第16話 魔界の元帥
魔界、太陽が存在せず、悪魔達や魑魅魍魎のモンスター、悪鬼羅刹が生存競争を繰り返し、神界と創造神に敵対する者達が蔓延る世界における総称である。
人間界の悪を断罪する世界が冥界で、その受刑者が収容される刑務所が冥界の地獄であるならば、魔界とは、神界の神が何らかの重罪を犯した場合に流刑される、いわば神々の刑務所である。
この魔界の実力者や統率者達は魔王と呼ばれ、魔界における絶対的な権力者として君臨する。
魔界の小国の王、堕天使ルシファーが築いたサタン王国は重大な危機に見舞われていた。
モンスター増加と人口過密による環境問題。
堕天使ルシファーは、地球における神に敵対する絶対悪サタンとされ恐れられる存在だが、魔界では小物扱いされて軽んじられていた。
理由は1類指定の魔王、それも元は神でもない天使クラスから堕天した存在であるため、元神の魔王や、それを上回る2類指定の大魔王から見れば、取るに足らない存在だからである。
魔王とは神界法の規定により3種類存在する
1類 創造神に仕える天使または神界の神が、何らかの重罪を犯し、または人間界からの信仰が失われた事により、創造神の力で追放されて魔界に堕ちた存在。
2類 魔界の生物が、過酷な環境で超進化を遂げた結果、低級神をも超える力を持ち、王を自称するようになった超知的生命体の事を指す。元は神や天使だった魔王を上回る力を持つため、大魔王として神界危険指定となる。
3類 魔界含む全ての次元世界と相入れない、絶対悪と呼ばれる存在であり、創造神ですら発生を意図できなかった、高位次元的存在を指す。
通常の魔王よりも高位の認定がなされ、魔神もしくは邪神として神界最重要危険指定となる。
しかし元創造神付きの大天使だったルシファーは、自身と王国の魔界での扱いをよしとせず、魔界会議に出席していた、大国の大魔王達に対して大胆な政策を打ち出したのだ。
人間界への移住政策。
元々の魔界の成り立ちが、神々の刑務所または流刑地とされてきた為、魔界全体は他の世界と比べて広くはなく、すぐに過密状態になってしまう。
そして魔界の大国が狭い領土を巡り紛争状態となり、環境問題がさらに悪化の一途を辿る要因となる。
魔界の大国の大魔王達は、小国とはいえ案を出したサタン王国を称賛し、人間界に幾度か大規模侵攻を試みるも、神界の神々や精霊界、人間界の救世主たる勇者により阻まれた。
そして、当時の魔界にとって致命的だったのが、神々の計略による魔界勢力の内部分裂工作である。
2類指定の大魔王への懐柔工作を行い、神界危険指定を解除するどころか、条件付きで大魔王本人と親族、及びその臣民に対して神界への移住及び「神」としての一定の地位を保証した。
魔界の大魔王達は神界の申し出を承諾し、人口過密や領土紛争、環境破壊がない神界へ移住することができ、神界としては危険な大魔王達が味方になるどころか、追放処分を受けた神や天使より、はるかに優秀な人材を神界有利な条件で得られるため、お互いの利益が一致した結果だった。
これにより、魔界による人間界への侵略は失敗に終わるかに見えたが、それを良しとしなかったのが、魔王ルシファー含む1類魔王達であった。
魔王ルシファーは時間をかけて、自分達魔界の住人が移住できる世界を探し出し、神々への対策も万全な体制を整え、ある人間界の世界へ侵攻する。
サタン王国の前線基地であるブルームーンの効力により、神々が送り込んだ勇者、賢者などの救世主は、魔界の侵攻を食い止められず、千年の月日が流れ、神界の神々もこの世界への干渉を諦めた。
その世界は現在、仁義なき世界と呼ばれる。
そして100年の月日が流れた。
魔王軍参謀本部のある前線基地ブルームーンが、原因不明の大爆発で突如として消滅。
参謀本部長かつルシファー側近の、サタン王国一の頭脳を持つと呼ばれる、宰相ベルゼバブが消息不明となり、その他多数の行方不明者が出ていた。
ブルームーンはサタン王国最新鋭の、惑星型宇宙要塞で、対象の星に魔界の環境を作り出す環境改編装置に加え、通信設備や大規模営所、そして魔王軍を、地上世界に送るゲートシステムを有する。
「どうしてこんなことに……」
魔王軍地上攻撃隊総司令官アスモデウスは、魔王城にある自室で、地上にいる配下の獣騎軍との連絡がつかなくなり焦っていた。
