第70話 震撼
仁義なき世界と言われる、アルフランド大陸中央に突如誕生した、精霊領域を含む超大国、ポートランド連邦共和国の誕生は、魔界の勢力、そして神界の勢力を震撼させる出来事だった。
神界のある勢力は、今まで救済されなかった世界に、救済の芽が出てきたことに歓喜に沸き立ち、ある勢力は嫉妬し、そして元大魔王として現在神の職に就いている者たちは、満足げな笑みを浮かべる。
一方、王国は大混乱に陥った。
自分たちを救済していた筈の勇者たち一行が樹立させた、超大国の存在。
女王であるアレクシアのもとに、共和国への軍事攻撃は取りやめるよう、騎士団長たちが具申するが、アレクシアは、面倒くさそうに懐からピストルを取り出し、抗議を行った騎士団長の頭を木っ端みじんに吹き飛ばした。
そしてアレクシアのもとに、ロイヤルガード隊長より報告がもたらされる。
「報告します! 勇者マサヨシの極悪組と呼ばれる一団を乗せた、飛空艇が王国領に向けて進行中! あちらからの通信では、女王陛下への面会を申し出ている模様ですが、いかがしましょうか?」
ロイヤルガード隊長からの報告に、アレクシアは笑顔で微笑む。
「歓迎の準備をなさってください。私が対応しましょう」
「は!」
ロイヤルガード隊が王の間から退室すると、アレクシアは呟いた。
「ああ、やっとこの日が来たんですね。この日をどれだけ待ったことか。マサヨシの兄貴……」
アレクシアの意識は、魂の奥底に押し込められ、その主導権は極悪組7代目、滝沢康の魂が掌握していた。
一方、魔界の勢力である魔王軍総司令部にも激震が走る。
まずい、まずい、まずい。
サタン王国魔王軍総司令官元帥、アスモデウスは思いながら、自室にて頭を抱える。
魔王軍総司令部は完成し、氷の大陸にて勇者を迎え撃つ準備も完了していた。
「勇者め、我々の想像をはるかに超えている。まさか、精霊界をも味方につけ、人間共の超大国を樹立させるなんて。これでは我々とあの世界の人間の戦争というよりも、魔界と精霊界の戦争になってしまうではないか!」
すると、魔法の水晶玉に着信が入った。
ああ、きっと官僚達からのお怒りの通信だ。
やだなあ、あの人、私苦手……。
アスモデウスは思いながら、通信をつなぐ。
「アスモデウス元帥閣下! もしも精霊界が魔界と戦争になった場合、戦費どころかサタン王国の財政も破綻いたします! どうするんですか? ただでさえベルゼバブ宰相閣下も不在の中、国家予算かつかつなのに!」
サタン王国の財務担当にして、100年前の魔王軍大元帥にして故人バエルの妻である、アスタロト財務長官は、魔王軍の予算計上に激怒し、ヒステリックに叫びをあげる。
「しょうがないではないですか、アスタロト財務長官。我が魔王軍は再編中につき、新たな予算計上もできないとなれば、いっそ赤字国債と共に、戦時国債を発行すればよいではないですか?」
「誰が発行するのですか! 誰が! 財務省は軍部の尻拭いの為にあるのではありません! だいたい、ルシファー陛下も不在の中、陛下の決済もおりないし、軍には使途不明金が多すぎるし、一体魔王軍地上攻撃隊は何をやっているのです! 早急に予算計上の修正を求めます! ああ、もう休暇取りたい……それでは!」
アスモデウスは、軍服の指ポケットからマサヨシの小指を取り出す。
そしてベットに横たわり軍服越しから、自身の体を小指で弄び始める。
すでにこれは、アスモデウスのストレス解消の日課となってしまった。
魔王ルシファーも魔界の諸王たちもろとも不在の中、あの勇者からの衝撃の発言。
勇者がもう一人いる。
「あぁ、くそ! 勇者がもう一人とはどういうことだ! あの勇者マサヨシと閻魔大王だけでも厄介なのに、知恵と戦いの女神アテネと、勇者ガイウスだと! これも、あの残虐勇者の策略なのだろうか?」
アスモデウスは、自身の下半身にマサヨシの指を這わせて思案する。
魔王ルシファーが最も恐れ、100年前の魔王軍が壊滅した神の奇跡。
その神の奇跡を引き起こした、張本人の女神アテネ。
そして勇者が二人になったという事は、脅威も倍増し、魔王軍には非常にまずい状況。
大陸東側と、大陸中央が二人の勇者によって、支配されている状態。
戦うには大陸西の王国と、南の大陸の魔王軍で、共和国連邦を挟撃する必要がある。
しかし、マサヨシの仲間が樹立した国家と戦争すると、閻魔大王どころか精霊界も敵に回す。
これでは、魔界が神界に滅茶苦茶にされた、地球を舞台に行われた伝説の大戦の再現となる。
今度こそ魔界は、修復不能な大損害を受ける可能性は極めて高い。
「ベリアルは、何をしているのか。早くあの残虐勇者を何とかしないと、我々は滅ぼされる」
すでに、ベリアル親衛団は総司令部入りしており、あとは総監のベリアルを待つだけとなっている。
ベリアル親衛団、マーラー不死隊を凌ぐとも言われる、サタン王国最強の近衛師団。
所属する悪魔一人一人の戦闘能力が、将官レベルの化け物集団で、総監のベリアルは大魔王の実力に最も近いとも噂される、魔界でも最強クラスの戦闘能力を持つ化け物の中の化け物。
「くそ、勇者め! 勇者め! あぁ……んん」
アスモデウスが、マサヨシの姿を想像し、物思いに耽っていると大音響と衝撃とともに、魔王軍総指令本部の城壁が、大爆発を起こした。
「な!?」
ベッドから、アスモデウスは飛び起きる!
