10.裏クエスト
「あの・・・素人質問で恐縮なんですけど・・・・・・」
俺は地図の右下に記されている方位記号を指さした。
「西ってどっちでしたっけ・・・・・・」
「左の方だ。そんなにかしこまらなくてもいい。この方位記号も、お前のいた世界じゃ存在しなかったものだろうからな。俺達の常識を知らなくても無理はない。」
「そ、そうですね・・・ハハ・・・・・・」
無知な俺に優しく教えてくれたフランクさんだったが、これは前世では当たり前に存在するどころか小学校で習う知識だ。
おかしいのはいつまで経っても西と東の向きを正しく覚えられない俺の方。
丁寧なフォローが手痛く心に刺さってくる。
フランクさんは俺にもわかるよう現地と地図を照らし合わせながら説明を続けた。
「今俺達がいるのはドレーク湾の辺境だ。昨日まで俺達がいた麓はガッツリ海岸部エリアの中だったからな。そこから内陸部のラグジャラス山まで最短距離で向かうと、道中でアンデッドの捜索網に引っかかる可能性が高い。それを避けるためにできる限りデカい道を避けて海沿いを迂回して来たんだ。ここを真っ直ぐ歩くと海岸が見える。まあ崖だからあまり近づかない方がいいがな。」
フランクさんが指さした方向から足音が聞こえると、アリシアさんとミアさんの二人が茂みから姿を現した。
「あ、こら!何勝手に触ってるんだ!」
アリシアさんは俺を視界に入れると、抱えていたものを放り出して駆け寄ってきた。
宙に投げ出された袋は地面に落ちる前にミアさんにキャッチされる。
「何してくれてるんだ全く!」
俺の取り出した荷物を鞄に戻し始めたことで、それらが全てアリシアさんのものだったのだと気づいた。
「あっごめんなさい!てっきりフランクさんのものかと・・・・・・」
怒りを表す言葉とは裏腹にそこまで気にしていなかったのか、アリシアさんは俺から目を離してフランクさんに向き直った。
「聞いてくれフランク!さっきラティーナから連絡があったんだ。私たちが裏クエストで狙われてるんだと」
「デッドオアアライブか?」
彼女が頷くと、フランクさんはわかっていたと言いたげに頭を抱えた。
裏クエストという初めて聞く言葉の意味が気になったが、俺は皆の会話に入れなかった。
『クエスト』は広義的に仕事を意味する言葉。
それに『裏』が付くとなると、あまり表沙汰にはできないような稼業ということだろうか。
裏クエストの話をしていると、2人に少し遅れてヤリスさんが崖の方から戻って来た。
「ただいまー。すまん!何も取れなかった!何の話してるんだ?」
「喜べヤリス。私達はついに裏クエストにデビューを果たしたぞ!」
知識のない俺でも明らかにわかる悪い話を、記念すべき初体験だと言い回す。
「はあ!?なんだよそれ!?」
「内容は、閻魔を除くスズランのメンバーの無力化。生死は問わない。かけられた懸賞金は一人当たり金貨100枚よ。アンデッドが根回しをしたみたいね」
「他にも閻魔の現在地を通報しただけで金貨10枚なんてものもあるらしいぞ。今頃海岸部はハイエナ共の巣窟だ」
「なりふり構わねえみたいだな奴ら。もし閻魔に何かあったらどうするつもりだってんだ。」
「それだけ向こうも余裕がないってことでしょうね」
そんな暗い話が飛び交う中、突然アリシアさんが笑い出す。
「ムフ、フフフ」
「なんだよアリシア。また何か企んでいやがるのか?」
「そんなんじゃないさ。ただ、あの天下最強のアンデット様様を私達の手で振り回してるって考えると面白くないか?あいつらの地団駄踏んでる様子が簡単に想像できる」
アンデッドが怒り狂うという全く笑えない状況を想像し、ヤリスさんは俺の方へ苦虫を噛み潰したような顔を向けてきた。
「やっぱりヒイラギが持ってた紙でアンデッドを脅せば良かったんじゃ・・・・・・」
「いいや。脅しじゃ弱いぞ。奴らは交渉に応じずとも、俺達を皆殺しにすれば閻魔にかかった洗脳魔法も解けクエストに関する情報も奪還できると考える。あいつらならまずそうする。」
フランクさんがヤリスさんに正論を並べている中、俺はヤリスさんの"脅し"という言葉を聞いて一つの案を思いついた。
「あの・・・・・・」
「なんだ?」
「脅すんだったら、俺を人質にとればもっと確実なんじゃありませんか?下手に攻撃してきたら閻魔を殺すぞって言っておけば・・・・・・」
いきなら俺が話の腰を折ったことで皆の会話がストップする。
「確かに。幸い彼らはあなたのことを洗脳されていると解釈してくれている。私達4人のうち誰が魔法をかけたかわからない以上、誰か一人を狙ってくることもできず、私達があなたと行動をともにすれば広範囲攻撃で全員を吹き飛ばすことも敵わない。」
そうだ。閻魔がどれだけの力があろうとも、制御下にあるなら命令して自殺させることもできるはず。
紙切れなんかよりよっぽど役に立つ手札だ。
「私は嫌だぞ。みんなでくっついて生活なんて極寒地のペンギンじゃあるまいし」
「お前は黙ってろ」
「いや・・・そんなことをすれば完全に奴らをブチ切れさせることになる。さすがに控えた方がいい」
アンデッドは俺を奪還するのに必死になっているとのことだったが、まだ底を見せているわけではないということか。
とはいえ、打つ手なしの大ピンチに陥った場合に切り札として使うのはありだろう。
俺がスズランの役に立てるとすればそのくらいのものか。
~キャラ紹介~
〇柊レイジ
本作主人公。前世で死んだら『閻魔』というチートキャラに転生した。黒髪に赤目の少年。引っ込み思案で臆病。自意識過剰すぎて五感が鋭い。自由が好き。人生に絶望している。
●海岸部ギルド冒険者パーティー1381番『スズラン』
〇アリシア・ワルツ
本作メインヒロイン。猟銃を背負った赤髪の少女。好奇心旺盛。破天荒で遠慮のない言動。自由人。イタズラ好き。好戦的。
〇フランク・バースタイン
鋼鉄の盾で武装する大男。責任感の強い常識人。『スズラン』の隊長。
〇ヤリス・カイザー
長剣で武装する少年。ビビりの常識人。
〇ミア・クラウゼ
杖を大量に持つ少女。寡黙でマイペース。




