き物が目の前に現れた。
「かっこいい・・・・・・」
こんなの博物館でしか見たことない。
俺は初めての魔法の連続で、胸のときめきがクライマックスを迎えていた。
ミアさんによると、使い魔にはあらゆる命令が下せるらしい。
たとえば、道を塞ぐ瓦礫をどかせだとか、主人を守れだとか。
実際にこの間、ミアさんは巨大な鷹の使い魔を使役して魔物と戦っていた。
早速、俺は最初の命令を下すことにした。
「俺を、殺せ」
魔物は、牙を向いて飛びかかってきた。




