黒い子犬
本日2話目です。
村から帰ってきて、山小屋の生活は劇的に改善した。
調味料が増えて料理がおいしくなり、カインは体に合う服を着るようになる。
前よりもずっと穏やかな顔になったカインをながめながら、デイジーは思案した。
(そろそろ、優しい子に育てることを考えてもいい頃よね)
そして、彼女は決心した。
(庭を作ろう!)
庭があれば、花や野菜が植えられる。
植物を大切に育てて、美しい花をながめたり、実を収穫して食べたりすれば、優しい心が育つのではないだろうか。
あと、単純に自分も花を育てたい。
(よーし、やるわよ!)
デイジーから「庭を作りたい」と言われ、カインは眉間に皺を寄せた。
「……庭なんて作ってどうするの」
「花を育てるの」
「……花」
「ええ、花と緑にあふれた庭とか、すごくいいと思わない?」
カインの眉間のしわが深くなった。
彼は少し考えた後、「仕方ない」という風に、ため息をつく。
「……いいよ、あんた、序列1位だしな」
「え、序列1位?」
「ああ、強い奴には従う」
デイジーは無言になった。
序列とか、強い奴に従うとか、「優しい子に育てる」からかけ離れ過ぎている。
これはアカンと、彼女は優しく言った。
「序列とかそういうの、やめましょう」
「……わかった、従う」
「う、うん……まあ、いいか」
それから、2人は協力して庭を作り始めた。
土魔法を使って家を囲むように塀を作り、雑草を抜き、デイジーが聖魔法“豊穣の祝福”をかける。
1か月後には、草ぼうぼうだった空き地は、立派な畑に生まれ変わった。
(これで植物が育てられるわね!)
庭作りが上手くいった一方で、デイジーには悩みがあった。
カインから、どうも弱肉強食的な発想が抜けないのだ。
『強い者に弱い者が従う』と思い込んでいる節がある。
(“強さは、奪うためじゃなくて、守るためにある”って思ってくれるといいんだけど……)
強い者が弱い者を守り、弱い者は強い者を信じて従う。
武力でねじ伏せるのではなく、こっちの方向に何とか考えをもっていけないだろうか。
(そう思ってもらえるような、何か良い方法はないかな……)
そう思うものの、なかなかうまい方法がない。
――そして、デイジーがこの世界に来て、2カ月目。
夏の空がまぶしい、天気の良い昼下がり。
デイジーが、台所でパンを焼いていると、
ピピピィ
外から鳥の鳴き声がした。
振り返ると、窓から黄色い鳥が飛び込んでくる。
「あら。ピヨール」
ピヨールは、ダイニングテーブルの上にちょこんと降りると、陽気に口を開いた。
「姐さん、こんにちは! めっちゃいい匂いですね!」
「まあ、ピヨールったら! 相変わらず絶妙なタイミングで来るわね!」
彼は、週1回のペースでやってきた。
様子を見にくることもあれば、解呪して欲しい仲間を連れてきたり、珍しい調味料を持ってきたりする。
そして、大体現れるのは、デイジーが何か作っている時で、
「姐さん、今日も美味しいっす!」
と言いながら、お腹いっぱいに食べて帰るのが恒例になっている。
ピヨールが周囲を見回した。
「カイン様はどうしたんすか?」
「庭だと思うわ。最近野菜に水をあげてくれてるの」
「へえ、意外っすね」
――と、そのとき。
キィィ
外から門を開ける音が聞こえてきた。
続けて、カインの声がする。
「デイジー! 来て!」
デイジーとピヨールは顔を見合わせた。
急いで外に出ると、庭先に、何か黒い物を抱えたカインが立っている。
「カイン、どうしたの?」
「これ、拾った」
カインの腕の中には、真っ黒な子犬のようなものがいた。
ケガをしており、苦しそうにしている。
「まあ、大変!」
そう言いながら、デイジーはまじまじと子犬を見た。
太い足と鋭い爪と牙、そして子犬から仄かに漂う黒い魔力――
(これ、子犬じゃないような……)
子犬を覗き込んだピヨールが、声を上げた。
「こ、これ、ブラックフェンリルの子どもっす!」
「……っ!」
デイジーは思わず目を見開いた。
ブラックフェンリルと言えば、村1つくらい簡単に滅ぼせる強力な魔物じゃないか!
カインによると、外から鳴き声が聞こえて行ったところ、1匹で倒れていたらしい。
カインが懇願するようにデイジーを見上げた。
「デイジー、治してあげて。俺、こいつのこと助けたい」
(まあ!)
デイジーは思わず目を見開いた。
カインが自分からこんな風に言ってくるなんて、初めてだ。
しかも、動物を可愛がって育てることは、「強い者が弱い者を守る」を教えるにはもってこいだ。
(でも、この子、育ったらヤバい魔獣になるのよね……)
育てたら村1つ滅ぼしました、なんて話になったらシャレにならない。
(せめてグレイトウルフの子どもとかだったら良かったのに……)
悩めるデイジーを、カインが必死な目で見上げた。
「お願い、デイジー。俺、こいつのこと放っておけない」
その目を見て、デイジーは覚悟を決めた。
カインが他者を気遣うなんて初めて見た。
この芽を潰さないためにも、もう治すしかない。
デイジーはしゃがみ込むと、真面目な顔でカインを見た。
「助けた後も、ちゃんと可愛がってお世話するのよ、約束できる?」
「約束する!」
ピヨールが、マジっすか、という顔をした。
「姐さん、これ、あのブラックフェンリルっすよ!?」
「大丈夫よ、たぶん何とかなるわ」
デイジーは、黒い子犬に手を当てた。
魔力を高めると、静かに詠唱する。
「<治癒>」
子犬の体が金色に光った。
無数の傷がみるみる癒えていく。
穏やかな顔になった子犬に、カインが、ホッとした顔をした。
感謝と尊敬の表情でデイジーを見上げる。
「ありがとう! デイジー! 俺、ちゃんと面倒見るよ!」
「しっかり守ってあげてね。強い者は、弱い者を守るものなのよ」
「うん!」
そんな会話をする2人を、ピヨールが信じられない、という風に見た。
やれやれという顔で、
「まあ、従魔契約は早めにした方がいいっすね」
と、ため息をつく。
そして、黒い子犬は、カインから「オニキス」という名前をもらい、山小屋の一員となった。




