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「にゃにゃ」

「うん、そうだね」

「にゃあにゃあにゃあ」

「ふを~~~」


いつものように風太が縁側で友達と会話している。

秋の気配が訪れ、澄み切った空がいつもに増して高く感じるこの時期は、どうやら恋の季節でもあるらしい。

可愛い友人たちから恋の相談を受けているのだろうか、風太がなにやら難しそうな顔をしている。

時おり、「ふうた、よくわかんない・・・」などと唇を尖らせて言っている様を、恭介は微笑ましく思いながら見ていた。

もうすっかりそっち方面とは縁がなくなってしまった恭介だが、こうして庭に訪れる小さな友人たちの姿を見ていると、いずこの世界も同じなんだとしみじみ思う。


「ふうたはきょうすけがすきだよ。ずっといっしょなの」

「にゃあ~にゃっにゃっ」

「きょうすけはちがうよ、ねこじゃないの」

「にゃにゃっ」

「でもいっしょなの」

「にゃあ~~~」

「そうだよ、ふうたはおとこのこだよ。きょうすけもおとこのこなの」


三十男をつかまえて「男の子」はないだろうと思うが、風太の拙い日本語ではそうなってしまうのだろう。

猫の額ほどの庭に近所の野良猫たちが訪れるようになって久しい。

昨今は“地域猫”と呼ぶようになったんだっけ。

この辺りを根城にしている猫たちはみな、地域住民の手厚い保護を受けてそれなりに幸せそうに暮らしているように見える。

そんな猫たちと猫語で会話している風太は、元は(いや、正確には今も?)猫だ。


今日も今日とて茶トラ猫が塀を軽々と越えてやってきて、風太と世間話をしている。

ただにゃあにゃあ言っているだけにしか聞こえないのだが、二人(二匹)の間にはちゃんと会話が成立しているようだ。

時々、腹を空かせた猫がやってきては風太が「ごはんをあげて」と言ってくることもある。

どこかから流れてきた猫なのだろう、やせ細っていて毛もボサボサだったりするので、何か病気でもうつされたらどうしようかと思うこともあるのだが、風太の「たすけてあげて」という真剣なお願いを無下にすることはできない。


