第23話 交渉事
オークデーモンはマサヨシに言った。
ここに魔王軍総司令官、獣騎軍アスモデウスがやってくる。
マサヨシはオークデーモンから得た、獣騎軍アスモデウスの情報を思い出し、転生前に半世紀以上生きてきた修羅の世界、ヤクザとしての思考で考察する。
「豚野郎の獣騎軍のトップ、ポンコツそうだが、部下思いって言ってやがったな」
マサヨシは独言ちて、思考をフル回転させる。
転生前の清水正義は、本来巨大組織の上に立つほどの力量や器量がなく、人として小物だった。
人並み外れて優れていたのは、天性の博才と、若い頃の容姿、男としての強烈な意地と自尊心と気迫、そして一般社会で役にも立たないような腕っ節だけである。
しかし、彼が若い時に見た任侠映画の影響で、自分もそうあれと望んだ自尊心から来る男気と、天性の博才により、強大なカリスマ性が生まれ、それに惹かれた優秀な者達により組織のトップに立てたのだ。
本来彼のような人物は、多くても30人以下の少数精鋭で運営する一本独鈷の組織に向いていた。
そして清水正義の男気とカリスマ性で、大組織にもニラミが効くような尖った集団、極道社会に清水正義ここにありといった、大組織特有のしがらみがなく自由に活動できる、一般社会で言うと中小企業経営者的な組織運営に向いていた。
だが清水正義をはるかに超える力量と手腕を持つ、滝沢康などの優秀な子分衆達が目立ったのと、極道社会からそのような子分を持つ清水正義が、時代の寵児として持てはやされたため、本来の力量以上の座布団を上げてしまった。
そして老いていくうちに、任侠や仁義に惹かれた初心を忘れ、女々しい面子と金と快楽しか望まなくなった結果、自身のカリスマ性を失う。
その後、子分達が次々離れていき、彼を最後まで最も愛していた、彼も認める最も優秀な子分の滝沢康の手で命を落とした哀れな男だった。
一方、転生したマサヨシは、自身の任侠道への憧れを取り戻し、人間としての魅力とカリスマ性を、徐々に取り戻しつつあった。
だが思考は小物である。
そして小物であるがゆえに、転生前の彼は、ヤクザ という修羅の世界で生き残るため、そして失敗を極度に恐れるために、何よりも自尊心が満たされる勝利のために、知恵を絞り、機転を利かせ、自己の向上と鍛錬にも余念がなかった。
その彼が出した結論が、ケジメの三文字。
自分がする側ではなく、されるケジメ。
彼が感じた魔力は、転生後に今まで感じたことがないような、強大で恐ろしい程の魔力。
今まで対峙した悪魔達とは、次元が違う大悪魔、アスモデウスの魔力であった。
そこから導き出された答えは、部下をやられて怒り狂ったアスモデウスの、復讐のケジメ。
ここにいる全員が皆殺しにされる可能性。
「ヤミー、村人連れて逃げろ!」
マサヨシはヤミーと村人を逃がそうとする。
自分だけ、格好つけた末に死ぬなら別に良いが、連れのヤミーや、せっかく助けた村人達が皆殺しになる恐れがある。
これでは弱い者を守ると決めた、マサヨシの男としての面目が立たず、何より自尊心の塊である彼の格好がつかない。
「お主は?」
ヤミーは心配そうにマサヨシの方を見る。
「時間稼ぎでもするさ」
マサヨシは逆にヤミーに笑いながら言った。
なぜ、この男はこの状況で笑いが出るのかとヤミーは考える。
自分だって、内心恐ろしくてたまらない筈なのに、なぜこの人間は笑っているのだと。
しかし、彼が幾度も自分を守るために、傷だらけになりながら戦って勝利してきたことを思い出す。
彼女にとってマサヨシは、人の道から外れた外道の罪人の一人に過ぎなかった。