元帥を示す黒の軍服を着用し、紫色の髪が軍服の肩にかからない程度の長さに切り揃え、背丈も人間の女性と変わらず、十代後半の絶世の美女に見える。
そして体のスタイルラインは、本来極めて女性らしさを感じさせる豊満な肉体をしているが、それをわざときつめの軍服を身につける事で目立たなくしていた。
自身の姿が人間のみならず、敵対する神々や同族の悪魔達をも魅了して誘惑するために、これを防止することと、この力を彼女自身が内心嫌っているためでもある。
人間と明らかに違う点としては、燃えるように赤く輝く瞳、大きく尖がった耳と、水牛のような角を頭部に生やしている点があげられる。
そして、戦闘能力と部隊の指揮能力が極めて高く、その戦闘力は、ルシファー親衛団長のベリアルに次ぐサタン王国二番手の力を持つ大悪魔である。
アスモデウスは、今回のブルームーン消失事件について思考を巡らす。
(ブルームーンは、我が国最新鋭の防御システムに守られていた鉄壁かつ難攻不落の大要塞)
(地上の人間如きが攻めてくる事などありえぬし、仮に神や人間達が実力行使したとしても、消滅するなど不可能な筈だったのに)
「ああ、宰相のベルゼバブ卿ならば、今頃私や陛下に、お知恵をお貸しくださる筈なのに、あの事件で消息不明とは、どうすれば良いのだろう」
アスモデウスは元帥として、再三に渡り参謀本部の本国移転を申し出ていたが、宰相のベルゼバブは、軍の最高責任者かつ王国最高の頭脳である宰相の自分が、前線基地で知恵を出した方が合理的だと取り合わなかった。
(ブルームーンは、神の攻撃にすら耐えられる筈の難攻不落の大要塞であったので、ルシファー陛下も前線基地に参謀本部を置くことを了承されていたが、まさかこんな事になるなんて)
思考を巡らせるアスモデウスの部屋に、扉を叩くノックの音が響く。
「誰だ? 所属と階級、名を述べよ」
「ベリアル親衛団所属、近衛少佐、アークデーモンであります。元帥閣下、陛下がお呼びです」
「了解した、ちなみにそちらのベリアル総監は何処に?」
「ああ……いえ、その……現在自室にて職務中であります」
(あの大馬鹿者は、今頃多分寝てるか、どこかに遊び回ってるに違いない。陛下の近衛でなかったら、処断したいのに……)
アスモデウスは魔王の玉座の間へ赴いた。
「元帥アスモデウスであります!」
アスモデウスが扉の前に立つと、玉座の間へ続く扉が開かれ、部屋の中央の玉座の間には魔王ルシファーが玉座に腰掛ける。
魔王ルシファーは、ローブを着た美しい中性的な天使の外見をしている。
しかし白磁のような美しい肌以外は、天使時代の美しく艶のある金の髪の毛も、12枚ある純白の翼も、黄金の瞳も、堕天の影響で漆黒に染まっていた。
ルシファーの傍には、黒のベールで顔を覆い、インドの民族衣装にも似た黒の衣服を見に纏う、青い肌をした妖艶な女悪魔、マーラーが微笑みながら立っている。
アスモデウスは玉座の間を軍人らしく行進するよう歩を進め、魔王の玉座の6歩前で跪き、頭を下げる。
「サタン王国軍元帥、アスモデウス! ここに参上いたしました!」
「ご苦労様です、面をあげなさい」
「は!」
アスモデウスは顔を上げ、ルシファーの方に向く。
「君を呼び出したのは、今回のブルームーン消失の件です。余は思うのですよ、元帥。あの地上にもしかしたら、神の使徒たる何者かがまた現れたのではないかと」
「何者か? でありますか陛下」
神の使徒、人間界の救世主とも言われる、勇者の存在。
神々が何度もあの世界に送り込んでは、悪魔の前に敗北を繰り返してきた、サタン王国にとって取るにたらぬ人間共。
そう悪魔達は思っていた。
100年前の事件が起きるまでは。
「アスモデウスよ、君は地上に降りて寸断された地上部隊と連携して、また100年前の悲劇を繰り返すのは避けねばなりません」
100年前に仁義なき世界に現れた、人間界の救世主により、魔界の地上部隊は壊滅的な打撃を受けた。
サタン王国軍歴代最強と呼ばれた元帥バエルも、地上侵攻部隊と共に救世主の力で消滅した事をアスモデウスは思い出す。
(おそらく、100年前のあの人間界の救世主は、神々の切り札的な存在だったのだろう。だがブルームーン消失に新たな救世主が関わったとするならば、100年前とは比べものにならない程の脅威)
そしてアスモデウスは、サタン王国の為に前線へと降り立つ事を決意する。