こないだは出産間近の雌猫がやってきて、しばらく縁側の下から出てこなくなった。

ここに来れば安心だと、猫同士の間で噂が広がったのかもしれない。

結局その猫は恭介宅の縁の下で子を産み、しばらくは仔猫がみゃあみゃあと鳴く声が四六時中響いて、さすがに仕事に差し支えそうになった。

だが、やはり追い出すことはできなかった。

風太の「あかちゃんうみたいって。おかあさん、たいへんなの」という切実な訴えに折れてしまったかたちとなった。


仔猫は無事に大きくなり、数週間経つと母猫と一緒に別の場所へ移動して行ったが、そうなると今度は風太が寂しがってこれまた大変だった。

「あかちゃん、げんきかなぁ」「あかちゃん、かわいいの」と呟く風太を宥めすかし、仔猫のぬいぐるみまで与えてしまう自分はなんて甘いのだろう。

風太の表情が少しでも曇ったところを見たくないのだ。

いつも笑っていてほしい。

太陽のような眩しい笑顔を、見ていたいと思ってしまう。


「風太、そろそろおやつの時間だよ」

「おやつ?」

「ああ、風太の好きなパンケーキを焼いたぞ」

「パンケーキ!!」


縁側に近づくと茶トラ猫が警戒して塀の上に飛び乗る。

この茶トラはここら一帯のボス猫らしく、そう易々とは人間に気を許さないのだろう、ちょっと高いところからこちらの様子をうかがうことにしたらしい。

なかなか鋭い目つきをしている。

体つきも立派で、普通の猫より一回りほど大きいようだ。

太っているのではなく、骨格が立派だから大きく見える。

何よりボスとしての貫録というか、風格があるのだ。

年は4、5歳というところだろうか。

恭介の視線を感じると、低い声で威嚇してきた。


「あのなぁ、いい加減俺のこと信用してくれてもいいんじゃないか。風太の飼い主、いや家族だぞ」

「とらさん、きょうすけのこときらいなの?」

「んなぁ~~~」

「きらいじゃないって」

「そうかい、ありがとよ。っつかそいつ、トラさんっていうのか。なんか昔のテレビシリーズみたいだな」

「うん?」

「いや、なんでもない」


寅さんシリーズなんて風太が知るはずもないだろう。

そういう恭介だって名前は知っているが、実際に見たことは一度もない。

トラさんと呼ばれたボス猫はしばらくこちらを見つめていたが、ひと声「にゃあ」と鳴くと塀から飛び降りどこかへ行ってしまった。


「とらさん、いっちゃったの」

「まあな」

「とらさん、すごくつよいんだよ」

「ああ、見るからに強そうな面構えだったな」

「つら・・・?」

「顔って意味だよ」

「おかお・・・まんまるなの」

「そりゃまあ、猫だからな」

「ふうたもねこだよ」

「風太は和猫じゃないからな、顔の形もちょっと違うよな。耳もデカいし」

「わねこ・・・」

「ほれ、パンケーキ食おうぜ」

「うんっっ」


おやつタイムは風太が一日で一番楽しみにしている時間で、週に一度は恭介が焼いたパンケーキを食べたがる。

3段重ねのパンケーキにたっぷりのメープルシロップをかけ、バターを添える。

今日はそれにホイップクリームとキウイを乗せてみた。

ほっぺを膨らませながら夢中で頬張る風太が可愛い。


「おいしい~」


こんなにも眩しい笑顔が見られるなら、毎日でもパンケーキを焼いてやりたいところだが、健康のことを考えて(また風太の教育上のことも考慮して)週一ペースにしている。


「風太、幸せか?」

「ふを?」

「いや、なんでもない・・・」


小首を傾げながらキウイを口に運ぶ風太。

白いふわふわの猫耳がぴるぴると揺れているのは、頭の中で色んなことを考えているからだ。

長いもふもふの尻尾もゆっくりと揺れている。

これはご機嫌な合図だ。


風太に難しいことを聞いてもわからない。

だけど時々聞いてみたくなるのだ。

今こうして自分と生活を共にしていることが、本当に彼にとって幸せなのかどうか。

この家に訪れる野良猫たちのように、自由に気に登ったりあちこち走り回ったり、恋をしたりしたいのではないか。


「恋・・・」


胸の奥がキュッと締め付けられた気がした。

風太が普通の猫だったら、今ごろはもうとっくに成猫になっている。

どこかの雌猫との間に子供が産まれていてもおかしくはない。

いや、それが本来のあるべき姿なのではないか。

そう考えただけで、なんだか心のどこかがざわざわするのだ。


「とらさん、おとうさんになるんだって」

「はぁ?」

「おとうさん。とらさん」


どうやらさっきの茶トラの恋は成就したようだ。

ボス猫の求愛に応えないメスはまずいないだろうから、当然と言えば当然なのかもしれないが。

風太とこうしていつまでも穏やかに暮らしていきたい。

そう思う一方で、時々不安になるのだ。

いつかこの愛おしい日々に、終わりが来る時がやってくるのではないかと。


「ふうた、しあわせだよ」

「え」

「ふうたはきょうすけとずっといっしょ。だからしあわせなの」

「風太・・・」


自分と一緒にいることが幸せだと、なんのためらいもなく言う風太に愛しさが込み上げてくる。

この愛らしい存在を守っていきたい。

これからもずっと、二人で生きて行くのだ。


「俺も風太と一緒にいるだけで幸せだよ」

「へへ」

「これからもずっと一緒にいような」


風太の口の端に付いたホイップクリームを指で拭ってやると、擽ったそうに笑う。

そのクリームをぺろりと舐めてみる。

いつも以上に甘い味がした。




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