神の自分に物怖じもせず、敬いもせず、短絡的で口が悪く、下劣な自惚れ屋の人間の罪人。
しかし、兄以外で初めて出来た、自分の身を案じ、本気で向き合ってくれる信頼できる男。
彼女は神界でも冥界でも孤独だった。
自分勝手でいいかげんな事をしても、その身を案じて叱ってくれる男は、肉親の兄だけだった。
「頼むぜ神様」
マサヨシが言うと、村人達の方向にヤミーは小走りで向かっていく。
そして自分が頼りにされ、何かを託されるのも、兄とこの男だけだった。
マサヨシとヤミーは、人心が荒廃するこの仁義なき異世界で、皮肉にもこの世界で失われつつある、信頼という情で結ばれていた。
そしてヤミーには、自分でもそれが何なのかは言い表せないような、他人には感じなかった不思議な情も、マサヨシに芽生え始めていた。
「さあて、どうしたもんかねえ」
マサヨシは魔力がする方角を睨みつける。
――ジタバタしてもしょうがねえな。
マサヨシは、むしろこれからやってくる、アスモデウスに興味を持っていた。
そして、いかにして相手の隙を突き、自分の有利な状況を作り出し、勝利するかに興味が移る。
今のマサヨシは、どんな強い相手だろうと、常に勝利の可能性を望み、どのようにして相手を挫くか、若い頃の清水正義のように、意地の塊のような男となっていた。
待つ事5分、デーバ町の方角から巨大な魔力の持ち主がここに到着したのを、マサヨシは感じた。
――こいつ来るのはや!
デーバ町からロンド村まで、馬車で夜通し移動していたマサヨシは、相手との力量の差に馬鹿らしくなりながら思った。
だがその圧倒的な力の持ち主は、一向に姿をマサヨシの前に姿を見せない。
一方アスモデウスは、獣騎軍配下のオークデーモンの悲鳴のような通信魔法を受けて、空を風魔法で高速移動した後、不可視化の魔法を使い、閻魔大王から送り込まれた勇者を目にする。
100年前、この世界に来た勇者との戦いに彼女は参戦しておらず、軍の士官学校で後方勤務であったため、勇者をこの目にするのは初めてだった。
また、魔界の大魔王とまで言われた、閻魔大王の姿は周囲にないが、もしかしたらすでに自分は、閻魔大王の死地に足を踏み入れてしまった可能性があると、アスモデウスは恐怖する。
しかし、自身の獣騎軍配下の部下の命がかかっている以上、引くわけにはいかないと彼女は決意した。
彼女は勇者の姿を見つめる。
肩に担ぎ上げるように木刀を右手に持った、年齢10代くらいの、魔族で長命なアスモデウスから見れば取るに足らない筈の存在のはずだった。
アスモデウスは、マサヨシのあまりの美丈夫に、一瞬で血圧が上昇し、鼻血が流れそうになる。
男性経験がない彼女が、今まで何度も寝る前に想像し、恋焦がれた、理想の悪魔のような姿の美少年が立っていた。
自身の主君である、ルシファーを思い起こさせるような、漆黒の美しい長髪。
やや鼻は低いが、意志が強く野性味がありそうな三白眼の形の良い目と、主君と同様の漆黒の瞳。
薄いが形が整った唇には、先程戦闘が行われていたのか、薄っすらと口紅のように血が滲んでいる。
上半身は、戦うために生まれてきたような、雄々しい広背筋、三角筋、上腕二頭筋に、無駄な脂肪が削がれた、彫刻のような美しい大胸筋の下には、綺麗に六つに割れた腹筋。
僧侶用のズボンで、下半身の状態はおおよそでしかわからないが、瞬発力と持久力のバランスが取れた太腿とふくらはぎをしているようで、足の長さも申し分ない。
そして、色白にやや薄い黄金色が浮かぶような、オリエントな雰囲気の肌色をしている
これが勇者、本当に人間の男だろうか?