「陛下、小官にお任せください。必ずやその任務、達成して御覧にみせましょう」
「よろしく頼みますね。それと、もし人間界の救世主と接触した場合ですが、極力戦闘は控え、情報収集に徹しなさい。もしかしたら、100年前のあの者を凌ぐ実力があるやもしれません」
「は! 了解致しました」
アスモデウスは立ち上がり、魔王ルシファーに右手で挙手敬礼すると、悪魔マーラーがアスモデウスに語りかける。
「それではアスモデウス閣下、私の力で地上に送りましょう。私の能力、千里眼で地上部隊の何者かが戦闘を行った気配をうっすら感じましたので、まずそこで調査を」
マーラーは禍々しいオーラを放つと、転送機能を持つ血塗られた門を具現化する。
「かたじけない、マーラー秘書長殿」
アスモデウスはマーラーに頭を下げる。
このマーラー、元はサタン王国の者ではなく、魔界を放浪の末この国に辿り付いたとされる。
アスモデウスは、このマーラーという悪魔はどこか信用できずにいた。
他国の間者、または元神の魔王クラスではないかと疑っているが、確証は掴めていない。
「万が一の可能性も考えて、アスモデウス閣下には、地上にいる我が不死隊の指揮権も移譲させます。閣下の獣騎軍は我が国最大勢力ではありますが、私の不死隊は王国精鋭部隊ですので、お役に立つかと」
「感謝いたします! マーラー秘書長殿」
まるで自身の配下の獣騎軍が、不死隊に劣る寄せ集めのボンクラ集団みたいな嫌味に聞こえたアスモデウスは、内心憤慨したがマーラーが具現化した門を通り、地上へと降り立った。
アスモデウスが夜の地上に降り立つと、どうやら人間の町のようで、あちらこちらに魔族が魔力を振るった痕跡が残っている。
彼女が悪魔の超視力を用いて辺りを見回すと、町周辺を黒ずくめの人間達が歩き回っている。
「ん? あれは人間の雑魚共か。確か我らサタン王国を退けた、人間の救世主を崇拝する邪教の徒だな」
町の名はデーパ。
マサヨシのこの世界の故郷であり、悪魔シャドーデーモンと戦闘が行われた地でもある。
(どうする? 殺すか?)
アスモデウスは思ったが、もしもあの者共の中に救世主が紛れこんでいたら厄介な事になる。
彼女は自身の姿を、水と風の力で完全不可視化した。
アスモデウスは不可視化したまま異端審問官達の話し声に耳を傾ける。
「教会本部への報告が終わり次第、出発するってさ」
「まいったよなあ、あの貴族のボンボンにも。もしもあの見習いが生き返らせなかったら、今頃俺たち教会から破門されてお尋ね者だったわ」
人間を生き返らせる?
神々が人間に広めた神霊魔法の使い手の話かとアスモデウスは思った。
「だなあ。あいつ神の掲示が聞こえたって言ってどっか行っちまったけど、もしかすると救世主様の再来、勇者かもしれないぜ?」
「ああ、聖騎士ならいざ知らず、単独で悪魔撃退なんて俺達異端審問官でも無理だしな」
(神? 勇者? 悪魔撃退? まずい、この世界に神界からの刺客が送られてきてる可能性がある! 一刻も早くルシファー陛下に報告を……)
その時大悪魔、アスモデウスは重大な事に気がつき、めまいがして両膝をつく。
「どうやって私は魔界に戻るんだろう」
転送機能があるブルームーンは消滅しており、魔界に帰るにはマーラーの転移能力が必要だったが、アスモデウスを送り込んだ肝心の張本人は魔界にいたままである。
「あの女ぁぁぁぁ! シレッと私をすまし顔でこの地上に送ったけど、これじゃ私が帰れないじゃないかぁぁぁ! 帰ったら殺す! 絶対あの女は殺す!」
彼女はブルームーンがあった方向を睨みつけ、心の中でマーラーへの恨み節をぶつける。
「なあ? なんか女の声しなかった?」
アスモデウスはビクりとなり、一切の身動きをやめて気配を押し殺す。
「いや、気のせいだろ? お前幻聴聞こえてくるとかやばいな、女に飢えすぎだろ?」
「うーん、早く任務終えて休暇とって、女抱きに行きてえな」
「馬鹿お前、もしあのボンボンが目覚めてそんな話聞かれたりしてみろ? 教会から破門されるか、あのボンボンに殺されるから絶対言うなよ、思ってても」
(女と見ると欲情するとは汚らわしい。下劣な下等生物の人間はやはり滅ぼすべきだ)
歩く生殖器のような下等生物の人間に、自分の姿をさらすなどできないと思ったアスモデウスは、不可視化の魔法を使って、誰もいない町の民家を借りて一晩を過ごすことにした。