そして、基地から大音響で警報のサイレンが響き渡った。
「敵襲! 敵襲!」
アスモデウスの獣騎軍が、対勇者用の完全装備で、基地の廊下を走り回る。
もしや勇者!?
アスモデウスも、部隊指揮所に小走りで向かう。
魔王軍将官たちも集結し、アスモデウスの指揮を待っていた。
「状況は!?」
アスモデウスが、情報将校に尋ねる。
「ハッ! 人間共が攻めてきました! 偵察部隊によると、多数の飛空艇団で、おおよそ1万弱。魔法攻撃を中心とした攻勢に出ている模様!」
「了解した、全軍に告ぐ! 航空獣騎軍は完全装備で人間共を迎え撃て! 敵の威力偵察の可能性もあるゆえ、身の危険を感じた時以外は、自身のスキルと奥の手を使うのは禁じる! 地上攻撃隊は、基地の対空防御用兵器で攻撃せよ! この寒さだ、人間共も長くは持つまい! 行け、魔王軍の恐ろしさを人間共に思い知らせるのだ!」
まさか、あの残虐勇者が大挙して攻めてきた?
それとも、もう一人の勇者?
アスモデウスは、軍の指揮官として敵対勢力を考察する。
「敵勢力判明! 攻撃部隊は、人間の共和国勢力! 飛空艇団に軍旗のマーク発見!」
「な!? あの残虐勇者か! やつはまずい! 私が出る!」
アスモデウスは、透明化魔法で戦場に赴いた。
一方、一通り空爆を終えた勇者ガイウスはため息を吐く。
そして、皇国軍の将官に命令を下した。
「我が艦は、急ぎ本国へ帰投する。残りの勢力も、地上部隊を降下させ、適度に戦闘をさせよ」
「了解、地上部隊降下せよ」
共和国軍の軍服に身を包んだ、皇国の兵士が極寒の皆民の大陸に降下した。
「ふっふっふ、冥界の罪人め、貴様の策には乗らんぞ! ガイウス、お前の作戦通り共和国軍の軍服を着させた、兵士達を降下させ、まずは魔王軍の対応を見てみようではないか?」
女神アテネが言うように、彼らは共和国軍人に成りすました捨て駒。
ガイウスのカリスマ性に魅了された、元皇国の兵士たちである。
人口過多に陥っている、皇国の口減らしの意味合いもある、非情な作戦だった。
そして、今回の攻撃をマサヨシに擦り付けるための策。
ガイウスは、もう一人の勇者、冥界の罪人であるマサヨシを思い出す。
恐ろしく弁が立ち、自分を野蛮人だと罵った無礼者だが、不思議な男。
――あの男、おそらくは地球出身か? 私の時代には見たことのない、東方にいると言われた黒い髪の色と黒い瞳の薄い黄色い肌をした蛮族? いや、蛮族ではない、身に着けている衣装には品がある。奴はおそらく私と同類で、歴戦の男であり帥の経験もあるやも知れぬ。この女神、奴を冥界の罪人と侮っているが、とんでもない話だ。議会選挙に打ち勝ち、独裁官を生み出すなど、並大抵の政治力ではない。
「ふっ、どうしたガイウスよ? あの冥界の勇者が気になるのか?」
「ふむ、私は幾度も転生と転移を繰り返し、数多の世界を戦乱から救済してきたのだが、やはりあのマサヨシという男はただ者ではない。女神アテネよ、彼の情報が少ない。彼は一体何者か?」
ガイウスは、冥界の神から派遣された罪人の男としか聞いていなかった。
しかし、人類史には英雄から一転、罪人に堕とされた人間などごまんといる。
そして、歴戦の英雄であったガイウスの勘は、告げている。
あの男は、敵に回すと恐ろしく厄介で危険な男であると。
「ふむ、あやつは地球の日本という国の暴力団出身と聞いている。犯罪組織出身の罪人のクズだ」
犯罪組織出身?
無頼の徒の出身ならば、あの言葉遣いはわかるが、それにしては。
「日本という国と、その暴力団の情報を詳しく聞かせてほしい」
「日本という国は、文明と文化と民度が発達した、神々を多く輩出するエリート国家だ。暴力団とはヤクザと呼ばれる組織で、奴はその中でも世界最悪最高の犯罪組織と呼ばれ、数多の犯罪を引き起こしてきた、極悪組と呼ばれる総数が数万にも及ぶ、組織の首領だった男らしい」
どうしてその情報を早めに寄こさないのか!