まるで神界の名だたる英雄神や、魔族の伊達男のような佇まいをアスモデウスは感じた。
この美しい男が、あのような残虐な方法で、軍歴が長く軍人意識が高かった、下士官のシャドーデーモン軍曹の戦意を消失させたのか?
そして、前線基地ブルームーンの破壊に関わっていたのだろうか?
アスモデウスは思いながら、徐々にマサヨシに近づき、もっと近くでこの男を見たいという女性的な欲求を感じていた。
一方、マサヨシは一向に姿を表さないアスモデウスを訝しむ。
大物ぶってやがるのか?
それとも別の狙いが?
自分を遥かに上回る、強大な力を持つ相手。
その姿が見えないのは、圧倒的に不利な状況。
これでは直接戦闘も出来なければ、相手の容姿や佇まい、そして細かい動作や仕草を観察し、隙をつく事も全く出来ない。
すなわち、一方的に自分が殺される状況。
「司令官さんよお、そこにいるのはわかってんだ。姿を見せたらどうだい?」
マサヨシは状況を打開するため、誰もいない周囲を睨みつけ、語りかける。
アスモデウスが今どこにいるかなどマサヨシは見当がつかないが、ここにいるのは間違いない。
そして自身が、この状況に呑まれて恐怖する事は、相手に付け入る隙を与えてしまう事に他ならないため、ならば自分も大物ぶって、ハッタリを利かそうとマサヨシは思った。
「に、人間め、なぜ私の居場所がわかった」
マサヨシの後方から若い女の声がして、振り返ると周囲の空間が歪むように悪魔が姿を表す。
距離にして2メートル。
黒の軍服に身を包んだ、水牛のような角を生やした女悪魔が背後に立っていた。
食えない悪魔だ、圧倒的な力を持ちながら、この俺を背後から暗殺して命とるつもりだったのかよと、マサヨシは思った。
そしてその悪魔の容姿にマサヨシは驚く。
――やべえ、豚野郎の上官って言ってやがったから、どんだけいかつい化物が来てやがると思ったらよ、この悪魔野郎、いやこの女、激マブじゃねえか。
一瞬、彼の情欲に激しい炎が湧き上がったが、それを一切顔に出さず、マサヨシはアスモデウスを見つめる。
アスモデウスは、形がよくて引き締まった勇者の臀部を凝視していたなどとは言えず、無表情のままマサヨシを見つめた。
「そちらさんが、ルシファーさんの所の、魔王軍総司令官獣騎軍アスモデウスさんで間違い無いんで?」
マサヨシの言葉に、アスモデウスは動揺した。
我々サタン王国の情報がこの世界の人間達に漏れていると。
「いかにもこの私が魔王軍総司令官元帥、アスモデウスである。勇者よ、殺す前にお前の名前を聞いておこうか?」
マサヨシは、アスモデウスの眉がほんのわずかだけ動き、動揺した事を見過ごさなかった。
「アタシの名前はマサヨシと申しやす。それとそちらさん、素性がバレちまってらって顔をなさってるが、せっかくだ」
マサヨシは持っていた木刀で、お互い向かい合っているような、二つの岩がある方向を指した。
「そこに、おあつらえ向きの岩が二個ありますぜ? ちょっとお話でもしましょうか?」
どうせ死ぬなら、この元帥と名乗る激マブ女と、デート気取りで色々話すのも悪くないとマサヨシは考える。
彼は、転生前に一度死んだことで、転生後の死に対して無頓着になっているきらいがあった。
一方のアスモデウスは、この勇者が予想以上に頭がキレると感じた。
おそらく、シャドーデーモンがあれほど無残な姿になったのは、情報を吐かせようとした、勇者の拷問を受けたためだろう。
四肢を切り落とし、壺の中に入れて火あぶりの拷問の後、井戸に放り込み建設資材のような土砂で埋めるという残虐性。
悪魔以上に悪魔らしいやり方で、この男は情報を得たのだ。
そして自分の配下のオークデーモンを餌に誘き寄せ、自分を罠に嵌めて殺す機会を伺っている。
ブルームーンを破壊した閻魔大王の力と、この美しくも残虐な勇者の知力に、アスモデウスは最大限の警戒心を抱く。
「お前と話して、私に何のメリットが私にあるのだ? 冥界の閻魔大王の使徒よ」
素性がバレてるのは、こちらも同様かとマサヨシは思い思考を巡らせる。
「ああそうだ、そちらさんの部下のオークデーモンはまだ生きてましてね、そいつの命と身柄、条件次第では引き渡してやってもいいが、いかがですかい?」
条件?