そして翌朝、朝日が昇ると異端審問官達はすでにどこかに出発しており、アスモデウスは早速町の調査を開始する。
「結局一睡も出来なかった。この世界の文明レベル低すぎて、シャワーもなければ風呂もない。井戸の水で体拭くだけだし、ホント最低」
アスモデウスがぶつぶつ呟きながら、魔族の魔力の痕跡を捜索すると、町外れの教会にたどり着いた。
「この邪教の神殿、魔力反応が強い。おそらく下士官クラスの仲魔がここで戦闘をして……相手の戦闘力自体は大したことないのかも………え? このおぞましい魔力反応は何?」
アスモデウスの膝がガクガクと震え上がり、めまいを覚えた。
「こんな魔力反応、魔界でも感じたことがない。人間の勇者の力なのか? いや違う、もっと別のおぞましい何かの」
彼女は、強烈な魔力残存反応を可視化する。
「強烈な炎の光、空……。そしてブルームーンがあった方向に2度。なんて事だ、この魔力は我々を遥かに超えて、まるで伝説の大魔王の力そのものではないか」
めまいが酷くなったアスモデウスは、目頭を右手で抑えながら、フラフラと教会を出る。
「ん? 外にも魔力残存反応。この邪教徒の神殿裏か」
アスモデウスは教会の裏手に回る。
すると教会で使用されていた井戸を発見する。
井戸には建築で使われるようなセメントが流し込まれており、使用不可能となっていた。
「ここから魔力反応を感じる。これは、生きている? 仲魔の反応だ‼︎」
アスモデウスは生存者を発見すると歓喜し、思わず小躍りしそうな衝動に駆られるが、ここは地上攻撃隊総司令官の威厳を見せなければと気を引き締める。
「よし、井戸の中の状況は……。ウッ」
自身の特殊能力を使ってアスモデウスは井戸の中を確認したが、あまりの凄惨な光景に血の気が引き、吐き気を覚える。
そして胃の中身が一瞬で逆流し、彼女はこれに堪えきれずにその場で嘔吐した。
アスモデウスが見た井戸の光景は、生きたまま四肢を切断され、バラバラに壺に封じ込められた後、火あぶりの拷問を受け、生きながらセメント漬にされた後で井戸に沈められた、無残なシャドーデーモンの姿であった。
「酷い! 酷すぎる! こんな凄惨な事件なんて何百年、いや何千年も魔界で起きてないのに……これが、これが人間の勇者のする事か!」
アスモデウスは井戸の前でむせび泣き、慟哭する。
その時、井戸の中から呻き声が聞こえてくる。
「生存者か! 私は魔王軍地上攻撃隊総指司令元帥、獣騎軍アスモデウスである! もし応答出来るのなら所属と官職名、名前を述べよ!」
涙目になってアスモデウスが井戸に呼びかけると、シャドーデーモンがこれに答えた。
「……参謀本部妖魔部所属、特務小隊長、諜報軍曹シャドーデーモンであります……」
「軍曹よ! 何が起きたのだ!? 誰がこんな酷い事を! 勇者なのか? 勇者が現れたのか!?」
しばしの沈黙の後シャドーデーモンは、自分が受けた仕打ちを思い出す。
その際の恐怖と絶望の記憶が、ほんのわずかに残っていた彼の心を壊し、そして絶叫した。
「もう戦いなんていやだあああああああ、元帥閣下あああああああ、あれは、勇者などと生やしいものではありませぬううううううう。冥界、それもおそらく地獄から来た最悪の犯罪者ですうううううう、閻魔大王の使徒でございまするうううううううう」
シャドーデーモンは慟哭した後発狂し、そして二度と口を開く事がなかった。
そしてアスモデウスは絶望し崩れ落ちる。
「え? え、閻魔大王? 魔界のかつての大君主……伝説の大魔王………」
アスモデウスは絶望の中、魔力を最大に高め、風の魔力を使い、魔族しか伝わらない固有暗号を世界中に発信する。
「魔王軍地上攻撃隊に告ぐ、総司令官命令である! ブルームーン消滅は勇者の仕業である事が判明し、その勇者、今までの勇者にあらず極悪にして残虐非道! 敗北し虜囚となれば、死よりも恐ろしい苦痛が加えられる可能性大! そして勇者の同行者は、元魔界の大君主にして冥界の神、閻魔大王である!」
アスモデウスの固有暗号に、仁義なき世界にいた地上攻撃隊の悪魔達は恐怖に慄く。
「なお単独戦闘は極力禁止! 偶発戦闘の場合は身の安全を最優先とし、発見の際は至急の暗号魔法を用いてすみやかに私に報告せよ! 以上!」