一国の王にも匹敵する、恐ろしい男だ。
勇者ガイウスは、マサヨシを所詮人間の罪人と侮る女神アテネに内心憤慨した。
そして、想像以上に厄介な男であるとガイウスは内心、震撼する。
――ヤクザという組織はわからんが、数万の無頼の徒をまとめ上げるとは、間違いなく政治能力に長けた王と同類に間違いない。それに、神々を多く輩出する、文明と文化と民度が発達したエリート国家だと? まるで私が最初の人生を送った故郷と同等かそれ以上ではないか! 間違いなく、奴は高い教育を施され、それを悪用して犯罪組織の王になった恐ろしい男だ。
「ヤクザという組織について詳しく教えてほしい、どんな規模でどのような事をしてるのか?」
「ふむ、奴の世界では世界最強の軍事力を持つアメリカ合衆国がマークし、日本も指定暴力団として潰しにかかるも、鉄の掟で生き残ってきたとあるな。主な収入源は賭博や経済活動、人身売買のほか、武器や武術を駆使した殺人なども、奴は行っていたようだ。世界が奴の組織の影響力を受けていたとある」
――ああ、それは最悪の情報だよ、女神よ。世界最大の軍事力を持つ国がマークしたうえで、彼の祖国も廃絶しようとしたのに生き残る犯罪組織など、私の時代では聞いたことが無い。ましてや、全世界に影響力を持っていたなど馬鹿げた話だ。できれば、彼は味方につけたほうがよかった。
「どうした、ガイウスよ? 冷や汗をかいているようだが、お前は人類史にも名を残し、数多の世界を救ってきた歴戦の勇者だ。神の座に最も近い貴様が、何を恐れることがあるのだ?」
ガイウスは、人間を道具としか思っていない神々を内心侮蔑していた。
そして、幾多の世界を経験し、救済してもいずれは滅びに向かう、人の世の愚かさにも飽き飽きしており、彼の心の中にあるのは、自身の自尊心と言い知れぬ虚無感であった。
また、この世界の情報も事前に確認したが、最悪と言わざるを得ない。
世界が一度滅びかけても悔い改める人間もいなければ、各国や各勢力でいがみ合い、自滅の一途をたどる、救いもない世界。
魔界の侵攻が無くても、この世界はきっと滅びていただろう。
こんな世界を救って何になるのか?
この女神の自尊心を満たすだけではないのかと、ガイウスは思考を巡らす。
「ふっふっふ、見ていろよ冥界の閻魔大王め。元大魔王の神々に仇なしたお前など、誰が同じ神と認めるものか」
大魔王という単語を、ガイウスは聞き逃さなかった。
「女神アテネよ、大魔王とは何だ? 私は、魔界討伐は初めてなので、よくはわからないが、我々が戦うべき相手は魔王軍ではなかったのか?」
「ふん! 今思い出しても忌々しい。大魔王とは、魔王を遥かに超える力を持つ魔界の大王。やつは、神々が結局打ち倒せず、冥界に地獄を管理させる神としての待遇で招きいれたのだ。そしてやつが、この世界にあの冥界の罪人を勇者として送り込んだのだ。妹の女神にサポートさせて」
ガイウスは、絶望した。
この女神、もしやとは思ったが神々でも勝てなかった、その元魔界の大王と勇者を、貶めるためだけにこの私を呼んだのかと。
そんな事をすれば、元大魔王とやらに私は復讐され、地獄に堕とされる。
英雄としての経歴は抹消されてしまうだろうと、ガイウスは考えた。
そして、彼のよりどころの自尊心は音を立てて崩れ去った。
「女神よ、今まで聞いたことが無かった愚問だが、もしも私が故意か過失により、君の命を奪ってしまった場合はどうなる?」
「神である私が完全に死ぬことはないが、もしも私に貴様が危害を与えようものなら、魂は魔に取り込まれ、貴様ほどの力であるならば、恐ろしい魔王となるだろう」
――ふむ、それは良いことを聞いたな。
ガイウスは陰謀を企てようとしていた。
英雄としての自分を愚弄した、神界とこの女神に対して。
そして、幾多の世界で自分が救済しても、結局は滅びをむかえる人類にも。
「なるほど、それは気を付けることにしよう、おっと」
ガイウスは、自身の剣でアテネを切り付け、飛空艇から氷の大陸へ突き落とした。
「え? なぜ、ガイウス……」
驚愕の表情を浮かべながら、女神アテネは高空から地表へ落下していく。
そして地上を覆う吹雪で、その姿は見えなくなった。
この世界に新たな脅威である、魔界にも属さない元英雄にして、元勇者、魔王ガイウスが誕生した瞬間だった。
後に、この新たな邪悪な魔王の誕生に、全ての世界は震撼することとなる。
そりゃあ怒りますよね
というわけで、ラスボス候補の一人が出ました