アスモデウスは思案した。
この勇者は、私を殺すのが目的ではないのかと思ったが、これも罠の可能性がある。
なぜなら、このマサヨシと名乗る男の目が、自分の一挙手一投足を見逃さず、そして狩りの獲物を見るような目付きで見ていると、アスモデウスは思った。
「私の部下が生きているという、証拠がない。お前の事は信用できない」
アスモデウスの言い分は正論だった。
部下の安全が確認できない以上、この男の話を鵜呑みにすることはできない。
すると、マサヨシはにやりと笑みを浮かべる。
「おたくさんは、部下思いで信頼できるとかオークデーモンは言ってたから、条件を呑んでくれると思うんですわ。今あいつは酷いザマだしな」
この男は、私の部下も恐ろしい目に遭わせたのかとアスモデウスは思い、身震いする気持ちでマサヨシを見る。
するとマサヨシはまたニヤリと笑った。
「まあ、そこの岩にでもおかけなすって、そこんところお話ししましょうや」
マサヨシは、これで自分のペースに相手を引き込めたと内心ほくそ笑む。
自分がヤクザの世界に身を置いていた時、幾度も経験した抗争相手との交渉事。
自分と自分の組に不利な条件下でも、数々の交渉を成功してきた実績が自分にはある。
マサヨシはゆっくり歩き出し、風上側の大きい岩に腰掛け、それよりもやや小さな岩を指し示した。
「さあ、アスモデウスさん、おかけなすって」
アスモデウスは、いつの間にかこの勇者のペースに乗せられている事に気がつく。
だが部下の命がかかっている以上、今はおとなしくこの勇者の情報を得ようと考えた。
彼女はマサヨシの言われるまま、岩に腰掛ける。
「私の部下の現在の状況を知りたい」
アスモデウスは早速、自分の部下の安否確認の話題を切り出した。
「ああ、そうですねえ。首ぶった切って、糞まみれの便所の中に落として封印してやった」
「え?」
アスモデウスの思考が硬直する。
この勇者、綺麗な顔で何を言ってるのかと。
しかし、部下がそのような仕打ちにあって黙っていられるアスモデウスではない。
この極悪人の罪を糾弾し、それを大義名分に人間を滅ぼそうと考えた。
「き、貴様は! 私の部下を! 神界との捕虜取り扱い条約をなんと……」
「ガタガタうるせえ! もとはといやあ、てめーらが勝手にこの世界に侵略してきやがったくせに何ぬかしやがる!」
アスモデウスの機先を制するかのように、マサヨシの啖呵が飛ぶ。
相手が思いもつかないような一言をかけ、揚げ足をとり自身の正論をまくし立てる手法。
小賢しい相手が法律論で来るならば、相手の感情を揺さぶる一言で、相手の落ち度をこき下ろして状況を一変させる、マサヨシが転生前に身に着けたヤクザの交渉術である。
「おめーさん達はこの世界から太陽さんを奪ったり、この世界の状況を最低なものにして、散々嫌がらせした挙句、捕虜の取り扱いだ? テメーの部下の状況だあ? 人様を舐めんのもいい加減にしろボケ!」
アスモデウスは、さっきまで余裕たっぷりの、優雅で美しかったマサヨシの表情が一変し、口調が荒くなり表情が憤怒に染まりながらも、獅子のような美しさを損なわないマサヨシの姿に圧倒される。
「そ、それは……」
「なんだ? ちげーとでも言うのかよコラ! だいたいよお、シャドーデーモンとやらは、転生後の俺の故郷の町で、町人もろとも俺の育ての親をぶっ殺した野郎だ! てめーのところのクサレ豚公は、この村の女子供をイジメ抜いて、食料代わりに人間食らって、村の男共を盗賊稼業の畜生に堕としたクソ野郎よ! それのどこにテメーらの正義がある? どこに大義名分が立つんだい! 言ってみろコラぁ!」
矢継ぎ早にまくしたて、相手に反論させないマサヨシの掛け合いのペースになる。
まるでそれは、アスモデウスが知る、サタン王国随一の頭脳、宰相のベルゼバブが王国議会で使う答弁にも似ている。
「そ、それは私も預かり知らぬところで……」
アスモデウスは部下の所業とはいえ、自分の預かり知らぬことで責任を問われるのは不本意に感じ、軍官僚特有の詭弁で自身の責任を回避しようとする。
「てめーはこいつらの総司令官だろうが馬鹿野郎! さっきからのらりくらりかわそうとしやがって、責任者が知らねえですむかこの野郎! 全部テメーらの悪逆非道が招いた因果応報よ! テメーら悪魔は人様の命や人生なんだと思ってんだオラぁ! てめー、責任者として落とし前つけろコラ!」
「え? 落とし前?」
「当たり前だろこの野郎ぉ! てめー何年悪魔やってきてんだ馬鹿野郎! さっきからテメーの話は全然筋が通っていやがらねえ! 俺がこれから言う条件を全部飲め、いいよなあぁ? ああ?」
完全にマサヨシの交渉ペースにさせられているアスモデウスだったが、彼女も軍を預かる身でもあり、やすやすと人間相手のペースに乗るつもりはなかった。
「ならば、勇者よ! お前が閻魔大王と我らが前線基地、ブルームーンを破壊し、我らがサタン王国の宰相にして王国首相、ルシファー様の最側近のベルゼバブ様他、多数の我らが同胞を亡き者にした罪はどう詫びる!」
――なんだ、もうバレちまってたのか?
マヌケと思っていた悪魔を少し舐めていたなとマサヨシは思った。
だが一方で、軍団長クラスどころか、相手側の参謀本部と最高幹部の命、極道で言う執行部と若頭クラス、世間一般で言う所の主要官僚と内閣総理大臣クラスの命が取れたのは、かなり大きい成果だとマサヨシは内心ほくそ笑む。
「おお、そうかい? あの件だがなあ、ありゃあ事故だ、事故」
「事故だとお……!」
仮に事故だったとしても、あのような大惨事、許せるわけがない。
アスモデウスはそのことについて糾弾しようと立ち上がろうとする。
しかし、それもマサヨシが機先を制し、逆に糾弾する。
「そうよ、俺が閻魔さんと教会でじゃれ合ってるとき、テメーの所のマヌケ野郎のシャドーデーモンの影が揺らめきやがって、身を守るためにそいつを狙おうとしたら、あのマヌケすばしっこく動くもんだから、間違って前線基地とやらに攻撃が当たっちまったんだよ!」
もちろん、マサヨシのその場しのぎの噓八百である。
そして当事者のヤミーの名前を出すことは一切しない。
マサヨシは、今まで自分の組織の親兄弟の情報を、敵対組織へ情報を流したことがないという自負と自尊心のため、そして異世界の旅で、義理と情が沸いているヤミーに対する咄嗟の庇い立てであった。
だがしかし、その現場でシャドーデーモンが教会に潜んで、前線基地への発砲を目撃していたのは紛れもない事実。
そしてアスモデウスも、シャドーデーモンがその攻撃の際に、情報収取目的で潜んでいたことは残存魔力で確認していた事実であり、当事者のシャドーデーモンが発狂した今となっては、確認が取れようもない。
「そんな、それではまるで我々の過失では!」
「だぁかぁら、そう言ってんだろうがゴラァ! テメーらの自業自得だってなあ? そんでこの世界でやった数々の非道と、俺への仕打ちどうすんだよこの始末よお! おめーさんがつけてくれんだろうな? 総司令官さんよお!」
「人間風情が調子に乗るな! 我が獣騎軍の全軍をもって滅ぼすぞ人間共!」
アスモデウスは答えに窮し、自身の軍団でこの世界の人類の一切合切の絶滅を宣言する。
しかし、マサヨシは引かない。
一割でも勝利の可能性が残っているのならば、一切引くつもりはない。
「ああそうかい、やってみろコラァ! テメーの全軍とやらが揃った時点で、閻魔大王様の攻撃と俺の超絶必殺技で全部木っ端みじんにしてやっからよお!」
「ぬぐ……!」
答えに詰まったアスモデウスにさらに畳みかける。
マサヨシは、今回の交渉事の勝機がここにあると見出した。
「オラ、今すぐやってみろよゴラァ! さっさと喧嘩しようぜ馬鹿野郎!」
自身が一番恐れていた事態になると、アスモデウスは危惧する。
アスモデウスがルシファーから受けていた命令は、勇者との戦闘ではなく情報収集と、100年前の人間側の救世主が起こした、神の奇跡の再発防止である。
これではアスモデウス自身のみならず、この勇者と伝説の大魔王と言われた閻魔大王の攻撃により、魔王軍全滅のおそれがあり、彼女がとれる責任の範疇を超えている。
「おら、やってみろっつってんだよ、ビビッてんじぇねえぞコラァ! それとも何か? 今の無しって吐いた唾飲むのか馬鹿野郎!」
もう自分の一存では決められないとアスモデウスは判断した。
だが、転移装置を持ったブルームーンはすでにない。
「勇者よ、貴様の宣戦布告は、一度本国に持ち帰ってルシファー様に判断を仰ぐ事に……」
「なんだとこの野郎! じゃあ今すぐテメーの親分出せ馬鹿野郎!」
「クッ」
マサヨシは、この絶好の好機を逃がすつもりはなかった。
アスモデウスの眉を上げる仕草や、手先の落ち着きのなさから、彼女は自分の親分との連絡手段を持っていないと判断した。
そして長い沈黙の間があった。
マサヨシは気合と気迫のこもった眼差しでアスモデウスを睨みつける。
「……のむ」
アスモデウスは消え入りそうな声で、マサヨシに告げた。
「聞こえねえよ! 何をのむんだこの野郎!」
「軍司令官として、お前の条件をのむ。勇者マサヨシよ」
マサヨシの交渉の勝利の瞬間だった。
「最初からそう言えばいいんだよ馬鹿野郎、じゃあ今から告げる条件のめや」
マサヨシが出した条件は、人類側と魔王軍の一時停戦協定だった。
現時点でのマサヨシの力では、このアスモデウスはおろか、他の上級将校の悪魔にも勝てないと判断した事と、内乱と足の引っ張り合いが続く、この世界の人類が一丸となって戦えるまでの時間稼ぎである。
この一時停戦という条件に、アスモデウスはしぶしぶ応じる。
停戦協定はマサヨシが無期限と案を出したのに対し、アスモデウスは自分の判断では決めかねるので、本国に打診し、国王であるルシファーに申し立てたうえで、改めて人類側に通達するという手筈になった。
それまでの間、魔王軍地上攻撃隊は無期限の停戦と相成り、マサヨシはその隙に、少なくともこの王国内の人類側のガン細胞のような、悪の王侯貴族勢力を革命で打ち倒そうと、ひそかに決意する。
自身か、もしくは自身の認める人類側の強い指導者がいなければ、マサヨシは100年前の救世主、長髪で髭の先輩の様に、人類側から逆さ磔に合うと危惧したためでもあった。
そしてもう一つの条件は、彼の下心ありありの下劣な条件。
そう、彼の思考は小物である。
「じゃあ最後におめーさん、魔王軍が負けたら契約して俺の女になれ。おめーさんのような激マブの女をぶち殺すのは、俺の男の矜持に反するし、何より惜しい」
ニヤリと口角を吊り上げて、マサヨシが告げる。
アスモデウスはその言葉に、一瞬顔が硬直してまばたきを繰り返す。
そしてマサヨシの顔と、半裸を見て顔が紅潮した。
「に、人間風情がこのアスモデウスに向かって無礼な……」
「おめーさん今、まんざらでもねえ顔しやがったなあ? 俺はよお、この世界に転生する前はヤクザって言って根っからの博徒なのよ。何か賭けねえと面白くねえだろう?」
「ヤクザ? 何だそれは?」
アスモデウスは、この勇者が今までの善たる人間側の救世主と違い、残虐にして極悪非道、そして悪魔以上に弁舌に長けており、ただものではない予感がしていた。
「俺は、冥界で懲役349京2413兆4400億年、無間地獄行の懲役を言い渡され、刑の執行と引き換えに、お前ら悪魔共を滅ぼすために、閻魔大王様からこの世界に送り込まれた極悪人よ」
「ブーーーーーーーーーーーーーーッッ‼」
アスモデウスは、今まで聞いたこともないような懲役年数に思わず吹き出した。
もっとも、すぐに判決年数は再審対象になって大幅減刑されてる事について、マサヨシは黙っていた。
「で、ヤクザってのは俺の転生前の世界じゃ、世界最強かつ最悪にして最高の犯罪組織で、この俺様はその中でも、最大最強の極悪組の頂点に立ってた、最強ヤクザだったってわけ。 どうよ? 悪名高い魔王軍として、この俺は最高の喧嘩相手として不足ねえだろ」
これも嘘ではなく、実際マサヨシの極悪組は、指定暴力団として日本政府からマークされ、世界最大最強の合衆国政府からも、世界最大の犯罪組織として金融制裁対象としてブラックリストに登録されていた。
伝説の大魔王と、世界最大最悪の犯罪組織の首領のタッグ。
今までの救世主の勇者連中とは、わけが違うとアスモデウスは戦慄する。
だが、人間側に置いておくのは惜しい人物。
ならばとアスモデウスは考えて、マサヨシに宣言する。
「それでは、お前が敗北した暁には私の部下として、一生鎖でつないで飼ってやる」
「よおし、お互い賭けねえと成立しねえもんな。んじゃあ今から協定結ぶからよお、俺と契約……」
その時、馬の蹄と車輪の音がして、風魔法の効果でマサヨシとアスモデウスの周りを取り囲む。
異端審問官達が乗る馬車だった。
そして、馬車から純白の鎧を着た、赤髪の聖騎士が現れる。
「太陽の聖騎士、レオーネ=ド=コルネリーアである! 勇者マサヨシ殿の救援に参った!」
レオーネが右手のブレードソードを高々に掲げると、異端審問官達が次々に馬車から降りて、マサヨシとアスモデウスを取り囲む。
「……へ?」
マサヨシは、呆気にとられてレオーネを見つめる。
レオーネはマサヨシと目が合うと、頬を染めて顔を下に向けてうつむいた。
「マサヨシよ、ちょうどこやつらが来たから我が助けを呼んだのじゃ! 危ない所だったの」
ヤミーが小走りでマサヨシの元に駆け寄る。
そして、マサヨシの前で、両手を腰に当てながらえっへんと可愛らしい咳払いをした。
「き、貴様人間め! やはり最初から私を抹殺するための目的か!」
アスモデウスの魔力が高まり、怒りのオーラで周囲の空間が歪み始める。
その時マサヨシは思った。
だああああああああああああああああああああ。
マジかあああああああああああああ。
交渉事決まりかけてたのに、閻魔が審問官を連れてやってきやがったあああああ。




